第307話 一成の天敵
「お疲れ、みんな」
「お疲れ様!」
「凄い騒ぎだったけど、何かあったの?」
出口を潜り外に出ると、出待ちしていたのか西川さん達が直ぐに話しかけてくる。
あれだけの大騒ぎが廊下まで聞こえていない訳がないし、気になるのは当然のことか。
「いや…ちょっと」
「いつも通りだよ」
「いつも通り?」
「一成と嫁がやらかした」
「あー…」
花子さんの説明に、速人と藤堂さんは納得の表情…それもどうかと思うが…そして西川さんの目は、どんよりと曇り始めて。
やらかした自覚は勿論あるけど、そんな目で見なくても…とは思ったり。
「でも凄い騒ぎだったね。入り口で順番待ちしてたお客さんも怖がってたよ」
「男の声しかしなかったから、不思議だとは思ったんだけどね…納得」
お化けが全員男だから当然なんだが、もしあの場に女子のお化けが居たら…多分、違う意味できゃーきゃー言われたかもしれない。
これはもう経験則。
「とにかく、お化け屋敷の方は問題無しだった。こっちは何か…って、相変わらずか…」
こんなの確認するまでもなく、周囲には見物に来たと思われる男子連中がたむろしていて…こっちはこっちで相変わらずみたいだ。
「一成さん、次へ向かいましょう」
「そうですね…えーと、次は…」
「順番ならウチの教室だね。何の面白みもないから、さっさと終わらせて次へ行こう」
自分達のクラス展示なのに、相変わらず夏海先輩は直球でディスる。
とは言え、街の歴史を集めた史料に果たしてどれ程の人が興味を示すのか…と考えちゃうと。
少なくとも、俺はちょっと…ね。
……………
………
…
「西川さん、向こうの学校ってどんな感じ?」
「それ私も聞きたい! 校舎とかまだ新しいんでしょ!?」
「でも、何でいきなり転校になっちゃったの?」
「え、えっと、すみません、順番に…」
沙羅さん達の教室に入ると、早々に西川さんは女性陣から囲まれてしまった。ここには西川さんの元クラスメイト達が在席していると聞いていたので、恐らく集まっているのはその人達かと。
ちなみに、沙羅さんと夏海先輩は現在この場にいない。クラスの人達に呼ばれて、結局どこかへ連れていかれてしまった。
「…おお、西川さん、スゲー大人っぽくなってる!?」
「…あれ、薩川さんといい勝負じゃね?」
「…な、なぁ…お前さ、確か西川さんのこと…」
「…あぁ。もう会う機会がないと思ったから、諦めたんだけどさ…」
「いやぁ…高梨くん! 色々と活躍しているみたいだね!?」
一応は仕事なので、史料の見物を含めて室内の様子を確認していると、不意に誰かが声をかけてきた…が、声はすれども姿はみえず。
まぁ声の主は分かっているので、ここは完全にスルーしておく。
「こらっ、無視すんな!!」
展示物の陰からひょっこり姿を現した不審者…もとい人影。呼んでもいないのに勝手に現れたその人物は、言わずと知れた悠里先輩。
教室に入った時点で姿が見えなかったから、てっきり外出中だと思っていたのに…これは残念だ…とても残念。
「…何、その嫌そうな顔。私に会えて嬉しくないの?」
「あー、そうですねー、嬉しいかもしれませんねー」
悠里先輩の性格を考えてみれば、まともに相手をするだけ時間の無駄。どうせ滅茶苦茶にされるのが目に見えているし、適当に受け流すくらいでちょうどいい…と、俺は判断。
しかも今は、沙羅さんと夏海先輩がいないから尚更……って
あれ?
そう言えば、随分とタイミングが良すぎるような?
「さて、学祭テロリストの高梨くん」
「…何ですか、それ?」
「ふふふ、私の情報網を舐めて貰っちゃ困るよ。君達の行動は、朝からRAINでバッチリ送られて来てるからね。全て筒抜けだと思ってくれたまえ」
悠里先輩はムカつ…イヤらしいまでのドヤ顔を見せて、右手に持ったスマホをふりふり。
それを今すぐ叩き落としてやりたいと思ったのは…僕と君達だけの秘密だよ。
「ねぇ、悠里ぃ。ホントにやるの?」
「この前、教室のど真ん中で正座させられ…」
「それを思い出させるなぁぁぁぁ!!」
後ろに控えている二人の言葉に、悠里先輩が何故かブルブルと震え出す。
能てん…じゃない、いつも陽気なこの人が、ここまで何かを怖がるなんて…一体どれ程の恐怖体験があったと言うのか?
