第250話 いつも通りのオチ

 何故か俺と花子さんに、「姉弟の設定を楽しんでいる恋人」という、意味の分からない濡れ衣が着せられていたことが判明してしまった。

 それ自体も驚きだが、そんな業の深そうなことを楽しんでいる人間だと思われていた…いや、そういう二人だと納得されていたことが地味にショックだ。

 俺達は今まで、クラスメイトからどういう目で見られていたというのか…


「勘違いしないで。というか、何も知らない癖に勝手なことを言わないで。」


「うぐっ……」

「ごめん…都合よく解釈しすぎたかも…」


 花子さんも憤りを隠しておらず、二人に対し強い口調で問い詰めていた。

 都合よく解釈をしたということは、意図的に敢えて面白い方へ解釈した部分があるということだ。この手合いの女子はあの頃にもしょっちゅう見ていたこともあり、正直に言って関わりたくない気持ちがある。


「なぁ、ひょっとしてクラス全員にそれを話したのか?」


「全員になんて言わないよ。一応、クラスで仲のいいグループ…くらい…」


 一応は罪悪感を持っているのか、申し訳なさそうな態度は見せている。様子を見る限り嘘を言っているように見えないが、そもそもそのグループとやらがどのくらいの規模なのか。

 そしてありがちな話だが、どうせそこから広がって最終的には…というオチが見えている。


「ね、ねぇ…花崎さんと高梨くんって、本当に恋人じゃないの?」


「違う」


「大切だって言ったよね!?」


「恋人じゃなくても、大切な人がいたらおかしいの?」


「え!? い、いや、そんなことは…」


 いつもは説明下手な花子さんだけど、今日は要点を押さえてしっかりと話が出来ている。ぶっきらぼうな声音と機械的な応対だったが、それが却って無駄を省き、ポンポンと話が進んでいく。

 そして様々な話が誤解だったと判明していくにつれ、会話に混ざっていないクラスメイト達まで驚きの表情を浮かべ始めた。

 それはつまり、俺と花子さんの関係についてクラス全体に勘違いをされていたということで間違いないということだ。


 …まぁ、事情を知らなければ仕方のない部分もあるとは思うけどさ


「じゃ、じゃあ花崎さんと高梨は違うんだな!?」


 殆ど全ての誤解が解けた頃、明らかに周囲と違うテンションで会話に割り込んだ男は山川だ。


 …そうか、よく考えてみれば、こいつも誤解していたのか。


 花子さんに一目惚れをしていた山川は、特に最初の頃はかなり積極的に話しかけようとしていた。花子さんはそれを面倒臭そうにあしらっていたが、気がつけばそんな姿を見なくなっていたのだ。

 梨の礫で諦めたと俺は思っていたのだが、この様子を見るにそれは違うのだろう。

 こいつもクラスメイト達と同じで、俺達の関係を勘違いして諦めようとしていた可能性が高そうだ。


「しつこい。違うと言ってる」


「おおお、よっしゃあ」


 花子さんの面倒臭そうな否定の言葉。

 だが山川は、自分が期待していた返事を貰えたことで喜びの声を上げていた。普通に考えれば良かったなと言ってやりたいような場面でもあるが、花子さんの心情がハッキリとわかってる俺としては…


「そもそも、一成の恋人ならそこにいる」


 そしていよいよ花子さんが、横道に逸れていた今の会話を元に戻すように…

 俺の恋人は自分ではないと証明するかのように…


 「そこ」を全員に示そうと、ゆっくりと全員を誘導すすように視線を移動させていく。

 その視線を追うように、全員の視線が花子さんの見ている先へ集まっていく。

 もちろん、その視線の先にいる人物など一人しかいない。

 少し不機嫌そうに、ことの成り行きを見守っていた女神様…沙羅さん一人しか存在していないのだから。


 男子達は、視線の先に居る沙羅さんを呆然と見つめながら、やがて何かを否定するようにフルフルと頭を振り始めた。そしてその視線が、沙羅さんに何かをすがるような、まるで女神様に救いを求めるような、そんな視線にも見え始めてしまう。


