第233話 花子さんの変化
花子さんとの話も終わり、もともと夕食の邪魔になる前に撤収しようと考えていた俺は、ボチボチ帰ることを花子さんに伝えた。
「そう…残念だけど仕方ない。嫁がご飯作って待ってるだろうし…。それに、私はお姉ちゃんだから、弟を困らせる訳にはいかない。」
やはり、花子さんには明らかな変化が訪れていた。感情が見えるのだ。声も若干ではあるが、今までのようなぶっきらぼうではない。
きっとこれは良い変化だと俺は思う。
やはり俺の判断は間違っていなかったと、そう感じさせてくれる嬉しい出来事だった。
花子さんの部屋を出ると、リビングにはソワソワした様子の忠夫さんと佳代さんが待っていた。恋人ではないとはいえ、可愛い娘が部屋で男と二人きりともなれば、親として当然だろう。
「え、あ、話はもう済んだのか…でしょうか?」
相変わらず忠夫さんの言葉遣いが不思議なことになっているようだ。いったい何があったというのであろうか?
「はい。すみません、長々とお邪魔しました。そろそろ帰ろうと思います。」
「私が呼んだのに、邪魔なんて言わないで欲しい。いつでも来てくれていい。」
「「 !? 」」
ありきたりな社交辞令のつもりだったのに、花子さんが思いきり反応してしまった。だが、そんな姿が珍しいと思うよりも、かなり驚いている様子の花子さんの両親が気になる。
「……莉子、あなた…」
「? どうかした、お母さん?」
「「 !? 」」
そうか、これは花子さんのしゃべり方に驚いているのではないだろうか。
まだ多少ぎこちない部分はあるが、花子さんをよく知る人が聞けば違いはハッキリとわかるくらいに変わったと思う。まして親なら尚更かもしれない。
だがこれについては、俺から指摘しないでおこう。できれば親子でしっかり話をして欲しい。
「…すみません、長々とお邪魔しました。これで失礼します。」
「い、いえいえ、こちらこそ、何のお構いもできませんで…。」
結局、忠夫さんの言葉遣いが戻ることはなかった。別に本人がそれでいいのであれば、俺から特別言うことでもないのかもしれないが…
そうだ、帰る前に生徒会のことを伝えておかなければ。
「すみません遅くなりましたが、自分がお願いして、花…莉子さんに生徒会を手伝って貰うことになりました。帰り時間が今までより遅くなることが多いかもしれませんが、なるべく遅くならないように生徒会の方で気を付けます。あと、遅くなるときは莉子さんを必ず家まで送りますから。」
「ご、ご丁寧にありがとうございます。改めて、今後も娘を宜しくお願い致します。」
二人でペコペコと頭を下げて、端から見ると漫才か何かをやっているようにでも見えたのだろうか。花子さんと佳代さんが、苦笑しながらこちらを見ているのだった。
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外まで見送ろうとしてくれた花子さんを説得して、玄関でお別れすることにした。そこまで大袈裟にしなくとも、月曜日になればまた学校で会えるのだ。
「それじゃ、俺は帰るよ。」
「うん、今日は来てくれてありがとう。嬉しかった。」
そう言って自然に微笑む花子さんに思わず目を奪われてしまう。姉として受け入れただけで、こんなに変わるとは思ってもみなかった。これなら、今度こそ友達もいっぱいできるのではないか。
「じゃあ、また学校で」
「うん。…ちょっと待って、肩に」
花子さんの視線が俺の左肩に注がれていた。ひょっとして、何かついているのだろうか? 俺が肩を叩こうとするよりも早く、スッと身体を寄せてきた花子さんは、左肩に手を乗せるとそれを支えにするように背伸びをして
ちゅ…
左頬に感じる柔らかく温かな感触。
そのまま耳元で囁くように「お姉ちゃん、頑張るからね」と呟いて、手を振りながら送り出してくれたのだった。
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マンションを出て帰り道。
