第248話 女神様、突撃
授業開始のチャイムは既に鳴った後なので、もう間もなく先生がやって来るだろう。
最早これ以上どうすることもできない。だから真由美さんについては、このまま俺の母親として授業参観して貰うしか道はないと思う。
今回は少しやりすぎだろうと感じなくもないが…
でも、真由美さんは真由美さんなりに、俺のことを思ってくれた上での行動なんだと考えれば、正直に言って嬉しいという気持ちの方が強いのも事実だ。
「一成くん! ここで見てるからね!」
状況を受け入れて席に戻ろうとした俺に、真由美さんから楽しそうな、嬉しそうな、そんな応援が向けられた。
これでまたクラスメイト達から注目されてしまうのは間違いないだろうけど、やはり恥ずかしさよりもどこか嬉しさを感じてしまう。
どうやら俺は、自分でも思っている以上に真由美さんに毒されて…いや、受け入れてしまっているらしい。しかも、決して悪い気分ではないというのがまた…
…真由美さんは本当にズルいな。
「莉子、頑張ってね」
真由美さんより控え目な声だったが、佳代さんからも花子さんにエールが送られた。
同じくクラスメイトの前で言われるのは恥ずかしかったのだろう。花子さんも少し顔を朱くしているが、それでもどこか嬉しそうにコクリと頷いた。
ガラガラガラ…
俺と花子さんが自分の席に戻ると同時に、教室の扉が開いて先生が入ってきた。
普段と違い、妙な作り笑いで愛想笑いを振りまきながら教室に入ってきた先生を見て、思わず少し気持ち悪いと感じてしまったのだが…それは可哀想か?
そのまま教卓の後ろに立つと、わざとらしいくらいに満面の笑みを浮かべながら教室内を見回している。だがその途中で何かに気付いたようだ。急に激しく動揺したように、目を丸く見開いて固まってしまった。
保護者の方を見ているのは間違いないようだが…まさか、真由美さんじゃないよな?
先生は直ぐに自分が注目を集めていることに気付いたようで、気を取り直したように咳払いをしながら授業開始の号令指示を出した。
……………
………
…
授業参観と言っても、俺のやることは普段と何も変わらない。
真由美さんが見てくれているので、多少は張り切りたいという気持ちも無い訳ではないが、それよりもやはり授業に集中する方が俺にとっては優先だった。
これは沙羅さんと約束をしたという理由もあるが、とにかく授業は絶対にサボらないし怠けないと決めている。
俺はこの先の進路が明確に決まっているので、先ずは最初の目標である大学入学に向けて手堅く推薦を狙っていきたい。その為に普段の授業は真面目に受けるし、勉強もしっかりやると決めているのだ。後はその結果のオマケとして、打算的な話ではあるが授業態度の印象も評価の一つとして出るのであれば…くらいは考えていた。
そういう意味では、生徒会副会長のポジションも少しくらいは役に立つのだろうか?
「それじゃあこの問題を…高梨くん。」
「はい。」
先生からの指名は基本的に座席順なので、次に俺の番が来るということは最初からわかっていた。昔の俺なら焦ったかもしれないが、今の俺はハッキリ言ってこのくらいなら余裕だ。しっかり授業を聞いているという事もあるが、沙羅さんとの復習でそれなりに自信がついているというのが大きい。
俺は黒板の前に立つと、お世辞にも上手と言えない苦手な文字を、なるべくゆっくり丁寧に書き出していく。
「はい、正解です。引っ掛け問題だったんですけど、迷わなかったですね。お見事です」
この気持ち悪いくらいに丁寧な物腰は、普段の様子を考えてしまうと白けてしまいそうだ…今日は仕方ないとは思うけど。
やるべきことを終わらせて席に戻ろうした俺に、真由美さんから満面の笑みとエア拍手が送られてきた。
それが真正面だったこともあり少し照れ臭かったが、こうして自分の努力を褒めて貰えるのも悪くない気分だ。
そう言えば、母親(のような人)から勉強のことで褒められたのは、いつ以来だっただろうか…
……………
………
…
「はい、少し早いですが、キリがいいのでここまでにします。」
まだチャイムが鳴る前だったが、先生の匙加減により三時限目はここで終了となった。それはつまり、何とかこの事態を乗り越えることが出来たということである。
当たり前と言えば当たり前だが、真由美さんも授業中は大人しくしていてくれたので素直に助かった。これといったトラブルもなく、無事に乗り切ることが出来たようだ。
後はオカンがここへくる前に、真由美さんを予定通り沙羅さんの教室へ……
いや…ちょっと待て…
ここまで来て、俺は大きな問題に気が付いてしまった。
クラスメイト達は、現時点で真由美さんが俺の母親だと認識している。
そんな状況で、どうやってオカンと入れ替わって貰えばいいのだろうか?
