第231話 リビングでの対決(?)

リビングに入りソファへ案内された俺は、現在花子さんのお父さんと向かい合って座っている。睨まれている訳ではないが、複雑そうに俺を見ているその表情…居心地が悪すぎる。


少し目を逸らして、失礼にならない程度に周囲を見回すと…仏壇のようなものがあることに気付いた。俺が想像する一般的なそれより小さいが、確かに仏壇のようだ。何故気になったかというと、そこにはいくつか玩具が置かれているからだ。それも恐らくは幼児用。


部屋から戻ってきた花子さんは、何の躊躇いもなく俺の左横にちょこんと座った。

その姿を見て不意に思ったのだが、俺が座るときは必ず沙羅さんが右、花子さんが左と固定されているような気がする。

そして、余りにも自然に俺の隣へ座った花子さんに、お父さんは目を丸くして驚いているようだ。


は、早く話を再開させたい…


「お待たせしてごめんなさいね。」


トレーにお茶と、俺の手土産であるお菓子を乗せてお母さんが戻ってきた。

先程ソファに座る前に渡しておいたのだが、もちろん「つまらない物ですが」を忘れずに言った。言い馴れない言葉で、思わず噛みそうになってしまったが…


全員に行き渡り、お母さんがお父さんの隣に座ったところで、やっと自己紹介になるようだ。俺はお父さんのプレッシャーから早く逃れたくて、このときをずっと待っていたのだ。


「改めて、私は莉子の父、花崎忠夫です。娘がお世話になっています。」


社交辞令的だが、お辞儀をしてくれる忠夫さんに俺もお辞儀を返す。お父さんだと怒られそうなので、忠夫さんと呼ばせて貰おう。それに続き、横に座るお母さんが口を開いた。


「母の、佳代と申します。莉子と仲良くして頂いて、ありがとうございます。」


先程と同じようにお辞儀をする佳代さんに、俺も同じくお辞儀を返した。そして次は俺の番だろうと考え、挨拶をしようとしたところで、花子さんが間に入ってくれたのだ。


「紹介する。高梨一成くん…私にとっては一番仲良くしてくれる人。」


「い、い、一番、仲良く……」


「………かずなり?」


これもまた、俺的にはかなり嬉しい話であると同時に、明らかに誤解を深めそうな紹介の仕方であった。

だけど花子さんはそこまで考えていないようだ。実に堂々と嬉しそうに俺を紹介してくれた。それを聞いた忠夫さんは明らかに動揺した様子を見せているが、反対に佳代さんは意外にも冷静なようだ。


忠夫さんが怖いので、早く自己紹介してしまおう。


「初めまして、高梨一成です。花子さんとは…」


「「 花子? 」」


しまった

ついいつもの癖で花子さんと呼んでしまった。この場合は莉子さんと呼ぶべきであったのに…馴れてしまっているので、この先もやってしまいそうである。


「す、すみません、いつも莉子さんのことは花子さんと呼んでいるので。」


「高梨くんだけは、花子でも莉子でも好きな方で呼んでいいと私が言った。」


……そ、それも確かに事実かもしれないが、今それを伝えるのは流石にタイミングが悪すぎる。案の定、遂に忠夫さんが俺を睨むようになってしまった。


「莉子…つまり、彼はお前にとって、そこまで大切な存在ということか?」


「大切? …そう。高梨くんは私の大切な人だから」


以前、教室でクラスメイトから俺のことを聞かれたときも、花子さんは同じように答えてくれた。もちろん親友という意味はあるだろう。だが「お姉ちゃん」という部分もそれに含まれているのではないかとも思うのだ。


などと冷静に考えている場合ではない。もはや確実に誤解されていると思うので、早く何とかしなければ。


「あ、あの、とりあえず俺の話を…」


「高梨くんだったね。莉子が君のことを大切な人だと考えているのはわかったが、こういうことは男から言うべきだと思わないかい?」


「莉子、あなたも何で友達なんて言い方をしたの? 恋人を紹介したいなら、最初からそう言いなさい。」


わかってはいたが、もはや完璧に誤解されていた。これは俺一人で説明しても、なかなか解けない可能性が高いような気がする。


「恋人? 高梨くんは恋人じゃない。」


そんな矢先に、やっと花子さんから誤解を解くための一声が生まれてくれた。俺もこのチャンスを逃す訳にはいかないだろう。


「……え?」


「莉子、お前何を言って……彼は大切な人だと言っただろう?」


「そうだけど、別に恋人とは言ってない。そういう簡単な話じゃない。」


簡単な話じゃない。これは明らかに「お姉ちゃん 」に関わる話だと俺は確信した。本当はこのままそれを聞きたかったのだが、ひょっとしたら両親に聞かれたくない話である可能性も考えて、まずは誤解を解くことを最優先にする。


