第247話 真由美さんは「お義母さん」
一先ず落ち着こう…落ち着いて状況を確認しようか。
昨日の話では、オカンも真由美さんも四時限目から来るという話をしていた。
俺はオカンから、沙羅さんは真由美さんから、それぞれハッキリと聞いている。
真由美さんは、四時限目に沙羅さんのところへ行くと言っていた。つまり、三時限目に沙羅さんの教室へ行くとは言っていない。だから三時限目でこの教室に居たとしても嘘ではない訳であり…これはつまり
またしても俺へのイタズラ!?
いや、これは最早イタズラと呼べる範疇を越えているので、寧ろ本気なのか!?
俺はどうすれば…
「一成、どうかした?」
俺が立ち止まっていることに気付いた花子さんが、不思議そうにこちらを見ていた。幸いなことに、真由美さんはまだ俺に話しかけては来ていない。クラスメイトも真由美さんを見て騒いでいるが、誰の関係者なのかは当然気付いていない。
つまりこのままやり過ごすことが出来れば、案外何とかなる可能性は十分にあるだろう。いくら真由美さんがイタズラ好きでも、今回は見に来ただけだと信じたい。
取りあえず今は、佳代さんへの挨拶が先だ。花子さんも待っているし、まずは佳代さんと話だけでもしておこう。
俺が花子さんと並び直して近付いていくと、佳代さんがこちらに向かって大きくお辞儀をしてくれた。そこまで丁寧にされてしまうと、さすがに大袈裟すぎて逆に困ってしまう。
「こんにちは、高梨さん。莉子がお世話になっております。」
「こんにちは、佳代さん。俺の方こそ花…莉子さんにはいつもお世話になってます。」
特に気の利いた挨拶など俺にはできないので、セオリー通りの無難な挨拶だったが、それでも佳代さんは嬉しそうに微笑んでくれた。そしてそんな笑顔を見ながら俺は、何となくだけど花子さんが見せてくれるようになった笑顔の面影を感じてしまい…上手く言えないが、何故かそれを嬉しいと感じている自分がいる。
「…おい、あれ花崎さんのお母さんだってよ。」
「…可愛い感じだよな。さすが花崎さんのお母さん。」
「…ちょっと童顔なのがいい。」
「…高梨くんとも親しいみたいね。」
「…やっぱ親公認って感じなんだ…」
「…ねぇ、関係ないけど、隣のお姉さん誰かに似てない?」
「…そうなんだよねぇ、私もずっと気になってる。」
「? 一成、何か面白いことがあった?」
「いや、そういうんじゃないんだけど、花子さんの笑顔と、佳代さんの笑顔が重なってさ。」
自分でも何故嬉しく思ったのか、それを上手く説明が出来なくて中途半端な話になってしまった。それでも俺の言いたいことを何となくわかってくれたのか、花子さんは少し照れ臭そうに笑ってくれた。
「ねぇ一成くん! そろそろお義母さんも紹介して欲しいわ!」
…神よ…やはりこのまま平穏無事に終わらせてはくれないのですね。
わかってはいたのだ…隣にいる真由美さんが、俺から話しかけられるのを今か今かと期待の眼差しで見ていたことを。
とは言え、真由美さんが実際にどう考えていたのかわからなかったので、なるべくこちらからは話しかけないようにしようと思っていたのだ。ひょっとしたら見守るだけで終わらせてくれるかもしれないという期待もあったので、触れるな危険、触らぬ神に何とやら、というヤツだ。
そして真由美さんのこの一言が、教室に大きなざわめきをもたらす結果となってしまう。
「…お、お、お母さん!!?? お姉さんじゃねーのかよ!?」
「…何ぃぃぃ!? た、高梨のお母さんだと!?」
「…う、嘘だろ…あ、あんな美人が母親とか…羨ましすぎる」
「…ちくしょぉぉ、お姉さんなら紹介して貰いたかったのに!!」
「…えぇぇぇ、た、高梨くんのお母さんなのあれ!?」
