第230話 花子さんのお家

生徒会終了後の帰り道。


人当たりのいい藤堂さんは早くも馴染んでいるような気もするが、微妙に距離感が測り難い花子さんとは当たり障りのない会話が行われている。こちらはまだ少し時間がかかるかもしれないが、花子さんもいい人だからきっと大丈夫だろう。


「高梨くん、その、例の報告会だが…」


俺を罠に嵌めることすら平気で行う(後で沙羅さんから激しく絞られたらしい)会長が、珍しく言い難そうに話しかけてきた。

西川さんからの話を伝えていなかったな。一言だけなんだが…


「そう言えば、西川さんから伝言を預かってきました。」


「!? そ、そうか。うん、私のことを覚えていてくれたのは嬉しいよ。それで…」


明らかにわくわくしながら話の続きを待っている会長に、妙な違和感を覚える。

勿体つけるような話ではないので、さっさと伝えてしまおうか。


「その節はお世話になりました、とのことです。」


「…そ、そうかい。」


これはどういう反応だろうか?

喜んでいる…という訳でもなさそうであり、ガッカリしているとも言い切れない。

というか、いくら何でもここまでくれば俺だって気付く。


ひょっとして会長は…


「後は、西川さんが今度の学祭に来るかもしれません。誘ってあるんで、スケジュールを合わせてみるとは言ってましたから。」


「!! それは嬉しいね。もし来れるようなら、私としても歓迎させて欲しいよ。」


今度はしっかりと喜んでいる様子の会長。これはもう間違いないと思う。ただ、西川さんの様子を見るに、単なる知り合いという感じなのは間違いないだろう。

難しそうかな…これは。


そんな話をしながら歩いていると、マナーモードにしているポケットのスマホが震え出した。一度で止まらず震えを繰り返しているので、通話着信だと判断して画面を確認する。それは政臣さんからの電話だった。


「はい、もしもし。」


「高梨くん、こんにちは。いきなりごめんね。とりあえず報告だけしておこうと思ってね。今大丈夫かな?」


「こんにちは。はい、大丈夫ですよ。どうかしましたか?」


「多分そちらのご両親からも連絡があると思うけど、高梨くんのお父さんの出張が終わったら、正式に顔合わせをすることになったから。」


遂に俺の両親と沙羅さんの両親が対面するようだ。

政臣さんと真由美さんは大丈夫だろうけど、不安要素は特にウチの親父だったりする。流石に大丈夫だろうと思いたいが…

というか、親父が出張するという話を知らなくて、それを恋人のお父さんから報告されるとかどういうことだ。


「わ、わかりました。沙羅さんに伝えておきます。」


自分の名前が出たことで、沙羅さんは俺の通話相手が自分の親だと判断したらしい。スッと真横に並ぶと微妙な表情を浮かべていたので、安心して貰う為に軽く頭を撫でてみた。嬉しそうに笑顔を浮かべて、俺の肩に頭をコテンと乗せる沙羅さんが可愛くて堪らない。


「…何でいきなりイチャついてるの」

「…電話中でもイチャつくとか…」

「…私まだ信じられないんだけど…本当に薩川さんなのあれ?」


「はぁ…生徒会でもやらかしてるのは予想通りね。」


「そ、そうだね。」


「それと今の住居なんだけど、高梨くんのお父さんと私の連名で保証人になったから、安心してくれ。」


「えっ? あ、はい。ありがとうございます?」


政臣さんの言う、連名で保証人という意味が俺にはわからなかった。もちろん問題はないのだが、何故そんなことを?