「…な、なぁ……違うよ……な?」

「…い、いやいや…あ、ありえねーって……そんな筈が…」

「…で、でもよ、それにしちゃ、さっき見たあれは……」

「…まさか…本当に…」


 信じたくない、間違いであって欲しい、そんな希望的な気持ちが多分に混じった声を漏らす男子達。

 そう考えると、沙羅さんに救いを求めるようなこの視線も、先程の山川と同じで「違いますよ」という否定の言葉を期待している。

いや、求めているのだろう。


 でも…だからこそ…

 言い方は悪いが、これは俺としても丁度いいタイミングかもしれない。


 ここまで来ても、まだ信じられない、信じたくないと言わんばかりのこいつらだ。俺が一人で話をしていたら、一笑に付されて相手にされなかった可能性が高い。


 でも、今ならここに沙羅さんがいる。


 もうここまで話が出た以上、このまま黙ってスルーする理由など無い。

 俺が宣言をして沙羅さんが認めれば、もうこいつらだって認めるしかない。

 今このチャンスで宣言をしておけば、ミスコンまでの間に、沙羅さんに言い寄る男を一人でも多く減らすことが出来るかもしれない。それは望むところだ。


 降って湧いたとはいえ、これは宣言をするチャンスなんだ。


 よし… 


「みんな、ちょっと聞い…」


「ええ。一成さんの恋人なら私ですよ。」


「「「 …………………………………………………………………え???? 」」」


「正確に言いますと、恋人と言うより婚約者ですが」


 あれ…?

 え…と、俺の決意は…いや、前にもこんなことがあったような…?


 沙羅さんは当然の話だと言わんばかりに、疑問を挟む余地はないとばかりに、実にあっさり、本当にスッパリと宣言をしてしまった。


 そして…


 沙羅さんに集まっていた視線が、今度は一斉にこちらを向く。

信じられないものを見た、聞いたと言わんばかりに、揃いも揃って「今の話は本当なのか?」と言わんばかりに俺の方を見た。


 沙羅さんが、「何を当たり前のことを?」と言わんばかりにハッキリと宣言したばかりなのに。


 それなのに…クラスメイト達は、何を言われたのか理解できていない様子だった。


 呆然と佇むように俺を見ながら、「どういうことだ?」と、ただただその説明を求めているかのようで…

 でもそれは逆に、俺も発言する機会が巡ってきたということだ。


「た、高梨…どういう……ことだ……?」

「こ、こんやく?…こんやく…婚約者??」

「…それって…つ、つまり…?」

「…え、え、た、高梨くん…薩川先輩と…」


「あ、ああ、俺と沙羅さんは婚約してる」


「はい。一成さんは、私の旦那様になる方です」


 俺は遂に言うことが出来た!

 しかも、二人そろって宣言する出来た!

 ここまでの条件が揃っていれば、こいつらも認めるしか道はない筈だ。


「「「…………………………………………………………………」」」


 突然だが、俺は最近人に驚かれるという経験が多い。

 その理由はもちろん、沙羅さんとのことで驚かれるからだ。

 さき程の休み時間に大騒ぎをされたこともそうだが、親友達にも、生徒会役員のみんなにも、沙羅さんとのことを報告する度に散々驚かれてきた。


 つまり何が言いたいのかと言うと…


 今、俺の目の前にいるクラスメイト達は、今まで見てきたそれを遥かに上回っているということ。

 目も、口も、限界まで開ききり、それなのにかすれ声の一つすら出てこない様子だ。

 人は心の底から驚くと声も出ないと聞いたことある。つまり、今のこれが正にそうなのではないだろうか?


 だが、それもやはり一時的なことのようで…


「「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」


「「「うそだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」


 !!??

 男女で綺麗に二極化された大絶叫。

 想像を遥かに上回るその叫びは、もはや魂の叫び(主に男)のようにも聞こえた。

 先程の騒ぎも凄いとは思ったが、あれとはまるで比べ物にならない。

 それほどの大声を出されてしまい、今度は俺の方が違う意味で焦りを覚えていた。


「嘘だ…嘘だ…嘘だ…嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「薩川先輩がぁぁぁ薩川先輩がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