「…ちょ、若すぎ…ていうか美人すぎ!?」
あぁ…騒ぎが広がっていく。
もうこうなってしまった以上、どうにもならないだろう。ここからは、臨機応変に対応していくしか俺に残された道はない。
「えっ!? か、一成のお母さん!?」
これは流石の花子さんも驚きを隠せなかったようで、真由美さんを見ながら驚きのあまり目を丸くしている。そしてそれは佳代さんも同じだったようで、真由美さんを見て開いた口が塞がらないといった様子だ。
「一成、酷い。お母さんが来てたなら、教えて欲しかった。えと、初めまして、花崎莉子で…」
「ちょ、ちょっと待った花子さん!」
ちょっと緊張した面持ちで挨拶を始めた花子さんを、俺は慌てて緊急停止させる。誤解したまま話を進めさせるのは流石に不味いので、花子さんと佳代さんにだけでも事情を説明をした方がいいだろう。
だがその前に、真由美さんへの状況確認を先にしておくべきだと判断した。
「ま、真由美さん、何でここに…」
「んふふ~、校長先生に頼んじゃった。」
何となく周囲を気にしつつ小声で話しかけると、真由美さんも一応は気を使ってくれたようで、同じように小声で対応してくれた。
「校長!? な、何でそんな伝手が…いや、そうじゃなくて、沙羅さんはこのことを知ってるんですか?」
「!?」
ここまで真横で話を聞いていた花子さんが、とんでもないことを聞いたと言わんばかりに驚愕の表情を浮かべて真由美さんを見る。ここまで驚いた様子の花子さんは、俺も今まで見たことがない。だが俺だって真由美さんが教室に入ってきたのを見た瞬間は、これと同じくらい驚いていた筈だ。
「ま、まさか…嫁…、薩川先輩の…?」
「そうよ~。でも私は、一成くんのお義母さんだから。」
「…あぁ、そういう意味で。正直、ギリギリ…」
「ね、ねぇ、莉子。どういう話になってるの?」
とりあえず花子さんは状況を何となくでも理解してくれたようで、俺達に合わせて小声で話をしてくれるのがありがたい。
そして唯一状況が飲み込めていない佳代さんは、困惑しながら花子さんに説明を求めていた。こちらにも上手く説明を…
「お母さん静かに聞いて。この人は、一成の義理のお母さん…になる予定の人。」
ある意味予想通りとも言える、相変わらずな花子さんクオリティの説明だった。もちろん佳代さんの困惑は全くと言っていいほ程に解消していないので、俺からも補足の説明した方がいいだろう。
「佳代さん、こちらは薩川真由美さんで…」
佳代さんは「薩川」と聞いてピンと来たらしい。急に慌てたようにあわあわとせわしなく動き出すと、ペコペコと可哀想になるくらい低姿勢で頭を下げ始めててしまった。
「し、失礼しました。しゅ、主人が会社で大変お世話になっております!!」
「えっ? …あぁ、そうでしたか。いえいえ、こちらこそお世話になっております。」
よくよく考えてみると、忠夫さんが佐波の社員ということは、つまり真由美さんは旦那さんの上司の奥さんということになるのか?
自分で考えていて、ちょっとややこしい関係だと思ってしまった。
そして真由美さんはこういった状況に慣れているらしく、特に動じることもなくいつも通りの笑顔で応対していた。余裕すら感じさせる佇まいで、この辺りは流石に大企業の経営者一族だと思えてしまう一幕だ。
「そ、それで、真由美さ」
「お義母さんです」
このとき初めて、俺は状況を上手く利用されていることに気付いてしまった。確かに母親を名前呼びしていたら周囲も不審がるだろう。つまり、現状ではそう呼ぶしかないということだ。
「お、お義母さん。」
「んふふ~、なぁに、一成くん?」
とびきりの笑顔を浮かべてご満悦な様子の真由美さん。今更だけど、俺からそう呼ばれるのがそんなに嬉しいのだろうか?
