第234話 仲直りの手順
今日も美味しい沙羅さんの晩御飯に舌鼓を打ち、食後のティータイムで一息入れながら、俺は今日の話を切り出すタイミングを考えていた。
でもそんな矢先に、沙羅さんから「先にお風呂へ入りましょう」との提案かあり、少しだけ出鼻を挫かれてしまった感がある。
別に焦るような話でもないので問題はないけど…
ちなみにお風呂については、当然だけど順番で入ることになっている。
以前に何度か沙羅さんに身体を洗って貰ったことはあるけど、同棲を始めてからそういうことはしていない。あんなことを毎回されてしまったら、あまり考えたくないけど俺の理性が持ちそうにないと思ったからだ。なので先日、お風呂についてはしっかりと説得しておいた。もちろん理性云々の辺りは説明していないけど…
ちなみにどうやって沙羅さんを説得したのかは、恥ずかしいから思い出したくない。
…………
………
……
いつものことながら、お風呂上がりの沙羅さんからは、普段と違う「何か」を感じてしまう。もちろんそれは、お風呂上がりという要因が大きいと自分でも分かっているのだが、それでも毎回ドキドキしてしまうのだから仕方ない。
そしてそれは、少しだけど自分でも危うさを感じてしまうのだ。だから俺は、なるべく直視しないように気を付けていた。
そして就寝の準備を済ませた沙羅さんがやってきて、俺の真横にポスンと座った。
もう話をしても大丈夫だろうか?
そう思ったところで、先に沙羅さんから話があった。
「一成さん、花子さんとはどの様にお話をされたのでしょうか?」
「え!? …その、膝枕です。」
一瞬悩んだけど、やはり発覚する前に自分から白状しておく。後で追求されたら絶対にバレる自信があるし、そもそも花子さんから既に報告を受けている可能性もある。それなら最初から伝えておいた方がいいだろうと思ったからだ。
「はい。花子さんから聞いております。正直にお話しできましたね。いい子いい子です♪」
やはり正直に話をしたのは正解だったようだ。
誤魔化さなくて良かった…
ニコリと笑みを浮かべた沙羅さんは、そのまま俺の頭をゆっくりと撫でてくれる。端から見たら、それは完全に子供扱いされているように見えるかもしれないと自分でも思う。でも、沙羅さんはそんなつもりではないということを、俺はしっかりと分かっているのだ。
沙羅さんは俺の頭を一頻り撫でてから、ちょこんと座り直して太股をポンポン叩いて膝枕アピールを始める。
つまり、膝枕でお話をしましょうということだ。
俺は覚悟を決める為に気合いを入れ直した。何故なら、お風呂上がりの沙羅さんの膝枕は色々な意味で本当にヤバいから。しかも手加減などは一切ないので、俺の方でとにかく頑張るしかない。膝枕をされるだけなのに、何を頑張るのかはよく分からないけど…
ふにゅ…
お風呂上がりの火照りを残した、沙羅さんの柔らかい太股の感触。それが薄いパジャマ越しにほぼダイレクトで伝わってくる。
そして、素晴らしい心地好さとは別に感じる「何か」に、俺は思わず焦りを覚えてしまった。
でも…幸せそうに微笑む沙羅さんを見つめていると、俺の心はゆっくりと落ち着きを取り戻してくれる。
俺の心にある、沙羅さんを愛しいと思う心、大切に思う気持ちがどこまでも強くなる…だから、これさえあれば俺は大丈夫だ。
なでなで…
心が落ち着いてくると、次に待っているのは強烈な心地良さだった。それに加えて頭を撫でられてしまい、あまりの気持ちよさで蕩けそうになってしまう。なので、俺はもう一度自分に気合いを入れることにする。このままでは骨抜きにされて話どころではなくなってしまいそうだからだ。
………
気を取り直すことで落ち着きを取り戻した俺は、まずは順を追って先に一通りの説明をすることにした。
過去の花子さんが、自身の支えとして空想の弟に依存を始めるようになったこと。それがより顕著になった矢先に、山崎の一件で傷付いてしまったこと。俺との出会いで、理想の弟を俺に重ねるようになったこと…
そして今日、俺の姉になることで、花子さんの心が救われたのではないかと思った経緯。
