第249話 カオスな教室
男共の大絶叫で異様な空気に包まれている教室に、どこかのほほんとしてマイペースに現れたのは…
「やっぱこの目で見ないと安心できなかったからね。ダメ息子が愛想を尽かされないか心配で心配で…」
相変わらず、口を開けば直ぐに俺のことをディスりやがって…
勿論、オカンが本心から俺のことを扱き下ろしているとまでは思っていない。だが、せめてもう少しくらい何とかならないものだろうか? 美人で優しくて家事も完璧という、母親の理想像を具現化したような真由美さんがいるので、正直少しくらいは見習って欲しいと思う。
…まぁ、オカンじゃ真由美さんの半分でも無理だろうけど。
「お義母様!!!」
だけどそれは、俺に対しての話だ。
沙羅さんに対する態度は俺と全くの正反対であり、どこにそんな優しさを隠し持っていたのかと、問い詰めてみたくなる程である。
「沙羅ちゃん、久し振り。暫く見ない内に、ますます綺麗になったわね~」
「いえ…そんなことは」
沙羅さんもオカンを慕ってくれているので、久し振りに会えてとても嬉しそうにしている。こんなに喜んでくれるのであれば、俺にとってはマイナス要素しかない父母参観も救いがあるというものだろう。
「でも元気そうで良かったわ。ウチのバカが迷惑かけてない?」
「もう…お義母様。一成さんは…」
「あははは、わかってるわよ。本当にウチの息子は幸せもんだわ。」
そんなことは言われるまでも無い話だ。
沙羅さんと接しているオカンは、身内の俺でも見たことのないくらいの上機嫌さで話をしている。そして俺のことは当然のようにガン無視しているのだが…
ここまでぞんざいに扱われると、オカンは俺の方に来ないで沙羅さんの授業参観へ行った方がいいんじゃないかとさえ思ってしまう。
沙羅さんに迷惑がかからないのであれば……だが。
「沙羅は冬美さんと仲良くやってるみたいだし、一成くんは私と仲良くしましょうね?」
真由美さんは、沙羅さんからの追及が途切れたことで調子が戻ったらしい。
オカンとは比べ物にならないいつもの優しげな笑顔を俺に見せてくれたが、それと同時に俺に近寄ろうとする動きも見せていた。勿論それを許すような沙羅さんではないので、真由美さんが寄ってくるよりも先に間へ割り込むと、そのまま俺を守るようにしっかりと抱きしめながら身体の位置を入れ替える。
「「「 ぉぉぉぁぉぁぁぁぉぁぉぉぉぉぁぁぉぁぁぉぉぉぁぁ!!!!!! 」」」
その瞬間、クラスの男共からは先程の「飲み込んだ」叫びを更に上回る、重苦しくて暑苦しい、嫌悪感しか感じない呻き声が発せられた。
こいつらは、いったいどこからこんな声を出しているのだろうか?
「まったく…おちおち話も出来ませんね。さっさと連れて行った方が良さそうです。」
沙羅さんは真由美さんを牽制しながら俺を離すと(離す瞬間に、こっそりぎゅっとしてくれた)、そのままツカツカと真由美さんに歩み寄って強引に右手を掴んでしまう。そしてそのまま、引っ張るように歩き出してしまった。
「あっ、ちょっと沙羅ちゃん!? も、もぉ、わかったから…」
引っ張られたことで真由美さんも観念したのか、大人しく従うように沙羅さんに続いて歩き出す。
「お義母様、申し訳ございませんが一旦失礼致します。ご挨拶は後で改めて。」
「そんな大袈裟にしなくていいわよ~」
「いえ、お義母様へのご挨拶は、私にとってとても重要なことなのです。それでは一成さん、放課後お迎えに上がりますね。」
「わかりました。」
「あ、ちょっと待って沙羅ちゃん! 冬美さん、ごめんなさいね。」
「いえいえ、後でゆっくりお話ししましょう。」
二人が言葉を交わしたことを確認した沙羅さんは、そのまま容赦なく真由美さんを引っ張り早足で教室を出て行く。扉を閉める際に「失礼致しました。」と丁寧にお辞儀をすることも忘れない。焦っていても礼儀を忘れないところが如何にも沙羅さんらしい。
そして二人が教室を出ていくと、それまでの騒ぎが何だったのかと思えるくらいの静寂が教室を…
「「「 高梨ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!」」」
…包む筈がなかった。
まるで意思統一されたかのような綺麗に揃った絶叫が再度響き渡り、津波のように男共が押し寄せてくる。
…わかってたよ、このまま終わる訳ないよな。出来ればそのまま、銅像か置物のように全員固まっていてくれれば良かったのに…
などと思ってみても、そういう訳にもいかないだろう。どうせ説明をしろと騒がれることは間違いない。しかもタイミング悪くオカンまで来てしまったせいで、母親が二人存在したという更に面倒臭いことまで追及されそうだ。
…いや、こっちの事情なんだから別に説明をする必要はないのではないか?