「あの、俺と花…じゃない、莉子さんは恋人じゃないです。俺は親友だと思ってますけど。」


「し、親友? 二人は本当に恋人じゃないのか?」


忠夫さんのこれは、俺ではなく花子さんに向けられた言葉だ。これで花子さんが否定してくれれば、取りあえず誤解は解けて落ち着いてくれるはず。


「違う。そもそも高梨くんには恋人…というか、婚約者がいるから」


「「 こ、婚約者!? 」」


ここで花子さんは、誤解を解く決定的な一言を伝えてくれた。これでひと安心できるだろう。ここまでくれば落ち着いて話を聞いてくれると思う。

忠夫さんを見ると、恋人ではないという部分は理解してくれたようで、やっと俺に対するプレッシャーが消えた。はぁ…良かった。


「き、君は高校生なのに、もう婚約者がいるのか? いや、私が首を突っ込むべき話ではないが、随分と気の早い話だな…」


「高梨くんもそうだけど、相手が特殊だから。というか、お父さんも知ってる。」


「私が知ってる? 何がだ?」


「高梨くんの婚約者は、薩川沙羅さん。お父さんは知ってるはず。」


忠夫さんが沙羅さんを知っている?

どんな繋がり…あぁ、そういえば以前、花子さんのお父さんは佐波エレクトロニクスの社員だと聞いたことがある。ということは、政臣さんのことは知っていても不思議はないのか。


「薩川沙羅……いや、知らない…ん? 薩川?」


「会社にいる薩川さんは、高梨くんの婚約者のお父さん。」


「薩川って……いやいや、私の知る限り一人しか」


「多分その人。珍しい名字だから、滅多に居ないはず」


「……う、嘘…だろう?」


「嘘をつく意味がない」


「お、お父さん、どうしました?」


「ほ、ほ、本当に、さ、薩川専務…なんでしょうか?」


忠夫さんが凄まじく驚いた様子で慌てている。どうやら政臣さんのことに気付いたらしい。薩川という名字が珍しいということは、俺も実体験済みだからな。

佐波のナンバー2だということは俺も知っているし、まして社員なら知らない筈はないだろう。しかし、それにしても凄い驚き様だ。


「は、はい。政臣さ…じゃない、薩川専務は沙羅さんのお父さんです。」


「!!!!!!!!????????」


どうやら俺にも沙羅さんのような時間停止能力があるのだろうか…と思いたくなるくらい、忠夫さんは綺麗に固まっていた。表情は物凄いが…

声が出なくなっている様子の忠夫さんに代わり、佳代さんが問いかけてきた。


「ご、ごめんなさいね、高梨さん。その、専務さん? のお嬢さんとは、本当に…」


「ええ、薩川沙羅さんとは…その、婚約者ということで」


そこまで聞いた忠夫さんが、停止が解けたのか、ゆっくりと俺の方へ視線を向けてくる。先程と全く違い、驚きと焦りに満ちた表情だ。口もワナワナと震え、言葉が上手く出てこない様子だった。


「た、た、確かに、薩川専務には、一人娘のお嬢さんがいると聞いたことはありますが…」


「それが薩川沙羅さん。私達の学校の一年先輩で次の生徒会長。あと、高梨くんの婚約者。お父さん、もう一度言うけど、高梨くんは薩川専務の一人娘の婚約者だから。将来、佐波に入ることになってるし、わかるよね?」


何故か俺が佐波に入ることを強調した花子さんに、忠夫さんがゆっくりと頷いている。厳密に言えば、俺は佐波に就職しようと進路希望をしている段階であり、就職が確定した訳ではない。政臣さんとの約束で、先ずは大学に受かるという最初の関門をクリアしなければならないのだ。


「た、高梨さん? その、誤解していたとはいえ、先程まで失礼な態度をしてしまい申し訳ありませんでした。」


忠夫さんが、何故か俺のことを「さん」付けに変えて呼んできた。別に今までと同じでよかったと思うのだが。


「いえ、誤解が解けたならそれでいいです。改めまして、高梨一成です。宜しくお願いします。莉子さんには本当に、申し訳ないくらいお世話になっています。」


「い、いえいえ、こちらこそ、娘が大変…大変お世話になっております。可愛げのない娘ですが、これからもどうぞ宜しくお願い致します!!」


ここまでかかって、やっと話が最初の自己紹介に戻ってきたようだ…思ったより疲れてしまった。そしてそんなに丁寧な挨拶をされてしまうと、こちらとしても恐縮して気が引けてしまう。先程までのことは誤解であり、俺も気にしていないのだから、普通にして欲しいと思うのだ。


「可愛げがないなんて、そんなことないです。莉子さんは、笑顔の素敵なとっても優しい人だと俺は思ってます。」


お世辞でも何でもなく俺は本心から思っていることを伝えておく。もっとも、忠夫さんの言っていることは身内に対する謙遜も入っているだろうから。


「……そ、そういうことをサラッと言うのはズルい」


「「 !? 」」


花子さんの反応を見た二人が、かなり驚いた様子を見せた。何に驚いたのか分からないが、ちょっと照れた感じの花子さんも可愛いと思う。


「と、とにかく、今日は話があるから高梨くんを呼んだ。自己紹介が終わったなら、部屋に戻るから。高梨くんも来て。」


そう言って、横に座っていた花子さんがソファから立ち上がると、続いて立ち上がろうとした俺に手を伸ばしてくる。掴めという意味だろうと判断した俺は、その小さな手を再び握ると、やはり花子さんは微笑みを浮かべて握り返してくれた。