「救いですか…それは、私にも実感があります。一成さんに出会うまでの私は、自分のことばかりを考えて、評価を求めて、それを着飾るだけの本当につまらない人間でした。そんな私はきっと、本当の自分を見てくれる誰かを…いいえ、一成さんを待っていたのです。」
「それは俺も同じです。俺は沙羅さんとの出会いを待っていたんだって、自分でもそう思ってます。」
違いは勿論あるけど、結局は俺も沙羅さんも、ありのままの自分を受け入れてくれる誰かを求めていた。それが俺にとっての沙羅さんであり、沙羅さんにとっての俺だということ。
「つまり俺達は、お互いを待っていたんですよ。そして出会って、お互いを救い救われた。だけど花子さんは違ったんです。花子さんを救うはずだった弟は、空想だったんですから。」
「そこに一成さんが現れた…自分を救ってくれる筈だった弟の姿が重なる、待ち望んだ存在として。花子さんは、ずっとあなたに救って欲しかったんですね…そして今日、やっと救われた。」
「そうであれば、友人として俺も嬉しいです。」
沙羅さんは、抽象的な部分もあった俺の説明を、しっかり理解してくれたようだ。多分、花子さんから既に報告を受けていたという理由もあるだろうけど。
「謙遜なさらないで下さい。花子さんを救ったのは一成さんです。花子さんは救われたのです。電話越しでしたが、あの声を聞けばそれがよくわかりました。ですから…本当にお疲れ様です。」
これで、俺からの説明は終わりだ。
沙羅さんは俺を見つめながら、満足そうに微笑みを浮かべてくれている。きっと、花子さんからの報告と俺の話で全てが繋がったんだんだろう。
「丸く収まったようで何よりです。ただ…正直に言いまして、花子さんが女として一成さんを求める可能性を考えてしまい、少し不安でした。」
「沙羅さんに迷惑をかけたくないから、姉としてだけの約束ができないなら無理だって、ハッキリさせてきましたよ。」
「ふふ…ありがとうございます。はぁ…これで安心できました。」
表情にこそ出していなかったけど、沙羅さんが心配や不安を感じていたのは俺にもわかっていた。だから少しでもそれを払拭する為に、俺自身が譲れないことを花子さんにはしっかりと伝えたつもりだ。沙羅さんに余計な不安を感じさせたくないから、俺の方は今まで通りにすると言ってある。俺にとって何よりも優先することは、大切な沙羅さんのことだけだから。
「結局、今後はどうなさるのですか? ある程度は姉弟として振る舞うのですか?」
「いえ、俺は親友としか見れないとしっかり伝えてあります。花子さんは、姉として振る舞いたいと思っているみたいですが。」
実際、その辺りはどうするのかよく分かっていなかった。花子さんの自由だとは言ったものの、沙羅さんが嫌がりそうなことは絶対にしないと約束もしている訳で…
そうだ、そう言えば呼び方の話をまだしていなかったな…
「一応ですけど、たまにはお姉ちゃんと呼んで欲しいって言われたので、そこだけは譲ってあげることにしました。」
「……え?」
「ん?」
沙羅さんが笑顔のまま固まってしまった。どうしたのだろうか? 花子さんからの報告内容はわからないが、俺としては相違ない報告をしたつもりだけど。
「あの……お姉ちゃん…ですか?」
「は、はい。たまにでいいからそう呼んで欲しいって…」
「!!??」
何だろう…沙羅さんの笑顔の陰に、まるで西川さんのような黒いオーラが見えるような気がする。笑顔であることに変わりはないのだが、妙なプレッシャーを感じるような…
「…あの、花子さんから聞いてますよね?」
「聞いておりません…お姉ちゃん…」
どうやら肝心なところで、花子さんの言葉足らずが発生していたらしい。
そして沙羅さんの様子を見た俺は、デジャブのようなものを感じていた。
それを思い出そうとして…
そう、あれはかつて、沙羅さんを「先輩」と呼んでいたあの頃のことだ。夏海先輩という呼び方にヤキモチを焼いた沙羅さんを、「沙羅先輩」と呼ぶようになったあの一件。
今の状況は、正にそれではないだろうか?