「高梨くんはガチでヤバいって」
「今度薩川さんがキレたら、もうどうなっても知らないよ?」
「ううう、うっさい!! 例え薩川さんと言えども、私の…私達の迸るパトスは誰にも止められないんだよぉ!! 大丈夫、皆で渡れば怖くないぃぃぃ!!」
「「「…………」」」
困った…分かっていたけどこれは困った。
しかもどこかで聞いたような台詞なので、思わず視線をそちらに向けてしまう。
「~♪」
微妙に鳴っていない口笛を吹きながら、立川さんが素早く視線を逸らす。
まぁそれはさておき、今の問題はとにかく悠里先輩だ。
本当に…この人は何をしたいのか全く分からない。そもそも何を考えているのか想像がつかない。
どうやらあの日、沙羅さんからしっかりと怒られたらしいのに、それでも俺に接触してくる理由は何だ?
「さぁさぁ、高梨くん。君と薩川さんの、嬉し恥ずかしウハウハ赤裸々な日常を是非とも語ってくれたまえ…」
「…はい?」
「いや、だから、あのお堅い薩川さんが男と激甘でイチャついてるなんて話、年頃乙女としては是非とも聞きたいに決まってるでしょ!?」
「…………」
いや…何と言うか…
もう開いた口が塞がらないとはこのことか。
まさかここまでしつこく絡んできて、その理由が単なる興味本位とは…
「あ、勘違いして欲しくないけど、これ聞きたいの私だけじゃないからね?」
!?
その一言を聞いて、俺の中で急速に膨れ上がっていく嫌な予感。その正体に当たりをつけて、咄嗟に周囲を見回してみれば…
いつの間にか、すっごいワクワクした様子の女性陣が集まってる!?
しまった!!
これはまさか…孔◯の罠!?
いや、それどころか、ひょっとして沙羅さんと夏海先輩が呼ばれたのも!?
「ねぇねぇ、高梨くん!! 普段は薩川さんとどんなことしてるの!?」
「な、馴れ初めを教えて!!」
「どうやってあの薩川さんと仲良くなったのかな!?」
「いつもデートってどんなとこ行くの!?」
「告白は高梨くんから!? それとも…薩川さん!?」
「ね、ね、ぶっちゃけさ、と、どこまでいってんの!?」
「きゃぁぁぁぁぁ、それスッゴい気になるぅぅぅ!!」
「ちょっと、まだ昼間だからね!!」
こういう姿を見てしまうと、やっぱり年頃乙女にとって恋愛話というのは、格好のエサ…ネタなんだろうなぁ…
って、そんな冷静に考えている場合じゃない!
話題に食いついた女性陣が、きゃーきゃー騒ぎながら雪崩のように押し寄せてくる。そしてマシンガンのような矢継ぎ早の質問攻めが始まってしまい、これって俺はどうすれ…
「一成にそれ以上近付くなら…容赦しない」
っ!?
そんな俺と女性陣の間に割り込んだ、小さくも頼もしく凛々しい人影。
淡々と冷静、そして静かに発したその一言は、俺ですらプレッシャーを感じてしまうくらいに強烈なもの。
それを真正面から叩き付けられ、大興奮だった先輩達がピタリと動きを止める。そして一気に静まり返る室内。
「な、何、あの子…」
「確か、生徒会の…」
「い、いや…それよりもこの迫力だよ…これ、どっかで見たことがあるような…」
「…さ、薩川さん…みたいな?」
「「「ひっっ!?」」」
人垣くらいに集まっていた先輩達が、花子さんの迫力に気圧されたように後退り始める。その表情には等しく、焦りのような、引き攣ったような笑みを見せていて。
「え、えーと…た、高梨くん、その可愛いお嬢さんは一体…ひぃぃぃ!?」
まだ少し余裕が残っていたらしい悠里先輩も、花子さんの顔を見た瞬間に何故か悲鳴をあげる。
後ろから見ているだけじゃ花子さんの様子は分からないけど、この展開はこれまでも何度かあった。
花子さんに何が起こっているんだ?