通話を終了すると、待ちかねたように沙羅さんが話しかけてくる。


「父ですか?」


「ええ。俺の親と話をしたみたいで、顔合わせが決まったみたいです。」


「「「「「 …!? 」」」」」


顔合わせと聞いた沙羅さんが、とても嬉しそうに笑顔を見せる。俺の両親と会うことを凄く楽しみにしてくれているので、それが決まったことが嬉しいのだろう。


「それは楽しみです! 早めに母と相談して、当日の着物を用意しませんと…」


「いや、まだそこまでしなくても…」


「お義父様とお会いするのは初めてですし、何より一成さんの婚約者…いいえ、将来の妻として、恥ずかしくないご挨拶をさせて頂きたいのです。」


「…うぉぉぉぉ、つ、妻ぁ!?」

「…ふぉぉ、薩川さん結婚とか学校の男子激ヤバだぞぉ(笑)」

「…それ洒落になってないから、あの二人であれだからね。」

「「……………」」


どうやら沙羅さんはかなりの気合いが入っているようだ。俺としても別に困る話ではないので、本人がいいのであればお任せすればいいだろう。それに…


「わかりました。俺も沙羅さんの着物姿が楽しみです」


「はい!! 頑張りますね!」


今日一番の笑顔を浮かべて、力強く返事をする沙羅さんだった。


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土曜日


今日はこの後、花子さんの家に行く約束になっている。学校帰りにそのまま寄ることも考えていたのだが、着替えも含めて一度帰ってからということになった。

大したものではないが、手土産も昨日買っておいた。友達の家に行くだけなのに、手土産なんて…とは思ったのだが


「大袈裟だと思われるかもしれませんが、こういうときは手土産を持って挨拶をした方が良いのですよ。つまらない物ですが、という一言も忘れないで下さいね。」


そう言えば、ドラマでも手土産を相手に渡すときに、そんなことを言っていたシーンを見た覚えがある。


あれを俺がやるのか…


着替えのコーディネートも、結局は沙羅さんの指示に従うことにした。俺はラフな格好で行くつもりだったのだが、沙羅さんが用意してくれたのは、ジャケットにスラックスという西川さんにお呼ばれしてホテルへ行ったときの服装に近いものだった。

どうやら俺は、「友達の家へ行くだけ」という感覚が強くて、軽く考えすぎていたのかもしれない…今後は気を付けよう。


着替え終わり、最後に沙羅さんがジャケットを広げて俺が腕を通すのを待っていた。

その姿が甲斐甲斐しいというか、こそばゆいというか…

ジャケットを着終わると、沙羅さんが最後にそれを整えてくれるかのように、ポンポンと何ヵ所か軽く叩いていた。


「はい、これで大丈夫です。後はお土産を忘れないで下さいね。」


「ありがとうございます。それじゃそろそろ行きますね。」


「……」


先日もそうだったが、やはり沙羅さんとしては思うところはあるのだろう。納得しているようではあったが、いくら親しくしている花子さんとはいえ、女性の家に俺が一人で行くことを平気で見送れる訳がないと思う。もし俺が逆の立場だったら、不安で堪らないだろうから。


「もし沙羅さんが嫌なら俺は…」


「いえ、大丈夫ですよ。先日も同じ事を言いましたが、花子さんのお話を聞いてあげて下さい。多少のことでしたら受け入れてあげて下さい。」


先程の不安げな表情を消して、明るく振る舞う沙羅さん。

正直なところ、これが全然関係ない女性の家に行くのであれば、俺もハッキリ止めますと言うのだが、花子さんは親友だ。俺達のことは百も承知であり、特に何かがあるとは思っていない。友達の家に行って話をするだけなのだ。だからこそ沙羅さんも送り出そうとしてくれている訳で。


「ですが、今日一日だけです。それと…」


それ以上言わせるつもりはなかった。

信じていても不安を感じるのは人として当然であり、今日のことが意味深であるということは、何となくだが俺も空気感でわかっていた。だからこそ、沙羅さんは普段なら言わないことを言うし、不安も感じてしまうのだろう。


俺が両肩に手を置いたことで、沙羅さんは雰囲気を感じてくれたようだ。少し顔を上向きにすると、微笑みを浮かべてから目を閉じてくれる。


やはりこれを自分からするというのは本当に緊張するな…


ちゅ…


少し短めだが、信じて欲しいという気持ちも込めてキスをする。

目を開けた沙羅さんが、心からの笑顔を浮かべてくれたことを確認して、俺は出発することにした。


「それじゃ、行ってきます。」


「はい。行ってらっしゃいませ…あなた」


「あなた」と呼ばれてしまうと、どうしても照れ臭くて顔が火照ってしまうのが自分でもわかる。だが逆に沙羅さんはそれが嬉しいのか、俺の顔を満足そうに見つめてから、手を振って送り出してくれたのだった。


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花子さんとは駅前で待ち合わせしていた。約束の時間より早く着くように家を出たので、まだ花子さんは来ていないようだ。