「いや、その、向こう…」
「た、高梨、お前のお母さん、スゲー美人だな!」
「うぉぉ、近くで見ると色々と…」
「は、初めまして、お母さん!」
一人が話しかけてきたことを皮切りに、クラスメイト(男)がわらわらと集まってくる。真由美さんに興味があるのは一目瞭然だが、この状況は正直言ってウザい。
しかもクラスメイトが密集してしまったので、他の保護者からもかなり注目を集めてしまっているようだ。
「あら…ありがと。これからも、一成くんと仲良くしてね」
「はい!!」
「も、もちろんっす!!」
「大丈夫です、友達です!!」
このとき俺は不覚にも…クラスメイトと話をしている真由美さんが本当の母親のように見えてしまった。いつもは冗談みたいに自分のことをお義母さんだとアピールしているが、こんな姿を見せられてしまうと、言葉ほど冗談だとは思っていないように感じてしまう。
いや…そもそも真由美さんは、表面的にはからかっているように見えていても、実のところでしっかりと俺のことを考えてくれているのはわかっていた。俺のことを、本当の息子のように思ってくれているのはわかっていたのだ。
そう考えると…
今回のこれも単なるイタズラではなく、俺のことを本当に考えてくれた上で来てくれたのでは…そう思えてくる。
「一成、これ本当に大丈夫なの?」
「えっ!?」
真由美さんの姿に呑まれてしまい、現状を思わず好意的に捉えてしまっていたが、肝心な部分での問題をすっかり忘れていた。真由美さんがここへ来るのは全くの想定外だったが、それもあったが故に別の嫌な予感もするのだ。
そう…それはつまり、向こうにオカンが行っているという可能性があるのではないか?
恐らく今回のこれについては、母親同士で確実に示し合わせがされているだろうと思う。だからこそそれを確認しようと思ったのだが…他の連中に殺到されてしまい、この状態ではそんな話が出来そうにない。
キーンコーン…
しかもここで、無情にも授業が始まるチャイムが鳴り響いてしまう。
直ぐに先生もやってくる筈なので、これはもう焦ったところでどうにもならなくなってしまった。だからせめて杞憂であって欲しいと願うのみだ。
そして今になって、沙羅さんにRAINで連絡をして確認するべきだったと思い付いた。
でも…それも全ては後の祭りだった…
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side 沙羅
時間は少しだけ戻って、二時限目の終了直前…
廊下から聞こえてくる声は、保護者の方達が既に集まっているということなのでしょう。今日は父母参観ということもあり、クラスの皆さんもどこかソワソワした雰囲気を見せています。
ですが…
私は正直に言って、父母参観というものが好きではありません。
でもそれは、母が教室に来るということや、授業風景を見られるということが嫌という訳ではないのです。正確に言うと、母が教室に来ることで生じる結果が嫌なのです。
親バカならぬ娘バカと言われてしまうかもしれませんが、控え目に言っても私の母は美人だと思います。それは周囲の反応を見れば、嫌でもそう認識するしかありません。そして見た目がとても若いのです。母は初対面の相手に対して、私の姉だと冗談を言うことがありますが、必ず納得されてしまいます。だからこれも客観的な事実なのです。
でも…私も将来そうであるなら、一成さんに喜んで頂けますでしょうか…
私も女ですから、やはり一成さんに少しでも喜んで頂けるのであれば、外見を気にしない訳にはいきません。ですからそういう意味では、母の特徴が私にも遺伝してくれることを願わずにはいられないのです。
…話が横に逸れましたね。
つまり、そんな母が来ればどうしても騒ぎになってしまいます。これは予想ではなく、昔から父母参観の度に起きる現象なのです。そしてそうなると、また私の嫌いな「あの」注目を集めてしまうので、ハッキリ言ってうんざりです。
ですが、今日はこの後に嬉しいことが待っています。一成さんのお母様…私のお義母様になる方ですが、父母参観の為に、こちらにいらっしゃることになっています。
一成さんとお付き合いをさせて頂いてから、まだお義母様にしっかりとしたご挨拶をしておりません。ましてや今は、私達は婚約者です。
もちろん正式なご挨拶は、お義父様もいらっしゃる席となっております。ですがそれはそれとして、恥ずかしくないご挨拶をさせて頂かなけれぱ…
「…薩川さんのお母さん、早く来ねーかな…」
「…お前、昨日からそればっかりだな。気持ちはわかるけど」
「…去年は衝撃だったからな。絶対にお姉さんだと思ったし。」
「…両方にアピールするチャンスだと思ってるやつは多いぜ。」
「はぁ……沙羅は大変だねぇ。」
「何か言いましたか?」
「いや、別に何でも…って、ありゃ?」
小さく何かを呟いた夏海が、私の後ろ…正確には教室の出入口付近を見て、何かに気付いたようです。なので私も振り返ってみると…
あぁ、そういうことですか。
夏海はそのまま話をするつもりみたいなので、私も一緒に行って挨拶をしましょう。思えば久しく会っていませんので。
「お母さん、随分早いね?」
「頑張って仕事を終わらせてきたのよ。」
「こんにちは、小春さん。ご無沙汰しております。」
夏海のお母さん…夕月小春さん。去年は夏海の家へ遊びに行くことも多かったので、頻繁に顔を合わせる機会がありましたが…今年は夏海の家へ行く機会が減ったこともあり、特に最近は会っていませんでした。一成さんと出会ってからは全くと言ってもいい程です。
「沙羅ちゃん、久しぶり! 暫く見ない内に、ますます綺麗になったわねぇ。やっぱり…ってことよね?」
?