「高梨が……薩川先輩と…結婚!?…ぁぁぁぁぁ!!!」

「ああああああ、神は死んだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ」


 頭を振りながら大騒ぎするヤツ、夢遊病のようにふらつきながら離れていくヤツ、項垂れ泣き叫ぶヤツ、茫然自失とばかりに目の焦点が合わないヤツ…実にバラエティー豊かで、本当に様々な反応だ。


「いやいやいやいやいやいや…マジで…マジ!?」

「…えぇぇぇぇ!? うそうそうそ、信じられないんだけど…夢じゃなくて!!??」

「きゃぁぁぁぁぁぁ、ヤバイヤバイヤバイ!!!!!!」


 女子は男子と違い、現実を否定するのではなく単純に興奮して盛り上がっているだけだった。お互いで顔を見合わせながら「ヤバイヤバイ」と大騒ぎしている。


 …関係ないが、なぜ女子は騒ぐと「ヤバイ」を連呼するんだろうな?


「さ、さ、薩川先輩、本当なんですか!!!!????」

「嘘ですよね!!!! 高梨と結婚なんて嘘ですよね!!!!????」

「冗談だって言って下さい!!! お願いします!!!!!!」


 あれだけハッキリと言ったのに、まだ信じない…いや、これは信じたくないだけだ。

 見るからに必死の形相で、沙羅さんに否定の言葉を求め詰め寄る男子達。

 そして沙羅さんは、そんな男子達を冷たい視線で一瞥した。


「微塵も興味のない他人に冗談を言うほど、私は暇でも物好きでもありませんが? それと、鬱陶しいので離れなさい」


「微塵も!?」

「興味がない!?」

「鬱陶しい!?」


「嫁、本音を出し過ぎ」


「すみません、邪魔臭いので思わず」


「「「「「 邪魔臭い!!!!!!!!???????? 」」」」」


 極寒の眼差しと嫌悪感すら感じる無感情なまでの声音。

 こんなに厳しい沙羅さんを見たのは本当に久しぶりだ。正直に言うと俺的には嬉しいことでもあるのだが…

 最近は人当たりが丸くなったという感じもあったが、やはり男に対しては全くと言っていいほど変わっていないようだ。


「高梨ぃぃぃぃぃ!!! 本当なのかよぉぉぉぉぉ!!!」

「嘘だろ!? 冗談なんだろ!?」

「正直に言うなら今の内だぞ!!!!!!


 そして俺の方にも、まだ諦めがつかない連中が殺到してくる。俺の身体に掴みかかり、もう分かってる筈の答えを否定しろと、必死の形相で悪足掻きをしてくる。


 うざったい、もっとハッキリ言わなきゃダメか!


「いい加減にしろ!! 俺は沙羅さんを愛しているから婚約を申し込んだ!! 沙羅さんもそれを受けてくれたんだ。嘘でも冗談でもなくてそれが事実だ!!」


 沙羅さんの言葉ではないが、本当に鬱陶しい!

 ここまでハッキリと宣言するのは照れ臭さもあるが、そんなことを言っている場合ではない!

 諦めの悪い男子達へ、最終通告の意味合いも込めて宣言をぶつけた。力を込めて、俺の気持ちまで含めた本気の宣言だ!

 ここまで言えば、いくら物分かりの悪いこいつらでも理解する筈。寧ろこれで理解できないなら、もう相手をするのが面倒臭すぎる。


「「「…………………」」」


 俺の剣幕に驚いたのか、やっと言葉が通じたのか、詰め寄ってきていた連中がいつの間にか呆然と立ち尽くしていた。

 そして俺の怒鳴りに等しい宣言は、騒いでいる連中は元より、騒ぎに参加していなかったクラスメイト達からも注目を集めているようだ。沙羅さんへ向かっていた連中の注目も、全てこちらに向いている。


 でもそれは沙羅さんも同じで…


 頬を朱く染めながら、まるで熱に浮かされたように、ポーっと俺の顔を見つめていた。

 そんな沙羅さんの様子に俺も目が離せなくなり、そしてお互いの目が合うと…

 沙羅さんは喜びの笑顔を溢れさせ、嬉しそうにゆっくりと俺の胸に抱きついてくる。


「嬉しいです…一成さんが、初めて私を愛していると仰って下さいました…」


「…え? あれ? そ、そうでしたか?」


 そんな筈は…しかし思い出してみても…そう言われてみれば、俺自身がそう言った記憶がそもそも無いような気が…


「はい! 一成さんは照れ屋さんですから、なかなか直接的に言って下さいませんので」


 確かに、照れ臭くて言いたくても言えないことが色々あったことは事実だ。

 とは言えこれに関しては別だろう。沙羅さんはずっと愛していると言ってくれていたのに…俺はそれをしっかり返していなかったということになる。

 これでは沙羅さんに申し訳ない!