双子でもあるまいし、気付かれずにコッソリ入れ替わるなんて絶対に無理な話だろう。つまり…入れ替わった時点で、周囲からそれを追求されるのは間違いない。これはどうやっても、騒ぎになる事態は避けられない。
それならばせめて、とにかく真由美さんを早めに教室から追い出…もとい、沙羅さんの教室へ行って貰い、この場でオカンとブッキングするという最悪の事態だけは何としても回避したい。
クラスメイトから追求されるだろうけど、親戚などと適当に言っておけばいい。どうせ本人が居なくなれば、興味も失せるだろうと思うから。
「起立…礼!」
「「「 ありがとうございました! 」」」
委員長の号令に合わせて授業終了の挨拶を済ませると、先生が教室を出ると同時に行動を開始する。先ずはオカンが来る前に、何としても真由美さんを教室から連れ出さなければならない。
「一成くん、お疲れ様。お義母さん驚いちゃった!」
俺が話を切り出すよりも早く、真由美さんから嬉しそうな声をかけられてしまった。いきなり出鼻を挫かれる格好になってしまったが、このまま強引に話を無視をして連れ出してしまうのも申し訳ないだろうか…
だがそれよりも、俺を戸惑わせた理由は別にあった。
心から喜んでくれていることが一目で分かるくらいに、真由美さんが眩しい笑顔を浮かべているからだ。
いったい、何をそんなに喜んでくれたのだろうか?
俺は普通に授業を受けていただけであり、特別なことは何もした覚えがない。
それなのに…
「んふふ~、何でお義母さんが喜んでるのか、わからないって顔してる。」
俺の額を指でつんつんと軽く突っつきながら、どこかイタズラっぽい表情で笑っている真由美さん。いつものこととは言え、どうして沙羅さんと真由美さんは俺の心情をこうも的確に当ててくるのだろうか。
「…うぉぉ、な、何だよあれ、あんな色っぽいかーちゃん、反則だろ…」
「…俺、あんな母ちゃんいるなら彼女いなくてもいい…」
「…くぅぅぅ!! 可愛い彼女がいて、母親が美魔女とか勝ち組過ぎるだろあいつ!?」
「一成くんが、将来の為に頑張ってくれているのが嬉しいの。それも、前向きに頑張ってくれていることがわかってホッとしちゃった。」
…これは本当にズルい。
こんな嬉しそうに言われてしまったら、俺は何も言えなくなってしまう。
「私達のせいで、一成くんに余計な苦労を背負わせてるのはわかってた。だから、無理をしていないかずっと気になってたの。お家で見た限りは大丈夫だと思ったけど、学校での様子は見れないから。こんな機会は滅多にないから、ちょっと強引に動いちゃったの…それに…」
やはり予想通りだったようだ。真由美さんは俺のことを本当に気にかけてくれて、その結果こういう行動に出たのだろう。そう思うと、ひょっとして普段俺にイタズラを仕掛けようとしたり、お茶目な姿(?)を見せているのも、実は俺に気を使ってくれている…
「お義母さんとして、可愛い息子の授業参観なんて重要なイベントを逃すわけにはいかないのよ!!」
…………
俺に気を使ってくれているのだと思ったのに…
真由美さんは、どこか可愛さを感じるドヤ顔で、本音だと思われることを堂々と言い切った。
せっかく感動してたのに、全部台無しだ!!
キーンコーン…
しまった!!
