第390話 ロールプレイ
「ふふ…一成さん♪」
膝枕で横になっている俺を、極上の微笑みと優しい眼差しで見つめる沙羅さん。
その手は何度も俺の額と頭を撫で、ただただ幸せそうに、ときおり嬉しそうな声を漏らし…
「す、凄いわね、あの二人。私達が見てるのに…」
「もう完全に二人だけの世界に入ってますよね、あれ」
「はは…あれも二人の特技と言いますか」
「誰憚ることなく、何時でもどこでもイチャつける最強バカップル」
「は、花子さんっ!」
「ふふ…でもあんなに幸せそうだと、水を指すのも申し訳ない気持ちになっちゃいますね」
いや、流石に今回は俺も分かってますよ?
今がどういう状況で、周囲に誰が居るのかなんて、そんなのは俺だって分かっているんです。 それに沙羅さんだって、きっと分かっていてやっているとは思うんですけど、これは優先順位の問題と言いますか、俺を全力で甘やかすことを最優先としている沙羅さんだから…
「あの、沙羅さん?」
「一成さん、赤ちゃんがお話をするのはめっですよ?」
「うっ…バブバブ」
って言うか、我ながらバブバブって何だよ!?
こんなのいくらなんでも無理ゲーすぎるでしょ!?
「ふふ…可愛い♪」
でも当の沙羅さんは、俺のドン引き演技(?)に全く怯まないどころか、極めていつも通り…いや、寧ろ普段の三割増しくらいに楽しそうなご様子で、俺の身体を優しくゴロンと寝転がし、今度は自分側へ横向きにしてしまう。
相変わらず動作が自然すぎて、全く抵抗出来ませんでしたよ…
「…マジで手慣れすぎでしょ、沙羅は」
「…一成のやつ、全然抵抗が無かったですね」
「…はは…まぁあの二人にとっては、このくらい日常茶飯事だろうし」
「…薩川先輩、生き生きしてますねぇ」
「今の一成さんは赤ちゃんなんですから、遠慮なく好きなだけ私に甘えて下さいね?」
「す、好きなだけって…」
「一成さん?」
「バブバブ」
普段は感じない謎の圧力に屈して、俺が赤ちゃん語(?)に切り替えると、沙羅さんは満足げに頭を大きく撫で撫で。
うーん、これも喜んで貰えるなら俺は本望だと言いたいところだけど、大切な何かを失いつつあるような気がするのは気のせいだろうか…?
「さらおかぁさん、みおもあかちゃんなでなでしていい?」
「勿論ですよ。優しくいい子いい子してあげて下さいね?」
「わーい!! おにぃちゃんあかちゃん、いいこいいこ〜」
「さくらもやる〜」
「ゆきも〜」
沙羅さんから許可を貰い、ニコニコ顔の未央ちゃん達が、一斉に俺の頭をぐしゃぐしゃっと混ぜ…もとい、撫で始める。
ちなみに未央ちゃんが、なぜ沙羅さんのことを「おかぁさん」と呼んだかと言うと、それは沙羅さんが「お母さんと呼んで下さいね?」と言ったからであり…
…って、そんな呑気に考えてる場合じゃないぞ!
そもそも何で、俺が「赤ちゃん」をやっているのか。
なぜ未央ちゃん達が、沙羅さんのことを「お母さん」と呼ぶのか。
それは今行われている、俺にとっては羞恥プレイ(?)とも言えるような、ちょっとした「お遊び」が始まりな訳で…
…………………
…………
…
「おままごとやりたい!!」
食後の休憩と、次の準備時間を兼ねたフリータイムを満喫していたのも束の間。
まだまだ元気一杯な未央ちゃんが、唐突にそんなことを言い出す。
もちろん俺は(多分皆も)、小さい女の子あるあるの可愛いお遊びなので、純粋に微笑ましいとしか思わなかったんだが…
「さくらもやりたい!!」
「ゆきも!!」
未央ちゃんの提案に桜ちゃん達もすぐさま名乗りを上げ、だから俺達は、そんな三人のおままごとを、興味深く見守ろう…
「おにぃちゃんもやろ?」
「おにぃちゃんもいっしょ!」
「おにぃちゃん、こっち!」
…と思った矢先に三人から指名され、流石にこの年でおままごとをやるのは気恥ずかしさが強かったものの、正直に言うと経験はワリとある方なので(柚葉に散々付き合わされた)…
それで未央ちゃん達が楽しんでくれるならと、そう思ったのは間違いなく俺の本音。嘘じゃない。
「みおがまま!!」
「えぇ〜、さくらがままやりたい〜」
「ぶぅ…さくらちゃんこのまえもままだったもん!!」
俺の答えも聞かない内に(断るつもりはなかったけど)、未央ちゃん達は次の配役…これもおままごとあるあるで、やっぱり一番人気なのはお母さん役らしく、案の定、三人がその役の奪い合いを始めてしまい…
「む〜…じゃあさらおねぇちゃんがまま!!」
「え?」
そんな主役とも言えるポジションに、何故かいきなり指名された沙羅さんが小さく驚きの声を漏らす。
えーと…それで本当にいいのかな、未央ちゃん?
「私…ですか?」
「うん。さらおねぇちゃんがいい!!」
「えっと…」
沙羅さんが困惑気味に俺の方を見るが、決定権はあくまでも未央ちゃん達にある訳で…ただ未央ちゃん一人がそれを主張しても、桜ちゃん達の同意がない限りはダメだろうから。
「じゃあさくらがおねぇちゃん!!」
「みおもおねぇちゃん!!」
「ゆきもおねぇちゃん!!」
…と思ったんですが、あっさりとまぁ受け入れられたようですね。
でも今度は、何故かお姉ちゃん役が横並びに三人…誰が長女で誰が次女で誰が三女なのか、そういった取り決めは…いや、本人達がそれでいいなら問題ないんだけど。
後は残すところ俺の役どころ…それは当然お父さんだろうから、つまり沙羅さんの夫ということになるのか?
ヤバい、単なるおままごとなのに、ちょっと緊張してきたかも…
「えっと、俺は何をやればいいのかな?」
「んとね、おにぃちゃんはあかちゃん!!」
「…はい?」
「「え??」」
全く迷いのない未央ちゃんからの答えに、俺は思わず間の抜けた声を漏らしてしまい…それは沙羅さんも、皆も、何ならお母さん達や幸枝さんまで同じように、頭の上でお揃いの「?」マークをありありと浮かべている。
赤ちゃんって…俺が?
何故にそうなる!?
「おにぃちゃんはここにねんね!」
「おにぃちゃんあかちゃん、こっちぃ!!」
そして桜ちゃんと有紀ちゃんの方も、やはりこの配役に異議がなさそうどころか、寧ろ俺を赤ちゃん扱いする気満々のご様子なので…
いやいや、いくらなんでもこれは想定外すぎだろ?
まさか最近のおままごとって、お父さん役はいないのか?
「おにぃちゃんあかちゃん!!」
「えっと…はい」
取り敢えず未央ちゃんが指定する場所に横たわると、早速三人が俺を取り囲み、思い思いの場所を優しく撫で撫で…もとい、勢いよくわしゃわしゃと混ぜくり始める(?)
あの、せめてもう少しくらい手加減というものをですね…
「さらおねぇちゃんままもきて〜?」
「は、はい。それでは失礼して…」
沙羅さんもおずおずと横に座り、それでも条件反射なのか、直ぐに俺を膝枕してから優しく撫で始めてくれる。
その心地良さは正に天国へ昇るようで、慌ただしかった俺の心が急速に落ち着きを取り戻し、穏やかな気持ちに…
「なでなで〜!!」
「わーい!!」
…なる前に、未央ちゃん達の撫で撫では勢いが激しすぎるんですが!?
「ふふ…赤ちゃんの頭を撫でるときは、もっとゆっくり、優しく撫でてあげましょうね?」
「やさしくぅ?」
「そうですよ。私がやっているように、こうして…」
沙羅さんは未央ちゃん達にお手本を示すように、いつもより大袈裟な手つきで、丁寧に優しく、範囲を広げながら分かりやすい撫で撫でをしてくれて…はぁ。
「おにぃちゃんあかちゃん、きもちよさそ〜」
「ままじょうず〜」
「ふふ、それでは順番にやってみて下さい。それと…」
沙羅さんが少しだけイタズラっぽく笑い、未央ちゃん達を準備に眺めてから…
「私のことは…お母さんって呼んで下さいね?」
……………
……
…
…とまぁそんな経緯があり、俺は赤ちゃん役という羞恥プレイ待ったなしの役どころを与えられ、今こうしておままごとというロールプレイが行われている真っ最中という訳だ。
しかし改めて考えてみても、何故こんなことに…
「いいこいいこ~。おにぃちゃんあかちゃんいいこ~」
そんな俺の葛藤(?)など露知らず、天使の笑顔で俺の頭を嬉しそうに撫でる未央ちゃんの姿は、我ながら恥ずかしい思いをしている甲斐があると言うもの…だと思いたい。
「つぎはさくらもやる!!」
「ゆきも〜」
当然この状況を黙って見守る桜ちゃん達ではなく、二人はそれぞれ邪魔にならない位置へ移動すると、未央ちゃんと同じ様に俺の頭を優しく撫でてくれる。
…冷静に考えたら負けかもしれないけど、本当に何なんだこの状況?
「なでなで〜」
「おにぃちゃんあかちゃん、かわいい」
「いいこでちゅね〜」
「ふふ…一成さん♪」
園児組から一斉に頭を撫でられ、しかも沙羅さんは、俺を優しい眼差しで見つめながら、こっそりと両手で包み込むように手を握ってくれるという然り気ないアピールまでしてくれて…うぅ。
「あらあら」
「副会長さんったら、顔が真っ赤になってるわねぇ」
「高梨さん…ふふ」
しかもちょっと視界をずらせば、未央ちゃん達のお母さんが、物凄く微笑ましい笑顔でこちらを見守っているので…
「どしたの、花子さん?」
「…ちょっと混ざりたい」
「言うと思ったわ。つか、よく乱入しないなーって思ったけど」
「それをやったら、嫁のプレッシャーに潰される予感しかしない」
「うーん、強ち冗談だと言えないところがまた」
「それにしても、一成はよくこの状況に耐えられるな。俺には到底真似できないぞ」
「だよね。俺も流石に無理かな…はは」
「ふふ…そこが高梨さんの素敵なところですよ?」
「…えりりんも相変わらず高梨くん贔屓だよねぇ」
唯一の救いなのは、あっちはいつも通りというか、普段の延長線でこちらを見てくれているようなので…最も、これを日常だと思われていること自体がどうなんだという突っ込み所はあるけど…
って、だからそんな冷静に考えてる場合じゃなくてだな!!
「おにぃちゃんあかちゃん、おなかがすきまちたか〜?」
「あ、ゆきがごはんもってきてあげる〜」
「ちがうよゆきちゃん。あかちゃんのごはんは、ままのおっぱいなの」
「あ、そっか〜」
「…へ?」
…何だろう。
未央ちゃん達の会話に、いま、物凄く嫌な予感がヒシヒシと…
「か、一成さん?」
「え? いや、その…」
どうする、ここは何て答えるべきだ?
仮に俺がお腹が減ったと言ったら、沙羅さんはどうするつもりなんだ!?
まさか本当に…って、その姿を想像するんじゃねぇぇぇぇぇ!!!
「おかぁさんおかぁさん、おにぃちゃんあかちゃんがおなかすいてるって〜」
「おにぃちゃんあかちゃん、もうちょっとまっててね〜」
「まま、あかちゃんにおっばい!!」
「あ、あの…え、ええと…」
如何に沙羅さんと言えども、流石にこの展開は予想していなかったようで、おっぱいと叫びながら自分にすがりついてくる未央ちゃん達を困ったように眺め…
いやいや…いくらなんでもそれはちょっと。
「さ、沙羅さん、無理しなくていいですよ? もうこの辺で…」
「無理? …一成さん、今私に無理と仰いましたか?」
「え、さ、沙羅さん?」
俺のフォローにこちらを向いた沙羅さんの様子が、何やらいつもと違うよう…な?
あれ?
沙羅さん?
「私が一成さんにして差し上げられることであれば、無理など何一つございません」
「いや、その…」
ど、どうしたんだろう、明らかに沙羅さんの様子がおかしいぞ?
いつも通り笑顔であることに変わりはないが、妙な迫力を感じると言うか…それに、目も微妙に座ってませんか?
「これだけの人目がある中で、そこまでするのはどうかと思いましたが…そうですね。これはあくまでも"おままごと"ですし、何より私のプライドに掛けて、この程度のことを無理だと思われたくありません」
「さ、沙羅さん、ちょっと!?」
どこか不穏な台詞を残し、沙羅さんは俺の頭をしっかりと固定して…
「ふふ…一成さん、良い子にしていて下さいね?」
これでもかというくらいニッコリと、何故か全く逆らう気が起きない笑顔を浮かべ…
いや、あの、沙羅さん!?
「さ、薩川先輩、まさかホントにやるつもりじゃ…」
「一成は無意識に嫁のプライドを刺激した。もともと一成と二人きりならこのくらい大したことないのに、周囲の状況で一瞬悩んだことを無理していると思われたのが嫁的に許せない」
「相変わらず凄い分析力だね、花子さん」
「いやちょっと待て。つまり薩川さんは、本気でやろうとしてるってことか?」
「あの様子だとやるかもねぇ…沙羅にとっては負けられない一戦だろうし」
「はぅぅぅ…」
「一戦って何と戦ってるのよ!? はしたない真似は止めなさい、沙羅!!」
皆も普段とは違う沙羅さんの様子に何やら騒ぎ始め…ってそうか。俺が気を使って「無理しなくていい」と言ったことが、却って沙羅さんを焚き付ける結果に繋がってしまったと?
なるほど…って、冷静に分析している場合じゃないだろ!?
どうする!?
どうしたら沙羅さんを止められる…どうすれば…!?
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昨日はここまで書こうとして、結局分割したシーンがこれです。
この続きも概ね書けているんですが、オチがイマイチしっくりこないので、連休の仕事明けにもう一度考えてみようかなと。
それではまた次回~
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