「「 !? 」」


またしても驚いている花子さんの両親にペコリと挨拶をして、俺は半ば引っ張られるようにリビングを後にしたのだった。


----------------------------------------------------------------------------------------------


花子さんに続いて部屋へ入ると、まず最初に驚いたのは本棚だ。天井まで届く、余りにも大きいその本棚はスライド式にもなっていて、手前も奥も本がびっしり埋まっていた。


でも少し不思議に思ったのは、漫画やラノベがとても多いことに対して、それ以外にこれといったアニメグッズが無いということだ。単なるアニメ好きという訳では無さそうである。


そして、もっとも気になったのは…机にある写真だ。


赤ちゃんの写真。もちろん花子さんの赤ちゃんはありえないだろう。つまり、リビングの仏壇、玩具はこれに繋がると俺は直感した。これはセンシティブな話になりそうなので、俺からは話を振らないことに決めた。


花子さんはベッドに腰掛けると、何も言わずに俺の様子を伺っていた。俺は何となく気になったので、本棚に近付いて本を眺めてみる。


……なんか、姉物が多い。ひょっとして、「お姉ちゃん」はこの辺りの影響なのか?


「気になる?」


「!?」


いつの間に居たのか、花子さんは真横から俺の顔を覗き込むように立っていたので、ちょっと驚いた。


「気になる?」


花子さんはもう一度同じことを聞いてくる。つまり、俺が聞けば話をしてくれるということなのだろうか?

これが俺の知りたい本題に繋がるのかわからないが、話してくれるというのなら聞いてみたい。


「気になるよ。」


「そう…なら教えてあげる。今日高梨くんを家に呼んだことにも繋がるから。」


そこまで聞いたら、これは是非とも聞いておきたい話だ。頷くと、俺の手を引きながらベッドに戻る。そのまま花子さんはベッドの上に座り、何故か自分の太股をポンポンと叩きながら俺を見上げていた。


…あれは膝枕をすると言っているのだろう。どうしようか、ここで断るのは花子さんに恥をかかせてしまうだろう。だけど、沙羅さんから許可されたことに、これが含まれているのかわからない。


俺がそんなことを考えている間も、花子さんは目を逸らさずにじっと俺を見上げている。


…そうだな、今日は花子さんを受け入れると決めているし、帰ったら沙羅さんに正直に言おう。


俺はそう決断すると、ジャケットを脱いで机の椅子にかけてから、ベッドの縁に座りそのままゆっくりと身体を中央まで移動させる。位置を調整して、花子さんの太股にゆっくりと頭を降ろすと…その小ささに、思わず体重をかけることを躊躇ってしまった。

だが花子さんは、俺が浮かせた頭を上からふわりと手で押さえて、結局はしっかりと頭を乗せてしまうことになる。

沙羅さんとは全く違う感触だが、やはりふわふわと柔らかく温もりを感じるのだ。


そのまま無言で俺の頭を撫でながら、どのくらいそうしていただろう。


「膝枕なんてしたのは初めてだけど、嫁の気持ちが少しわかったかも。」


「沙羅さんの?」


「これは癖になる。嫁が羨ましい。」


横を向いている俺は、花子さんがどんな表情をしているのかわからなかった。声音から、きっと笑っているのではないかと予想はできるのだが。


「写真…見た?」


「!?」


話は本に関することだと思っていたのだが、どうやら花子さんが語ろうとしているのは写真に関する話のようだ。

予想外だったが一番気になっていたことである。花子さんの方からその話をしてくれるというのであれば、是非聞かせて欲しい。


だから俺は返事をせずにただ頷いて、話の続きを待つことにしたのだった。


---------------------------------------------------------------------------------------------


             ちょっとだけオマケ(?)

             ~花子さん両親の会話~


「はぁぁぁ…驚いたな。莉子が友達を連れてくるのもそうだが、まさか男の子で、しかも…」


「ね、ねぇ、お父さん。薩川専務って…」


「あぁ、佐波本社の専務…ナンバー2で、グループの次期社長だって言われてる人だよ。」


「えぇぇぇ!?」


「だ、だから俺も驚いたんだよ!! 一人娘の婚約者ということは、結婚すればきっと後継ぎだろうからな。莉子が言っていたのはそういう意味だ。」


「……ちょっと、想像がつかないわ。」


「俺達平社員からすれば雲の上の存在だからな。しかし、とんでもない子と仲良くなったな。見たところ、素直で感じのいい男の子みたいだけど…」


「ええ、それは私もそう思ったわ」


「正直、どう対応すればいいのか俺も距離感が全くわからない。でもとりあえず、粗相だけは絶対に気を付けてくれ。」


「わ、わかりました。」


「…それにしても、莉子は彼を大切な人と言ったが、ただの友人関係なのか? 実際どういう風に考えているのだろうか…」


「……かずなり」


「どうかしたか?」


「いえ、ちょっと気になっただけです…でも…偶然にしては…」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ごめんなさい、本題まで到達しませんでした…



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る