「お姉ちゃんと呼ぶのですか?」
「いや…」
「花子さんを、お姉ちゃんと呼ぶのですか?」
「そ、そうお願いされました。」
ぷくー…
まるであの日の再現のように、沙羅さんの頬が可愛らしく膨らんでいく…
それもあのときと同じ光景であり…つまりヤキモチ…いや、怒らせてしまったようだ。
お冠の沙羅さんは、ぷっくりと頬を膨らめて、「私は怒っています」と全力アピールしてくる。そんな沙羅さんが本当に可愛らしいと俺は思っているのだが、それを言えば余計に怒らせてしまうとわかっているので決して言わない。
それよりも今は、沙羅さんへのフォローの方が先決だ。見た目が可愛くても、沙羅さんが怒っているのは間違いないから。
「さ、沙羅さん、その、花子さんは、姉として…」
「…わかっております! ですが、それでもモヤモヤするのです。一成さんが嬉しそうにお姉ちゃんと呼ぶ姿を想像すると、面白くありません!!」
ぷくー!!
沙羅さんの頬が、遂に限界まで膨らんでしまう。今指で突っつけば破裂してしまうのではないか…そう思えるくらいにパンパンに膨らんでしまった。そして不謹慎だけど、あまりの可愛さにこちらは頬が緩んでしまいそう…
でもどうする、こんなに怒るなんて…
いや…よくよく考えてみれば、夏海先輩の件に限らず、真由美さんのときも名前の呼び方でひと悶着あったばかりだ。
それなのに…俺はバカだ。
とにかく謝ろうと思った俺は、焦って起き上がり沙羅さんと顔を合わせようとした。でもその瞬間にプイっとそっぽを向かれてしまう。こんなリアクションは初めてで、俺も戸惑いを隠せない。
「さ、沙羅さん? 俺は別に嬉しがっている訳では…」
「では、迷惑だったのですか?」
「いや…それは…」
「…………」
どうやら、完全にむくれてしまったらしい。
まさか沙羅さんがここまで怒るなんて…
でも原因は分かっているのだから、沙羅さんが嫌と言うのであれば俺の取るべき対応は只一つだろう。
「あの、沙羅さん、俺は花子さんに、沙羅さんが嫌がることはしないと伝えてあります。だから、やっぱりお姉ちゃん呼びはしないと言います。」
「………」
「嫌な思いをさせて、本当にごめんなさい…」
沙羅さんの嫌がることは絶対にしたくない。そう心に決めているのに俺は…
申し訳なさと不甲斐なさで、自分が情けなくなり本気で謝った。沙羅さんが「呼び方」に思い入れを持っていることを知っていたのに、安易に考えた自分に怒りを覚える。
俺は本当に…
「うう…」
だけど、ここで沙羅さんに変化が訪れた。何かに困ったような様子で、俺に手を伸ばしてみたり、直ぐに引っ込めたりを繰り返している。でも結局は伸ばすことに決めたみたいで、ゆっくりと俺の背中へ手を回すと、そのまま抱きしめてくれた。
「……ずるいです、そんな風にされたら、私もこれ以上怒れないではありませんか…」
「いや、俺はそんなつもりで…」
「…わかっております。私が子供みたいに不貞腐れたせいですから」
そのままおずおずと、俺の頭を撫で始めた沙羅さん。暫くそうしていると、気持ちも落ち着いてきたようだ。気が付けば、俺の頭を撫でる手つきも、いつも通りの優しいものに戻っていた。
「一成さん、花子さんが望んでいるのであれば、たまにはお姉ちゃんと呼んであげて下さい。」
「いえ、沙羅さんが嫌なことはしませ…」
「でしたら、私からのお願いを聞いて下さい。それで私は大丈夫です。」
どうやら沙羅さんは、妥協点を見つけてくれたらしい。当然俺は引き受けるつもりだけど、それは花子さんへの「お姉ちゃん呼び」の代わりなどと考えている訳ではない。勿論お詫びの意味もあるけど、あくまで俺は、沙羅さんからのお願いなら全力で引き受けたいと考えているだけだ。
「私のことも、たまには沙羅と呼び捨てにして下さい」
「!?」