「…あー、花子さんも高梨くんのことになるとガチだからね」
「…だ、大丈夫かな? 薩川先輩を呼んできた方が…」
「…取り敢えず、様子を見ようか」
「…あぁ、花子さんなら大丈夫だろう、多分」
「くっ…せ、せっかくのチャンスなのに…」
「弟はお姉ちゃんが守る」
「お、弟? それって高梨くんのこと?」
「そう。一成は私の弟」
「へっ? で、でも、確か名前違うよね? それにどう見ても…あっ!!」
突然何かに気付いたらしく、悠里先輩が目を見開く。再び何か楽しいネタでも見つけたのか、ニヤつきながら俺と花子さんを交互に見比べ始める。
…何だ?
「むふふ…ねぇ、高梨くん…その子と、どういう関係なのかなぁ?」
「いや…」
「匂うぞぉ、これはラブコメ展開の香りがプンプンと匂いますなぁ。皆もそう思うでしょ? これは絶対に…」
「絶対に、何ですか?」
「もう、分かってる癖にぃ。皆、薩川さんと夏海はまだ暫く戻ってこない筈だから、今の内に高梨くんを…」
「一成さんを?」
これはもう、ギャグマンガと言うかコントと言うか。
悠里先輩は、自分が誰と話をしているのか本当に気付いていないのか?
そこまで身体を張って、面白ネタを追求しなくてもいいと思うんだが。
「ちょ、ちょっと、その呼び方はマズいって。幾ら何でも怒られるよ?」
「そうですか。誰に怒られるんでしょうね?」
「は? そんなの薩川さんに決まってるじゃ…あれ? …決まってるで……さつ…かわ…さん?」
金縛りを受けたように、悠里先輩の動きがピタリと止まる。でも顔だけは動くのか、ピクピクと表情を引き攣らせながら…
「そうですね。私は一成さんに迷惑をかける人間は絶対に許しません。以前のことで、それは十分身に染みたと思いましたが?」
ギギギギ…と、まるで油の切れたロボットが、軋み音を上げて強引に動き出すように。
悠里先輩がゆっくりと振り返っていく。
当然、その先に立っているのは…
「さ、さ、薩川さん、お早いお帰りで…」
「ええ。様子がおかしかったので彼女達を問い詰めたんですよ。そうしたら、全て自発的に白状してくれました。悠里さんが強引すぎて断れなかった…と」
「ちょっ!? それ違うから!! これは皆の総意だから!! ね、ねぇ皆!! …って、あれ、皆!?」
右往左往と誰かに助けを求め、慌ただしく周囲を確認する悠里先輩。でもその視線の先には…とうぜん誰一人として居やしない。
さっき突然、蜘蛛の子を散らしたように解散したんだけど…今にして思えば、沙羅さんが戻ってきたことに気づいたからだったんだな。
つまり悠里先輩は、最初から万が一に備えたスケープゴートとして奉られていた…と。
「私に注意されて、意図的に同じ事を繰り返した人間は悠里さんが始めてですよ。しかも、よりにもよって私の一番大切な一成さんに…いい度胸ですね?」
沙羅さんの表情には怒りが見えない。と言うより感情が見えない。
ただ一つだけ、ハッキリと見開かれた目が…
そしてその無表情さが、却って沙羅さんの怒りの大きさを感じさせて。
つまり何が言いたいのかというと…怖いんです…
「私の目の前で、一成にちょっかいを出すとか…覚悟は出来てる?」
そして狼狽える悠里先輩の後ろには、花子さんが静かに迫る。
前門の沙羅さん、後門の花子さん。
俺のことになれば容赦のない二人に挟まれて…悠里先輩は逃げる場所など無い。
「ちょ、ちょっと待って!! 待って下さい!! これはですね、その、皆の総意でして…た、高梨くん!?」
それはもう必死な形相で、悠里先輩が俺に助けを求めてくる…が、残念ながら、俺には悠里先輩に情けを掛ける理由がない。
それどころか寧ろ迷惑続きなので…ここらで一発、反省して貰わないと。
それに俺の視界にはもう一つ、悠里先輩に迫る三つ目の不幸がハッキリと見えていたりして…
「くっ…こ、こうなったら!」
遂に逃走本能に火が付いたのか、悠里先輩が凄まじい勢いで真横へ飛び出す。
そのままこの場を離脱しようと駆け出した…その先に迫りくる三つ目の不幸!
