第308話 私はヒロイン(モブ子視点)

「それでは、視察を開始させて頂きます。特にこちらを気にする必要はありませんから、これまで通りに行って下さい」


「はい…」


 現在、私が使用しているこの小部屋(暗幕仕切り)には、生徒会の視察担当者がいる。


 五芒星のクロス(自前)、愛用のタロットカード、演出用の水晶(玩具)、如何にも「それっぽい」感じなテーブル。


 それを挟んだ対面側に座っているのが、生徒会の視察担当者である女性。


「歩、宜しくね」


「う、うん…」


 部屋の隅にポツンと立っているクラス委員長の言葉に、一応頷いておく。

 残念なことに、視察がきたら私に任せなさい…と、大見得を切ったことは事実だから。


 はっきり言って、調子に乗ってましたよ…ええ。


 でもね…


「別に採点をする訳ではありません。普通に占いをやっていることを確認するだけですから」


「は、はい…」


 普通に座っているだけなのに、この強烈なまでの存在感。

 逆らうことは出来ない、そう思うことすら許されないと感じさせる強者のオーラ。

 私みたいなモブとは格が違いすぎる。


 そんな力強さが溢れているのに、外見は怖いくらいに綺麗。


 あまりにも綺麗すぎて、逆に恐怖すら覚えてしまう程の、凄まじい美貌。

 近距離で顔を見たのは初めてだけど、本当にこんな綺麗な人がいるんだね…


 なんて…


 そんな悠長なことを言ってる場合じゃないよ!?


「そ、それでは…ま、まず…」


「そんなに硬くならないで下さい。本当に普通で大丈夫ですよ」


「は、はい」


 いやいや、無理ですから!!

 貴女のような生まれながらのスーパーヒロインと相対して、私のような雑魚モブが普通になんて、そんな恐れ多いこと出来ませんのことですよ!?


「で、では、改めて、は、始めさせて頂きます…」

 

 そもそもグループで来たのに、視察担当者が生徒会長直々とか、そんなのあり得ないでしょ!?

 薩川先輩を占うなんて、そんな恐いことしたくないのに!!

 もし変な結果が出たら、私どうなっちゃうの!?

 薩川先輩が怒ったら、もの凄く怖いんだよ!?

 前に部活の先輩達が怒られて、とんでもないことになったのに!!

 しかも今回は、私一人だけなのに!!


 うう…どうしよう…


 こんなことなら、大見得なんて切らなきゃ良かった…


 何でこんなことにぃ…


………………

………


 私の名前は、岸山 歩(あゆむ)

 どこにでもいる、ごくごく普通の女子高生。


 成績、ちょっと低め

 容姿、普通(だと思いたい)

 体型、普通(追い風参考記録で何とか…)

 友達、それなり

 彼氏、募集中(今までずっと)

 特筆、特になし


 …うん。


 自分でも惚れ惚れするくらいに普通なスペック。

 あまりにも普通すぎて、正に「その他大勢」「モブの中のモブ」って感じ。

 でも誰かが言ってたよね、特長の無いのが特…ううん、何でもない。


 とにかく、そんな平凡な私だけど、胸を張って得意だって言えるものが一つだけある。


 それは…


 私の趣味でもある、このタロットカード。


 そもそも、何で私がこれを始めたのかと言えば、正直に言ってカッコ良さそうだったから。

 あとは、友達ウケしそうだったからってのもある。

 切っ掛けが打算的な理由だったことは、もちろん私が一番理解している。だからこれについては突っ込まないでね。


 …って、私は誰に言ってるの?