今日のことを思い出しながら歩いていると、ジョギングをしている人なのか、駆け足のような足音が近付いてくる。特に気にせず歩いていたのだが「す、すみません、高梨さん!!」という声で直ぐに立ち止まった。
振り返ると、そこには少しだけ息を切らした佳代さんが立っていた。どうしたのだろうか? 何か忘れ物…であれば、花子さんが来てもよさそうである。
「佳代さん…どうしました?」
「す、すみません、少しだけお話をいいでしょうか?」
どうやら俺を追ってきたらしい。
話…間違いなく花子さんに関することだろう。勿論話をするのは構わないが、道のど真ん中は流石に頂けないか。
「わかりました、少し場所を移動しましょう。えーと…そこの公園でもいいですかね?」
「あ、はい、すみませんお手数おかけします。」
商店街と駅の間にあるその公園は、遊具も少なく遊んでいる子供もあまりいない静かな公園だ。話をするならちょうどいいだろう。
公園に移動した俺達は、そのまま並んでベンチに座る。今日会ったばかりの、それも花子さんのお母さんと何故か二人きりというよく分からない状況。佳代さんが話あぐねているようなので、こちらから無難なことを聞いて会話する空気を作ることにした。
「えーと…ちなみに花…莉子さんは?」
「え? あ、娘は家に居ますよ。コンビニに行くと言って出てきたので。」
なるほど、それで身軽な格好なのか。
でもその理由で出てきたなら、あまり時間は取れなそうだ。聞きたいことがあるそうだし、早く話をした方がいいだろう。
「俺に話があるんですよね?」
「…はい。すみません、時間があまり無いのでこのまま本題に入らせて下さい。先程、二人が部屋から出て来てから、莉子の様子が明らかに変わりました。どんなお話をしたのかお伺いしても宜しいでしょうか?」
花子さんの突然の変化に気付いたのであれば、それが俺との会話に理由があると判断するのは当然だろう。でも、この話題は花子さんにとって非常にセンシティブな内容であり、いくらお母さんといえども俺が勝手に話せることではないのだ。
「すみません、これは俺の口から言う訳には…」
「弟に関する話なんですね?」
「………」
沈黙すれば、それは肯定と捉えられてしまうだろう。だが、佳代さんがピンポイントでそこを突いてきたということは、何かしら確信を持って話をしているということだ。そしてそれが外れていない以上、俺も明確に違うと否定できるものではない。
「そうですか。詳しく説明をする時間がありませんので、このまま要点だけお話しさせて頂きます。私は莉子が、弟へ過剰なまでの思い入れを抱えていたことを知っていました。なかなか友達が出来なかった莉子が、それでも楽しそうにしているであれば…と安易に考えた私にも責任があります。そんな折、最近になってお友達との集まりがあると出掛けるようになったのです。」
やはり佳代さんは知っていたのか。
弟のことを知るためには、お母さんに話を聞くしかないだろう。だから、きっと花子さんは佳代さんから色々聞いたはずだ。そして、もし部屋の本を見たのであれば、自ずと答えに辿り着くのは道理である。
「ひょっとしたら改善されるかも…と期待しました。転校をしたいと言い出したことも、その学校には今付き合いのある友人達がいるとのことで、そうであれば何とか転校させてあげたいとも思ったのです。ですが話をしている内に一度だけ…あの子は一度だけこう漏らしました。和成と同じ学校へ行きたい…と。」
花子さんと話をした今となっては、それはもちろん俺のことだろう。今の学校がつまらないと連絡してきたことも然り、俺にだけ転校を知らせなかったドッキリも、逆に言えば俺を特別意識してくれていたということなのかもしれない。
「私はそれを聞いて、あの子がまた弟への思い込みを復活させてしまったのかと焦りました。その矢先に突然夫の転勤が決まって…」
今の話を聞いて少し違和感を覚えた。随分都合のいいタイミングで転勤が決まったように思えたからだ。しかも引っ越し先が俺たちの近所とか、偶然にしてはさすがに…
まさか…沙羅さんが動いた…とか?
