第346話 今夜は甘えて

 夜…


 一日の疲れを癒す意味も込めて、今日は若干長めの風呂にしてみた。


 元々はカラスの行水…とまでは言わなくとも、ワリと簡単に済ませてしまうことの方が多かった俺が、こうして毎晩しっかりと風呂に浸かるようになったのは、間違いなく沙羅さんのお陰。

 特に一人暮しを始めてからは、湯船にお湯を溜めるのが面倒だったことや、少しでも生活費を節約したかったこともあり、実家に居たとき以上に手早く簡単に済ませていた。

 でも沙羅さんと暮らすようになってからは、当然そんなことをする訳にもいかず…と言うか、沙羅さんに同じことをさせる訳にはいかない。


 まぁ…沙羅さんが風呂場へ乱入してくるようになったので、半強制的と言えるのかもしれないが…今日もだし。


 ちなみに生活費の節約については、現在のところ、全く気にする必要が無くなってしまった。(金持ちになったという意味じゃないぞ)

 実家からの仕送りは特段変わらないが、今はそれに加えて薩川家の援助があり、しかも沙羅さんが驚く程の遣り繰り上手なので…まさかの貯金が増えるという事態に。


 もちろん俺としては、小遣いでない以上、貰いすぎであるなら返すべきという考えもあるにはあるが…


 以前それに軽く触れたところ、オカンからは「沙羅ちゃんの為に使うか、沙羅ちゃんの為に取っておけ」という沙羅さん一辺倒な返答と、真由美さんに至っては「お義母さんだって、一成くんにお小遣いあげたいのに…そんな他人行儀なこと…しくしく」という嘘泣き(多分)までされてしまい、結局、ありがたく受け取っておこうという結論に達しましたとさ。


 ガチャ…


「ふぅ…お待たせ致しました」


 そんなことを考えていると、脱衣場のドアが開き、中からバジャマ姿の沙羅さんが出てくる。これは今日に限った話ではないが、お風呂上がりの沙羅さんは…その、何というか…妙に…やっぱ何でもないです。


「も、もういいんですか? 今日は沙羅さんも疲れてるでしょうし、もっとゆっくりでも良かったのに…」


「ふふ…ありがとうございます。もう十分にゆっくりさせて頂きましたから、私なら大丈夫ですよ。それよりも一成さん、上に何か着て下さいね? そんな薄着では湯冷めをしてしまいます」


 現在の俺は、まだ風呂上がりの余韻が残っていることもあり、下はともかく上はシャツ一枚という軽装備状態。そして部屋にはエアコンもかかっているので、正直言って全然寒くない。とは言え…普段はしっかり上まで着ているので、今日は単にウッカリしてただけだ。


「ごめんなさい、直ぐ着ます…」


「はい、これをどうぞ」


 俺よりも先にタンスを開き、サッとパジャマを取り出す沙羅さん。

 お礼を伝えてそれを受け取り、新品のようにピシッと折り畳まれたパジャマに袖を通す。


「さぁ一成さん、こちらへどうぞ?」


 その間にベッドへ腰かけた沙羅さんが、ポンポンと自分の太股を軽く叩き、満面の笑みで俺を見つめる。

 これはひょっとしなくとも、膝枕のアピールであり…しかもお風呂上がり直後という、俺にとっては一段も二段も危険性の高いもの…とは言え、それを断るという選択肢など俺には存在しない。


 だって…嬉しいんだもん…


「お、お邪魔します…」


「ふふ…いらっしゃいませ♪」


 沙羅さんの横へ並ぶように座り、そのままゆっくりと身体を倒しながら、最後の最後に沙羅さんの太股へ頭を乗せる。

 この瞬間が最も緊張すると言うか、直後に襲ってくる極上の感触が幸せすぎて、逆に怖いと言いますか…


「♪~」


 なでなで…


 でも…

 そんな俺の緊張感を和らげてくれるように、優しく丁寧に頭を撫で始める沙羅さん。とてもご機嫌な様子で、鼻歌まで口ずさみながら、何度も何度も…


 なでなで…


 なでなで…


「ふぅ…」


「ふふ…どうなさいました?」


「いや、思わずホッとして、力が抜けちゃいました…」


「そうですね。今日は色々とありましたから…」


「ええ」


 もっと正確に言えば、単に沙羅さんの膝枕が気持ちよすぎて、溜まっていたものが一気に飛び出してしまったというだけなんだが…まぁ別に間違っている訳でもないし、敢えてそこを訂正する必要もないか。


