第389話 楽しいお食事
「はい未央ちゃん、あーん」
「あーん!!」
俺が差し出した箸に大きく口を開け、パクリと勢いよく玉子焼きを頬ばる未央ちゃん。まるで愛らしい小動物のように大きく頬っぺたを膨らませ、そのままもぐもぐとする姿はもう何と言うか…
これは反則ですよ、反則!!
「んんん、おいちぃぃ」
小さなおててで頬っぺたを抑え、そのままゴクリと飲み込むと、未央ちゃんは悶えるように俺の胸に寄り掛りスリスリ。
うんうん、その反応は実によく分かるぞ。沙羅さんの玉子焼きは間違いなく世界一(俺基準)だからな!
…とまぁそんな感じで、未央ちゃんは現在、俺の膝の上にお座りしながらお食事タイムを満喫中だったり。
「おいしいね、おにぃちゃん!!」
「そうだね。とっても美味しいよ」
「うんっ!」
俺が素直に同意すると、未央ちゃんは嬉しそうに大きく頷き…また甘えるように、今度は自分の頬っぺたを俺の頬っぺたにくっ付けてスリスリと。
何ですかこれ?
沙羅さんとは違う意味で可愛すぎるんですけど、マジで!!
「あはは、未央ちゃん高梨くんにベッタリだね」
「そうだね。普段私が一緒にご飯を食べても、あそこまでにはならないんだけど」
「そうなんだ? でもそれってさ、なかなかこういう機会に恵まれない高梨くんだからって意味もあるんじゃない?」
「うん。そうかもしれないけど、多分それだけじゃないって言うか…」
「…満里奈?」
「あはは…ごめん、何でもないよ」
ちょっと意味深な藤堂さんの呟きに、立川さんが不思議そうに首を傾げる。そしてその隣では、同じく話を聞いていたらしい花子さんが、何かを考えるような素振りを見せていて…
今のは一体、どういう意味だろうな?
「おにぃちゃんおにぃちゃん、つぎはあれぇ!!」
「はは、了解。それじゃ一旦お皿に移して…」
俺も気にならない訳じゃないが、現に未央ちゃんがこんなに喜んでくれているのだから…今は考えないでおくことにする。
「未央、それじゃお兄ちゃんがご飯を食べられないでしょ?」
「えぇぇ…でも、みお…」
「ふふ、大丈夫ですよ。一成さんには私が…はい、あーん」
「あむっ」
隣に座っている沙羅さんが差し出した箸を、今度は俺が食いつき…もとい、遠慮なくパクリ。直後に口の中いっぱい広がる肉汁と柔らかさ、そして表面のパリッとした絶妙の食感具合は、これぞ究極のローストチキンと言っても過言はないので…つまり。
「うーまーいー…」
「一成、それ以上は禁止」
「スミマセン…」
うーん…あまりの美味しさに、思わずあの名言(と諸々)が口の中から飛び出してきそう…じゃなくて、つまりそのくらい美味いってことなんだよ!!
「ふふ…本当に仲がいいんですね、あの二人」
「ホントにね。まさか目の前であーんまでされるとは思ってもみなかったわ。しかも躊躇しないし」
「あはは…人前であーんするくらい、あの二人にとってはまだまだ序の口なんですけどね」
「えっ? そ、そうなんですか?」
夏海先輩の余計すぎる一言に、驚いた様子の顔のお母さん達が一斉にこちらを向く。まぁ自覚がありすぎるどころか、思い当たる節しかないので否定は出来ないんだけど…なお止めるという選択肢はない模様。
「…うふふ♪」
「た、楽しそうですね幸枝さん?」
「どうせアレを見て、二人の将来像を妄想してるだけ」
「あら、よく分かったわね花子ちゃん?」
「わからいでか」
しれっとそんなことを言う幸枝さんに、花子さんが容赦ないジト目で反撃して…でもそれはそうとして、いつの間にかあの二人が打ち解け合ってるような?
特に花子さんの方は、初対面の幸枝さんを相手に普段の調子で接しているのがちょっと珍しいかも?
勿論それ自体はいいことなので、別に問題はないんだけどさ。
「ねぇねぇおにぃちゃん、みおもあーんしてみたい!」
「えっ?」
「みおもおにぃちゃんにあーんしてみたい…だめぇ?」
「うっ…」
俺の保護欲(庇護欲?)を掻き立てる上目遣いと、下っ足らずな甘え声でそんなことを言い出した未央ちゃんの姿に、何やら小悪魔的なものを…いやいや、いくら何でもそんな意味深でないことくらい分かってますけどね、ええ。
「えーっと」
何となく真横へ視線を向けてみると、そこには変わらず、女神の如き微笑みで俺達を優しく見守っている沙羅さんの姿。そして俺と目が合うと、フワリと一段上の眩しい笑顔を溢し…でも特別これといった反応は感じないか。
まぁ相手が未央ちゃんだから、当然と言えば当然なんだけど。
「沙羅、いいの?」
「いいのとは?」
「いや、高梨くんへの"あーん"は沙羅の特権じゃ…」
「はぁ…あのですね、いくら何でも未央ちゃんにそんなことを言う訳がないでしょう?」
「ま、そりゃそっか」
「それじゃ他の女子…」
「そんな分かりきった答えをわざわざ聞きたいのですか?」
「「ス、スミマセンゴメンナサイ」」
沙羅さんが放つ、氷の微笑という名の強烈な圧力が、立川さん(と夏海先輩)を瞬時に黙らせ…その余波は周囲のお母さん達にも影響したらしく、先程とは違う意味で驚きを隠せない様子。
でもこのくらいならまだ軽い方なんですよ? もしこれが赤の他人だったら…沙羅さんはもっと怖いです。
「さっきからみおちゃんばっかりずるい! さくらもおにいちゃんにあーんしたいぃ!!」
「ゆきもおにいちゃんに、あーんしてあげたい」
「だめぇ!! おにぃちゃんにあーんするのは、みおとさらおねぇちゃんだけだもん!!」
「むぅぅぅ…おにぃちゃん!?」
「おにぃちゃん…」
まるで取り付く島を感じさせない未央ちゃんの絶対拒否に、ぷっくり頬を膨らめた桜ちゃんと悲しそうな有紀ちゃんの矛先が案の定俺の方へ。
うーん…ここは何と答えるべきか。
そもそも論としては、俺に「あーん」をしていいのは沙羅さんだけであり、子供の未央ちゃんは特別枠というか例外枠なので…でもそういう意味では、桜ちゃんや有紀ちゃんも同じということになる…のか?