ま、まぁ仮にそうだとしても、別に問題のある話ではないから、そこは考えないことにしよう。
「結果的に、莉子はどちらにしても転校せざるを得なくなったのです。そして転校後の莉子は良い意味で変わりました。パッと見の様子は変わらなくても、毎日を楽しみにしているのがわかりましたから。弟の影は消えませんでしたが、それも時間が解決してくれると。」
「………」
「今日、莉子がお友達を連れてきました。男性だったのでかなり驚きましたが、お名前を聞いてまさかと思ったのです。転校の理由も、弟の話が落ち着いたことも、まさか…と。そして先程、莉子がハッキリとわかるくらい感情を見せてくれるようになった。この驚きは、言葉では言い表せません。」
ここまで気付いているのであれば、少しくらいは話をしてもいいのではないだろうか。詳しい話は花子さん本人として貰うにしても。というか、そこまで気付いているのなら何を聞きたいのだろうか?
「弟さんについては、俺もさっき知りました。俺をその弟さんに重ねていたことも、話してくれました。」
「これで全てが繋がりました。私は高梨さんにお礼を言いたくて来たんです。」
「お礼ですか?」
「はい。莉子の嬉しい変化は、姉としてのあの子を、高梨さんが受け入れて下さったからではないですか?」
「………」
佳代さんは涙を湛えながら俺に向き直った。
そして深々と頭を下げて、感謝の言葉を口にする。
「やはりそうでしたか。本当に、ありがとうございます。莉子と出会って下さったこと、莉子と仲良くして下さったこと、莉子の望みを受け入れて下さったこと…本当に感謝しております…ありがとうございます。まだ時間はかかるかもしれませんが、これを期に、今度こそあの子は立ち直れるのではないかと思います。」
ハンカチで涙を拭いながら、何度も何度も頭を下げる佳代さん。その姿に、俺は何と言っていいのかわからなかった。
花子さんのことはお礼を言われることではないと俺は思っているが、佳代さんの話を聞いた以上、仕方のないことだとも思う。
「わかりました。お礼はもういいです。俺は俺の意思で、莉子さんを受け入れただけですから。それに、莉子さんが変われたのは、莉子さん自身の心の力だと思いますよ。俺がその切っ掛けになれたのなら、親友として嬉しいですけど。」
俺が姉として受け入れことで花子さんが救われたのだとしても、心の問題である以上、結局そこから変わるのは花子さん自身の心の力なんだ。
俺はその切っ掛けであり、あとは支えてあげる補助のような役割だと思う。
少し驚いたように俺を見ていた佳代さんだったが、やがて穏やかに微笑むともう一度頭を下げた。
「………残念ですね。あの子には、あなたのような…」
「え?」
「いえ。さて、そろそろ戻らないと怪しまれてしまいますね。とにかく、お礼を言わせて頂きたかったのです。本当にありがとうございました。これからも、莉子を宜しくお願い致します。」
そう言って、佳代さんはこちらを何度も振り返りながら帰って行った。
花子さんだけでなく、長い間、花子さんを心配していた両親も救われたのかもしれないな…
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ガチャ…
「ただいま。」
俺がドアを開けると、沙羅さんはまるで待ち構えていたかのようにいきなり抱きついてきた。どうしたなどと野暮なことを聞くつもりはない。沙羅さんだって不安だったと思うから。
「お帰りなさい、一成さん。それと…お疲れ様でした。」
あれ、思ったより大丈夫そうだな?
予想より明るい様子の沙羅さんと、お疲れ様という言葉に微妙な違和感を覚えた。ちなみに、疲れるようなことはしていないのだが。
「ふふ…花子さんから連絡がありまして、大まかな報告は受けておりますよ。」
俺の様子に気付いたのか、沙羅さんは補足的に説明をしてくれた。花子さんが早速連絡をしてくれていたらしい。それならこの様子も納得である。
「そうなんですね…何か言ってましたか?」
「あくまで大まかなお話だけです。どうなったか…という結論はもちろん聞いておりますよ。ですが…」
そこで話を区切ると、少し見上げるようにしながら俺の目をじっと見つめてくる。
「私は一成さんからお伺いしたいです。後で、ゆっくりお話ししましょうね。」
「…わかりました。ちゃんと説明しますよ。」
どちらにしても、俺から沙羅さんに白状…もとい、言わなければならないことはあるのだ。それも含めて、最初から全て報告をしておこう。
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この続きも殆ど書けているので、夜に更新するつもりです。沙羅さんとの糖分不足で私がスッキリしないので(ぉ
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