周囲を眺めながらぼんやり待っていると、やがて特徴のある二つの垂れ耳をふわふわと揺らしながら、こちらに歩いてくるその姿。


「お待たせ」


とても可愛らしい外見なのに、それに似合わないぶっきらぼうな言葉遣いに思わず苦笑を浮かべてしまう。


「何?」


「何でもないよ、それじゃ行こうか。」


「ついてきて。」


そう言いながら、スッと俺に手を差し出してくる花子さん。握手…違うか、手を繋ごうとしているようだ。俺を先導するつもりなのだろう。沙羅さんからは、多少のことは受け入れてあげて欲しいと言われているので、ここは素直に手を繋ぐことにした。


きゅ…


手が小さい…


沙羅さんも小さいと思っていたが、花子さんはそれ以上だ。力を込めたら壊れてしまいそうな可愛らしい手に少し驚いたものの、その小さい手でしっかりと俺の手を握ってくる仕草に思わず微笑ましさを感じてしまう。

俺が握り返すと、花子さんも表情を少し柔らかくして俺を軽く引っ張るように先導してくれた。


そのまま暫く歩き、商店街の近くまで来たところで横路に逸れ、とあるマンションの前で花子さんが立ち止まった。どうやらここに家があるらしい。


鍵をバッグから取り出して、マンション入り口のロックを解除すると自動ドアが開く。中にあるエレベーターで三階に上がり、やがて花崎と書かれたドアの前で止まった。


緊張するな…沙羅さんの家は、政臣さんと真由美さんを既に知っていたからそこまでの緊張は無かったが、花子さんの家族は初対面だし。


「ただいま」


玄関を開けて、花子さんが先に中へ入ると、俺の分のスリッパを出してくれた。靴を脱ごうとしたところで、こちらへ近付いてくるパタパタという足音。


「お帰りなさい、莉子。お友達……は…」


やって来たのはお母さんだった。どうやら花子さんもお母さん似のようで、どことなく童顔な雰囲気を残していることと、やはり身長が少し低いかもしれない。

余りじろじろ見るのも失礼なので、とりあえず挨拶を先にしようかと思ったのだが…お母さんは、何故か俺を見たまま目を丸くして固まっていた。


「え…と、莉子、お友達って、男の子なの?」


「そう。言ったつもりだけど」


「えぇぇ、聞いた覚えがないわよ。お、男の子…り、莉子が男の子を連れて…」


どうやら驚いていた理由は、連絡の行き違いだったらしい。確かに親としては、友達と言われれば同性の友達を連想するだろう。そこに異性…娘が男を連れてきたとなれば、この反応も納得ではある。


すると、もう一つパタパタと、ゆっくりこちらへ近付いてくる足音が。


「莉子、帰ったのか。友達を連れてきたんだろう? いつまでも玄関なんかにいないで、上がって貰いな………」


まさか、お父さんまで居るとは…

いや、自宅なんだから居ても不思議はないのだが。お母さんは驚きで固まっただけだが、お父さんはプルプルと震えだした。

嫌な予感が…


「な、なぁ莉子。お友達が来るって言ったよな? こ、この男の子は…」


「だから、友達…よりは、もっと仲がいいかも。」


「!!??」


花子さんの微妙な返答を聞いたお父さんが、驚愕の表情で固まってしまった。


俺としては、友達より仲がいいと言われたのはとても嬉しい。つまり、普通の友達ではなくその上、親友であると言ってくれたのだから、素直に嬉しいことだ。


だが…


今までもあったが、花子さんは若干言葉足らずなところがある。

俺は自分達の状況を理解しているから、今回の発言も誤解せずに解釈できるが、予備知識のない人がそれを聞いたらどう解釈するだろうか?


親友? それとも…


「お母さん、先ずは上がって貰いなさい。色々と聞きたいし、話もあるからリビングで。」


それだけ言うと、神妙な顔で奥へ引っ込んでしまった。これは、もしかしなくても誤解された可能性が高い。


「お父さん?」


「莉子、私も聞きたいことがあるから、とりあえず上がって。ごめんなさいね、えーと…」


「あ、すみません、高梨といいます。宜しくお願いします。」


どうやらリビングで話をしなければならないようなので、今は簡単に自己紹介しておく。

しっかりとした挨拶は、この後すればいいだろう。


「高梨さんですね、莉子がいつもお世話になっています。玄関なんかでお待たせしてごめんなさいね、どうぞお上がり下さい。」


お母さんのお辞儀に合わせて、俺もお辞儀を返しておく。

「お邪魔します」と一声かけて、花子さんの後に続きながら…俺はどうやって説明しようか考えていた。

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