タイミングよく突き出された右手が、赤く光っているように見えて(多分俺の錯覚)、アイアンクローのように悠里先輩の顔面を捉える。
「はれっ!?」
一瞬、何が起きたのか理解できなかったのか、悠里先輩が間の抜けた声を漏らす。だがそれと同時に身体ごと勢いよく押し返されて、強制的に元の位置へ…
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「悠里ぃぃ…随分と手の込んだ小細工をするじゃない!?」
悠里先輩は、自分の顔を締め付けている手を外そうとして必死にもがく。それでも残念なことに、外れる気配は全くない。
しかもそれに近付いていくのは…
「悠里さん…次はお説教で済まないと、私は言いましたね?」
「いだだだだだぁぁ、ち、違うんですぅ、こ、これは私一人の独断じゃなくて…皆がぁぁぁ、皆がぁぁぁぁぁ」
「ええ、知っていますよ。ですが、それはそれ。先ずは主犯の貴女です。安心しなさい、それが終われば次は関わった者全員ですから。顔は全て覚えています」
「「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」」」
教室内の至るところから聞こえてくる悲鳴。待避に成功したと考えていたようだが、沙羅さんから逃げられる訳もなく。
…甘いな。
と言うか、関わった人間の顔を全て覚えてるのね…
「さ、薩川さん、あのですね、やっぱり恋バナを聞きたいと思うのは女子の…ひぃぃ!?」
沙羅さんの目が一気に鋭さを増し、悠里先輩が短い悲鳴と共に口を噤む。
有無を言わせないどころか、無抵抗すら覚悟させるような凄まじいプレッシャーに、悠里先輩は愚か周囲の女性陣(さっき俺に詰め寄ってきた人達だと思う)まで震え上がる。
そして、悠里先輩は…
「悠里さん!! そこに直りなさい!!!」
「悠里!! お座り!!!」
「さっさと正座しろ」
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!! ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
……合掌。
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「おいおい、嘘だろ…」
「マジかよ…薩川先輩と夕月先輩がいる…」
「な、なぁ、あの人、この学校じゃないよな?」
「スゲェ…あの三人、飛び抜けてるぜ…」
「めっちゃ美人じゃん…薩川先輩といい勝負…」
「はぁ…夕月先輩、カッコいい…」
「速人くん、私の占い選んでくれないかな…」
「神様、お願いします、私のところへ速人くんを!!」
「いや、そもそも何なのこのグループ!?」
「すっごい面子じゃん!」
二年生の教室を全て周り終え、俺達が次に向かった先は、一年生の教室が並ぶ新校舎。
そして現在居るのは藤堂さんのクラス…つまり、占いをやっている教室。
何の前触れもなくいきなり押し掛けたこともあり、若干、困惑気味…というか、大騒ぎになってしまった…って、今までも散々そんな感じだったけど。
「ねぇねぇ、満里奈!!」
「何これ!? 生徒会…だけじゃないよね!?」
当然こうなってしまえば、事情を知りたいクラスの連中は、クラスメイトである藤堂さんに集まってしまうので…
「え、えっとね、生徒会なんだけど、みんな友達って言うか…」
「えっ!? それって薩川先輩や夕月先輩も!?」
「う、うん。そうだよ」
「スゲェ!! 藤堂さん、俺を紹介してくれよ!!」
「お、俺も、薩川先輩に!!」
「おい、俺が先だぞ!!」
「満里奈、何でもっと早く言ってくれないの!!」
「そうだよ、私達だって先輩達と」
「でも今からだっていいよね!」
あまり言いたくはないが、これは決して良くない流れというか、でもありがちと言うか。
クラスの連中も、決して悪気があってそう言っている訳じゃない…とは思う。
ただ、それを考慮しても、正直言って…だ。
沙羅さんや夏海先輩も思うところがあるようで、藤堂さん達の会話に割り込むタイミングを伺っているように見える。それは勿論、花子さんや立川さん、雄二…俺も。
…あれ?
そう言えば速人は?