「お、お、おまっ、薩川先輩とどういう!!??」
「さっきのは何なんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「説明しろ!!! 全部説明しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「ふさげんなぁぁぁぁ!!!! お、お前、花崎さんがいる癖に!!!」
「さっきの人は結局なんなんだよ!!!!」
「何で薩川先輩が、お前の母ちゃんをお母様って呼ぶんだよ!!!!!!」
「ちょっ、待て、お前ら」
男共に問い詰められながら、四方から押されるように囲まれて密着されてしまう。
最悪の気分だ…と、そんな悠長なことを言っている場合ではない。詰め寄ってきてる連中は、全員等しく大興奮してお互いが見えていない。しかも自分の言いたいことだけをひたすら喚くという、迷惑極まりない状況になっていた。
「花崎さん、大丈夫!? 」
「相手が誰でも、諦めちゃダメだよ!!」
「私は花崎さんの味方だからね!!」
「高梨くん酷いよね、花崎さんがいるのに!!!」
「えっ!? あの、ちょっ…まっ…」
一方花子さんの方には、何故か女子が大挙して集まっているようだった。花子さんは良くも悪くもマイペースな人なので、俺と同じような状況になってしまい全く対応できずに右往左往している。向こうが何の話をしているのか、こちらが煩くて聞こえないのだが、花子さんが俺達のとばっちりを受けて困っているということだけは容易に想像がつく。
「あんた…男からモテるんだね?」
そしてオカンは、状況もある程度は把握しているだろうに、極めて能天気なことを言い出す始末だ。
もう教室内は完全にカオスとなっており、どうすれば収拾がつくのか全く分からない状況になっていた。しかも男共は、問いかけてきている癖にこちらの話を全く聞くつもりがないという、実に支離滅裂な状態になっている。これではどうにもならないのだが、要はそれだけ混乱しているということなのだろう。
ガラガラガラ…
「何を大騒ぎしてる!! 廊下まで聞こえてるぞ!!」
そのとき、突然の怒鳴り声と共に先生が教室に入ってきた。その驚きで騒がしかった室内が水を打ったかように静まり返る。次の授業を担当する先生が来たということは、いつの間にかそんな時間になっていたということだ。
キーンコーン…
そしてそれを裏付けるように、四時限目の開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「授業を始めるから、席に戻りなさい!」
俺を囲んでいた奴等は思いきり不承不承といった様子だったが、先生に逆らう訳にもいかずに俺の顔を見ながら席へ戻っていく。
その表情は一様に「後で必ず説明をしろよ」と物語っているようで、授業終了後にまた同じことが起きると想像するに難くない。
だがそれよりも不思議なのが、大勢の女子から何故か俺が睨まれているということ。もちろん全員からではなく、特に俺に対して好意的に接してくれる人達は、寧ろ戸惑っているようだ。男のリアクションは理解できるが、女子のリアクションは本気で意味が分からなかった…
……………
………
…
授業中。
どうしても周りの視線が気になって、なかなか授業へ集中できなかった。
