第345話 これからも…

「それでは…後夜祭、スタートでぇぇぇぇっす!!!」


 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 会場は飛びきりの大歓声に包まれ、模様替えしたステージ上では、軽音部のギターが勢いよく唸りをあげる。

 ハイテンポなリズムで始まった演奏は、どこかで聞いたことがあるような…曲名は知らないけど…それをBGMに、グラウンドではところ狭しとあちこちに人集り。

 ステージの対面側では、大きなキャンプファイヤーが轟々と炎を放ち、飲み物を片手に談笑している人達の姿も。


 二日間に及んだ凛華祭も遂に最終イベントを迎え、今このグラウンドには大半の生徒と、まだ帰らずに残っていた一般来場者の皆様。

 そして俺達は、そんな様子をグラウンドの端から眺めつつ…最後の巡回という名目で、一応は後夜祭の雰囲気だけでも楽しもうということに。


「はぁ…遂に終わっちゃいましたね」


「今年の学祭は内容が濃すぎたわ…去年とダンチ」


「そもそも去年は、私達だって合流しなかったでしょ? 沙羅は生徒会で単独行動をしてたし、夏海も私も自分の担当がメインだったんだから」


「そうですね。去年の凛華祭など、私にとっては無きが如しでしたから。今年がこんなに楽しめたのは、全て一成さんとの出会いがあったからこそです」


「俺も沙羅さんとこうなってなかったら、今頃家に帰って寝てたかもしれませんね」


 沙羅さんとの出会いがあり、皆との出会いが生まれ、繋がり、そして今の状況になった。

 だから何もかもの始まりは、やっぱり沙羅さんとの出会いに集約されている訳で。

 となれば…これは大袈裟でも何でもなく、やはり沙羅さんは俺にとっての全てなんだ。


「満里奈さん、大丈夫? 寒くない?」


「うん、大丈夫だよ。ありがと!」


「うーん…遂に満里奈までこうなっちゃったかぁ…私達だけ売れ残っちゃいましたね?」


「ちょっ、売れ残りなんて言わないで下さい!! 私は満足できる出会いが無いというだけで…」


「売れ残りも何も、私はそもそも相手を求めていない。お姉ちゃんには弟が一番」


 花子さんはともかく(いいか悪いかは置いとく)、もうこうなったからには、例えお節介だと言われようと、西川さん達にも誰かいい人が…と願わずにはいられない。

 本当に…って、そう言えば、結局上坂さんはどうなったんだろうか?

 千里の道で牛歩戦術…くらいの進展にはなったのかな?


「はぁぁぁぁい!!! ありがとうございましたぁぁぁぁぁ!!! それでは続いて、有志バンドによる…」


 ステージ上では面子が入れ替わり、次に登場したのは、女生徒だけで構成された珍しいガールズバンド。しかもよくよく見れば、非常に見覚えのある天敵…もとい、見覚えのある顔が…


「やっほぉぉぉぉ!!! みんなお待たせぇぇぇぇ!!! さぁぁ、ガンガン行っちゃうよ!!! 先ずは一曲目!!! これは愛しの高梨くんに捧げる、痛ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「お馬鹿!! 薩川さんに怒られるから、高梨くんネタに触れるなってさっき言ったばかりでしょ!!!」


 唐突に始まったコント丸出しのやり取りに、観客から大きな笑いが巻き起こり、俺達の存在に気づいていた人達が、一斉にこちらへ視線を向ける。

 本当に…どこまでも余計なことをするな、あの人。


「一成さん、本日の晩御飯は何かご希望がございますか?」


「いや、今日は沙羅さんも疲れてるでしょうし、流石にどこかで…」


「私でしたら特に問題はございませんよ? 一成さんのご飯をお作りすることは、大切な…」


「ちくしょぉぉぉぉぉぉ!!! そこのバカップル大賞!!! 私をガン無視すんなぁぁぁぁぁぁ痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」