「ごめん、ちょっといいかな?」
いつの間に移動していたのか、速人が藤堂さんに群がっている集団の中へ割って入る。そのまま藤堂さんを自分の背中に隠すように、半ば強引なまでに目の前へ身体をねじ込んで行く。
速人にしてはかなり珍しい強引な行動で、俺達…そして藤堂さんも、ついでに周りの連中も、驚いたように目を丸くしている。
でも…頑張れよ、速人!
「は、速人くん!?」
「わ、わ、速人くんが近い!!」
「横川、何だよいきなり?」
「そういやお前、薩川先輩と噂になってたよな!?」
「よ、横川くん?」
「藤堂さん、いきなりごめんね。でも、ここは俺に任せて」
「えっ? う、うん」
藤堂さんは突然の展開で戸惑いを隠せていないが、それでも速人の言葉に素直に頷くと、そのまま背中の陰に隠れるような位置に入った。
さてさて、どうなるかな…これは。
「速人くん、あのね!」
「横川、お前からも…」
「ストップ!」
「「「っ!?」」」
速人が少し強めに声をあげて、会話の主導権を握りに行く。男女で会話がグチャグチャになっているこの状況では、初手の手段としては一番有効だと俺も思う。
「先に謝っておくよ。強引に割り込んでゴメンね。それで肝心の話だけど、俺達は確かに先輩達も含めて仲良くしているよ。でも、誰に誰を紹介するとか、そういうの一切やらないから」
「…は、速人くん?」
「…えーと」
「…横川?」
「…何だよそれ…?」
「言葉の通りだよ。俺達はそういうのが嫌いだから。仮に、藤堂さんからの紹介で俺のところへ来るような人が居たら…その人とは二度と口を利かないから、そのつもりで」
「…えっ」
「…ちょ、ちょっと、それは」
「…そんな…」
これまでの速人らしくない、明確な拒絶を滲ませた厳しさをも感じさせる言葉。口調こそいつも通りに聞こえても、声のトーンは明らかに違う。
普段の「おおらかさ」を感じない。
怒っている訳ではなさそうだが…これは本当に珍しい。
「藤堂さんにそんな迷惑をかけるような人は、本当の友達なんかじゃないよ。だから俺も、そんな人を相手にする理由は無いでしょ?」
「「「…………」」」
「横川くん…」
決して感情的にはならず、でも僅かな嫌悪感…刺刺しさを少しだけ覗かせ、速人は女性陣に語りかける。それでも十分な効果はあったようで、全員が気まずそうに黙り込んでしまった。
まぁ…俺達からすれば嫌悪の対象でも、一般的な女子高生としては、ごく普通のやり取りだっただろうし。だから決して悪意は無かったと思う。ウチのクラスでも、そういう話は普通にしてるし。
でも特に速人は、「紹介して」「紹介されました」といったやり取りに、俺達の中で一番辟易していただろうから…尚更かも。
「それに、薩川先輩はもっと厳しいからね? もし俺が君達を紹介なんかしたら、俺ごとバッサリと切り捨てられるよ。そして今後の楽しい学校生活が保証できなくなる」
若干脅しにも聞こえそうな速人の忠告を聞き、今度は男子連中がこちらに視線を寄越す…が、沙羅さんの極寒な視線に耐えきれず、直ぐに全員が視線を逸らした。
「悪いことは言わない。今まで通りに、藤堂さんとは普通に友達として仲良くして欲しい。余計なことを考えなければ、これまで通りにやっていけるから」
最後にそう締め括りながら、速人がじっくりと全員に語りかける。普通に聞けば大袈裟に思えるような言葉だけど、ゆっくり諭すように語りかける。
男性陣も女性陣も、お互いにここまでのやり取りで感じたことがあるのか…特に反抗も言い訳もせず、素直にコクリと頷いた。
どうやら、一件落着したようだな。
「ありがとう。厳しいことを言ってごめんね」
「ううん、こっちこそ。ごめんね、満里奈」
「うん、大丈夫だよ。でも紹介は出来ないから、こっちこそごめんね…」
「そんなのいいって。満里奈にも悪いし、横川くんから嫌われちゃうのは困る」
「ゴメン、満里奈! もう絶対に変なこと言わないから!」
女性陣はお互いに頭を下げ合いながら、謝罪謝罪のオンパレード。とは言え、これで丸く収まったことは確認できたから無問題か。
「わりぃ、藤堂さん」
「まぁ仕方ないか…でも薩川先輩と友達とか、横川も羨ましいぞ?」
「あぁ、それについては羨ましがらなくてもいいよ。俺だって、薩川先輩とは精々話が出来る程度だから」
「そうなのか?」
「なぁ横川、薩川先輩って実際どういう人なんだ? 厳しいとかキツいとか優しいとか、人によって言ってることが全然違うんだけどさ」
「それはそうだろうね。本当の薩川先輩を知らない連中が、勝手に決めつけて話を広げてるからそうなるんだよ」
沙羅さんについては、本当にこの一言に尽きる。でも今更それを全て訂正する必要はないし、俺にとって重要なことは只一つ。
沙羅さんには俺という男が居るから、もう二度と言い寄るな…と、それを周知させることが一番大事だから。
「なるほどな…ってことは、お前は薩川先輩がどういう人なのか、ちゃんと知ってるのか?」
「知ってるよ。でもそれを言うつもりはないかな。それに…」
そこまで言うと、速人は俺に意味深な視線を飛ばす。しかも若干ニヤけ気味に。
「それに?」
「その辺りの答えは、案外、近い内に分かると思うよ」
「へ?」
「な、何だよそれ」
「ちょ、横川?」
もうそれ以上の問い掛けには答えず、藤堂さんの無事を確認するようにそちらを眺め、速人は俺達の方へ戻ってくる。
その表情には、どこか満足そうな笑みが浮かんでいて…
「よ、横川くん!」
そんな速人の後を追いかけるように、藤堂さんが少し慌ててこちらへ戻ってくる。
しかも、少しだけ顔が朱い…ような?
おや?
「あれ、藤堂さん、もういいの?」
「う、うん。それよりもね、その…」
どこか言い辛そうに、可愛らしくモジモジしながら藤堂さんが言い淀む。
もしこれがアニメや漫画なら、両手の人差し指を付き合わせて顔を赤らめている美少女を描写したくなるくらいに。
「横川くん、ありがとう…その、助けてくれて…嬉しかった」
「と、藤堂さん…」
照れ臭そうにしている藤堂さんの可愛らしさで、胸をズキューンと撃ち抜かれたように(表現が古い? 知らんな)、速人が少しだけよろめいた。
でも…あれは可愛いすぎて反則行為ですね…ええ。
「俺の方こそ、出しゃばってゴメンね。その、俺は藤堂さんに迷惑を掛ける人が許せなくて…」
「…え? 今…」
「い、いや!! と、とにかく、俺達はそういうことを許さないのが暗黙のルールだからね。それは相手にもキッチリ示さないと」
「う、うん。そうだね。私も今度から、同じようなことがあればハッキリと断るよ。だって、私も横川くんに迷惑を掛けなくないし…」
「そ、そんなことは考えなくていいよ! 俺は藤堂さんのことなら、何一つ迷惑に感じることなんて無いから!」
「えっ!? う、うん…その、そう言って貰えると、嬉しい…よ?」
「そ、そっか。それなら…良かった」
お互い照れ臭そうにモジモジとしながら、聞いているこっちまで照れてしまいそうな会話を続ける二人。そして速人のセリフには、何故か聞き覚えのあるようなフレーズが…
何となく、横にいる沙羅さんへ視線を向けて見れば、そんな二人を微笑ましそうに見つめていて…でも不意に、沙羅さんの手が、俺の手をきゅっと握る。
「ふふ…」
そっと俺の顔を見上げ、柔らかい笑みを溢す沙羅さん。
何気に俺もそうしたい気分だったから…こうやって以心伝心、心が繋がっていると実感できることが本当に嬉しい。
「…な、なぁ、あれ…」
「…はぁ!?」
「…う…う、う、嘘だろ…!?」
「…ちょ、マ、マジかよ…」
それにしても…
速人は悲観的なことを言っていたが、こうして外から見ている分には…
十分に脈ありだと思うんだけどな?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
学祭はじっくり書くと宣言したものの、ちょっと長すぎですかね(^^;
無駄に引っ張っているつもりは無いんですけど…
でも友人達のシーンまで書くと、どうしても…ね。
次回は第三者視点と、一成達の教室へ向かいます。
それでは今回もキャラ紹介に移らせて頂きますね。
立川 洋子 (たちかわ ようこ)
身長 153cm
体型 満里奈と似てる(各所も)
