第246話 父母参観
父母参観 当日
「おはようございます…」
「ふふ…おはようございます」
今日も朝から沙羅さんはご機嫌だった。
正確に言うと、俺が知っている限り沙羅さんは毎朝ご機嫌なんだが…実家でもそうだったのだろうか?
以前気になったときに、理由をそれとなく聞いたことがあるのだが
「私は毎朝、充電しておりますので♪」
とのことだった。
もちろん電気という訳ではないので、きっと沙羅さんにしか分からない何かをチャージしているのだろう。
「もう少しで朝食の準備が出来ますから、先にお顔を洗って、お着替えをして下さいね。」
「ふぁい…」
欠伸混じりの返事を聞いた沙羅さんは、楽しそうに笑いながら台所へ戻っていく。俺は洗面所で顔を洗って歯磨きをしながら、昨日の夜にオカンと電話したときのことを思い出していた…
……………
………
…
「三時限目はちょっと間に合わないかもしれないから、四時限目の授業参観には間に合うようにするよ。」
「わかった。正直言って、無理しなくていいから。」
「別に無理なんかしてないよ。本命はあんたの授業参観じゃなくて、沙羅ちゃんに会いたいだけだから。」
「言うと思ったよ。」
この会話からもわかるように、オカンは沙羅さんのことを本当に気に入っている。
初めて会ったその日から、二人はまるで本当の親子のように仲が良くなった。
でも実の親子である俺より仲が良いのだから、恐らくは「ように」の部分がミソなんだろう。
勿論それは問題ない。俺としても、二人の仲が良いならそれに越したことはないと思っているから。
「沙羅ちゃんはそこにいる?」
「横にいるけど?」
「なら代わって」
「あいよ。」
俺はスマホの画面を操作して、スピーカーモードに切り替えた。これならそのまま沙羅さんとも会話ができるので、オカンも文句は無いだろう。
「もう話せるぞ?」
沙羅さんの方にスマホを近付けてから、オカンに準備が出来たことを伝える。
「沙羅ちゃん、こんばんは」
スマホのスピーカーから聞こえてくるオカンの声は、先程までの俺に対する態度は何だったのかと問い質したくなるくらい優しい声音だった。それを聞いた沙羅さんは、嬉しそうに笑顔を浮かべて話を始めた。
「こんばんは、お義母様。ご無沙汰しております。」
「久しぶりね。私が言うのも何だけど、別に用事が無くても気軽に連絡してくれていいのよ?」
「いえ、こうしてたまにお話しできるだけでも、私は嬉しいです。」
「あぁぁ、もう、相変わらずいい子ねぇ。明日会えるのが楽しみよ。」
「はい、私も早くお義母様にお会いしたいです。」
俺からすれば普通のオカンだけど、やはり沙羅さんにとっては特別なのかもしれない。そもそも逆を考えてみれば、俺は自分のオカンよりも真由美さんの方が十倍…いや、百倍良いと思っているので、つまり沙羅さんもそんな感じ…な訳ないか。
「懇親会が終わったら、近くのお店で真由美さんとお話をすることになってるのよ。沙羅ちゃんも一緒にね?」
「はい! 喜んでご一緒します。」
「おい、俺は?」
「仕方ないから、沙羅ちゃんのオマケでついてくれば?」
相変わらず、俺と沙羅さんで扱いの差が大きすぎる。きっとそれをオカンに聞けば、本当は沙羅さんのような娘が欲しかったと言うに違いないだろう。
「お義母様、一成さんを苛めないであげて下さいね」
いつも優しい沙羅さんは、俺の為にやんわりとオカンを嗜めてくれた。例えオカンが相手でも、俺のことをしっかり気遣ってくれる優しさは、正に女神様としか言いようがない。
「もぅ…沙羅ちゃんは本当にいい子ねぇ。一成は世界一の幸せ者だわ。」
「ふふ…お世辞でも、そう言って頂けて本当に嬉しいです。私のことはともかく、一成さんを世界一幸せにして差し上げたいと思っていることは事実ですから。」
こういうことを臆面もなく言えるのが沙羅さんの凄いところだ。
自意識過剰なことを敢えて言わせてもらえば、沙羅さんは俺を思う気持ちに絶対の自信を持っているのだと思う。
だからこそ、こうしてハッキリと言えるのではないだろうか?