せっかく授業が早く終わったというのに、その時間を完全に無駄にしてしまった。しかし、まだオカンは来ていないようなので、急げば間に合う可能性は十分に残ってる。
「真…」
俺が「真由美さん」と呼ぼうした瞬間…
こちらを見た真由美さんから、得体の知れないプレッシャーのようなものを感じて思わず口が硬直してしまった。
「お義母さんでしょ?」…と、声に出して言われた訳でもないのに、まるでそう強く言い聞かされているような気がした。
「お、お義母さん…」
「んふふふ~、はぁい、お義母さんですよ?」
プレッシャーに負けて俺がそう呼ぶと、真由美さんは凄く嬉しそうに返事を返してくれた。だが今はそれより、優先しなければならないことがある。
もうオカンはいつ来てもおかしくないだろう。詳しい説明をする時間はないので、多少強引でもこのまま手を引いて連れ出すしか道はない。
俺がそう決意して動き出すと、こちらを見ていた真由美さんは何かと勘違いしたようだ。いきなり両手を広げて、俺を受け入れるかのような動きを見せた。激しく嫌な予感がして自分に急ブレーキをかけたものの、もう既に真由美さんの射程距離内に入ってしまっていたようだ。
ふわっ…
両手が俺に伸びてくると、そのまま軽く抱き寄せてられてしまう。以前も感じた真由美さんの甘い匂いが強くなり、沙羅さんを上回る大きい何かの感触が俺に激しい焦りを覚えさせる。
「もう、一成くんったら。こうして欲しかったなら、早く言ってくれればいいのにぃ。」
「…あぁぁぁ、俺もあんな母ちゃん欲しいぃぃぃ!!」
「…羨ましいぃぃぃ」
「…ぐぉぉぉぉ」
「はぁ…これどうするつも…」
ガラガラガラガラ!!
「失礼致します!!!!!!」
激しい音を鳴らしながら開け放たれた教室の扉。それはかなりの勢いだったようで、行き止まりに思い切り当たった扉が「ガン!!」という激しい音を立てた。
そしてそれに続いて、どこか焦りを滲ませたような声と共に、誰かが教室に入ってくる。
いや、誰かなんてそんなのは分かりきっていることだ。
この声を、俺が聞き間違える訳がないのだから。
「さ、薩川先輩!!??」
「うぉぉぉぉ、な、何で急にぃ!!!」
「女神様を近距離で見れたぁぁぁぁぁ!!!」
「あぁぁぁぁ、やっぱモロ好みだわ…マジで綺麗すぎ…」
「やべえ!? 話しかけるチャンス!!!!!」
「うわぁ…近くで見ると、薩川先輩相変わらず凄いわ…」
「どうやったらあんな風になれるのよ…」
「…ね、ねぇ、高梨くんのお母さん、薩川先輩に似てない?」
「…そう言われてみれば…いや、あれ似すぎじゃ…!?」
俺は背中に目がついている訳ではないので、教室の入り口付近がどういう状況になっているのか当然わからない。
でも沙羅さんが来てしまったのは間違いないだろう。
俺はまだ連絡していないのだから、それでも沙羅さんがこうして飛び込んで来たということは…やはりオカンが向こうに行ってしまったということなのだろうか?
「……何を…しているんですか…?」
沙羅さんがこんな低い声を出すなど滅多にない。俺に対してと限定すれば、こういう声を出すことは絶対にありえない。いつも優しい沙羅さんには似合わない声だ。
つまり……それだけ怒っているということだろう。
真由美さんを見ると、いつもの陽気な雰囲気が完全に鳴りを潜め、焦りの様子を見せていた。いつもは沙羅さんの怒りに対しても余裕を見せていたというのに、こんなリアクションは真由美さんにしては珍しい。
「さ、沙羅ちゃん…お、落ち着いて、落ち着いて…ね?」
「…今日という今日は……絶対に…許しませんよ…」
これはひょっとしなくても、沙羅さんはマジギレしているのではないか?
沙羅さんが、真由美さんがいつもの俺へのイタズラでここに来たと思っているのなら、その可能性は十分にある。
「…な、何か、薩川先輩、キレてないか?」
「…お、おう。前に怒ってるの見たことあるけど、それ以上だわ」
「…何で高梨の母ちゃんに怒ってるんだ?」
「…ていうか、沙羅ちゃんって呼んだぜ。知り合いか?」
「…問答無用です!! 早くその手を…」
「ひぇぇ、か、一成くん、お義母さんを助けて!!」
真由美さんは俺の身体を反転させると、そのまま背中に隠れるように俺を少し押し出した。
それはつまり、結果的に俺が振り返ることになった訳で…気が付けばすぐ目の前に、完全に目が座っている「激おこ」な沙羅さんが迫っている最中だった。
ドンっ!
「うわっ」
「きゃっ!?」
沙羅さんも、急に反転して接近する俺に対して止まりきることが出来なかった。
ぶつかる直前で踏み留まろうしたお蔭で多少は勢いが弱まったが、それでも俺達は軽くぶつかってしまう。
「あ~あ、あれは怒られるぞ…」
「やっちまったな高梨…」
「薩川先輩は、ああいうの厳しいからな。名物の女神様お説教タイムだろ。」
「いや、生徒会で多少は仲がいいみたいだから、そこまではされないだろ。」
「…リア充ざまぁ」
「事故でも羨ましい…」
俺達はお互いに接触したまま固まっていたのだが、沙羅さんが少し困ったような表情を見せると、そのまま俺背中に腕を回して、ぎゅっ…と抱きしめてくれた。
「「「 なっあああああああ!!!!!!!!!!????????? 」」」
「一成さん…申し訳ございません。母がとんでもないご迷惑を…」
「いや、確かに驚きましたけど。でも、真由美さんは俺のことを気にかけてくれたみたいで…」
「もう…一成さんは優しすぎます。母はそこまで殊勝なことを考えてはおりません」
沙羅さんはいつものように俺を抱きしめながら、少し申し訳なさそうな表情で頭を撫でてくれた。
オカンが一緒にここへ来なかったということは、どうやら沙羅さんの方へ行ったかもしれないという心配は杞憂だったようだ。それならそれで、沙羅さんに余計な迷惑がかからなかったので不幸中の幸いではある。
「沙羅ちゃん、それは酷いんじゃ…」
「黙りなさい。一成さんにこんなご迷惑をおかけして、今回は絶対に許しませんよ。」
普段が普段なので、真由美さんが俺へのイタズラ目的でやってきたのだと勘違いしているのだろう。その目的もあったことは事実かもしれないが、真由美さんは俺のことを心配して来てくれたのだということも分かっている。だから、このまま誤解で怒られてしまうのは可哀想だと思うし、俺としても申し訳ない。
「………な………な………な……」
「…ちょっ…………何が…」
「…な、なぁ…………俺、げ、幻覚が見えるわ……」
「…ははは………いやいや……無いわ……」
「…は、白昼夢って……あるんだな……はは…」
「…これ、ドッキリだよな……生徒会主宰の…そうだよな、そうだろ!!??」
「嫁、騒ぎになるから一旦止めた方がいい。」
この様子を見て花子さんもフォローに来てくれたようだ。流石はお姉ちゃん、今回は素直にありがたい。ところで、騒ぎとは……
あ…
沙羅さんに抱きしめられてから色々忘れてしまっていたが、そもそもここは教室なのだ。
慌てて周囲を見ると、男子も女子も全員驚愕の表情で呆然とこちらを眺めていた。そればかりか、他のお母さん達まで事情がわからないとばかりに戸惑っている様子。
「確かに、偽物の母親がいつまでも混じっていたら、迷惑になりますね。」
「いや、そっちじゃなくて…」
「一成さん、母はこのまま連れていきます。授業が終わったらお迎えに上がりますね。」
沙羅さんは名残惜しそうに俺の身体を離すと、俺のネクタイに手を伸ばしてチョイチョイと手直しをしてくれた。最後にきゅっと絞め直す姿が甲斐甲斐しく見えて、思わず照れ臭くなってしまう。
それで納得したのか、俺の目を見ながらニコリと微笑みを浮かべてくれた。
「「 ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!! 」」
それまで時間停止状態だった筈のクラスメイト(男子)から、凄まじいまでの「飲み込んだような」叫び声が上がる。
声が出ているようで出ていない、まるで呻き声にも聞こえこるような、非常に気持ち悪い叫びだった。
「何ですか、気持ちわ…」
「「「 な、なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!????? 」」」
沙羅さんの迷惑そうな一言を消し去るように、それはまるで学校中に響き渡るのではないかと思える程の大絶叫だった。
そのあまりの煩さは、俺はもちろん、沙羅さんやお母さん達も顔をしかめてしまうくらいだ。
「あらあら、来て早々に良いものを見たわね」
そしてそんな異様な雰囲気に包まれた教室に現れたのは…
つまり、俺が最も恐れていた状況になってしまった訳だ…
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
続くw
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