髪型 満里奈より少し長いロング(ウェーブ)
満里奈の親友で、一成達と同じ中学出身。
山崎事件の被害者の一人で、一成達と共に復讐を果たし、最近、やっと本来の陽気さを取り戻してきた。
ちなみに物語には出てこないが、同じような仕打ちを受けた女子は他にも数人いる。
現在通っている高校は地元の学校で、雄二と同じ高校。花子も転校前は同じ学校に通っていて、山崎事件の後は打ち解けて普通に仲良く出来るようになった。花子も「洋子」と名前で呼ぶくらいに。
そんな花子が、一成に対して特別な想いを持っていることに気付いていて、心配で雄二と相談することもあった。特に「姉弟」宣言が出る直前くらいは、一成と沙羅の間に花子が割り込む三角関係になることを本気で心配していた。
沙羅に対しては同性としての強い憧れを抱いており、現在は沙羅を見習って髪を伸ばしている。でも天然パーマが入っている為、沙羅のように綺麗なストレートロングにすることが出来ない。ストレートパーマをかけるべきか、密かに悩んでいる今日この頃。
男性については、今度は見た目に囚われず、山崎の反対である、真面目で堅実性のありそうな男子を恋人にしたいと思うようになった。
橘 雄二 (たちばな ゆうじ)
身長 170cm
体型 一成より若干やせ形
髪型 ショート(前髪立ち)
一成の親友。幼馴染み、腐れ縁。
小学校入学当時からの付き合いで、一成とはお互いに一番仲のいい親友同士。
当然、柚葉とも付き合いが長く、二人の関係が変わっていく様をずっと見てきた唯一の人物。
一成が柚葉に対してどんな思いを持っていたのか一番理解していただけに、事が決定的になるそのときまで、一成のことを応援していた。それだけに、柚葉の裏切りを何よりも許せなかった。
制裁時に柚葉の母親まで巻き込んだのは、雄二の強い意思によるもの。
一成に沙羅が現れたことで、今度こそ幸せになって欲しいと願い、陰から見守りフォローすることを決意。
その過程で知り合った夏海と、ある意味でミイラ取りがミイラになる結果に。
現在、夏海とは、コロコロと攻守が変わる不思議な関係性をお互いに楽しんでおり、反対に一成達のようなベタベタ、イチャイチャな関係は諦めている模様。ただし、たまに見せる夏海の可愛らしい姿にそうしたくなるときがある。
横川 速人 (よこかわ はやと)
身長 174cm
体型 スリム
髪型 ショート(ツーブロック)
一成が凛華高校に入って初めて出来た同性の友達・親友。
アイドル顔負けのルックスと、真剣にスポーツへ打ち込む姿から、あっという間にファンクラブ出現。
ちなみに速人の親友なので、一成に対してファンクラブは好意的。
容姿のせいで異性からチヤホヤされることが多く、その為に下心のある同性から接近されることが多い。妬まれることも多い。
なので、心から友人と思える同性になかなか出会えなかった。それは速人本人の疑心暗鬼もあり、尚更友人が出来なかった。
自分に対しても分け隔てなく接し、注意や説教までしてくれる夏海に対して、周囲の異性には無い姿を感じて強い憧れを抱く。
でもそれはあくまで憧れであって恋心では無く、当時の速人はそれに気付いていなかった。
一成に対しては、沙羅と夏海という学園二大美女の側にいる唯一の男子であり、自分に対して余計な下心や妬みなどを持ったりしないのではないかと期待して接近。
ある意味、人気者であるが故の孤独を抱えていた速人は、自分のことを理解してくれた一成と、どうしても友達になりたかった。
親友になれた現在は、沙羅に対してどこまでも一途を貫き、その為であれば大胆な行動すら厭わない一成の行動力を素直に尊敬している。
補足事項として、一成経由で沙羅と接近したこともあり、もともと存在していた沙羅と速人が怪しいと言う噂が大きくなってしまう。一成と沙羅の話が消えてしまったり、イマイチ話題にならなかった理由の一つはそれ。
以上です。
これでメインの9人は補足終了となります。
それではまた次回~
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