「もう、沙羅ちゃんったら…明日会えるのを本当に楽しみにしてるからね。」
「はい! 私も明日お会いできることを、楽しみにしております。」
……………
………
…
という会話があったのだ。
つまりオカンが俺を監視…もとい、見物するのは一時間で済むということがわかったのがせめてもの救いだ。
後は放課後、四人で会うときにどういう話になるのか…寧ろそれが一番の不安要素かもしれない。
ちなみに母親と言えば、沙羅さんの方にも真由美さんからも連絡があったのだ。
……………
………
…
「四時限目には必ず行きますからね。」
「別に無理はしなくても大丈夫ですよ。」
何だろうこのやり取りは、ついさっき聞いたような…
「もう~、沙羅ちゃんったらつれないんだから。この前も言ったけど、懇親会が終わったら冬美さんとお話をすることになってるのよ。一成くんも、お義母さんと一緒に行きましょうね?」
「え? あ、ありがとうございます?」
お母さん?
お義母さん?
今のはどっちの意味だったのだろうか…
……………
………
…
今思い返してみると、お互いで似たようなことを言ってるような?
それはさておき、昨日両方の母親と話をしてから思ったことは、やはり真由美さんはオカンと全然違うということ。
優しさも、家事スキルも、あと外見的な部分も、こう言うとオカンには悪いが、俺の評価では全てに於て真由美さんが段違いで上だ。
唯一、俺に対していたずらを仕掛けてくるという困った一面もあるが、真由美さんなら直ぐに許せてしまう。それも偏に、真由美さんであるが故と言うべきなのか…
--------------------------------------------------------------------------------
顔を洗い終わり、沙羅さんが用意してくれた制服に着替えようとして、それがいつも以上にピッシリとしていることに気付いた。
どうやら、丁寧にアイロンがけまでしてくれたらしい。これは後でしっかりお礼を伝えることにして、今は先に着替えを終わらせてしまおう。
ネクタイまでキッチリ締めて、一通り身嗜みをチェックをする。大丈夫そうなことを確認してから台所へ戻ると、朝食の準備はもう出来ているようだった。
でも食べる前に、しっかりとお礼を伝えておかないと。
「沙羅さん、制服にアイロンをかけてくれたんですね。ありがとうございます。」
「今日はお義母様がいらっしゃいますから。将来の妻として、旦那様に恥をかかせるようなことは出来ません♪」
だから当然ですと、そう言わんばかりに誇らしげな笑顔を浮かべる沙羅さん。
俺は本当に頭があがらないな…
「さぁ、お食事にしましょうね。あまり遅くなりますと、夏海と花子さんを待たせてしまいますので。」
チラリと時計を見たが、一応時間はまだ大丈夫だと思う。でも、余裕があるに越したことはないだろう。
……………
………
…
食事も終わり、軽く片付けを済ませたところで、沙羅さんは何かを思い出したように俺を見ていた。
「家を出る前に、最後の確認をさせて下さいね。」
そこまで言うと、沙羅さんは俺の全身を眺めながらゆっくりと動き始める。どうやら念入りに、身嗜みのチェックをするようだ。俺の頭から足先まで、しっかりと一通り確認しているらしい。やがてチェックが終わると
「そのまま少しだけお待ち下さいね。」
そう言って台所へ戻り、濡らしたタオルを電子レンジで少し温めて戻ってきた。
これは寝癖を直すときにやる手段なので、ということはどこかに寝癖が残っていたのだろうか?
