第95話 証
放課後になり、沙羅先輩に付き添われ病院へ来た。
触診やレントゲン検査の結果、小さいけど骨にヒビが入っていたらしい。
捻挫もあり当分は安静にするようにということだった。
「お任せ下さい、精一杯お世話致しますので。私のせいなのですから、しっかりと責任を果たしますね。」
先輩はどこかイタズラっぽい表情で俺にそう言ってくれる。
俺だって先輩のことは理解してるつもりだ。
風邪をひいたときのことも考えれば、学校だけでなく家でも色々と面倒を見てくれるつもりなのだろうと思う。
あのときと違い、お互いそれを望んでいるのなら無理をしないでお世話になろう。
そしてそのお礼をいっぱいするんだ。
「まずは本日の夕食からですね。途中でお買い物に寄らせて下さいね。」
我が家に食材がないことは想定済みの発言だな。実際その通りなんだけど。
だがここで一つだけ問題がある…今まで俺の晩御飯は親戚が作ってくれていることになっていたことをいまだに言えていないのだ。風邪の時と違い、2~3日という話ではないのだから、もうこの際全て話しておこう…
「あの、沙羅先輩…俺の晩御飯なんですが」
「はい、どうかなさいましたか?」
「最初の頃に親戚が作ってくれているという話をしたんですが…あれは」
「やっとお話しして頂けましたね。」
先輩が少し困ったような表情を浮かべてそう切り返してきた。
そして…そう言われるということは
ひょっとしなくても気付いていましたか?
「台所を見てすぐにわかりましたが、何か理由があるのかと思い黙っておりました。正直に言って頂けたのは嬉しいですが、どうなのでしょうか?」
確かに、使った形跡のない台所を見て気付かない訳がないよな…
「…いえ、単に怒られるかなと」
どうせ隠し事などできないのだから非常に情けない理由を正直に伝えた。
すると先輩は腰に手を当てて、怒っていますというポーズをとり少し頬を膨らめた。
とても可愛い怒ったポーズにニヤケそう…
「正直に言わないと…めっ、ですよ? 」
そう言って、俺の額を人差し指でつついた。
はい、萌え説教ありがとうございました…
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途中にある雑貨屋に寄り先輩と話をする為に必要な物を買うことにした。
余計なことは言わずに、先輩にキーケースと簡単な財布を選んで貰った。
可愛い物好きな先輩は、当然可愛いチョイスをしてくれる。
そして店を出て暫く歩くと公園がある。
俺はここで話をすると決めていたんだ。
はぁ…緊張してきた…
俺が公園に入ると、先輩は何も言わずに後をついてきてくれる。
何となく雰囲気が伝わっているのかな
「沙羅先輩、お話があります。」
俺は改めて先輩と向かい合い、しっかりと目を合わせる。
自分が今からとんでもないことを言おうとしていると思うと緊張が凄い…
「はい…お伺い致します。」
先輩はしっかりと答えてくれた。
もう怖がっている様子はない。昼間の話で俺を信じてくれたのなら嬉しいな。
「昼に嫉妬の話をしましたよね。色々言いましたが、実際のところ切り離すことはなかなか難しいです。もちろん俺だって独占欲くらいありますから、もし沙羅先輩が他の男と仲良くしているのを見たら絶対に嫉妬してしまう。だから、今まで沙羅先輩が他の男にキツく当たっている姿に正直救われていました。」
沙羅先輩が静かにじっと俺を見つめて話を聞いてくれている。俺は話を続けた…
「沙羅先輩にとって俺だけは他の男と違う、俺だけは特別なんだと、ふてぶてしい話ですが勝手に思っていました。すみません…」
そこまで話すと、沙羅先輩が笑みを浮かべて頷いてくれた。
「いえ、事実ですから問題ありませんよ。むしろ私がそう思っていると感じて下さったのですよね?」
そう、これは勝手にとはいえ俺が感じていたことだ。そして沙羅先輩が他の男に見せる態度で俺はそれを信じていた。
だけど俺は沙羅先輩にそれを感じさせてあげることができていなかった。言葉で伝えていたとしても、実感として感じられなければやはり不安になるだろう。
ましてや沙羅先輩は初恋だったのだから。
いきなり俺が沙羅先輩のような態度を取ろうとしても無理だし、仮にやったとしても無理をしないで欲しいと言われてしまうだけだ。
だから、俺にとって沙羅先輩が一番なんだと感じて貰えるように、わかりやすく証明してあげることができれば…
「はい。なので、逆に俺が沙羅先輩を特別に思っていることを証明しようと思いました」
俺はポケットから自分の家の鍵を取り出すと、付いていたキーホルダーを外して先程沙羅先輩に選んで貰ったキーケースを付ける。
沙羅先輩はきょとんとしている…説明しないとわからないよな。
俺は先輩の手をとるとキーケースを握らせ、その手を包むように両手で触れる。
そしてそのまま話を続けた。
「今日から、この鍵はずっと沙羅先輩に預けます。情けない話ですが、俺は沙羅先輩がいなければ生活が成り立たないです。怪我のことがなくても、俺はもうあなたのいない日常なんて我慢できません。」
ちょっと情けないことを言っているのは自分でもわかっている。
でも本心だから俺は話を続ける
「この鍵は俺と沙羅先輩しか持っていないもの、俺が誰よりも側にいて欲しいと思っているのは沙羅先輩だけだという証としてお渡しします。誰よりも信じているから渡せるんです。沙羅先輩のことならいつでもどんなときでも受け入れる、そんな宣言だと思ってください。」
どうだろうか…
俺なりに精一杯伝えたつもりだ。
家の鍵で証明するなど常識としてどうなのかとは思ったが、だからこそ俺は沙羅先輩に本気であるということをわかって貰えるのではないだろうかと考えた。
それに先輩は既に何度も家に来ているし、持っていて貰えば今後役に立つと思う。
先輩は俺の言葉を受け、少し目を閉じていたかと思うと神妙な顔つきになり俺を見つめた。
「この鍵の意味をしっかり考えておりました。私はその上で、確かに鍵をお預かり致します。」
普段も礼儀正しい言葉使いをする先輩が一層丁寧に振る舞う。
キーケースに鍵を収納すると、大切そうにバッグに入れた。
そしてこちらを見ると、とても嬉しそうな笑顔に変わる。
そのまま俺に寄り添うように身体を近付けたと思うと、そのまま身体を預けてくる。
「さ、沙羅先輩!?」
身動きがとれないというか、いきなりの大胆な行動に動揺してしまった…
そんな俺の動揺を楽しむかのように、イタズラっぽい声音で俺に話をしてくる
「ふふ…ここまでして頂いた以上、私はもう遠慮などしませんよ? いつでもどんなことでも受け入れて下さるという言質を頂いたのですから、高梨さんには責任を持って私を受け止めて頂きますね?」
そう言って、嬉しそうに俺に寄り添いつつ下から俺の顔を見上げるようにする先輩は、口調とは裏腹に真っ赤な顔をしていた…
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