 と、とにかく、そんな理由で始めたタロットも、今では立派に、私の存在感を示す特技(?)になってくれた。

 友達に頼まれてやることも増えて、自分で何か気になったときにも頼ってみたりする。

 それに、覚えてみたら意外と楽しいんだよね。

 解釈は個性が出るし、当たってるって言われると嬉しいし。

 

 そんな感じで、頼まれる度に教室でタロットを続けていたんだけど、いつの間にかクラス(主に女子)で占いが流行ってた。


 しかもそれを牽引したのが、私みたいに典型的なモブなんて…こんな名誉なことは無いでしょ。

 だからそれが密かに誇らしくて、正にしてやったりって感じ(笑)


 そして、それが遂に実を結び…


 私がヒロインになる時がやって来た!


 学祭に向けた出展計画を決めるアンケートで、見事に占いが候補に入った。しかも最終的には、女子の圧倒的な指示を集めて当確!


 これまでの私の地味で平凡な人生で、初めて訪れたビッグウェーブ。

 これに乗らない手はないのよ!


 …なんてね。


 そこからは私の予想通り。


 クラスメイトから、友達から、男子も女子も、私を頼りにしてくれる。

 だから私も、自分が知っている色々な占いを皆に教えて、HRでは私が講師を務めたりして。

 これはもう間違いなく私が主役だと…ヒロインだと、有頂天になりました!


 そして学祭当日。


 朝からずっと、私の占いを求めてお客さんが…ううん、迷える子羊がこの教室にやってくる。


 もちろん、全てを私が一人で担当している訳じゃないよ。

 しっかりと役割分担してるし、タロット占い以外を選ぶ子羊もいるから。

 でも他の占いだって、それを皆に教えたのは私。だから結局、この教室で行われる全ての占いは、元を正せば私の占いと言えるワケ。


 だから、迷える子羊は、みんな私の占いを求めてやって来てると言えるのよ!


 …と、一人で勝手に盛り上がって、脳内で派手なパーティー開催してた…さっきまでは。


 でも、そんな風に調子に乗っていた結果が、まさかこんな展開を生むなんて…


 思ってもみませんでしたよ…


…………………


 生徒会の視察団(?)が来ると連絡があったのはお昼過ぎ。特に準備をしていた訳ではないが、視察と言われれば緊張を覚えるのが人ってもの。


 そして予想より一時間くらい遅れて現れた視察団は、結論から言うと想像を遥かに上回る面子で構成されていて、とんでもない一団だった。


 そんな一団がやってくれば、男子も女子もクラスメイト達は揃ってお祭り騒ぎ(学祭だけど)。

 それもその筈。だってその一団は、実質的にこの学園に於けるスター集団、言わば勇者様御一行みたいなものだったから。


「責任者の岸山さんですね? 宜しくお願いします」


「は、はい、よ、宜しくお願い致します…」


 そして今、占いの視察を受け入れるに当たり、私は生徒会側の責任者と打ち合わせをしている。


 そう、生徒会の「責任者」と…だ。


「早速ですが、今回の視察について…」


 こうして話し合いをしている最中も、私は目の前にいる「責任者」の先輩から目が離せない。


 何故って?


 そりゃそうでしょ。


 恐ろしい程に整った顔立ち。ぱっちりした目にスッキリとした鼻筋、一つ年上とは思えない程の色気を感じさせる口許、透き通るようなキメ細かい白い肌。


 そして…


 あまりにも特徴的で、サラサラと靡く、どこまでも綺麗な…綺麗すぎる黒髪。


 しかも…

 私にはわかる。


 まるで、世の男性の夢が具現化したような…大きすぎず、でも万人に愛されるであろう、実に程よい大きさに育っていると思われる「アレ」。


 それに比べて私は…


 世の中、不公平だ…


 何なのこれ?

 どうしたら、こんな風になれるの?


 こうして至近距離で見てしまうと、改めてこの人の綺麗さを…とんでもない凄さを、まざまざと見せつけられてしまう。



 凛華高校 生徒会長 薩川沙羅先輩。


 言わずと知れた、凛華高校の誇る、正真正銘スーパーヒロイン。


 成績…最優秀

 容姿…超絶美人

 体型…完璧

 人気…絶大

 特筆…生徒会長、通称「孤高の女神様」

  

 ナ  ニ  コ  レ  ?


 と言うか…


 ズルい、ズルすぎるでしょ!!!!


 何よこれ!?

 こんなの、もうヒロインになる為に生まれてきたようなもんでしょ!?

 どんだけヒロイン要素を兼ね揃えているのよ!?

 私みたいな思い込み似非ヒロインの脇役モブ子が、こんな完璧超人みたいな人に勝てる訳がないでしょ!!

 そんなの言われなくても分かってるのよ!!


 はぁ…はぁ…はぁ…


 ふう…


 よし、落ち着こう…落ち着け私…


 と、とにかく、今までは精々遠目に見るくらいしか機会の無かった薩川先輩が、今日は視察という名目で教室へやってきた。

 教室に入ってきた瞬間、私もクラスメイト達も一瞬でその姿に飲み込まれて。

 特に男子達は、もう完全に目を奪われていて、他に見向きもしない。


 でもそれは仕方ないよね。


 薩川先輩だけでも凄すぎるのに、今日はそこに夕月先輩が居て、しかも薩川先輩と同じくらいの美人さんまで(信じられない…)いるんだから。


 それに、我がクラスの隠れアイドル藤堂さん、幼天使と呼ばれてる話題の転校生。

 オマケに男子は、生徒会役員じゃないのに、何故か横川くんがいるし、副会長の高梨くんまで揃ってる。


 何なの?

 このオールスターな勝ち組グループ?


 私はついさっきまで、自分のことをヒロインだと調子付いておりました。

 でも本物達を目の前にして、途端に自分が恥ずかしくなって参りました。

 だって…本当のヒロインとはどういう人種なのか、目の前で思いきり見せつけられたんですから。


 やっぱり…

 神様は不公平だ…


「えーとですね、今はちょうどお客さんが居ないので…せっかくですから、実際に占いを体験してみませんか?」


「こちらはそれでも構いませんが、宜しいのですか?」


 私が頭の中で大騒ぎを繰り広げている間に、委員長が薩川先輩と話を進めてくれていた。しまった、これじゃヒロインの座に続いて、占い責任者の立場まで消えてしまいそう…


「いいよね、歩?」


「へ?」


「へ? じゃなくて、もともとあんたが担当するって決まってたでしょう?」


「あ、そ、そうだった…」


 そうだ、そう言えば視察も自分に任せろ的なことを言ったんだ。

 正直、色々あって挫けそうだけど…でも、せめてこれだけは。


「じゃあ、私が」


 ヒロインという儚い夢は、もう木っ端微塵に打ち砕かれてしまったけど…占いだけは。

 

「それでは、こちらで相談してきますから、準備をお願いします」


 薩川先輩はそれだけ言うと、颯爽と生徒会メンバーの元へ戻っていく。

 その動作の一つ一つが洗練された動きに見えて、しかも振り返った瞬間の髪のなびきがまた。あんなシャンプーのCMを再現したみたいな幻想的な光景、同性でも見入っちゃうでしょ。


 全く…美人は何をしても絵になるから、本当に羨ましい!!


「という訳で、準備を宜しくね?」


「…わかった」


 明確な格の違いを見せつけられて、一気にテンションが下がったのは事実。

 それでも、ここは一発、私の実力を見せてあげようじゃないの。

 これは、どう転んでもヒロインになれないモブ子の意地。


 でもせめて…

 薩川先輩以外の人でお願いします。


 あの人と一対一で対面なんて、そんなの怖さと緊張で耐えられないよ…


………………

………


 と言う訳で、自分の部屋に戻って準備をしていたら、入ってきたのは薩川先輩だったというオチですよ。


 ええ、ええ、何となくそうなるってわかってました。


 調子に乗って自分がヒロインだと騒いだ私に、神様は本物を見ろと言ってるんでしょう…意地悪!!


 はぁ…もう覚悟を決めよう。


 占い結果の方は…まぁ最悪、上手くこじつけて何とかすればいいや。


「それでは…占いを決めて下さい」


「そうですね…」


 薩川先輩はそう呟くと、横から状況を見守っている高梨くんに視線を投げた。

 何故そこで高梨くんを見る?

 と言うか、何で高梨くんまで入ってきたの?


 …まぁ、お陰で一対一にならなくて済んだから、正直ありがたいかも。


「それでは、私達の将来を」


「…へ?」


 あまりにも衝撃的すぎる質問に、私は思わず間抜けな声を上げてしまう…

 

 だって…


 今、私達って言った?


 将来?


 え…誰と誰の?


 勿論、薩川先輩のことなのは当然だよね。


 じゃあ…相手は?


 い、いや、待て、落ち着け私。

 質問の確認を先にしよう。


「ふ、二人の将来…と言うことは、つまり、その、薩川先輩と、こ、こ、恋人さんの将来を占うということで…宜しいのでしょうか?」


「はい。それでお願いします」


 え…

 えええええ…


 えええええええええええええええええええええええええええ!!!!????


 う…嘘でしょ!?


 薩川先輩…


 恋人いるの!!!!!!!!!!????????


 うわわわわ!!!


 ひょ、ひょっとしなくても私、とんでもないことを知っちゃったんじゃないの!?


 待って待って待って!!


 そ、それって、学校の男子みんな知らないよね!?

 というか、薩川先輩って、この学園の男子生徒の憧れの的だよね!?

 告白してきた男子の撃墜数は、ギネス記録だって聞いたことあるんですけど!?

 そんな大騒ぎになるような爆弾話、しれっと暴露しないでよ!!!!


 これ、本当に…??


 でも、当の薩川先輩本人は、極めて普通な様子で相変わらず堂々としているし。

 しかもチョイチョイと高梨くんを見ては、もう幸せそうに微笑んでいて、高梨くんは照れ臭そ……う??


 ちょ、ちょっと待って。


 そ、それって、まさか…


 薩川先輩の恋人って…


「あの、大丈夫ですか?」


「えっ!? だ、だだだだだ大丈夫です!!! わ、わかりました!!」


 本当は、「その相手って高梨くんですか?」と喉まで出掛かった。

 でもその真実を知るのが怖い。それはまるで、開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまうような行為にも思えて…


 も、もう余計なことを考えるのは止めよう。

 私のようなモブがそれを追求しても、絶対に良いことなんか無い。万が一それを知ってしまえば、大変なことに巻き込まれちゃうかもしれない。

 これはもうさっさとやって終わらせるに限る!!


「沙羅さん…もし…」


「ふふ…占いは占いですから。それに、どんな結果になろうと、私達は大丈夫ですよ?」


「そうですね、俺達なら…」


「はい。一成さんは、私が絶対に幸せにして差し上げます♪」


 か…


 返せ……


 開ける前の、私のパンドラの箱を返せ…


 このバカップルが…


 スルーしようとした矢先に、アッサリと真実を開放するんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!


……………

………


 気を取り直して、もうさっさと占いを始めることにする。

 私はさっきの話を聞かなかった。何も知らない。ここでの話は、事が済み次第、綺麗さっぱりと忘れる。無かったことにする。


 きっと後で皆から「薩川先輩が何を占ったか教えて!!」と聞かれるだろうけど、今回はいつも以上に言う訳にはいかない。匂わせることも絶対にしない。


 私と同じように衝撃の事実を知ってしまった委員長にも、その確認を兼ねて視線を飛ばしてみる…が、目を限界までかっ開いて、金魚みたいにパクパクしてる。


 それだけ衝撃が大きかったってことで…

 やっぱ、そうなるよね…うん。


「で、では、始めます」


「宜しくお願いします」


 薩川先輩が頷いたことを確認して、まずはカードの浄化から。

 自宅であればホワイトセージを使うけど、教室でそんなことをすれば怒られてしまう。だからここは水晶で。


 今回使うスプレッドは、大アルカナのスリーカード。単純だけど私はこれが一番好き。

 そして肝心の質問は、現在進行中である恋愛の行方…未来・将来。

 あくまで恋愛の未来を占うのであり、具体的に「こうなりたい」「こうなれるか?」といった質問では無い。

 となれば、ここはフリースリーカードで、これからの展望と未来を占う。


 なんて。

 

 一応カッコつけてみたけど、それは私が物語を構成する上で、都合よく解釈し易くする為という打算も大いに込み込みで。


 だって…少しでも良い結果が出ないと、私が怖いし…



 中央に置いたカードを崩してシャッフルを開始…先輩の合図でストップ。

 そして先輩自身にカードを三つに分けて貰い、向きを変えずにもう一度全てを重ねて貰う。

 そのまま正位置を決めて貰って…これで準備は完了。


「では…行きます」


「宜しくお願いします」


 どこか緊張した面持ちで、先輩がカードをじっと見つめる中、私は三枚を目の前に並べる。


 さて…どうなるかな。

 怖いけど…実は面白そうとも思ってる。

 だって、こんな生まれながらのスーパーヒロインが、果たしてどんな引きを見せるのか…面白そうだし。


 では…先ずは一枚目。


 こんな小さい部屋に、まるで各々の思いが破裂しそうなくらいの緊張感が漂う中、私がオープンした一枚目のカードは…


 正位置の…世界!!??


 世界の意味は、完成、成就、達成。

 今回はフリースリーカードだから、一枚目でこれが出たことに正式な意味は無い。全てが出揃った時点で、それを組み合わせて初めて読み解くものだから。

 でもこのカードが出た時点で、一つだけ確定したこともある。


「あの、このカードは…」


「これは世界のカードです。完成、成就、達成という意味があります」


「なるほど…では悪い意味ではないのですね?」


「ええ。ある意味で最高のカードですよ。いきなりこれを引くとは思いませんでした」


 こんな言い方はしたくないけど、これが本物のヒロインの力…?


「良かったですね、沙羅さん」


「はい、でもまだ二枚ありますから」


 そう、先輩の言う通り、今回はフリースリーカードだから、全てが出揃うまで確定はしない。


 では続いて二枚目をオープン…じょ、女帝!!??


 しかも、また正位置!?


「今度は女性のカードのようですが…」


「はい。このカードは女帝です。意味としては、豊穣、収穫、幸せ、などです」


「つまり、これも良いカードなんですね?」


「そうですね」


「ですが、豊穣や収穫ですと…農業でしょうか?」


「いえ、それは質問によって解釈が変わるんですよ」


 確かに言葉だけで考えば、農業的に良い意味があると思えるかもしれない。

 でもこれは恋愛の占い…そして薩川先輩が「女性」として引いたカードであり、意味も当然「女性」として当て嵌めることになる。


「今回の条件ですと、これらは女性としての解釈になります。例えば女性としての豊穣…豊かな母性…それは、薩川先輩が包容力に溢れている、相手を包み込む愛に溢れている…という意味になるんです」


「な、なるほど…」


「す、凄い…!!」


 私の説明で、何故か薩川先輩以上に驚いているのは高梨くん。

 何でそこまで驚くの…?


「では、幸せの意味は分かるとして、収穫というのは…?」


 幸せは簡単で、恋愛の「幸せ」となれば、片思いであれば想い人と結ばれる。既に結ばれているのなら、次の幸せが訪れる。それは例えば交際相手と結婚…とか。


 そして最後に残った収穫。

 勿論それは、女性としての収穫。

 つまり…


「多分、薩川先輩も薄々予想していると思いますが…意味としては、妊娠・出産となります」


「そ…そう…ですか…」


 いくらあの薩川先輩と言えども、これは流石に恥ずかしかったらしい。

 もう見るからに顔を真っ赤にして、身体をモジモジと揺らして…


 やべっ、これ可愛い…つか、可愛すぎでしょ。


 でもね…

 恥ずかしい癖に、何で高梨くんを嬉しそうにチラチラと見てるの?