ただ、今回に限って言えば…
「こら桜!! これ以上お兄さんを困らせたらダメってさっき言ったしょ!」
「ぶぅぅ…だって、みおちゃんばっかりおにぃちゃんにだっこしてもらってずるいんだもん!!」
「有紀ちゃん、我が儘はダメよ?」
「う〜、いいなぁ…みおちゃん」
ありがたいことに、桜ちゃん達のお母さんが仲裁に入ってくれたお陰で、何とかこの場をやり過ごすことが出来そうだけど…それにしても、何で桜ちゃんと有紀ちゃんは、初対面に近い俺のことをそこまで気に入ってくれたのだろうか?
もちろん悪い気はしないが、一応この場には雄二と速人もいる訳で。
「ふふ…一成さんの魅力は、分かる人にはちゃんと分かるものですから」
「私達からすれば、未央ちゃん達が一成に懐くことに違和感はない」
「そ、そうなのか?」
どうやら沙羅さんと花子さんには心当たりがあるようだが…あとは西川さんや藤堂さん…皆まで話にコクコクと頷いている?
あれ、これひょっとして、俺だけ理解してないパターンですか?
「ふふ…一成くんはそのままでいいのよ。沙羅ちゃんも将来の旦那様が子供に懐かれやすいなんて嬉しいことだろうし…ね、沙羅ちゃん?」
「え? そ、そうですね。その、私はとても素敵なことだと思いますよ、一成さん?」
「さ、沙羅さん…」
もちろん俺としても、こうして未央ちゃん達が懐いてくれるのは嬉しいことだと思うし、理由どうあれ沙羅さんに喜んで貰えるなら、それこそ望むところではあるんだけど…でも特に意識している訳じゃないし、何かした訳でもないからさ。
「おにぃちゃんなにたべる? みおがあーんしてあげるね!」
「え、えーと…それじゃ何にしようかな?」
「あ、さらおねぇちゃんもみおといっしょにあーんしよ?」
「ふふ…分かりました。それでは二人で一緒に、一成さんにあーんをしてあげましょうか」
「うんっ!!」
二人はお互いに笑い合い、俺の顔を見てクスクスと楽しそうな声を漏らす。そして俺の方も、そんな二人の笑顔が嬉しくて、幸せで…
「満里奈さん、良かったら俺が取ってもいいかな?」
「えっ…は、速人くん?」
「あはは、あの二人のようには出来ないけど、俺達も少しくらいは…ね?」
「あ、あぅぅ…」
「さぁてバカップル共は放っといて、私達はガンガン食べるわよ!!」
「さんせー!! 私はまだまだ全然食べ足りてないです!!」
「あの…夏海さん。せめてもう少しくらいムードってもんを」
「うっさい!! 私にそういうの求めんな!!」
「はぁ…そうですね」
「ふふ…それでは私達も、引き続きお食事を楽しむとしましょうか。ね、花子さん?」
「別にいいけど、まだ焦らなくても…」
「は? 私は焦ってなどおりませんが?」
「ぉぅ…ミステイク」
「はい、おにぃちゃん、あーん♪」
「一成さん、あーん♪」
美味しい料理と眩しい笑顔、皆の笑い声が溢れる掛け替えのない瞬間を、大切な人と一緒に過ごすことができる。楽しむことが出来る。
そんな幸せを、改めて噛み締めながら…
「ふふ、次はこれですよ?」
「おにぃちゃん、これもたべて〜」
「ちょ、ちょっろと待っへ、まらくひのなかに残っはまま…」
「はい、あーん!!」
「あ~ん♪」
でもそれはそれとして、幸せ太りに気を付けた方がいいかもしれませんね…これ。
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本当はもう少し先まで入れる予定だったのですが、キリがいいので今回はここまでです。ちょっと短かったですがごめんなさい。
次回の更新は比較的早くできると思いますので・・・
とりあえずの見通しですが、毎度のことながら予定より伸びているので、クリスマスパーティーは残り三話くらいだと思います。
そしてちょっとした話を一話だけ挟んで、そのまま年末パーティー編に入る予定です。もう梅雨明けの真夏日真っ盛りなこの時期に、クリスマスだ年末だと季節感がないにも程がありますが・・・スランプさえ無ければorz
ではまた次回
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