「ご安心下さい。正式には結婚をしてからと決めております。常にという訳ではありません。差し当たり、私があなたとお呼びしたきは、沙羅と呼び捨てにして頂けますか?」
呼び捨て…
正直に言うと、俺はまだ沙羅さんを呼び捨てにする心の準備が出来ていない。
以前、「沙羅」「あなた」と少しだけ呼びあったけど、あのときは、恥ずかしさを越えた何かで自分がおかしくなりそうだった。
とは言え、沙羅さんがそれで納得するというのであれば…
「わ、わかりました。沙羅さんがそれでいいのなら、が、頑張ります。」
「ありがとうございます! では、忘れないで下さいね? もし忘れたら…お仕置きですよ?」
お仕置き…沙羅さんから言われると、不謹慎だが別のニュアンスを感じてしまう言葉だ。どちらかと言えば、ご褒美的にも聞こえる。
「あなた?」
「さ、沙羅」
「はい、もう一度です。あなた?」
「沙羅」
「…あなた」
「……沙羅」
顔から火が出そう…何だこの羞恥プレイは!!!
「あ、あの、沙羅さん、もうそのくら…ぶっ!?」
二つの柔らかい何かに沈められてしまい、俺は喋りを強制的に終了させられてしまう。この手段は、もはや沙羅さんの得意技と言っても過言ではないだろう。もちろん俺からすれば、ご褒美以外の何ものでもないけど。
ということで、突撃してきた沙羅さんに思いきり抱きしめられて、俺は喋ることが出来なくなってしまった。
「…お仕置きです♪ 今は沙羅と呼んで下さいね。後は、言葉遣いも変えて下さい。次に忘れたら、お返事して差し上げません。」
「わ、わかったよ…沙羅」
沙羅さんが少しだけ抱きしめる力を緩めてくれたので、俺はそこから何とか声を出すことが出来た。
どうやら機嫌を直してくれたようで、声音からもそれがハッキリわかる。とりあえずは安心したけど、呼び捨ては継続しなければいけないようだ。
そしてそれは言葉遣いも…正直、慣れるまで時間がかかるかもしれないな。
「ふふ…早く慣れてくださいね、あなた?」
「頑張りま…頑張るよ、沙羅」
ああ、恥ずかしさと照れ臭さとわからない何かで、またしてもダメになりそう。
そんな俺の焦りとは逆に、どこまでも嬉しそうな様子の沙羅さんだった。
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いつものように二人で一つの布団に入ると、早速俺を抱き寄せてくれる沙羅さん。
枕元のリモコンに手を伸ばして、部屋の明かりを消してくれた。
勿論いつも通りに布団は二つ並べているが、こうして抱き寄せられてしまうので、結局は一つの布団に二人で入ることになる。
二人でピッタリとくっついて、今日のことを振り返りながら他愛のない話をしていたのだが、不意に沙羅さんが言葉を止めた。眠ってしまったのだろうかと一瞬思ったが…でも、俺の頭を撫でる手はそのまま動いているので、どうやら違うらしい。
「一成さん…ごめんなさいをさせて下さい。」
「? ごめんなさい…ですか?」
謝られるような覚えは当然ないので、どういうことなのか気になった俺は、沙羅さんの様子を見ようとした。部屋の電気は消してしまったので、頼りになるのは月灯りだけだ。そしてぼんやりと見える沙羅さんの表情は、どこか困ったような、しょんぼりとしたような…そんな風に見えた。
「はい。その、私が一方的に怒ってしまいましたから」
一応は怒られたような気もするけど、元はと言えばあれは俺が悪いのであって、沙羅さんが謝る必要は全くないと思う。
「一成さん…私はこれからも、こうしてヤキモチを焼いてしまうことがあるかもしれません。行き過ぎだと感じたら、遠慮なく私を叱って下さい。怒って下さい。」
沙羅さんの言っていることはわかるけど、それは正直難しいというのが本音だ。何故なら、ヤキモチを焼かれて嬉しいと思うことはあっても、それで沙羅さんを怒るという選択肢など、俺には絶対に存在しないからだ。
「不謹慎ですけど、俺は沙羅さんにヤキモチを焼かれると嬉しいですよ?」
「それでも…です。悪いことは悪いと、私を叱って下さい。逆の場合もそうです。私も一成さんを叱ることがあるかもしれません。或いはそれが原因で、喧嘩になってしまうかもしれません。でもその後は…」
沙羅さんが喜んでくれる可能性を信じて、俺は自分から甘えてみることにする。沙羅さんの胸へ顔を寄せてみると、直ぐに手を回してくれてゆっくりと抱きしめてくれた。そのまま身を任せると、更に深くしっかりと俺を抱き寄せてくれる。
「こうして…直ぐに仲直りしましょうね。二人で暮らしていれば、喧嘩をすることがあるかもしれません。嫌なことがあるかもしれません。でも、私達は直ぐに仲直りができます。こうしていれば…幸せですから…」
沙羅さんと喧嘩をする姿など、全くと言っていいほど思い浮かばない。だけど、仮にそうなったとしても直ぐに仲直りできるだろう。俺達なら絶対に大丈夫だ。
「では、最後に仲直りのキスですね」
「え?」
「一成さん、こちらを向いて下さい…」
呼ばれるままに沙羅さんの方を向いたものの…相変わらず室内は薄暗いので、月灯りのぼんやりとした明るさだけでは様子がハッキリと分からなかった。やがて目が慣れてきたのでもう一度見てみると、今度は切なそうな表情をしている沙羅さんがハッキリと見えた。その表情に妙な色気を感じて、俺はドギマギしてしまう。
そのまま二人で見つめ合っていると、沙羅さんがスッと目を閉じた。もちろんそれは、俺からのキスを求めているのだと直ぐにわかった。
なのでそのまま顔を近付けようとしてみたものの、体勢的に届かないという致命的な問題が生じてしまう。一度身体を離せばいいのだが、沙羅さんにしっかりと抱かれているのでそこまでは無理だ。
その内に、俺がキスをしないことを不思議に思ったらしく、沙羅さんが片目を開けてこちらの様子を確認していた。どうやら状況をわかってくれたらしい。
「ふふ…申し訳ございません。それでは、私から…」
俺を抱きしめる体勢はそのままで、届かなかった距離を沙羅さんが詰めてくれる。
ちゅ…
今日のキスは、お互いで距離を詰めたせいなのか、いつもとは少し違う何か不思議な気分を感じさせるものだった。だからなのか、終わった後もその気分が抜けなくて、お互い目を離せなくなってしまう。
そして…それは不意に終わりが訪れる。結局は俺が恥ずかしさに負けてしまい、先にギブアップをしたからだ。
「ふふ…一成さん可愛いです。」
そんな俺の様子に、沙羅さんはクスクスと可愛らしく笑い声を漏らしていた。
「うう…すみません」
「大丈夫ですよ。その分、私は可愛い一成さんをいっぱい見ることができますから♪」
嬉しそうなその笑顔には、もう先程までの暗さや陰など全く見えない。すっかり元に戻ってくれたようだ。
俺が恥ずかしい思いをした甲斐もあったというものである。
「はい、これで仲直りができました。あとは、一成さんが私に思う存分甘えてくださるだけですよ?」
「え?」
「仲直りしたのですから、その後は当然仲良くするものです。ですから、一成さんは私に思い切り甘えて下さいね。私はそれを全力で甘やかしますから。」
どういう理屈なのかわからないが、沙羅さんの中ではその形が正解であるらしい。
特に問題ない…のか?
「ふふ…一成さんがお休みするまで、私がいっぱい可愛がってあげますね♪」
結局この後、俺が眠ってしまうまで、沙羅さんはひたすらに俺を甘やかし…文字通り俺が蕩けるまで甘えさせてくれたのだった。
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