首を回したり肩を動かしたりしながら、不自然にならない程度の動きでこっそりと周囲を見回してみると、やはり予想通りのようだ。
こちらを見ていた連中と目が合ったり、または顔を逸らされたりと、授業中だというのに思い切り注目を集めているらしい。
そして何となく隣を見ると、やはり居心地の悪そうな様子の花子さんが目に入ってしまう。完全に巻き込んでしまったので、後で謝らなければ…
……………
………
…
終了と同時に詰め寄られると思っていたのだが、授業をした先生と入れ替わりに担任が来たのでそのまま帰りのHRになった。
周囲から感じるピリピリとした緊張感に、担任も不思議そうに首を傾げていたが、害はないと判断したのか無視して連絡事項の確認を始めた。
「休憩時間を挟んでから懇親会を行いますので、参加して頂ける方はこのまま暫くお待ち下さい。」
最後に保護者への連絡が伝えられたが、この懇親会がどの程度の時間がかかるのか具体的な話しはなかった。ただし、懇親会で昼食を食べるという訳でもないので、それを考えればそんなに長い時間はかからないと思う。だから、予定通りに生徒会室で待っていればいいだろう。
そして確認事項が終わり、帰りの挨拶を済ませた担任が教室を出た瞬間…
男女共に、まるで堰を切ったかのような勢いでこちらへ押し寄せてきてそのまま机の周りをぐるっと囲まれてしまう。勿論、隣の花子さんも一緒に。
「た、た、高梨ぃぃぃぃぃ!! 説明しろぉぉぉぉぉぉ!!!」
「さっきの薩川先輩は何だったんだよ!?」
「お、お、俺の薩川先輩から、あんな羨まけしからんことをぉぉぉ!!」
「薩川先輩のあれは何だ!!! さっきの人は何だ!!!」
「ドッキリだろ!? そうだと言え!!!!!!」
「高梨くん、花崎さんに悪いと思わないの!!??」
「ホントだよ!! お似合いだったから応援してたのに!!!!」
「ねぇ、まさか二股なの!!?? それとも浮気!?」
「サイテーだよ、信じらんない!!」
もはや聖徳太子でも聞き取れないであろう苛烈な問いかけは、俺と花子さんに返答も反論もする余裕すら与えてくれない。
この状況で何を答えろと言うのだろうか?
そして今一番困惑しているのは、何故か女子から浮気だ二股だと言われているということだ。本当に意味が分からない。花子さんは恋人でも何でもないのに、どうしてそんな話になるのか?
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!! そんないっぺんに言われても困るぞ!!!」
俺が何とか合間を縫って叫んでも、そんなことは全くお構いなしの様相だった。
「いいから早く説明しろ!!!」
「さ、さ、薩川先輩とどういう関係だぁぁぁぁ!!!」
「あぁぁぁぁ、思い出すと…羨ましいぃぃぃ!!!!」
「さっきの人は、薩川先輩のお母さんなのか!?」
「花崎さん!! 高梨くんに怒った方がいいよ!!!」
「ホントだよ!! 恋人の目の前なのに他の人にあんなことして!!!!」
「「 恋人!!?? 」」
今度は俺と花子さんが驚く番だった。
恋人という謎の単語に、思わずハモるように声をあげてしまう。
どういうことだろうか? 沙羅さんという恋人がいるのに、花子さんと仲良くしていることを責められているのだろうか?
でもそうだとすれば、それは誤解というより事情も知らないゲスの勘繰りだ。花子さんと俺の関係が特殊すぎるのは事実だが、訳を知りもしない癖に責められるなど冗談ではない。
「ちょっと待てよ、それはさすがに聞き流せない…」
「なんですか、これは?」
でもそんな俺の怒りよりも、周囲の騒ぎよりも…
全てを掻き消すかのような、凛とした力強い声が教室内に響き渡る。
特別大きな声を出した訳ではないだろう。普通に声を出しただけだろう。それなのに、高らかで透き通るような声が、このバカ騒ぎに空白の瞬間を作り出してしまう。
「取りあえず……そこを退きなさい。」
一切の反論も反抗も出来ない、してはいけない…
そう思わせるようなプレッシャーに圧されたのか、まるで某有名な映画の如く、海が割れるかのように人垣が割れる。
その向こうに居たのは…俺には決して見せることのない厳しさを顕にした沙羅さんだった。
沙羅さんが割れた人垣の間を堂々と歩いてくるその様は、正に威風堂々という表現がピッタリに思える。
周囲の連中の反応も色々で、プレッシャーに圧倒されている者、沙羅さんに見蕩れて目で追うことに夢中になっている者、状況が分からず混乱している者…様々だ。
「あの、一成さん、これはどういう状況なんでしょうか?」
そんな沙羅さんも、やはり俺に対しては普段の様子に戻ってくれるようで、いつもの優しいほんわりとした口調に思わずホッとしてしまう。
「いや、色々問い詰められているというか、誤解もされているみたいで…」
「誤解…ですか?」
「さ、薩川先輩!!!」
男子は騒いでいるだけだが、女子は雰囲気が異なるみたいだ。
先程まで俺を非難するように捲し立てていた矛先が、何故か今度は沙羅さんに向かおうとしてるらしい。
厳しい視線をぶつけようとしているようだが、実際にそれがぶつからないのは、沙羅さんのプレッシャーに負けて一様に目を逸らしてしまうからである。
「……何か言いたいことがあるのですか?」
「うぐっ…」
声をかけた女子が、沙羅さんから鋭い目線を向けられて大きく怯んでしまう。
沙羅さんもハッキリとした状況は分かっていないようだが、俺に対して敵意があると判断しているらしく、どんどん周囲へのプレッシャーが強くなっていく。
それを受けて、遂に後退りする女子まで現れた。
「高梨くんには、花崎さんがいます!!」
「………は?」
意を決したように言葉を発した女子の一言は、正直意味が分からないとしか言いようがなかった。沙羅さんも思わず気の抜けたような声を漏らしてしまったのは、俺と同じような感想を持ったからだろう。「だから何だ」と、思わずツッコミを入れたくなるような発言だった。
「言っていることの意味が分かりませんが?」
俺の気持ちも代弁してくれるかのように、沙羅さんは直球の一言で聞き返した。やはり花子さんも俺達と同じ気持ちのようで、コクコクと頷いている。
だが一人が話しかけたことで勢いがついてしまったのか、女子達から先程と同じように言葉の一斉射撃が始まってしまった。
「だから、高梨くんには、花崎さんって彼女がいるんです!」
「高梨くんから離れて下さい、花崎さんが可哀想です。」
「薩川先輩は知らないのかもしれませんが、本当なんですよ!!!」
「高梨くん、酷すぎるよ!!!」
「高梨ぃぃぃぃぃ!! お前二股かけてたのか!!!」
「薩川先輩は騙されてたんですね!?」
「同じ男として、許せねーぞ!!!」
「てめーら、いい加減に」
「黙りなさい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「「「 っっっっ!!!?? 」」」
我慢の限界を越えた俺は、出すつもりではなかった大声をあげようとした。でもそれを遮るかの様に、沙羅さんが怒りを込めた鋭い一言に掻き消されてしまう。
そのあまりに凄まじい沙羅さんの一言は、口々に騒いでいた全員の口をつぐませて、更には教室全体まで静まり返らせてしまう。
「花子さん、説明はしっかりしたのですか?」
「した。お姉ちゃんだってちゃんと言った。言ったよね?」
沙羅さんが少し困ったように花子さんへ問いかけると、花子さんはそのままの流れで以前話をした女子達に確認を求める。言われた張本人たちは戸惑ったような様子でお互いを見合っているが、確かに俺もそれは聞いていたので間違いなどはない。
「え…っと、確かに言われたけど…」
「あれって…恋人として、そういうノリを楽しんでるって意味じゃ…」
「そんなこと誰も言ってない。私は恋人じゃないし、勝手に話を作らないで。」
………………
「「「 ええええええええええええええええええええええええ!? 」」」
今度は女子全体から絶叫があがってしまった。
しかし、これはさすがに俺の方も正直に言って驚いている。完全に誤解は解けたと思ったのに、まさかそんなねじ曲がった解釈をされているとは夢にも思わなかった。
「姉と弟」のノリを楽しむ恋人って、どうすればそんな意味の分からない話になるのだろうか。
というか、それで納得をされていたなんて俺達はどんな風に見られていたのか…
それを聞くのが怖い。
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次回…
高梨くんの恋人は誰?www
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