「あ、そうでした。先程、母からRAINで連絡がありまして…」


「真由美さんから? そう言えば、結局あの話はどうなったんですか?」


 状況的にも流れ的にも、今更「同棲はダメです」なんてことにはならないだろうが…それでも一応は、"勝負"という形を取った以上、その結末が分からず終いってのも流石に。


「結論から言いますと、私達の生活に、これ以上余計な口は挟まない…とのことです。これまで通りに、二人の生活を続けても良いと」


「そうですか。それってつまり、沙羅さんが勝ったということでいいんですよね?」


「恐らくはそういうことだと思います。勝敗についての明確な話はありませんでしたが、母の性格上、もし私が負けていれば、こんなことを言う筈がありませんので」


「なるほど、でもそれなら良かったです。正直、ミスコンの結果より気になってましたから…」


 沙羅さんが負けるとは思っていなかったが、この勝負は「真由美さんが認めなければ勝利にならない」という、かなり不利な条件だった訳で…何にせよ、無事に勝てたようなら、ひと安心。


「ふふ…例え実の母が相手であろうと、一成さんに関わることで、私が負けるなどありえない話です。もし仮に勝てない相手がいるとすれば、それはお義母様だけですよ」


「はは…確かにそうですね。俺も今回の勝負で、沙羅さんが負けるなんて絶対に有り得ないと思ってましたから。と言うか、オカンが相手でも余裕で勝てると思いますけど?」


 これは決して贔屓目で言っているのではなく、純然たる俺の評価として、沙羅さんに軍配が上がるのは間違いない。

 と言うか、単に沙羅さんが凄すぎるってだけなんだが。


「ありがとうございます。一成さんのご期待にお応えする為にも、これから一層の努力を重ねて参りますね」


 俺からすれば、沙羅さんは今のままでも十分すぎて、これ以上の努力は必要ないと思ってしまうが…それを言うのは不粋でしかない。


 となれば、ここは素直に…


「本当に、いつもありがとうございます。俺はこうして、言葉でしか感謝を伝えられないですけど…」


「いいえ、私にとっては、そのお言葉が何よりのご褒美です。一成さんに喜んで頂けて、本当に嬉しいですよ」


「沙羅さん…」


「それに、婚約の証まで頂いてしまいましたから…これで私に張り切るなと仰る方が、無理なお話ですよ? ふふ…」


「あー…それは」


 確かに、そもそも"妥協"という言葉すら無縁の沙羅さんが、婚約指輪まで受け取って「今まで通りにやります」なんて言う筈もなく。

 となれば俺の役目は、今まで以上に沙羅さんのやりたいことを笑顔で受け入れる…これに尽きるな。


「でも…不思議なものですね。私達の婚約は事実であり、既に将来へ向けた準備も始めているというのに…こうして、婚約指輪という目に見える形が一つあるだけで、その実感が一気に強まったと言いますか…」


「…そうですね。俺も、自分の渡した指輪を沙羅さんが身に付けているってだけで、今までとは違った何かを感じるような気がしますよ」


「はい。私もあの指輪を身に付けていると、自分が一成さんの婚約者であるという自信が、より一層溢れてくるような気が致します。それに、対外的な意味でも…」


「ええ。実を言うと、あれを用意した理由の一つには、そういう意味もあったりするんですよ。沙羅さんは俺の婚約者だから、他の男は言い寄ってくるなって。だから、あの場で無事に渡すことが出来て、正直ホッとしました」


 あの指輪には、対外的に婚約済みであることをアピールする、いわゆる虫除け効果を期待している側面もあるので…それを最大限発揮させる為に、何としても「あの場」で渡したかった。

 流石にあれだけ堂々とやれば、もう学校で沙羅さんに言い寄ってくる連中はいない…と信じたい。


「ふふ…ありがとうございます、一成さん。私の為にそこまで考えて頂けるなんて、本当に嬉しいです。改めてお礼を…」


「沙羅さん、それはお互い様ですよ? 俺だって、ネクタイを貰ったんだし」


「いえ、ネクタイと婚約指輪では、そもそも比較対象にすらなりません。私は本当に…」


「それを言うなら、俺だって沙羅さんからのプレゼントが、どれだけ嬉しかったか…」


「一成さん…」


 俺にとってあのネクタイの価値は、婚約指輪に何ら引けをとるものじゃない。

 沙羅さんから貰った大切なプレゼントであるという理由は勿論のこと、あの場でそれを渡す行為は、俺が沙羅さんにプロポーズしたことと同義であると言えるものであり…つまり、その価値だって同じと言える筈。


「ふふ…畏まりました。それでは一成さんの仰る通り、あのネクタイも、指輪と同義であると考えさせて頂きますね?」


「ええ、そうして下さい。あのネクタイは、俺が沙羅さんの婚約者だっていう証ですよ?」


「はい! そうと決まったからには、次回からより一層の想いを込めて、あのネクタイを結ばせて頂きますね!」


 俺の答えに満面の笑みを浮かべ、頭の上で止まっていた手を再開させる沙羅さん。心なしか、手の動きからも喜びの感情が伝わってくるようで…


「沙羅さん…」


 とは言え、今から自分が言おうとしている台詞は、膝枕のままでは格好がつかない。せっかくの膝枕から離れるのは、かなり後ろ髪を引かれる思いもあるけど…意を決して、ゆっくりと上体を起こす。

 これを伝えるなら、せめて少しくらいは視線を正しておきたいから。


「改めて…これからも宜しくお願いします。恋人として、婚約者として…」


「はい、こちらこそ。不束者ではございますが、何卒宜しくお願い致します。私はあなたの婚約者として…将来の妻として、恥ずかしくない女になれるよう、これからも一層の努力をして参りますので」


 俺の"一応"は改まった挨拶に対し、まさかの正座で、深々と頭を下げる沙羅さん。

 らしいと言えばらしいと言えるのかもしれないが…そこまで畏まられてしまうと、流石にちょっと焦るぞ!!


「さ、沙羅さん、止めて下さい!! それはこっちの台詞ですよ!! 寧ろ俺の方こそ、沙羅さんに相応しい男になれるように…」


「いいえ。私こそ、一成さんの伴侶として相応しい女に…」


「沙羅さんは、今のままでも全然大丈夫ですって!! それよりも俺の方が…」


「一成さん、これは私…」


「いえいえ、俺が…むぐぅ!?」


 どこかデジャヴなやり取りだなと思った瞬間、いきなり突撃(?)を仕掛けてきた沙羅さんに、アッサリと唇を塞がれてしまう。

 またしてもデジャヴな光景…と言うか、これは俺の話を強制的に封じる、沙羅さんの必殺技!?


「ん…」


 ちゅ…


 半ば強引に口を塞がれて、それ以上は何も言うことが出来ず…しかも沙羅さんの唇の感触が気持ち…じゃなくて!!

 突然のことで軽くパニックになってしまった俺に対し、ゆっくりと唇を離した沙羅さんの表情には、「してやったり」と言わんばかりのイタズラっぽい表情が…


 くそぅ…


 負けたのに、悔しくないのが悔しいぞ(謎)


「ふふ…それでは、二人で一緒に頑張りましょうか?」


「はい…」


「いい子ですね♪」


 しかも、最後にとても眩しい笑顔で、話を綺麗に纏められてしまえば…もう俺は何も言うことが出来ず。正に完敗と言う他はない。


 でも…負けて悔いなしだ。


 こうして沙羅さんが笑ってくれるのであれば、俺にとってはそれが、何よりの幸せでもあるのだから。


「沙羅さん…俺、頑張りますね。沙羅さんの為にも、自分の為にも」


「はい。私も精一杯お手伝い致します。妻として、パートナーとして、一成さんを公私に渡りお支えすることが、私にとっての使命でもありますから。それに…」


 そこまで言うと、沙羅さんは俺の身体をそっと引き寄せ、優しく包み込むように抱き締めてくれる。俺もそのまま、動きに身を委ねて…


「こうして…お疲れになった一成さんを癒して差し上げたい。それが私にとって、一番大切で、一番幸せな役目でもあるのです」


「…ありがとうございます。こんなご褒美が貰えるのなら、俺はいくらでも頑張れますよ」


「ふふ…これからも全力で、私が癒して差し上げますからね?」


「はい…」


 俺が甘えれば沙羅さんが喜ぶ。それはもう疑う余地のない事実であり、であれば、遠慮する理由なんかどこにもない訳で…寧ろ遠慮などしてしまえば、却って沙羅さんを悲しませることになってしまうと分かっている。

 もちろん、男としてのブレーキな意味もあって、流石に際限なく甘えることは出来ないが、それでせめて、もう少しくらいは…と思わないでも。


「…一成さん、今日はこのまま、お休み致しませんか?」


「えっ? も、もうですか?」


 壁に掛かっている時計を確認してみれば、時間はまだ21時を回ったばかり。寝るには少し早いどころか、普段より2時間近く早い。急にどうしたんだろう…


「はい。昨日今日と忙しかったので、一成さんもお疲れでしょうし…それに」


「それに…?」


「…今日はお布団の中で、いっぱい、いっぱい、一成さんをいい子いい子させて頂きたい気分なんです…」


「…さ、沙羅さん?」


「…いけませんか?」


「う…」


 こ、これはズルいぞ!!

 沙羅さんにそんなことを言われて…しかも上目遣いで、ちょっと恥ずかしそうな表情をしながら"おねだり"をされてしまったら、それを断るなんて俺に出来る筈が、出来る筈が!!!!


「わ、わかりました…」


「ふふ…一成さんも、いっぱい私に甘えて下さいね? 遠慮は…めっ、ですよ?」


「はい…」


 どこまでも甘く、只ひたすらに甘い沙羅さんの囁き声に…俺はかつてない激戦を予感せずにはいられない。

 そう…俺の孤独な戦い…いや、絶対に負けられない、漢としての戦いの予感が!!


 でも大丈夫。俺は勘違いも誤解もしていない。これは極めて純粋な、沙羅さん流の甘えとおねだりであり、深い意味や不純な動機などは一切ないと分かっている。

 そこにあるのは只一つ…俺を甘やかしたい、俺に甘えて欲しいという、どこまでも優しい沙羅さんの願いだけ。

 であれば…今日の戦いも絶対に打ち勝ってみせる。こんなに嬉しそうな沙羅さんの笑顔が見れるのであれば、俺はいくらだって頑張れるのだから。


 ただ…


 嬉しいけど辛いという男心も、そろそろ少しくらいは分かって頂きたいと、そう思わないでもないのですよ…沙羅さん。


………………

………


「一成さん、もっとこちらへ寄って下さいね?」


「ふ、ふぁい」


 布団に潜り込むと、有無を言わさず俺の頭を抱き寄せる沙羅さん。あっと言う間にマイポジションとも言える天国に導かれ、薄いパジャマ越しに感じる柔らかい何かが…大きい何かが!?


 いくら毎日のこととは言え、これに慣れるなんて俺には無理な話です…


「ふふ…こうして一成さんを抱っこしていると、本当に気持ちが安ぎますね。幸せな気持ちが溢れてきて、私は疲れも吹き飛んでしまうんです」


「そ、そうですね、俺も…」


「はい♪ さぁ一成さん、お約束通りに」


「は、はい…」


 さっそく俺の頭を撫で始め、同時に背中ぽんぽんするというコンボを開始。

 たまに耳元で「ふふ…」と嬉しそうな声を漏らし、その度に俺の顔をぎゅっと天国に押し付け…もとい抱き締め、宣言通りに全力で俺を甘えさせようとしてくる。

 その余りにも心地好すぎる包容に、俺は早くも蕩けてしまいそうな…


「沙羅さん…」


 俺も自由に動く右手を沙羅さんの背中に回し、自分から沙羅さんに抱きつくように、ぎゅっと身体を押し付けてみる。そんなことをすれば当然、顔がますます天国の深みに嵌まってしまうことになると分かっているが…でも当の沙羅さんは、そんな俺の行動にも嬉しそうな声を漏らし…

 

「いい子ですね…」


 ぎゅっと、沙羅さんは俺の頭を抱きしめる力を強め、俺の顔はこれ以上ないくらい天国の深みに嵌まってしまう。

 ここまでくると、流石に焦りを通り越して、頭の中で"ある種"のアラームが激しく鳴り響き始めたような気がしてくる…が。


「一成さん…いい子…いい子です」


 頭をなでなて…なでなて…

 背中をぽん…ぽん…ぽん…ぽん


 沙羅さんの限りない優しさと甘さに包まれて、そのまま静かに身を委ねていると、「とくん…とくん…」と、沙羅さんの心臓の鼓動まで聞こえてくるような…いや、これは気のせいじゃない。

 でも何故だろう…以前も感じたことがあるが、こうして沙羅さんの鼓動を聞いていると、心が急速に落ち着きを取り戻していくような…

 余計な不安その他が一切消え去り、ただただ安心感に包まれて、このまま素直に甘えていたいという純粋な欲求だけが残ると言うか…

 少なくとも今であれば、余計なことを心配せずに安心して甘えられると、そう思えてしまうくらいに。


「ふふ…やっと素直になって下さいましたね♪」


「…沙羅さんがそうしろって」


「一成さん…可愛い…」


 沙羅さんがぎゅぅぅ…っと、俺の頭を抱き締める更に強め、まるで全身を押し付けられているような密着状態になってしまう。

 これはひょっとしなくても、俺の一言が沙羅さんの琴線に触れたとか、そういうことなのか!?


「さ、沙羅さん?」


「そんな可愛らしいことを仰るなんて…一成さん、ズルいです…」


「す、すみません、思わず…」


「謝らないでください。私はとても嬉しいですよ? でも…突然どうなさったのですか?」


「いや、今日は色々あったんで、俺も沙羅さんに甘えたかったと言うか…」


 今日に限らず沙羅さんに甘えたい気持ちは毎日あったりするが、でも今日は色々とありすぎて、普段よりもその気持ちが強く出ているという自覚はある。

 だからあれは、つい思わず…ってやつで。


「ふふ…そのお気持ちはよく分かります。私も今日は、気持ちが高ぶってしまいまして…きっと、一成さんがプロポーズをして下さったせいですね」


「あはは。あれはちょっとやり過ぎたかなって、自分で思わないでもないです。でもそれを言うなら、俺だって沙羅さんがあんな話をするとは思いませんでしたよ?」


「はい…何の相談もせずに、勝手な真似をして申し訳ございません。実を言いますと、あの件については以前から思うところがありまして…どうせ客寄せパンダとして利用されるのであれば、私も最大限、場の状況を利用させて貰おうと考えた次第です。それに、まさか私的な理由で学校の行事を利用する訳にも参りませんし…」


「あぁ、それは俺も考えましたよ。でもそんなことをすれば、俺達の印象が悪くなるだけじゃなくて、最悪、学校から処分される可能性だってあるんじゃないかって。いくら大々的に宣言したくても、これはあくまで個人的な話ですし」


 俺達のことを一気に周知させたいのであれば、それこそ学校の行事など生徒が集まる機会や、もしくは校内放送を利用するのが一番手っ取り早い手段ではあったが…まさかそんなことをする訳にもいかず。

 もしそんな大それたことをして、「俺達は婚約しています!」なんて仰々しく発表した日には…それこそ「お前ら何様だよ!?」と。

 自分でもそう思ってしまうのだから、周囲からすれば尚更だろう。


「はい。特に一成さんは、内申に響くようなことだけは絶対に避けなければなりません。となれば、今回のミスコンは渡りに舟…という訳でもありませんが、私を茶番劇に引っ張り出した"ツケ"を払って頂こうかなと思いまして」


「なるほど。ちなみに俺としては、沙羅さんに嫌な思いをさせるミスコンなんか潰してしまえって感じでした。それに、大々的なプロポーズをすることで、沙羅さんに言い寄ってくる連中を少しでも減らしたかったってのもありますし…だから、ミスコンの終わりが滅茶苦茶になったことについては、ワリと満足してますよ?」


「ふふ…一成さんったら、悪い子ですね? でも…そのお気持ちは嬉しいです…」


「さ、沙羅さん?」


 突然天国から離され、そのままくいっと顔を上向きに誘導されると…そこには、優しい眼差しで俺を見つめている沙羅さんの笑顔。

 薄暗い部屋に入る月明かりで、ぼんやりと見えるその笑顔には、どこか神秘的な雰囲気が漂っているようにも見えて…でも、それを思ったのも一瞬で…


 ちゅ…


 次の瞬間、唇に触れる優しいキスの感触。

 決して押し付ける訳でもなく、軽く触れるのでもなく、確かな感触を伴う、沙羅さんの気持ちがこもったキスを感じて。


「一成さん…んっ…」


 ちゅ…


「むぅっ!?」


 少しだけ唇を離し、俺の名前を呼んだと思えば、また続けざまに唇を奪われてしまう。まさかの連続キスに思わず驚いてしまったものの、沙羅さんにしっかりと頭を押さえられているから身動きも取れず。だから大人しく身を委ねていると、やがてキスの感触が、唇から全身に広がっていくような気がして…

 あまりの気持ち良さと嬉しさで、今度こそ本当に全身が蕩けてしまいそうな…


「ふふ…」


 やっと満足したのか、小さな笑い声を漏らし、ゆっくりと唇を離す沙羅さん。

 そのまま至近距離で俺を見つめ、やがて何かに気付いたように、イタズラっぽい表情を覗かせる。


「ふふ…一成さんのお顔が真っ赤です♪」


「うぐ…そ、それは言わないで…」


 こんな暗がりで本当に分かるのかと思わないでもないが…きっと沙羅さんには分かっているんだろうな。ちなみに、俺も自分で、顔が真っ赤になっている自覚はある。

 と言うか、あんなことされて平然としていられる奴がいるなら見てみたいぞ!!


「一成さんの可愛らしいお顔、私にもっとよくお見せ下さい…」


「ちょ、さ、沙羅さん…!?」


 沙羅さんはの顔に手を両頬に手を添えて、頭の位置を固定させてから…とても嬉しそうに笑顔を浮かべ、じっと顔を覗き込んでくる。でも声音の方は、その表情ほどの無邪気さも無く…どちらかと言えば、多量の甘さと甘えを含んだ、どこか小悪魔的なおねだりにも聞こえるような。


 と言いますか…


 そんな甘く切ない声で囁かれてしまいますと、心臓のドキドキが大変なことになってしまいます!!! 


「うう…」


「一成さん…可愛い…」


「さ、沙羅さん、そろそろ…」


「あ、隠さないで下さい。可愛らしい一成さんを、もっと私に見せて欲しいです…」


 手で顔を隠すことも出来ず、かと言ってこの場から離れることも出来ず…

 まるで羞恥プレイとも言えるような状況の中で、沙羅さんは俺の顔を見つめながら、ますます嬉しそうな笑顔を浮かべて…


 でも…

 でも…


 いくら沙羅さんの笑顔の為でも、これ以上は無理です!!!


「も、もう勘弁して下さい!」


「え…ひゃんっ!?」


 そして、俺に残された手段は…逃げ場はただ一つ!!!

 それは勿論、沙羅さんの天国だけ!!

 もう形振り構わず、そこに自分から顔を突っ込むと、沙羅さんが色っぽ…じゃない!! 驚いたような声をあげる。


「か、一成さん…んっ」


 抗議の意味も込めて、もぞもぞと顔を少しだけ動かしてみると、沙羅さんはくすぐったそうな声を漏らした。もう自分でも何をしているのかイマイチ分からないが、これは取り敢えず、羞恥プレイだけは勘弁して欲しいというアピールのつもり。


「か、一成さん…おいたは、めっですよ?」


「むぐっ!?」


 すると今度は、そのままの体勢でぎゅっと天国に押し付けられてしまい、最後に残された自己主張の手段すら失ってしまう。

 

 と言うか…本当に俺は、何をやってるんだろ…


「ふふ…おいたをする悪い子にはお仕置きです。暫くそこで反省して下さいね?」


「ふ、ふぁい…」


 一応はお仕置きのつもりなのか、沙羅さんは、俺の顔を少し強めに天国へ押し付ける。

 そうなると、薄いパジャマ越しに感じる柔らかい感触がモロに伝わってきて、俺の心臓が一気に急加速を始めてしまいそうになる…が。

 それと同時に伝わってくる沙羅さんの鼓動が、俺の心にそれ以上の落ち着きを取り戻してくれているようで。


 しかも…


「♪~」


 ともすれば子守歌のような、耳心地のいい沙羅さんの鼻唄と、優しく頭を撫でられて、背中をポンポンされて…まるで自分が、小さな子供に戻ってしまったような、そんな錯覚さえ起こしてしまいそうになってしまい…


「一成さん…」


 そんな俺を、どこまでも甘く、心からの優しさで包み込んでくれる沙羅さんの想いが幸せすぎて…

 だからもう、俺は完全にされるがままで。


「沙羅…さん…」


 気がつけば、先程まで感じていた焦燥感に似た"何か"は急速に勢いを失い、最後に残ったものは、単に「沙羅さんに甘えたい」という純粋な願望だけ。

 だから俺は、その欲求に逆らわず…寧ろ自分から沙羅さんに思いきり身体を寄せて、ぎゅっと思い切り抱きついてしまう。


「ふふ…甘えたさんですね♪」


「…もうちょっと、ダメですか?」


「いいえ…ちっとも」


 我ながら、いつもより大胆なことを口走ってしまったとは思うが…でも 、「沙羅さんに甘えたい」という本音をこれ以上隠すことは出来そうにない。


 それに沙羅さんも、そんな俺の甘えに嬉しそうな声を漏らし、身体ごと覆い被るように、頭をぎゅっとして思いきり抱き締めてくれる。


「ふふ…一成さんが、こんな可愛らしいおねだりをして下さるなんて…」


「そ、その…たまには、いいかなって…」


「たまになんて仰らず、私は毎日でもこうして頂きたいですよ?」


「い、いや、流石に毎日こんなことしてたら、俺がヤバいと言うか…自分がますますダメ人間になってしまいそうで…」


 只でさえ普段から沙羅さんに甘えきりの任せきりなのに、毎日こんなことをしていたら、本当に自分が堕落してしまいそうで怖い。

 それに、今日は取り敢えず大丈夫そうだが、いつ自分の中にある衝動的な「何か」が爆発してしまうとも限らないし…

 そのリスクを考えたら、ノーブレーキで積極的に沙羅さんに甘えるなんて、そう安易に出来るものじゃない。


「畏まりました。残念ではありますが、匙加減については一成さんにお任せします」


「は、はい」


「ですが…今日は問題ないということで、宜しいですね?」


「えーと…」


「一成さん、私にハッキリと仰って下さい…」


 沙羅さんが、こうして俺に何かを「おねだり」するのは本当に珍しいので…何と言うか、その分、破壊力が高すぎて困る。

 さっき俺のことをズルいと言ったが、俺からすれば沙羅さんの方がズルいです。


「その…問題ないです…」


「はい♪ それではせめて、今晩だけでも…思う存分ダメになって下さいね?」


「はい…」


「ふふ…大丈夫ですよ。例えどれだけ私に甘えようと、一成さんは絶対ダメになりませんから。それは他ならぬ、私が一番良く分かっていることです。それに…もし仮に一成さんがダメになったとしても…」


「…なったとしても?」


「私が一生、責任をとって差し上げます♪」


「ははっ…」


 沙羅さんにここまで言われてしまえば、俺は意地でもダメになる訳にはいかない。

 それに本音の部分では、いくら甘えたとしても、最後の最後に一線を越えることは絶対にないと自分でも言い切れるんだ。なぜなら、大切な沙羅さんの為なら、俺はいくらでも頑張れる確かな自信があるのだから。


「だから安心して、心置きなく私に甘えて下さいね? 私も今日は、心行くまで一成さんを可愛がらせて頂きますので」


 とは言え…早速ピンチの予感がしないでも。

 俺は今晩、この幸せすぎる試練を乗り越えることが出来るんだろうか…


「一成さん……大好きです♪」


 ちゅ…


 どうやら俺の孤独な戦いは、ここからが本番らしい。


 頑張れ、俺!!

 負けるな、俺!!


 でもせめて…もう少しだけ手加減をお願いします!!


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 お久しぶりな気がします。

 あれから早くも三週間近く経ったのですね・・・


 もはや今回は自信のかけらもない程にボロボロで・・・でもこのまま立ち止まっていても先に進めないので、更新することにしました。

 泣き言は多々ありますが、ここでは止めておきます。

 お付き合い下さる読者様は、このままノートへどうぞ。


 申し訳ありませんが、今回はコメントへのお返事をお休みさせて下さい・・・

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