 あまりの騒がしさに仕方なくステージへ視線を戻すと、ちょうど他の人に耳を引っ張られながら、ステージ袖へ連行…もとい、ド○ドナされる悠里先輩が。

 良かった、これで静かになるな。


「結局なんだったの、あのバカは?」


「あの人、夏海さんのクラスメイトでしたっけ? バンドはこのまま始めるみたいだし、居ても居なくても問題なかったってことなんじゃ?」


「オマケの癖に一番目立ってたってこと? まぁどっちにしても、休み明けの説教が増えたわ」


「そうですね。私もたった今、お説教の理由が出来ましたので」


「さ、薩川先輩、ひょっとして怒ってます?」


「ふふ…私の目の前で一成さんをからかうなど、実にいい度胸だと思いませんか?」


「め、目が笑ってない…」


 もはや完全に自業自得だが、これで悠里先輩は、休み明け早々に地獄を見ることが確定したことになる。

 でも俺としては…イチイチ余計なことをされるのが面倒臭いので、やっぱガッツリとやっちゃって下さい。


「どうせ遅くなりついでですし、皆さんお食事も一緒に如何ですか? 宜しければ、私の方で予約をしておきますが?」


「さんせー!!」


「なら俺も」


「異議無しです!!」


「私も大丈夫」


「速人くん、どうする?」


「満里奈さんは?」


「私は…行きたいな」


「じゃぁ、俺も決定だね」


 俺と沙羅さんを除いた全員が参加確定。そして俺としても、特に断る理由は何一つないので…となれば、後は沙羅さん次第ということに。


「沙羅さん」


「ふふ…それでは、私達もご相伴にあずかりましょうか?」


「そうですね、西川さん」


「はい。それでは皆さんが参加と言うことで…」


 西川さんはポシェットからスマホを取りだし、どこかに…と言っても、お店に直接連絡をする姿を見たことがないので、恐らく予約を代行してくれる誰かに連絡をしてるんだろうが。

 でもよくよく考えてみれば、毎回必ず違うお店で、しかも絶対に個室や貸切になっているし…普段からそうなのか?


「お疲れ~~、後夜祭の様子はどう?」

「三姫勢揃いしてるから、どこにいるのか直ぐに分かったよ」

「ステージ見ないでこっち見てる人も多いですよねぇ。まぁ仕方ないですけど」


「皆さん、疲れ様です」


「お疲れ様です…あれ、上坂さんは?」


「上坂くんならもう直ぐ来ると思うよ? でもでもそんなことよりぃぃ…やったね、高梨くん!!」

「まさかプロポーズまでするなんてね!!」

「あーあ、そんな面白いことするなら、私も最後まで会場に居ればよかったぁぁぁぁ!!」


「いや、面白いことって…」


 ちなみに…俺達四人がミスコン会場に常駐していた関係で、他の生徒会役員の皆様及び、旧生徒会役員の皆様は、全員が校内全域の巡回担当になってくれていた。

 そのお陰で、俺達が色々と自由に動けていた訳で…つまり、来年はこんなこと出来ないということになるんだよな。


「薩川さん、改めておめでと〜!!」

「ね、ね、指輪見せて!!」

「あぁぁぁぁぁ、私も見たいです!!」


「ふふ…いいですよ?」


 沙羅さんの周りが急激に騒がしくなり、人口密集度も一気に増してくる。

 きゃーきゃーと黄色い声をあげる女性役員の皆様を筆頭に、何故か夏海先輩や花子さん達までしっかりと混じっていて…貴女達、さっきも散々見てたよね?


「おぉぉ、エタニティだぁ!!」

「わぉ、高梨くん気張りすぎでしょ、コレ!?」

「よくこんな凄いの買えたね!?」

「高梨くんは、アルバイトをいっぱい頑張ってたんですよ!」

「へぇ…あ、給料の三ヶ月分ってやつ!?」


 ニヤニヤと意味深な視線をこちらに向けつつ、沙羅さんの指先で光る指輪を興味深そうに覗き込む面々。

 当の沙羅さんも満更ではないようで、どこか誇らしげな様子が微笑ましくて…まぁ、喜んで貰えているようで何よりです。


「うーん…俺もアルバイトしたいんだけど、部活があるから時間がね」


「そうだな。速人は週末も練習があるだろうし…ちなみに、俺もバイトを考えてるぞ」


「多少遅い時間でもよければ、藤堂さんのお祖父さん家とかは…」


「いや、それだと満里奈さんに筒抜けになっちゃうでしょ?」


「ってことは、サプライズ狙いか?」


「まぁね。初めてのプレゼントだから、やっぱりサプライズで良い物を渡したいなって。それに、来月はクリスマスがあるし」


「俺もだ。普段なかなかデートの時間が取れないからな。せめてその分、クリスマスくらいは色々と気張りたい」


「クリスマスか…」


 俺も二人と同じく、クリスマスプレゼントの計画はあるものの…婚約指輪という特大なサプライズを渡し終わった今、果たして何をプレゼントするべきなのか悩ましい。

 それに、当日は絶対にデートもしたいし、となれば当然、予算の問題もある。

 こうなると、政臣さんのアルバイトが非常にありがたいな。


「みんな、お疲れ様」

「お疲れ~」

「はぁ、疲れた…」

「お疲れ様~」


「お疲れ様です」


 ちょうど話が一段落したところに、上坂さんを筆頭とした男性役員も全員帰還。どうやら途中で合流したらしい。

 これで生徒会役員も、全員が揃ったことになる。


「高梨くん、お疲れ様。随分とご活躍だったそうだね?」


「あはは…さっきからそればっかり言われてます」


「まぁそうだろうね。過去にもミスコンの優勝者が告白されるケースはあったみたいだけど…プロポーズは流石に聞いたことがないかな?」


「って言うか、そもそも高校生でプロポーズなんかある訳ないっしょ!?」

「しかも婚約指輪まで渡すとか、二人が婚約者だって知らなかったら、高梨くんどんだけって感じだし」

「正門の本部テントに居たら、男性客が大量に出てったから何事かと思ったんだけど…そんなに凄い状況だったの?」


「ど、どうかな?」


 凄い状況がどうかは観客の見え方次第なので、敢えて俺から説明するようなことはしないが…あれだけの人数が一斉退席したのだから、そこは推して知るべしってことで。


「こりゃ休み明けの学校は、二人の話題で持ちきりだろうな」

「欠席者が大量に出るかもな。ウチのクラスでも、薩川さんにガチで惚れてた連中が結構居たからさ」

「俺のクラスもですよ。何なら、俺のダチも普通に告白考えてましたからね。何度も諦めるように言いましたけど」


 休み明けの学校がどうなるのか、それを考えると、緊張するような色々な意味で怖いよ うな…でも一番怖いのは、クラスの女子を筆頭とした年頃乙女の皆様ではないかと。

 教室に入った瞬間、一斉に取り囲まれる自分の姿が想像できる…


「お疲れ様です、上坂さん」


「お疲れ~、大地」


「お、お疲れ様です! 西川さん」


「いえ、私は何もしていませんから。それよりも、お陰様で、こうして自由行動を取らせて頂くことが出来ました」


「せっかくの機会なんですから、楽しんで貰えたようなら何よりですよ」


 うーん…

 もともと爽やか系の上坂さんではあるものの、今の姿は二割増し…いや、三割増しくらいは盛られているような。

 この二日間で、西川さんに接する態度もある程度は改善したように見えるし、密かに次のステップへ移ろうと意図していたりするのか、これは?


「くぉら大地、私をガン無視すんじゃないわよ」


「い、いや、たまたまだ。偶然だ。それより、私に何か用でもあるのか?」


「は? 別にないけど?」


「それなら、お前は私よりも相手をするべき人がいるだろ?」


「フーン…そんなに席を外して欲しいんだ? 何でかな~?」


「な、何だその目は!? と、特に意味など無いぞ!? 私はお前の為を思って…」


「ふふっ…」


「西川さん?」


「えりりん?」


 二人の様子を興味深そうに見守っていた西川さんが、思わず…といった様子で笑いを溢す。俺もその笑いの意味が、何となく分かってはいるが…


「いえ、すみません。上坂さんにもそういう一面があるんだなと、改めて思ったと言いますか」


「そういう一面…ですか?」


「ええ。やはり幼馴染みということもあって、夏海には随分と砕けた態度を見せるな…と」


「あ…」


 上坂さんの顔に、ありありと「しまった」という表情が浮かぶ。

 そう…これは俺から見ても実に分かり易かったが、夏海先輩と接しているときの上坂さんは、普段の「(元)生徒会長」然とした様子が全く無くなるから…

 幼馴染みとしての気安さ的なものが、前面に押し出されているようにも見えるので、案外こっちの方が素なのかもしれない。


「ふふ…そんな顔をしないで下さい。別に悪いことではありませんよ? 寧ろ愛敬があって良いと思いますが」


「えっ!? そ、そそそ、そうでしょうか!?」


「大地ぃ~鼻の下伸びきってるからね?」


「う、煩いぞ!! お前はイチイチ余計なことを言うな!!」


「へいへい。んじゃ私は、雄二のところへ行くかなぁ」


 ニヤニヤと最大級のニヤけ…もとい、意味深な笑顔を残し、雄二の元へ向かう夏海先輩。

 何だかんだ言って、ちゃっかり援護射撃的な結果になったのは意図的なのか偶然なのか…まぁ偶然だろうな、あれは。

 とは言え、ここは俺も引っ込んで、二人にしてあげた方が良さそう…


「そうだ、俺は沙羅さんに…」


「西川さぁぁぁぁぁん!!!」

「絵里ちゃぁぁん!! 久し振りぃぃ!!」


「ふふ、お久し振りです」


 …と、思ったのになぁ。


 西川さんは、突然現れた女子の集団に囲まれてしまい、アッサリとそこから締め出されてしまう上坂さんと俺。

 何ともままならないと言うか…そもそも西川さん側が微妙だから、俺もどこまで協力するのか、微妙といえば微妙なところなんだが。


「高梨くん、この後はどうするんだい?」


「えーと…一応、みんなで食事を」


「そうか。それなら私達の打ち上げは改めてにしよう。何だかんだ言って、凛華祭は無事に成功したし、今日までずっと頑張ってきたからね」


「そうですね。それに俺達は、上坂さんにも先輩達にも凄くお世話になってしまいましたから」


「いや、これは私達も楽しんでやっていたことだから、それは別にいいんだけどね。でも…」


「はい。来年からは、こんなこと出来ませんよね?」


「うん。巡回を兼ねた楽しみ方は出来るだろうけど、役員が何人も集まって…は、流石に無理だろうね」


「ええ」


 上坂さんの言う通り、学年が上がり、先輩達が居なくなって…今の俺達みたいな一年生役員が増えれば、今度は主だって仕事を受け持つのも俺達の役目になる。

 だから…例え今年だけでも、悔いがないくらいに楽しませて貰ったことには本当に感謝しかない。


「上坂さん…改めて、ありがとうございました」


「はは。そう改まって言われてしまうと照れ臭いね。でも…どういたしまして。来年は頑張ってくれ、副会長」


「はい」


 右手を差し出す上坂さんに、俺も同じく右手を差し出し、しっかりと握手を交わす。

 上坂さんや先輩達の居なくなった後の生徒会活動を思えば、不安を全く感じない訳じゃないけど…それでも頑張って行かなければ。

 俺は副会長として沙羅さんを支え、そして…


「ふふ…お話は済みましたか?」


「沙羅さん?」


「薩川さん、お疲れ様」


「はい。上坂さんもお疲れ様でした。それと、私からもお礼を」


「いやいや、高梨くんからも言われけど、私達だって楽しんでいたからね。だから、それ程のことでは…」


「そうですか。ではそれで」


「おっ…と」


「冗談ですよ」


 本気で冗談だったのかどうかは、沙羅さんの表情を見れば直ぐに分かるが…俺達以外にこんな冗談を言うこと自体が珍しいので、それだけ沙羅さんの機嫌がいいということなんだろう。


「ところで…それが高梨くんから贈られた、例の婚約指輪かい?」


「ええ。私の生涯の宝物ですよ」


「はは、男性からの贈り物に、君がそんなことを言う日が来ると驚きだ。本当に…変わったんだね?」


「そうですね、自分でもそう思いますよ。ですが…私を変えることが出来るのは、後にも先にも、この世界で只一人だけです」


 指輪に向けていた視線を外し、チラリと俺の顔を見て微笑みを浮かべる沙羅さん。

 そんな様子に、俺としてもどこか誇らしい気持ちが…


「それはそれはご馳走様。二人の結婚式には、私も是非呼んでくれ」


「ふふ…考えておきますよ。最終的にお決めになるのは一成さんですが」


「ちょぉぉぉっと待ったぁぁぁ!!!」

「薩川さん、私達も呼んでくれるよね!?」

「さ、薩川先輩のウェディングドレスぅ!!」

「男子だったら、見れただけで死んでも悔い無しって感じじゃない?」


「…ねぇねぇ、結婚式だって!!」

「…そりゃぁ、あの二人は婚約者なんだし…なんだし…ぉぉぉぉぉ!!!」

「…ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「…薩川さんがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「…こりゃ、立ち直るのに時間が掛かりそうだわ」


「さぁ、次に登場するのは大人気の有志バンド!!! 既に某事務所からスカウトが来ているという噂の、佐伯くんをボーカルとした"ラピッドストリーム"です!!!」


 きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!


 一部の女性陣から強烈な歓声が上がり、ステージ上では本日何組目かになる有志バンドが登場。

 どうやら有名な奴が居るみたいだが…正直名前は知らないし、興味も全くないから、俺達には関係の無い話…


「応援ありがとう!! 今日は本当に悲しいことがあったけど、皆の声援で、俺はこれからも頑張れるから!!」


 きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!


「相変わらず佐伯くんも人気があるねぇ」

「悲しいことって何があったんだろ?」

「薩川さんの件じゃないの? 好きって公言してたみたいだし」


「でもゴメン!! この歌は…この歌だけは、薩川さんに捧げさせて欲しい!!」


 きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!


 …と思ったのに、俺としても看過できないどころか…実にイラっとくる発言まで飛び出し、何故かこちらに向かって走ってくる謎の人影。

 よくよく見ると、その手にはマイクのようなものが握られていて…


「薩川さん!! 佐伯くんに一言!!」


「は? あんな正気を疑う寒々しい戯れ言を口にする輩など、知ったことではありませんよ。気色悪い」


「き、気色悪いぃぃぃぃぃぃぃぃ!!??」


「二度と私の名前を気安く呼ばないように。不愉快です」


「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 沙羅さんの痛烈な一言に、勢いよく膝から崩れ落ち、ステージ上でへたり込む佐伯それがし。

 実にいい気味…と言いたいところだが、俺も正直イラっとしたので、ここはダメ押しをさせて貰う。


「俺の婚約者に、そういうふざけた寝言を二度と言わないでくれ」


 差し出されていたマイクを奪い取り、余計な敵を増やすことも覚悟の上でハッキリと宣言しておく。

 俺達が婚約者であることは、既に学校全体で周知されているとみて間違いなさそうだが…それでも、余計なことを言う輩はまだまだ居そうだから、こういうことはキッチリと。


「一成さん…ふふ」


「すみません、出しゃばりました」


「いえ。嬉しかったです…あなた♪」


 ちゅ…


 スッと俺に身体を寄せ、沙羅さんが少しだけ背伸びをすると、頬に感じる柔らかい感触。俺と目が合い、嬉しそうな笑顔を浮かべた沙羅さんは、そのまま寄り添うようにいつもの位置へ。


 ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??


 きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!


「…ホント、人目を憚らなくなったね、あの二人」

「…今更じゃない? 特に薩川さんは、最初から高梨くんのこと隠してなかったし」

「…言われてみれば確かに。でもこれで、生徒会の極秘任務も終わりかぁ」

「…ここまで来れば、二人のことはもう大丈夫だろう。後は、会長と副会長の公私混同だけ気を付けておけば…我々が卒業したら、後は頼むよ花崎さん?」

「…一成のことは、私に任せておけば問題ない」

「…頼もしいぃ。てか、花子ちゃんが居なかったら、来年度の生徒会どうなってたんだろうね?」


「一成さん、あちらへ行ってみませんか?」


「そうですね。俺も近くで見てみたいと思ってました」


 俺達が視線を向ける先には、相変わらず轟々と炎を上げているキャンプファイヤー。序盤の頃より明らかに大きさを増していて、もう下手をすればステージよりも存在感が強い。

 周囲に居る人達も実に楽しそうで…俺も興味があったから、これは丁度良いタイミングかも。


「あたしらも行こっか」


「了解です」


「速人くん」


「そうだね、俺達も」


「私も行く」


「んじゃ、私も~。西川さんは?」


「勿論、ご一緒しますよ」


 俺達が動き出すと、それを待っていたように皆も一緒に動き出す。

 昨日今日と、こうしてみんなと一緒に動くことが当たり前になっていたから…来年の学祭は、こんな風に遊べないんだと思うと、急に名残惜しい気持ちが溢れてきて…


「一成さん…凛華祭は楽しかったですか?」


「ええ。この学校に来て、こんなに楽めた行事は初めてですよ。このまま終わっちゃうのが勿体ないです」


「そうですね。来年は私達も忙しくなるでしょうし…」


「はい」


「お昼にも少し触れましたが、来年は私の通っている学校でも学祭を予定しています。なので…宜しければ次回はそちらで集まりませんか? 初開催で色々派手にやる計画もありますし、日程も重なりませんよ?」


「あ、そうだね。それなら来年も皆で楽しめる!!」


「西川さんの学校へ行くの、楽しみです!!


 日程さえ被らないのであれば、スケジュールを上手く調整することで、全員参加もきっと出来る筈。

 そうすれば、来年もまた、皆でこうして一緒に学祭を楽しめるかもしれない!!


「一成さん、嬉しそうですね」


「はは…これで、来年も皆で楽しめるなって」


「お姉ちゃんも嬉しい。勿論、凛華祭は凛華祭で、一成と楽しめるから問題ない」


「花子さん、来年の凛華祭も、一成さんは私と…」


「全部は不可。今年の状況を考えてみれば、一成と嫁が常に一緒だと、他の役員が困る」


「う…」


 確かに…今年は上坂さんが、本部待機や先生との繋ぎなど、本来であれば会長がやるべき仕事を受け持ってくれたから、特に沙羅さんが自由に動けた訳で。

 つまり花子さんの指摘には、全くもってぐうの音も出ません。


「私は三年生から来年のことを任された。だから嫁にも、ある程度は従って貰う」


「はぁ…仕方ありませんね」


「お、流石は花子さん。あの沙羅が折れるなんて…」


「別に折れた訳ではありませんよ。自分の立場を考えてみれば、それも仕方ないと思っただけです」


「そうですね。俺もその辺りは我慢しますよ」


 俺も副会長として…もっと正確に言えば、来年の今頃はどうなっているのか分からないが…それでも、今年の上坂さんがしてくれたことを、そのまま沙羅さんに丸投げするようなことだけはしたくない。