自分で見た限りでは気付かなかったのだが。
「本当に少しだけなんですが、後ろに気になる場所がありますので…私にお任せ下さい。」
やはり寝癖は後頭部だったようだ。鏡で確認したときは気付かなかった。
ところが沙羅さんは、何故か後ろに回り込まずに真正面から腕を伸ばしてきた。そのまま俺の後頭部にタオルを当てようとしているのだが、そんなことをすれば、当然目前に沙羅さんの顔が近付いてくる訳で…
いや、沙羅さんは寝癖を直そうとしてくれているだけだ、不謹慎なことを考えるのは申し訳ない。
そうは思ったものの、全く目を逸らさずに真っ直ぐ俺の顔を見つめてくるので、俺はどうしても恥ずかしさを感じてしまい思わず目を閉じてしまった。
そのままじっとしていると、やがて後頭部にじんわりと温かい感触が広がっていく。どうやらその辺りに寝癖があったらしい。
そのまま暫く待っていると、当てられていたタオルの感触が消えた。
「はい、もう大丈夫ですよ。」
寝癖直しが終わったようだ。
なので俺はそのまま閉じていた目を開くと、まるでそれを待ち構えていたかのように、沙羅さんの顔が一瞬で近付いてくる。
ちゅ…
あまりに突然の出来事で、俺は全く身動きができなかった。
思わず固まってしまい、されるがままになってしまう。
そして沙羅さんはゆっくりと離れていき、俺を見るとイタズラっぽく微笑んだ。
「ふふ…ご期待にお答えしてみました。」
「えっ!?」
「私の勘違いでしたでしょうか?」
そう言われてしまうと、実際に色々と余計なことを考えていたのは事実だ。でも元を正せば沙羅さんが…と思わないでもないが、そこも含めて沙羅さんにはしっかりと見抜かれていたらしい。
「一成さん、可愛いです…もう一度しましょうね…」
沙羅さんは俺の肩に手を当てて、少し背伸びをしながらゆっくりと近付いてくる。今度は余裕があったせいで、逆に目を閉じた沙羅さんの顔をしっかりと見てしまい…その美しさに目を奪われて、自分の顔が真っ赤になったことが直ぐにわかった。
ちゅ…
今度は、先程のように軽く触れるようなキスではない。もっとしっかりとした、本当のキス。
やがてどちらともなく離れると、沙羅さんは自分の唇に指を当てながらこちらを見た。そして俺は、そんな沙羅さんの姿に色っぽさを感じてしまい、ドキドキが止まらなくなってしまう。
「ふふ…二度もキスをしてしまいました♪ 今日は朝からとても幸せです。」
そんな俺のドキドキを知ってか知らずが、とてもご機嫌な沙羅さんだった。
--------------------------------------------------------------------------------
「それで…何で一成は朝からそんなに締まりの無い顔をしているの?」
コンビニで二人と合流したものの、花子さんからは開口一番で鋭い指摘をされてしまった。平常心に戻ったつもりなのに、そんなにわかり易い顔をしていたのだろうか?
「私にはイマイチわからないけど…もし花子さんの言う通りなら、どうせ朝っぱらから沙羅とイチャついてたんでしょ。」
夏海先輩の予想は大正解なのだが、わざわざそれを正解ですと言う必要はないだろう。これについてはスルーしてしまうに限る。
「ふふ…一成さんがあまりにも可愛いので、つい…」
でも沙羅さんはそうならなかった。俺と仲良くしていることを話すのが大好きなので、このまま放置したら全て暴露されてしまう。
だから介入した方が良さそうだ。
「と、ところで、夏海先輩と花子さんのお母さんは、三時限目から来るんですか?」
「私のお母さんは、三時限目から来るって言ってた。多分だけど、転校したばかりだから気になってるんだと思う。」
苦し紛れの話題振りだったが、お姉ちゃんは弟の為に乗ってくれたようだ。何となくだけど、やれやれといった様子が伺えた気がする。
「私の方は決まってないかな。来れそうなタイミングで来るって感じ。あんたらは?」
「俺達は、両方とも四時限目には間に合わせるみたいですね。」
「そっか。でもよく考えたら、二人のお母さんは色々と話があるんじゃない?」
「ええ。だから懇親会が終わったら、どこかのお店に移動して、食事でもしながら話をするつもりみたいです。」
「成る程。ならその前に、一成のお母さんに挨拶をしたい。私のお母さんも挨拶したがってるから。」
先日もそんなことを言っていたが、やはり挨拶をするつもりみたいだ。どうしようか、念のために姉弟のことについては言わないように釘を…
「そんな顔をしなくても大丈夫。余計なことは言わないし、お母さんはそもそも知らないから。」
どうやら佳代さんは、公園での話しを花子さんには伝えていないようだ。
そうであれば、俺も口裏を合わせておいたほうがいいだろう。
その代わり注意も出来ないけど…多分大丈夫だろう。
「わかった。まぁ懇親会が終わってからだから、それまでに話をするタイミングはあると思う。」
「うん。私としても、一成のお母さんと会うのは楽しみ」
沙羅さんもだけど、俺の母親に会うのが楽しみなんて言われる日が来るとは夢にも思わなかった。
そんなに会いたいか…あれに?