何を言おうとしたのでしょうか?
意味深な様子で、何かを含んだような笑いをされているようです。
「夏海から聞いたわよぉ…だから…おめでとう!」
話がイマイチ繋がりませんでしたが、これはどうやら一成さんとのことについて言っているようです。夏海経由で伝わっているようですね。
「ふふ…ありがとうございます。ですが、それを言うなら夏…」
「わぁぁぁぁぁ!!」
「うわっ!? な、何なの夏海?」
「何ですか急に?」
夏海が突然大声を上げて割り込んできたので、話が中断されてしまいました。最近、夏海はこうして騒ぎながら話を止めることが多いです。あまり言いたくはありませんが、女性としてそんな大声を上げることは慎むべきだと思うのですが。
「いや…ほら! あれだ!」
「ん~? あんた何でそんな挙動不審なの?」
「い、いや、後で時間があるし!! 」
「あ、あぁ、そうね。沙羅ちゃんが良かったら、後で紹介してくれる?」
「はい。時間が取れそうなら是非。」
お店に移動する前なら、少しくらいは時間が取れるかもしれませんね。
そう言えば、花子さんや藤堂さんも母に会いたがっていましたね。その辺りもどうしましょうか…
「ねぇ、ところで…真由美さんは?」
「母は四時限目に来る筈です。」
「えっ? でも、さっき見かけたわよ?」
「さっきですか?」
「お母さんの見間違いじゃない?」
「いやいや、真由美さんみたいな凄い人を見間違える訳ないよ。かなりご機嫌な感じだったけど。」
凄い人…
今まで、周囲から母の感想を聞くことは多かったですが、凄い人だと言われたのは初めてです。小春さんの中で、母はどういうイメージなんでしょうか?
それはともかく、私も小春さんの見間違いだとは思いますが…
「どの辺りで見かけたの?」
「えーとね、確か一年生の教室がある方へ……あれ? ひょっとして真由美さん教室を間違えてるんじゃないの? 沙羅ちゃん連絡してみたら?」
一年生の教室………まさか…
「いやいや、まさか去年と同じ場所へ行くなんてあり得な……い…」
夏海が目を大きく見開いて、ゆっくりとこちらを向きました。
思わず目が合ってしまったのですが、これは夏海も同じ想像をしたのかもしれません。
授業参観ですから、学校に居るのであればここへ来るでしょう。間違っても去年の教室へ行くなどあり得ません。でも、意図的に一年生の教室に向かったのだとすれば……
「さ、沙羅……まさか、真由美さんは…」
「ちょっと行ってき…」
キーンコーン…
私が動き出そうとした正にそのとき、三時限目の始業を知らせるチャイムが鳴ってしまいました。
あぁ…遅かった…せめて後、五分あれば…
ガラガラガラ…
「はーい、席に着いて下さいね~」
これではもう、どうにもなりません。こうなってしまった以上、少しでも一成さんにご迷惑がかからないことを願うだけです。授業が終わったら、直ぐに母を回収に向かいましょう。
もし一成さんにご迷惑をかけるようなことをしたら……絶対に許しませんからね…
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