 高梨くんも真っ赤になって固まってるし。


 あんたらまだ高校生だよね?

 しかもこの甘ったるい空気感も何なの?


 もうヤダ…早く終わらせたい…


「それでは最後です」


 次はいよいよ三枚目…もう嫌な予感しかしない。


 そして私がオープンしたそのカードは…太陽!?


 しかも、これも正位置!?


「太陽ですね?」


「はい。これはそのまま、太陽のカードです。意味としては、明るい兆し、成功、繁栄です」


「は、繁栄…」


 カードの意味の読み取り方を覚えたようで、薩川先輩が早くもそこへ食い付いた。

 ええ、ええ、そうですよ。

 恋愛として読み取れば、繁栄は子供…女性としては同じく妊娠・出産。


 これはもう絶対に分かってるだろうから、そこは説明しなくていいよね。


「明るい兆しって、例えばどんなこと?」


 真っ赤になってモジモジしている薩川先輩に変わって、その想い人である高梨くん(まだ信じられないけど…)から質問してくる。


 明るい兆し…恋愛であれば、相手との関係が良い意味で進展する。

 つまり、好きな人がいるなら、その人と交際がスタート(告白など)したり…でも薩川先輩は高梨くんと既に交際しているから。

 となれば、それも当然。


「明るい兆しは、良い意味での変化を指すんだよ」


「いい意味での変化?」


「そう。例えば片想いであれば、相手の男性から告白されて恋人になれたり…既に交際中なら、それは次のステップへの進展。例えば、プロポーズされて婚約とか…」


「プロっっ!!??」


 …?


 私の説明を聞いた高梨くんが、驚愕の表情を浮かべて固まってしまう。

 今の話でそこまで驚くって…?


 まさか、薩川先輩にプロポーズするつもり…って、いくらなんでもそれはないか。

 高校生でそこまで考えるなんて有り得ないし、考え方が重すぎる。

 

 まぁ高梨くんの様子はともかく…


 これで三枚のカードが出揃って、ここから私なりに解釈して、結果を伝えることになる…んだけど…ね。


 でも…

 ハッキリ言って…


 ナ  ニ  コ  レ  ?


 いやいや、結婚とか妊娠とか出産とか、そんなのばっかりじゃん!?

 しかも全部が正位置って、どんだけ!?

 オマケに最後の締めが「世界」のカードって!?


 そう…そうなんだね。


 これが本物のヒロイン、これが選ばれし者なんだね。


 私の完敗です…神様。

 何もここまで違いを見せつけなくても…

 

 はぁ…


 さて、どうしようか…


 失礼を承知で言うと、この結果は、私の中にある薩川先輩のイメージと掛け離れすぎる。だから自分でも、この結果に全く自信がない。

 悪い要素が一つもないのは凄いと思うが、占いをやるものとしては、もう一度やり直してもいいかも…と思う気持ちが正直ある。


 でもぶっちゃけた話


 もう、どうでもいいや。


「それで、この結果なんですが…」


 ある程度の冷静さを取り戻したのか、薩川先輩が神妙な面持ちで私に答えを求めてくる。

 まだ少し顔が朱いし、先輩にこんな可愛い姿があるのかと思えば違う意味で衝撃だけど。


 …いや、待って。

 あの占いが本当に正しいとすれば…


 つまり薩川先輩にはもう一つ、私達が普段見ている姿と違う、とても可愛くて女性らしい顔があるいう結果を示唆しているんじゃないの?


 その可能性を信じれば、この占い結果も決して間違ってはいないということになる。ここまで人としての格で負かされた以上、せめて占い結果だけでも勝ちたい!

(何をもって勝ちになるのか分からないけど)


 だから、自分の占い結果を信じて…ここは真っ向勝負!


「これからお話しすることは、カードから私なりに読み取った結果になります。あくまで可能性であり、薩川先輩がその可能性を引き寄せる近い位置に居ることを示唆しています。つまり、実際にそれらを引き寄せられるかどうかは、薩川先輩自身に依るものとして考えて下さい」


「わかりました」


「各カードについては、その都度説明した通りです。女帝のカードは薩川先輩の溢れる母性、そして将来に於ける女性としての様々な幸せ。次に太陽のカードは、この先の展望が明るいということ。つまり、現在の交際が次のステップへ良い意味で進展するということです。繁栄は…まぁご想像の通りですね。最後に世界のカードですが、これは薩川先輩の願いの成就、達成、そして男女関係に於ける完成を意味します」


 ここまではさっきの説明を改めただけ。

 ここから全てのカードの要素を合わせて読み解き、最終的な結論が完成する。


 そしてこれをどう読み解くかは、占う側に左右されるので、あくまで私としての…ということになる。


「これらが示す結果は、先ず薩川先輩は母性愛、相手に尽くす愛に溢れた人であり、その愛を積み重ねていくことで、二人の関係は、この先も順調に進展していくでしょう…ということになります。そして関係が行き着くその先には、結婚、妊娠・出産と、円満な未来の可能性が待っており、薩川先輩がそれを望めば、現実の未来としてそれらは訪れるでしょう…ということになります」


 ふぅ…やっと言い切った。


 今まで恋愛占いはそれなりにやったけど、結婚、妊娠、出産なんて直球な話を、ここまでしたのは私も初めて。だって、高校生の恋愛占いだし。

 そもそも、こんなカード揃えた人居ないよ!?


「…如何でしょうか?」


 薩川先輩の様子を見る限り、喜びと驚きが混在しているようにも見える。それは、それなりに満足して貰えた結果だと思うし、そもそも、こんな良い結果で文句を言われたらこっちだって困る。


 ただ一つだけ面白いのは、薩川さんよりも高梨くんの方が驚きの様子が大きいということ。そんなに思い当たる節があったのかな?


「一成さん?」


 薩川先輩も高梨くんの様子が気になったようで、不思議そうに首を傾げながら呼び掛けた。

 そういえば、地味に今気付いたけど…下の名前で呼んでるじゃん…


「す、すみません、ちょっと…かなり驚いたんで」


「そうなのですか?」


「ええ。沙羅さんが女性としての包容力に溢れているなんて、俺は毎日感じてることですけど、それを知ってる人はごく一部ですから」


「か、一成さん…」


 高梨くんの指摘を聞いて、薩川先輩が恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 やっぱりこれ、可愛いかも。


「それに、他にもかなり驚かされたことがあるんですよ…でも、俺の事より沙羅さんの方です」


「…はい。正直に言って、ここまでの結果が出るとは思ってもみませんでした。その、まだ少しだけ気が早いことが色々とありますけど…」


 少しだけって…おいおい、まだ高校生の男女交際で、どこまで先の話をするつもりよ?

 まさか既に結婚を考えてるとか言わないでしょうね?


「ですが、それも全ては、私が望むかどうか。可能性が存在しても、それを実際に引き寄せることが出来るのかどうかは私次第…ということですね?」


「…はい」


 思ったよりも、占いによる結果の意味をしっかり理解しているようで。

 先輩の言う通り、占いの結果は可能性の示唆。未来が確定している訳ではなく、自分がその結果に近い位置、手繰り寄せることが出来る位置に居るというだけ。

 だからそれを実際に引き寄せられるかは、あくまでも自分次第。


「ありがとうございました。正直、ここまでの占いを見せて頂けるとは思わなかったですよ」


「い、いえ、何か、凄い大袈裟な結果になっちゃいましたけど」


「そうですか?」


「え、ええ。結婚とか…まぁ、色々と」


 あくまでカードの意味から読み解いた結果ではあるが、高校生の恋愛占いとしては内容が大袈裟になりすぎた。結婚はまだ話が重すぎるし、妊娠とか出産はもっと重い。

 その辺りを、もう少し上手く違う意味で表現できれば…

 私も、もっともっと勉強しないとね。


「いえ、寧ろその辺りの話が出たからこそ、私は素直に驚いたのですよ?」


「へ…?」


 それって、どういう…?


「敢えて触れませんでしたが、私達は婚約しておりますので」


「………はい?」


 こんやく?

 婚約…婚約?


 今、婚約してるって言った?


 いやいや、そんな、私達、まだ高校生…


 そんなの、漫画やアニメの世界…


「ここまでの占いが出来るのであれば、誇っても良いと思います」


「俺もそう思うよ。正直、ここまで凄いなんて、素直に驚いた」


 でも、薩川先輩も高梨くんも、本当に自然な様子で、とても嘘や冗談を言っているようには見えない。


 まさか…


 本当の本当に…


 私の占いは…


「という事で、一成さんはこれからも目一杯、私に甘えて下さいね?」


「い、いや、俺は今でも、十分甘えて…」


「ダ・メ・で・す♪ 一成さんが私に全力で甘えて下さることで、私達は幸せな未来に向かえると示されたばかりではありませんか?」


「ええええ、そ、それは…」


 成る程、上手く置き換えてみれば、確かに薩川先輩の言っていることは間違っていない。高梨くんがより甘えることで、それを受け入れれば、結果的に、薩川先輩が包み込む愛をこれからも重ねていくことになる…って、オイ!!


 ちょっと待て、こんな甘ったるい姿、薩川先輩じゃないでしょ!!??


 さっきだって、男子をゴミでも見るような目で蔑んでいたじゃない!!??


 というか、今まで私が見てきたアレは何だったの!!?? 二重人格!!??


「あの…つかぬことをお伺いしますが…」


 ここまでずっと、開いた口が塞がらないままだった委員長が声を出した。

 でもそれはダメ。猛烈に嫌な予感がする。

 委員長は今、知ってはいけない、聞いてはいけない、この学園における最大級のタブーに触れようとしている、そんな気がしてならない。


 でも、私はそれを何故か止められない!?


「はい?」


「どうした?」


「そ、そのですね、お二人は…恋人…いえ、本当に、婚約している…んでしょうか?」


 その問いかけに、顔を見合わせた二人は、とてもとても幸せそうな笑顔で…コクリと。

 つまり…それが答え。


 こんな話、他に知っている人はいないだろう。

 だって、もし発覚しているなら、今頃とっくに大騒ぎになっているだろうから。


 学園男子の憧れの的、薩川先輩。


 その人に恋人がいて、婚約までしている…つまり、この先に結婚するということ。

 しかもそのお相手が、生徒会副会長…


 この事実は学校を揺るがすほどの大事件になる。絶対に大騒動になる。

 だから、私はこれを誰にも漏らす訳にはいかない。

 私のようなモブが、これほど重大な真実を抱えて、誰にも言えずにこれからの学校生活を送るなんて、そんなの重すぎる…重圧が凄すぎる。


 やっぱりこれは、知ってはいけない真実だったんだ。

 せめて事実確認しなければ、スルーで終わらせることも出来たのに。

 

 何で私がこんなことにぃ…恨むよ委員長。


 お願いします

 せめて

 さっさとその事実を公表して下さい…


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ぶっちゃけ、この半分くらいで終わるつもりでした。

 自分でタロットネタを引っ張って来たくせに、難しくて後悔しました。

 解釈や読み解きについては、正直、深く突っ込まないで頂けるとありがたいです。

 でもその辺りについては、占う側でかなりの違いがあることも事実らしいので、あくまで「岸山さんはそう解釈している」ということです。


 ということで初めてのモブ視点をでした。

 

 次回は一成に戻って、一成の教室へ向かいます~


 P.S. キャラ紹介、もう少し範囲を広げて続けようかと思ってます

 

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