第94話 平常運転
「はい、高梨さん…あ〜ん」
ぱくっ
「もぐもぐ…あの、沙羅先輩…ひょっとしてそれ全部ですか?」
先輩の手には俺専用の弁当箱がある。
夏海先輩が持ってきてくれたんだが、俺の右手を気にした先輩が
「大丈夫です。私に全てお任せ下さい」
という一言と共に、この状況になった訳だ。
今はカーテンが閉められていて視界は塞がれているのだが、その向こうには当然夏海先輩と保健医の先生がいる訳で…
「もちろんです…はい、あーん」
ぱくっ
あー美味い。
「高梨さん、如何ですか?」
「美味しいです。もう先輩の料理じゃないと俺はダメかも…」
「(なに、もう胃袋は確保済みなの?)」
「(確保どころか専用ですよ。というか森下先生知ってたの?)」
「だってこの前雨の日に、あの薩川さんが男子を引っ張ってきて着替えさせるなんて見せられたらねぇ。独身の私に対する当て付けかっての」
「あ、それ詳しく」
いやもうひそひそ話じゃなくなってるから。会話隠す気ないだろあの二人。
「うふふふ…大丈夫ですよ。これからもずっと私がお作りしますからね。はい、あーん。」
そして先輩は気にしてない…と。
ぱくっ
------------------------------------------
「さて、もう一度右手を見させてね。」
森下先生(さっき夏海先輩が呼んでたから)が俺の右手首を触り始める
どうだろうか…普通にしていて痛みはあるけど我慢できない程ではない
ただ、曲げるのは普通に痛い
「…うん、これは安静だけじゃなくて必ず病院に行く必要があるね。ご両親にも連絡しておくから」
正直嫌なんだけど、医療費の保険のことがあるから連絡しないという訳にはいかないらしい。
「わかりました。」
「本当は早退させたいんだけど…先生達には報告してあるから、痛みが強くなったり変化があったら、すぐに早退して病院に行くこと。」
そこまで言うと、森下先生が湿布と包帯を取り出した。
「やらないよりはマシなはずだから、右手を出して」
「あの、やり方を見せて頂いても宜しいですか? 今後は私がして差し上げたいので…」
先輩が俺の右腕を支えるように持ち上げながら、森下先生に言い出した。
確かにやって貰えると俺としても助かるし、ありがたいんだけど…
「いいわよ。じゃあゆっくりやるから見ててね。」
最初に森下先生が軽く巻いてほどいて、それに続いて沙羅先輩が指示を受けながら巻いてほどいてを繰り返す。
かなり真面目な表情の先輩に目を奪われていると、不意に目が合ってしまう。
「高梨さん、手首は大丈夫ですか?」
「大丈…いえ、やっぱり痛いです」
ハッキリ伝えた方が先輩は喜んでくれることが多い。このくらい隠さなくてもいいと思うし。
先輩が俺の手首を撫でるように、自分の手を当てて擦り始めた。
「よしよし…今包帯を巻いて差し上げますからね」
俺の手首を見ながら話しかけるようにそう呟いた先輩は、本番とばかりに真剣に包帯を巻き始めた。
それを見ていた森下先生も、巻き終わった包帯を確認した。
「うん、大丈夫そうね。高梨くん、緩いとかキツいとかはない?」
指を動かしたりして少し様子を見るが、特に問題はなさそうだ。
「大丈夫そうです。ありがとうございます沙羅先輩」
「はい、今後は私がして差し上げますね。」
沙羅先輩はそう言って笑顔を浮かべた。
たった数日なのに、凄く久々に日常が戻ってきてくれたような気がした。
------------------------------------------
「一成、どうだ?」
速人が様子を見にきてくれたようだ。
保健室まで連れてきて貰った礼も言わないとな。
「手首は病院に行かないとダメみたいだ…」
「そうか…当分無理はしないように気を付けろよ。俺もできることはフォローするから、何かあれば言ってくれ。遠慮はするなよ?」
こういうとき友達の存在はありがたい。
速人が友達になってくれて良かったな…
そんな俺達の様子を見ていた夏海先輩が、少し驚いた表情をした。
「あら、意外と友達思いなのね。それなら私からもお願いしておくわ。高梨くんのフォロー宜しくね?」
「それはもちろん…あ、違うからな一成?」
「はは、わかってるよ」
相変わらず律儀だな。
夏海先輩の件は、もうそんな深読みしたり気にしたりはしないってのに。
夏海先輩は今のやり取りの意味をわかっていないから、少し不思議そうな顔をした。
「横川さん、本日は教室まで報告に来て頂きありがとうございました。私の目の届かないこともあるかと思いますので、高梨さんのことを今後とも宜しくお願い致します。」
沙羅先輩が速人にお礼を…
俺だけでなく、夏海先輩も当の本人である速人まで驚いている
そんな俺達の驚きを感じたのか、沙羅先輩が補足説明をしてくれた。
「? 高梨さんのご友人なのですから、改めてご挨拶しただけですよ? いつまでも失礼な態度で、高梨さんにご迷惑をかけたくはありませんので。」
これは、沙羅先輩が俺の友達にも普通の対応をしてくれるってことだよな…俺の為に…
「あ、それはご丁寧に…」
速人が妙に丁寧な返事を返し
「…嫁か? 旦那を宜しくとかもう嫁なのか?」
夏海先輩は相変わらずブツブツ言っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます