第93話 嫉妬は…

「高梨さん! 怪我は、怪我はどのような具合でしょうか!?」


保健医の先生を見て俺がそこにいると判断したらしい先輩は、そのままの勢いで入ってきた。

俺の姿を見つけた先輩は、ほっとしたような表情を見せたのも束の間、寝ているベッドにもたれ掛かるように近付いてきた。


「沙羅先輩、俺なら大丈」

「今から病院に行きましょうか!? 私が付き添いま」

「沙羅先輩!」


沙羅先輩を落ち着かせる手段はもうわかっている。

俺が目を見て強めに言うと、沙羅先輩はハッとしたような表情をしてから少し悲しそうな表情になる。


「も、申し訳ございません、取り乱しまして」


「沙羅先輩、俺は大丈夫ですから取りあえず落ち着いて下さい。」


保健医の先生は少し様子を見ていたようだが、先輩が落ち着いたことを確認して話を始めた。


「今回もやっぱり薩川さんがきてくれたのねぇ…そっかそっか。取りあえず高梨くんは大丈夫よ。でも右手首が怪しいから、病院に行って診てもらった方がいいわね。」


「右手首が…では病院には私が付き添いますので。」


その返事を聞いた瞬間、保健医の先生がニヤリと笑った。


「高梨くんは、好きな人のことが気になって、心配で考え事をしてたら転んじゃったらしいわよ?」


「…え?」


先輩が不思議そうな顔をした。

いきなりそんなことを言われたら、誰だってそんなリアクションになるよな。

それより先生だ!

話をするんじゃなかった!!


「先生! その話は!」


「ならその人が面倒を見てあげてもいいかもしれないわね。誰の事か知らないけど」


なんでこの人それを本人に言うの?

こういうのって秘密とかにしてくれるんじゃないの!?


「先生! 何で言っちゃう…」


「それじゃ、私は高梨くんの担任に話をしてくるわ。どうせお昼休みだから、このまま様子見で付き添っていてくれてもいいわよ?」


爆弾を落とすだけ落として、先生は保健室を出ていった。何なんだあの先生は…


「高梨さん…」


沙羅先輩が先程と違って、少し照れた様子を見せている。

ここ数日こんな表情を見れていなかったので、嬉しいけど俺も照れ臭い


「あの…私のせいなのですか?」


先輩は、少し照れ臭そうな表情のまま、俺に問いかけてくる。

そんな直球で聞かれるとさすがに…


「いや…その…」


「高梨さんは、私を心配して転んでしまったのですか?」


いつもの沙羅先輩なら俺の様子で簡単に見抜いてしてしまうはずなのに、今回は俺が正直に答えるまで許してくれないらしい。


「その…はい。」


「…畏まりました。それでは責任を取って、私がお世話致しますね。」


本調子とまではいかないのだろう。

でも少しでも嬉しそうな先輩の表情を見ていると俺も嬉しくなる…手首は痛いけど…


本当は放課後にしっかり時間を作って話をしたかったのだが、病院に行く時間も必要になるだろうし、ちょうど二人きりなら思いきって今話をしてしまおう。

俺のせいで悩んでるのなら、少しでも早く解決したいし。


「放課後にするつもりだったお話ですが、今させて貰ってもいいですか?」


俺が突然そう切り出すと、やはり先輩の表情が強ばった。

俺は構わず続けることにする。


「まず先にこれだけは言わせてください。沙羅先輩が悩んでいることが、もし俺に対することであれば例えどんな内容であろうとも俺は必ず受け止めます。俺は丸ごと先輩を肯定します。その上で聞きますが、例えば沙羅先輩の悩みと同じことを俺が悩んでいたら先輩はどうしますか?」


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私と同じことを悩んでいたら?

つまり、高梨さんが嫉妬深くて私に嫌われたくないと悩んでいるとすれば…


私がそんなことで嫌うなど有り得ません。

それは私が好きだからそう思って下さるのですし、そのお気持ちはとても嬉しいです。

高梨さんが望むのであれば、私は他の男性など………あっ


…嬉しいのですか?

私なら嬉しいですね…


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沙羅先輩が何かに気付いたようで、ハッとした表情を浮かべた。

プラスの方向で気付いてくれたならいいんだけど…


「高梨さん、私はこれをお伝えすることが怖いです。高梨さんに嫌われてしまうのではないかと…でも同じ事を高梨さんが考えていたとすれば私は嬉しいと思ってしまいました。ですから、勇気を出してお話しします。」


どうやら決心がついてくれたようだ。

良かった。

大丈夫だ、沙羅先輩が嬉しいと感じることなら俺が嬉しくない訳がない。


「…私は、高梨さんが他の女性と仲良くしていることに嫉妬してしまいました。私としたことを他の女性とされている姿に嫉妬しました。」


ポツリポツリと、先輩は不安げな表情で話し始めた。


「今までこんな気持ちを感じたことはありませんでした。高梨さんが他の女性と仲の良い姿を見るだけで苦しくて、高梨さんがその女性に笑いかけていることが嫌で…でもそんなことを考えてしまう自分が一番嫌で、そんなことを言えば高梨さんに嫌われて…あっ」


俺はベッドから起き上がると、そのままにの勢いで先輩を抱き締めていた。

もうダメだ、愛しすぎて我慢できなかった。


嫉妬して、俺に嫌われたくないと我慢して、一人で悩んで…これは俺が悪い。

恋を教えるなどと意気込んでいたのに、先輩が一番であることを自覚させてあげられなかった俺が悪いんだ。


どうする、どうすれば…


一つ思い浮かんだことがある。

かつては無意識というか無自覚でやってしまったが、今ならわかる。

そして今の先輩ならわかってくれるはずだ。

だから放課後に何をするのか決めた。


先輩がもぞもぞと動いた。

勢いとはいえ何も言わずに抱き締めたままだ。

恋を教えると約束したのだから、俺は恥ずかしがらずにこの機会にしっかりと伝えなければならないんだ。


「先輩、嫉妬は必ずあるものです。でも不謹慎かもしれませんが、された方は嬉しいんですよ。だから先輩にそう思って貰えて俺は嬉しいです。だってそれだけ好きだということですから。俺だって、もし沙羅先輩が他の男と仲良くしていたらやっぱり嫉妬します。そしたら先輩は俺を嫌いになりますか?」


先輩は大人しく俺の腕の中に収まり、話を聞いてくれているようだ。

そのままの状態で先輩が頭を左右に振るように動かした。


「ありがとうございます。だから嫉妬しても怖がらないで下さい。むしろ俺に言って下さい、嬉しいですから。それにこれは、沙羅先輩を安心させてあげられなかった俺の落ち度です。」


沙羅先輩は何も言わない。

でもしっかり聞いていてくれているはずだ。


「先輩に安心して貰いたいので、やっぱり放課後は俺に付き合って下さい。拒否権はないです。黙ってついてきて下さいね。」


和ませるつもりで少し冗談めかしてそう言うと、先輩は腕の中でこくりと頭を動かした。

先輩が何も言わないことが気になっていると


ぐすっ…


!?

ひょっとして泣いてる!?


「怖かったです…大丈夫だと思っていても、嫌われたらどうしようって…。高梨さんに嫌われてしまったら私…」


「先輩、俺は沙羅先輩を嫌いになんて絶対にならないです。もしあるとすれば、むしろ俺が愛想を尽かされることの方が」


「絶対にそんなことありえません、むしろ私の方が…」


「いや、俺の方が…」

「私が」


ははっ

ふふ…


二人で同じ事を繰り返していたら、思わず笑ってしまった。

このままじゃ終わらないな。


「では二人とも大丈夫ということで」

「はい、そうですね。」


先輩が笑顔を見せてくれたなら結果オーライだ。

あとは放課後に俺が…

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