第96話 久しぶりの看病
俺もそうだが、先輩も名残惜しいと感じてくれていたのか、お互いになかなか離れることができないでいた。
「えっと…」
「あの…」
話しかけるタイミングが重なってしまったことに、思わず笑いが込み上げてしまう。
「ははっ」
「ふふ…少々名残惜しいですが、買い物もございますのでそろそろ参りましょうか。これからは、いつでもこうさせて頂けるのですよね…?」
…え!?
そういうことになる…のか?
そしてそのままスーパーに寄り、夕食の材料の買い出しをする。
当然俺は何一つ持たない…というか、手を出そうとしたら笑顔で怒られた。
忘れずにさっきの財布を渡さないとな
「沙羅先輩、この財布をこのまま渡しておきますから今後何か必要になったときの買い物はこれを使ってください」
沙羅先輩は鍵に続いて財布まで渡され少し驚いた表情を浮かべたが、それも一瞬のことだった。
「では、お預かり致します。」
そのまま遠慮せずに俺の差し出した財布を素直に受けとる。何か心構えのようなものが出来たかのような振る舞いにも見えた。
「……今日は嬉しいことばかりです。ここまで私を喜ばせたのですから、お家に帰ったら高梨さんの番ですからね?」
先輩の遠慮しないという発言は、こういう部分にも既に現れている気がする…
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アパートの玄関前までくると、先輩は嬉しそうでどこか誇らし気な笑顔を浮かべて鍵を取り出した。
ガチャ…
ドアの施錠が外れた音が響くと、続けて先輩がドアを開けて、俺に入るよう促す。
「お帰りなさい、高梨さん。」
誰もいない部屋の玄関に入ったところで、先輩が俺にそう呼び掛けた。
「ただいま」
かつて風邪をひいてしまった俺を看病してくれたあの日の光景が、いつも先輩が側にいてくれたあの日がまた戻ってきてくれたような、そんな気分に嬉しさが込み上げてくるのだった。
そしてこれもまたあのときを思い出すかのように…俺が不甲斐なかったとはいえ、ここ暫く悩ませてしまった鬱憤を晴らすかのように、水を得た魚のように…怒濤のお世話タイムが始まった。
荷物を置いて早々
「さぁ高梨さん、お着替えしましょうね。」
そう言われると、確かに右手がこれでは着替えが大変かも…
などど思っていると、勝手知ったるなんとやらで俺のタンスから迷わず部屋着を取り出した。
当然(?)それは俺に寄越さずにそのまま取りやすい位置にひっかけると、俺のシャツのボタンを外し始めた。
「あの…」
「はい、脱ぎましょうね。」
こうされることに馴れている俺って…いや、考えるのはやめよう。
そのまま着替えを手伝ってもらう。
風邪のときは下だけは先輩も気を使ってくれていたのだが…今回は説得するのに苦労した。
いや、自分で着替えたよ。さすがにそこまでやらせるなんてできないだろ。
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「あーん」
「もぐもぐ…あの、スプーンがあれば自分で何とか…」
昼間に引き続き、俺は先輩から餌付け…もとい食べさせて貰うことになった。
スプーンなら何とかなりそうだと思ったんだけど…
「まだそれは早いです。私にお任せ下さい。」
ということだった。
「次はこれですよ。あーん…」
終始嬉しそうな笑顔の先輩は生き生きとして見えた。
取りあえず悩みは通り過ぎてくれたようだ。
そして当然食事だけではない。
風呂桶にタオルという準備から連想されることは当然…
「申し訳ございません、本日は私の準備がありませんのでお風呂につきましては明日からにさせて下さいね。それではお身体を拭きましょう」
……は?
今俺は衝撃的な発言を聞いたような気がする。先輩の風呂の準備がないってどういう意味?
いやいやまさか…
いくらなんでも、そこまではさせられないぞ
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そして、そろそろ先輩が帰ろうかという頃にそれはやってきた。
「う…く…」
先程から寒気がする。
最初は気のせいだと思っていたが、明らかに体感できるくらいになってきた。
手首の痛みも強くなっているようだ。
病院で熱が出るかもと言われていたが、どうやらそれが始まったらしい。
洗い物を終わらせた沙羅先輩が戻ってきて、俺の異変に気付いてくれた。
「…高梨さん!?」
俺を支えるように寄り添うと、額に手を当てて熱を確認している
「あ、熱が出ていますね…寒いのですか? お布団に入りましょうね」
先輩はベッドまで寄り添ってくれると、掛け布団をあげてくれたのでそのまま中に入る。
寒気が強くなってきた…最近暑くなってきたので薄い布団に変えてあったのもネックだ
「熱が上がりきってしまえば落ち着くと思いますので、頑張って下さいね。」
そこまで言うと、先輩はベッドの縁から上半身を乗り上げて、俺に被さるように布団越しに抱きついてくる。
「沙羅先輩…」
「落ち着くまでこうしていますので、苦しかったら仰って下さいね…」
先輩の真剣な表情に、余計なことを考えることを止めてそのまま甘えることにした。
暫くすると、先輩の温かさが伝わってきたかのように寒気が落ち着いていく
「私が側におります…大丈夫ですよ…」
俺が落ち着いてきたと感じたのか、少し抱きつく力を緩めると片手を上げて、俺の頭を撫でてくる。
そしていつの間にか寒気はすっかりなくなっていた…
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