 だから、例え俺がどんな状況になっていようと…


「心配しなくても、来年の生徒会長は一成で決まり」


「ええ。私の後を引き継いで下さるのは、一成さんをおいて他はないと思っております。ただ…本音を言えば、余計な苦労をして頂きたくないという気持ちもございますので…」


「あの…それはまだ気が早すぎなんじゃ…」


 副会長だった沙羅さんが会長になった時点で、自分もそうなる可能性があることは薄々分かっていたが…でも選挙になった場合は、必ずそうなるという保証はどこにもないからな。


「あぁ、もし選挙があるなら、私は高梨くんの応援に入るから」


「俺も一成の応援に回るよ」


「頑張ってね、高梨くん!」


「これで女性票は殆ど取ったも同然。後は男性票で多少割れても必ず勝てる。つまり、一成の生徒会長は確定」


「一成さん、私も精一杯お手伝いしますから、一緒に頑張りましょうね? もしお疲れのときは、私が誠心誠意、学校でもお家でもお世話致しますので」


「いや、だから、俺はまだ副会長になったばかりで…」


 と言うか、何で俺がもう生徒会長になっているような話をしてるんだ?

 特に沙羅さんは、もう今日からそうしますと言わんばかりで…そもそも、生徒会長を手伝う立場が逆なんですけど。


「ふふ…私と一成さんが生徒会長を勤めたら、同じ学校の生徒会長を夫婦で勤めたことになりますね?」


「そう言われてみれば…」


「ミスコンを壊して、初代ベストカップル&バカップル大賞の獲得。まさかの乱入からプロポーズと婚約報告に加えて、生徒会長職の夫婦歴任…あんたら、どんだけこの学校に名を残すつもり?」


「そう言われると、確かに色々ありますね。ところで…この学校に於ける最大勢力のファンクラブを持ち、ベストカップル準優勝と、お姫様抱っこで交際報告をした誰かさんも名が残らないのですか?」


「ちょっ!? 何でいきなりその話になるのよ!?」


「いえ、夏海も十分に名を残す要素があると思っただけですよ? 特にあのときの夏海は本当に…ふふ」


「だぁぁぁぁ!!! イチイチ思い出すなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 夏海先輩がじゃれつくように沙羅さんへ突撃をかまし、そんなやり取りを微笑ましそうに見守る雄二。

 一方のあちらは…


「満里奈さん、明日なんだけど…」


「え?」


「部活も丸々休みで時間が取れるんだよ。だから、その…良かったら…」


「…う、うん、私も…」


 二人はお互いにモジモジしながら、正に初々しさ全開といったご様子。

 早速、デートの約束をしているみたいだが、あれを見ているとこちらまで照れ臭くなってしまう。

 そして…


「はぁ…彼氏かぁ…」


「そう言えば今まで聞いたことがありませんでしたが、どういう男性がお好みなんですか?」


「んー…好みって言うか、一緒にいて安心出来る人がいいですね。強気なイケメンと、自意識過剰なイケメンは、特にノーサンキューです」


「そうですね。見た目など、所詮は個性の一つに過ぎません」


「薩川先輩もそうですけど、西川さんもそういうところ現実的ですよね?」


「まぁ…お見合いだ何だで、そういう上辺ばかり着飾ったような人間をしょっちゅう見ていれば、尚更そう感じてしまうんですよ」


「うーん…私には無縁の世界ですねぇ。でも完全に同意です」


 あちらはあちらで、ある意味、深い話に興じていらっしゃるらしい。

 でも立川さんのアレは、間違いなくピンポイントで山崎のことを指しているんだろうから…あんな風に、冗談目かして言えるくらいには吹っ切れたってことなんだよな。


「一成さん、どうなさいました?」


「沙羅さん? いや、みんな楽しそうだなって…」


 これは決して誤魔化しているのではなく…


 周囲にも目を向けてみれば、俺達と同じように和気藹々と談笑する人達の姿や、キャンプファイヤーを囲んで歌ったりはしゃぎ回る陽気な集団。

 恋人なのか、これからそうなるのか、独特の雰囲気を醸し出す男女も居たり…

 一つだけ確かなことは、皆が凛華祭を楽しんでいるということであり…


「準備期間は忙しくて、毎日大変でしたけど…でもこうして、皆が楽しんでいる姿を見ると、その甲斐もあったかなって」


「そうですね。私は正直に言うと、頑張ったのは一成さんに楽しんで頂きたかったからという部分もあります。ですが、こんな光景を見ていると、一成さんの仰りたい気持ちもよく分かりますよ」


「沙羅さん…」


「ふふ…私がそんな風に思えるなんて、自分でも驚いてしまいますが…こうして自分が変われた理由を考えてみれば、とても幸せなことだと思えるのですよ?」


「俺も、半年前までの自分を考えてみれば、こんな風に考えられるようになるなんて、思いもしませんでした」


 自分達が主導して行われた催しで、これだけの人達が楽しんでくれている。そのことを嬉しい、誇らしいと感じることができるなんて、半年前までの自分では絶対に有り得なかったこと。

 でもその根本となった理由は、やはり沙羅さんであり…そう考えれば、俺も自分が変わったことを幸せだと心から思えるんだ。


「これからも、一緒に頑張りましょうね?」


「ええ、頑張りますよ。生徒会も、勉強も、お手伝いも…自分と将来の為に」


「はい。私も精一杯お手伝い致します。ですが、無理だけは絶対にいけませんよ?」


「分かってます。沙羅さんに心配をかけるようなことはしません。したくもありませんし」


「いい子ですね♪ それでは…これはご褒美です」


 ちゅ…


 頬に触れる、沙羅さんからの優しく甘いキス。自分でも単純だと思うが、このご褒美でますます頑張れると感じてしまう自分が嫌じゃない。


「沙羅さん…」


「ふふ…そんなお顔をなさらないで下さい。この続きは、お家に帰ってからゆっくりと」


「えっ!? いや、俺は別に…」


「お嫌ですか?」


「…嫌じゃないです」


「はい♪ いっぱいご褒美を差し上げますから…いっぱい私に甘えて下さいね?」


「は、はい…」


 沙羅さんが喜んでくれて、俺も嬉しいなら何一つ遠慮する必要なんかない。

 だから俺は全力で甘えるだけ…なんだけど、それはつまり、今日も俺の孤独な戦いが始まることを意味している訳で。


 でも沙羅さんの笑顔の為なら、俺はいくらだって頑張れるから。


「くぉらぁぁ、いつまで二人でイチャついてんだぁぁぁ!!」


「家に帰れば、好きなだけイチャイチャ出来るでしょーが!!」


「一成、お姉ちゃんのお説教は休み明け」


「全く…本当に油断も隙もない…」


「高梨くん、あっちで面白そうなこと始まったよ?」


「皆で見に行ってみようか?」


「ほら一成、皆が待ってるぞ?」


「ふふ…一成さん、行きましょうか?」


「はい!」


 沙羅さんが隣にいて、皆が側にいる。

 だから今は、この幸せを噛み締めて…


 皆との時間を大切に、これからも。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ちょっと、最後の最後でまたスランプ気味になったことが悔やまれますが…


 これで、291話から始まった学祭編は、現在345話…実に50話以上を消費して、文字数も40万を超えてるんですね・・・長すぎました(^^;

 ここまで本当にお疲れ様でした・・・読者様&私(ぉ


 これ以上の後書きはノートにしますので、お付き合い頂ける読者様、ご興味のある読者様はこのままノートへどうぞw


 次回以降は、少し話を挟んでから日常の学校生活編に戻ります。

でもそう遠くない時期に、高梨家&薩川家の顔合わせとなります。


 それではまた。

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