「す、すみません…でも、俺は沙羅さんのこと…その…あ、あ、愛して…います…から。」


 言っていて、自分でもガッカリしてしまった。

 先程はあんなにハッキリ言えた筈なのに、意識した途端にすんなりと言うことが出来なかった。言えなかった訳ではないが、これでは俺としても言えた内に入ると思えない。

 何故俺はこんな…せめてもう少し


「ふふ…一成さん可愛いです。大丈夫ですよ。お気持ちは十分に頂きましたから」


 それでも優しい沙羅さんは、俺の拙い「愛している」にもしっかりと喜んでくれた。それだけに自分の情けなさを改めて痛感してしまうが、せめてもっと自然に言えるように、俺は頑張らなければ。

 

「もちろん私も愛しております…あ・な・た♪」


「お、俺もだよ…沙羅」


「ふふ…よく出来ました。あとでご褒美です」


 今回の返事は、今まででもトップクラスの出来だったと自分でも思う。

 沙羅さんもそう評価したくれたから、ご褒美をくれるとまで言ってくれたのだ。

 「あなた呼び」への返事については、まだ多少もたついてしまうことがある。でもそれなりの返事は出来るようになってきたと自分でも思うのだ。

 その代わりお仕置きが無くなってしまうので、それはそれで少しだけ勿体ない気もするが…

 いや、でもその気になれば、思いきって甘えてしまうという手もある訳で…


「バカップル、場所を考えろ」


「「 !? 」」


 花子さんの呆れを含んだ鋭い声。それを聞いた俺達は、いつの間にか二人の世界に入り込んでいたことに気付いた。

 現実に引き戻された俺は、急いで周囲を確認すると…

 そこには、先程と180度違う光景が広がっていた。


「「「………………………………………………」」」


「…はは…夢だ…これは夢だ…そう、これは夢…夢…夢…」

「…お、俺の女神様が………女神様がぁ………」

「…あなた…あなた…嘘だぁぁぁぁ」

「…そっかぁ……そうなのかぁ……」

「…無理だぁ…もう無理だって…」


 俺達を取り囲むように密集していた連中が、一人、また一人と、呆然とした表情で後退っていく。

 もう立ち直れないとばかりに項垂れて、スゴスゴと自分の席へ戻って…いや、そのまま荷物を持って教室を出て行くやつもいる。

 哀愁漂うその背中には「絶望」という文字すら浮かんでいるようにも見えて…様子を見ていたクラスメイト達も、帰っていく男子達に誰一人声をかける者がいなかった。


 そして気が付けば…


 いつの間にか、周囲にいた男連中は軒並み居なくなっていた。そして教室の中に残っている男子も1/3程になっている。


「た、高梨くん…凄いね……色々と」

「…い、今の何だったの?」

「いきなり雰囲気変わったよね……」

「さ、さすがは婚約者…薩川先輩が…あんな風に…嘘みたい…」

「あ、ちなみにね、高梨くんと薩川先輩がイチャイチャしてる間、男子達は目が死んでたから(笑)」


 そして女子から向けられる生暖かい目線と反応が…ちょっと痛い。


 どうやら俺は、ミスコンの前哨戦とも言えるこの戦いで、無事に勝利を収めることができたらしい。

 但しその勝因は、俺の決意による頑張りという格好のいいものではなく、単にいつも通りやらかしたという、非常に締まらない結末だった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


すみません、週末が仕事で忙しかったことと、想像以上に難しくて執筆が難航しておりました。

そしてコンテスト最終日に更新が間に合わないという痛恨の結果に・・・


次回はもう少し教室と、お店に行く予定です。


ちなみに、今回砂糖地獄にならなかったのは、料理教室があるからです(ぉ


次の修羅場は…沙羅のクラスかな?(ぉ

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