--------------------------------------------------------------------------------
今朝の教室は、いつもと違う意味で騒がしい。
誰々の母親がどうの、ウチの親はどうのと、楽しみにしているのか羨ましがっているのか予防線を張っているのか…まぁ、それぞれに思うところがあるのだろう。
そしてHRの時間になって現れた担任も、やはり父母参観で気を使っているのか、普段と違いスーツでビッシリと決めていた。ついでに髪型も固まっていた。少し面白い。
……………
………
…
俺は時間が近づくにつれて、妙に気持ちがソワソワしていることを自分でも感じていた。「べ、別に母親が来ることを気にしている訳じゃないんだからね!?」と、まるで何かのテンプレ突っ込みを自分に入れつつも、それでも授業だけは真面目に受ける。俺には大学進学という明確な進路があるのだから、どんな理由であれ授業を疎かにする訳にはいかないのだ…俺って真面目だな。
そして二時限目が終了しようかという頃になり、廊下の方から話し声が聞こえてくるようになった。
ドアの小さいガラスにも、誰かが通りすぎるような影が見えることもあるので、恐らくは三時限目から参加するクラスメイトの親が集まって来ているのだろう。
その中に佳代さんが来ている筈なので、授業前に少しでも挨拶をしておいた方がいいだろうか?
キーンコーン……
授業終了のチャイムが校内に響き渡り、遂に二時限目の授業が終了を迎える。
そして先生が教室を出ていくのと入れ替わりに、クラスメイトの親達がまるで我先にと言わんばかりに入ってきた。俺は特にすることもないので、それを暫くの間ぼんやりと眺めていたのだが…佳代さんが入ってくる姿を確認した。それに気付いて思わず花子さんに視線を向けると、花子さんも佳代さんが入ってきたことに気付いていたようで直ぐに立ち上がった。だから俺も、挨拶をするつもりで一緒に立ち上がる。
だけど……その次に入ってきた人を見て、俺は呆然と立ち尽くしてしまった。
もちろん見間違いなどではない。
明らかに周囲と一線を画すその美貌、沙羅さんのお姉さんと呼んでもまるで違和感を感じないその姿。
それはどこからどう見ても…
真 由 美 さ ん !?
「…ちょ、ちょ、スゲー美人がいるぜ!?」
「…うぉぉぉぉ、あれ誰の母親だよ!?」
「…いや、姉ちゃんだろ!?」
「…や、やべーだろあれ…」
「…ね、ね、あれ誰のお母さん!?」
「…若すぎるって! お姉ちゃんでしょ!?」
「…ひぇぇ、あんなお姉ちゃん居たらコンプレックスになりそう…」
教室が少しずつ騒ぎになってきているのがわかる。
でもそれはそうだろう、真由美さんは明らかにオーラが違う。
あれで目立たない方がおかしいのだ。
というか、俺はどうすればいいんだ!?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
多分は明日は更新できないと思います…多分。
超久々に名前が出ましたが、オカンの名前は「高梨冬美」です。
ぶっちゃけ私も忘れてました(お
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます