第232話 救いの形は人それぞれ
花子さんは、俺の頭をゆっくりと撫でる動作を繰り返しながら、ぽつりぽつりと話を続けてくれている。
「あの写真、あれは…私の弟。」
それは予想通りの答えだった。
正確には性別がわからなかったので、姉妹、兄弟の四択ではあったが、そこまでは予想出来ていたから驚きはなかった。
「和成は、まだ赤ちゃんのときに亡くなった。私も小さくて、思い出はない。」
!?
かずなり…もちろん俺のことではない。
弟さんは俺と同じ名前なのか。字は違うだろうけど。
そして何となくだが、もうこの時点で花子さんが自身を「お姉ちゃん」と呼ぶことの意味がわかってきたような気がするのだ。
「何も思い出がないから、勝手に考えてた。どんな容姿で、どんな性格で…どんな弟だったんだろうって。」
「………」
「きっかけは色々だと思う。今となってはどれが最初だったか覚えてない。でも、気が付いたら弟のことを考えるようになってた。ラノベにハマったこともあって、弟がいれば…と思うようになった。暇だったから、姉弟物を読みまくってた。」
ここまで聞けば俺も少しは想像がつく。
暇だった。
それはつまり、花子さんは友達がいなかったのか、少なかったのか。
かつて孤独を経験した俺が言うのもどうかと思うが、花子さんも決して友達を作るのが得意ではないと思う。本当の花子さんを知れば友達がいっぱい出来たと思うが、付き合い難いと誤解されやすいのではないだろうか?
そんな花子さんが弟を求めるようになったのは…
「弟のことを考えているときは楽しかった。色々な本を読んでいる内に、自分の理想を考えるようになった。気が付いたら、和成は理想の弟になってた。」
現実逃避…
俺にもその気持ちが本当によくわかる。
あのとき全てを諦めていた俺は、ある意味の嫌がらせだけを考えて教室に存在していた。俺が居ることでクラスメイトが不快感を感じる、決して平和にならない、常にギスギスしたクラスになることがせめてもの復讐。
誰から何と言われようが、その為だけに卒業まで我慢していた。逆に言えば、俺にはそれしかなかった。
自分を支えられる何か一つに没頭すること…俺にはそれが小さな復讐であり、花子さんは空想の弟だったのだろう。
「だから、私の好きな小説を、全巻まとめ買いしてた山崎を見たとき、思わず声をかけてしまった。今にして思えば…あいつは適当に話を合わせていただけだったのに、私はそれが見えずに同士ができたと勘違いした。恐らくだけど、女へのプレゼントで買っただけのような気がする。」
当時の花子さんの外見を俺は知らないが、例えば今の花子さんの片鱗が見えるようであれば、山崎がこれ幸いと話に乗った可能性は十分考えられる。
そして、柚葉の一件で煽りを食らうのか…
でも、深入りする前で良かったとは思う。そこだけは不幸中の幸いだろうな。
「私は自分がバカにされたことよりも、大切な弟のことまで貶されたような気がして絶対に許せなかった。弟の分まで必ず復讐すると誓った。」
そしてここからは、俺の知っている花子さんになるのだろう。話がやっと繋がったのだ。
「……私の弟は、甘えん坊。身体は大きくなっても、お姉ちゃんに甘えてくれる可愛い弟。でも度胸があって、肝心なところでは男らしさを見せてくれる。やるべきときはやる、キメるときはキメる、そしてとっても優しい…」
これはきっと、花子さんが理想としている弟さんのことなのだろう。甘えん坊と男らしさを両立させるなんて、なかなか難しい弟の姿だ。だからこその「理想」なんだろうけど。
そこまで言うと、花子さんは頭を撫でる手を一旦止めて、俺の両頬を挟んでから自身の方へ顔を向けた。真正面から見る花子さんは…やはり微笑みを浮かべて俺を見てくれていたようだ。目が合うと、そのまま再び頭を撫で始める。
「最初は甘えん坊なだけだと思った。名前が同じだから、とりあえず気になっただけだと思ってた。でもそれだけじゃなかった。男らしさもある、人望もある、皆が進んで協力してくれる、それを集めて困難を乗り切る力がある、立派な男の子。復讐に囚われていた私を解放してくれた、優しくて頼りになる男の子。でもやっぱり甘えん坊。」
俺の目を捉えて離さないその眼差しは、誰のことを言っているのか如実に表している。今話しているのは理想の弟像のことではない、俺のことを言っているのだと、花子さんの目が訴えていた。
だが、間違っても俺はそんな大層な男ではないだろう。それは過大評価すぎる。もっとも、今まさに膝枕されて甘えている俺は、甘えん坊という部分だけは否定できそうも無いが。
「私はお姉ちゃんになりたい…ううん、なってみたい。もちろん仮初めだってわかってる。いつか現実に戻るその時まででいい。一成が迷惑だと、これ以上はダメだと判断するそのときまででいい。そのときはハッキリと言ってくれていい。」
これが花子さんの本音…今まで「お姉ちゃん」を強調していた本当の理由ということか。姉…いや、義姉だ。それも、何一つ繋がりの無い、口約束だけの関係。
「一成と嫁の邪魔をするつもりはない。だって私はお姉ちゃんだから。弟の大切な人は、私にとっても大切な人。」
俺は、これをどう受け止めればいいのだろうか。
沙羅さんが花子さんを拒否しなかったのは、きっと花子さんが俺を弟として見ていると判断したからだろう。あるいは、本当の弟さんの話を聞いて、その上での判断なのかもしれない。そちらの方が可能性は高そうか。
花子さんが言う邪魔をしないという意味は、俺と沙羅さんの間に割って入ることはしないということだ。あくまでも姉として、俺と接するつもりだということ。
「私は自分で何を言っているのかわかってる。迷惑はかけないと約束する。だから…」
ここまで淡々と話をしていた花子さんが、切なそうに表情を歪める。こんな花子さんを見たのは初めてだ。そもそも感情をあまり表に出さない花子さんが、ここまでハッキリとそれを見せるのは本当に珍しい。つまりそれだけ本気だと、必死だということだろう。
「私はお姉ちゃんになってみたい。一成に、弟になって欲しい。私が望むことはそれだけ。あと、一成が何を心配しているのかわかってる。安心して貰えるかわからないけど、それは絶対にしないと誓う。」
そこまで…そこまで考えているのか。
俺に求めるものが、本当に仮の姉弟としての姿であるというのであれば、それを無理に否定するつもりはない。花子さんがそれでいいというのであれば…それで本当に満足できるというのであれば。
だけどこの先、もし万が一にもそれ以上を求められることがあれば…沙羅さんの為にも、花子さんの為にも、そして俺の為にも、この関係を続けることは出来なくなる。それでも、花子さん自身がそこまで全て納得していると言うのであれば、受け入れてもいいと思っている俺がいるのだ。
何故なら、人が救いを求めるのは当然の話だから。
救いの形は人それぞれであり、かつて俺が求めた救いは、全て沙羅さんが満たしてくれた。俺は文字通り、全てを沙羅さんに救われた。沙羅さんと出会うことで、沙羅さんを好きになることで、沙羅さんから愛されることで、俺は救われたのだ。
だから、俺を弟として見ることで花子さんが救われるというのであれば、俺は救ってあげたいと思う。だって花子さんは、俺にとって心から大切だと言える親友だから。
でも、それもこれも、全ては話をしなくてはならない。
「花子さんの気持ちはよくわかった。今までも自分のことを姉って言ってたから、その意味が聞けてスッキリはした。でも、本当の弟さんのことは正直驚いてるし、何と言えばいいのかわからない。」
「…うん」
「花子さんの言う理想の弟像を聞いて、とてもそれに合うような男じゃないと俺は思う。甘えだけは否定できないのが情けないけどさ。」
「……」
「でも、それを決めるのは俺じゃない。花子さんがどう思っているかが重要で、決めるのも花子さんだと思う。だから、花子さんが自分の弟と俺を重ねても、それは自由だ。」
「…うん。期間は短いかもしれないけど、私は一成のことを見てきた。だから、さっきの話は私の本心。私は一成をそう思ってる」
「正直に言って、俺は花子さんを親友だとは思っていても、姉だとは思ったことはない。ただ、年上に思えたことはあるけどさ。」
精神年齢、考え方は、間違いなく俺より年上だと思っていた。これは事実だ。
「なぁ花子さん、仮にOKだとして、俺は花子さんを姉として見ることはできないと思う。今までと同じように、親友として花子さんと接することになる。勿論、花子さんが俺を弟扱いするのは自由だと思うけど。」
俺を弟扱いすることは容認するけど、俺は花子さんを姉扱い出来ないということだ。つまりこれは、今までの延長線的な考え方だろう。違うのは、花子さんが俺を弟扱いすること受け入れて、それに伴い花子さんが少し変わるかもしれないということか…
「うん。私を受け入れてくれるなら、それだけでいい。私がお姉ちゃんとして振る舞うことを許してくれるなら、私はそれだけでいい。」
……ここまで言うのであれば、俺自身にはもう断る理由がない。残る問題はただ一つ、沙羅さんが嫌だと思わないかどうかだ。
「これだけは言わせて欲しい。俺は自分よりも沙羅さんが大切なんだ。沙羅さんが困るようなことは絶対にしたくない。だから、それは絶対にしないって誓えるか? 本当に姉と弟ってだけで満足するのか?」
口約束でしかないとしても、これだけは譲ることができない。もしこれが守られないのならば、俺達の信頼はゼロになる。それくらいの厳しい約束が必要なのだ。
「誓う。もし私がそれを守らないなら、絶交してくれてもいい。誓約書を書いてもいい。」
ここまでハッキリと約束すると言うのであれば、俺も納得しようと思う。勿論、条件は付けるけど。
「俺からも沙羅さんに言うけど、花子さんからも言って欲しい。そして、絶対に沙羅さんに迷惑をかけない、困らせないと約束して欲しい。沙羅さんが嫌がったらこの話は無しだ。でも、多分今までくらいなら別に問題ないとは思うけど。」
「…実は、もう話はしてある。薩川さんからも全く同じことを言われた。自分よりも、一成に迷惑をかけたり困らせたりしたら絶対に許さないって。姉弟のそれを絶対に守れるなら、後は一成の判断に任せるって。似た者夫婦。」
なるほど、沙羅さんはそこまで知っていたのか。となれば後は、友人としての、親友としての花子さんを信用するかどうかだけである。
だから俺は信用したい、いや、信用する。
「わかった。確かに約束したぞ。といっても、弟と言われてもどうすればいいのかわからないけどさ。」
「……え?」
「花子さんを信用した。でも、俺もよくわからないからお手柔らかに頼むぞ。あと、弟らしくとか言うのは勘弁してくれ。どうすればいいのかわからないからさ。とりあえずは今まで通りでいいのか?」
キョトンとした様子で、俺の返事を飲み込めていない様子の花子さん。
自分から言ったのに、俺が受け入れたことが信じられないようだ。
「……いい…の?」
やっと聞き返してきた一言に、ちょっと照れ臭いながらも頷いて返事をする。
今までも「姉」発言は繰り返していたのだし、要はそれを俺が許可した…受け入れたと言えばいいのか。
沙羅さんの迷惑にならないのなら、これまでくらいだと言うのなら、きっと大丈夫だろう。
そしていつか…もう少し大人になって、花子さんが自分を乗り越えられるときがくるまで…仮初めの姉弟だ。
やがて俺の返事をしっかりと理解できたのか…花子さんがこれまで見たことのない程の、まるで花が咲いたかのような、満面の笑みを見せてくれた。
「あり…がとう。ありがとう…嬉しい。嬉しいよ」
目尻に少しだけ光るものを湛え、俺を見つめる花子さん。
「嬉しい…嬉しい…私は、一成のお姉ちゃん。お姉ちゃんだよ?」
「そ、そうだな。でもお手柔らかに…」
「わかってる。皆の前ではやり過ぎない。嫁の前では絶対に抑える。でも、今だけは…」
そこをわかってくれているのであれば…とりあえずは大丈夫…だろう。
花子さんのその姿に、俺は自分の判断が間違っていなかったと…花子さんが救われたのだろうと、そう感じた。
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話さなければいけないことは終わったのだが、花子さんがもう少し膝枕を続けたいということで、俺達はまだこの状態のままだった。
驚いたのは花子さんの様子。自身が姉になったと自覚したからなのか、優しげな眼差しで微笑みを浮かべながら、ずっと俺の頭を撫でている。逆に、そんな風に見つめられると俺が照れ臭い。
「これからも普段通りにしてくれればいいけど、たまには私のことを、お姉ちゃんって呼んで欲しい。私は、それだけで満足だから。」
「わかったよ…お姉ちゃん」
「!?」
驚きとともに、本当に嬉しそうに笑う花子さん。ここまで喜ぶのなら、たまにはそうやって呼んであげるのも悪くないだろう。
ただし、この辺りの話も沙羅さんにしっかり報告はしておくけど。
「これからも宜しくね……一成。」
そう呟く花子さんの声には、しっかりとした感情が込められている…俺はそう感じたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ということで、花子さんのお話でした。
久しぶりに真面目一辺倒の話で、少し自信がなかったり(汗)
沙羅さん一筋の読者様にはあまり好まれない展開だったかもしれませんが、花子さんに関する部分の、一つの決着として書かせて頂きました。
一応宣言しておきますと、私はこの拙作にハーレムは全く考えておりません。あくまで一成と沙羅だけの恋愛物語であり、花子さんは姉ポジです。沙羅に対して出過ぎた真似もしません。その点はご安心(?)下さい。
次回は、一成が花子さんのお母さんと一対一で少し話をして、帰ってから沙羅さんとのお話です。ヤキモチは…あるかも?w
ただ…花子さんは個人的に沙羅の次に気に入っているキャラなので…ifのお話を見てみたいと思う自分もいます(ぉ
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