第97話 箸のない生活
トントントン…
今目の前には、俺がプレゼントしたエプロン姿で台所に立つ沙羅先輩がいる。
昨日はあの後、薬を飲んだ俺が完全に落ち着くまで先輩は寄り添ってくれた。
その結果、時間がだいぶ遅くなってしまったのだが、泊まると言い出した先輩を何とか説得してタクシーで帰って貰ったのだ。
俺はその後すぐに寝てしまったのだが、今朝いつの間にか来ていたようで、先輩が料理をする音で目が覚めた。
「おはようございます高梨さん。起こしてしまうのも申し訳ないと思いまして、早速鍵を使わせて頂きました。」
俺としてはもちろん問題ない。
ただ強いて言えば、先輩にそこまでさせて自分はのうのうと寝ているという構図が実にふてぶてしいというか…本当にこれでいいのだろうか…
「はい、朝食ができましたよ。こちらへどうぞ。」
沙羅先輩がいるときしか使われないテーブルの上には朝食が並び、朝の景色を彩る。
…まぁ、俺の席の前には箸もスプーンも存在しないんだけどね…
「あの…沙羅先輩スプーンが…」
「はい高梨さん、あーん」
問答無用ですよね、わかってました。
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「高梨さん、右手を使わないように気を付けて下さいね。」
学校に着き、別れ際に念押しされて教室に向かう。
教室のドアを開けるときも思わず右手を使いかけて、あわてて引っ込めた。
利き腕というのが実に厄介だ。
ガラガラガラ
「おはよー」
「おはよう高梨、病院どうだった?」
早速容態を確認してくれる面々に有り難みを覚えるな。
「右手首がヒビと捻挫だった」
「あちゃー、それは痛い」
「俺もやったことあるけど、結構時間かかるんだわそれ。」
医者にも言われたけど、やはり時間がかかるのだろうか。
「高梨くん何か困ったら言ってね」
「そうそう、困ったときはお互い様ってね〜」
「さんきゅ、何かあったら宜しく頼むよ」
冗談抜きで、以前のクラス状況だったら俺はどうなっていたのだろうか…
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今日は半日授業なので、午前中で学校は終わりになる。
外は雨が降ってきたらしく、湿気と暑さで包帯をしている右手首が蒸れている感じがして余計に嫌な感じだった。
俺はこの後生徒会の集まりがあるので、沙羅先輩とは生徒会室で待ち合わせしている。
ガラガラガラ
「お疲れ様〜」
「高梨くんお疲れ〜。あれ? その手どうしたの?」
生徒会に入ると、何人か来ていたようでみんな弁当を食べていた。
目敏く俺の右手首の包帯に気づいたらしい。
「お疲れ様です。昨日の体育でちょっとやっちゃいまして…」
捻挫とヒビであることを説明すると、痛いことを想像するのが苦手なのか「痛い、痛い」と言い出す人もいた。
「高梨くんお昼御飯食べた? まだなら一緒に食べようか。ほら、そこに座って」
「その右手じゃ大変そうだな。なんなら俺が食べさせてやろうか?」
「想像したくねー(笑)」
そうだ…なんとなくいつもの流れで、天気も悪いから生徒会室で食べるという沙羅先輩の話を聞いて来てしまったが…
俺の弁当は沙羅先輩が持っている!?
「あれ、どうしたの? お弁当持ってないの?」
どうしよう
一旦ここを出て、途中で沙羅先輩と待ち合わせて食べてから戻ってくるのが理想だ。
「あ、教室に忘れてきたんで一旦取りに」
ガラガラガラ
「お疲れ様です」
「みんなお疲れ様」
沙羅先輩と会長が来たようだ。
お約束な結果に涙が出そう…手遅れなのか。
どうしよう、沙羅先輩どうするつもりなんだろう…
「お疲れ様です」
「お疲れ様で〜す」
「みんなもここで昼食を食べていたのか。」
いつもの会議用テーブルの上にあるそれぞれのお弁当を見ながら会長が言うと、同じくそれを見た沙羅先輩が表情を曇らせた。
「あ…申し訳ございません高梨さん、お待たせしてしまいましたね。すぐに準備致しますので。」
いそいそとバッグから重箱を取り出して、お茶の入った水筒や箸箱を出す。
重箱が一つで俺の弁当箱がない、もちろん俺の箸箱もない…つまり慈悲もない。
「うわ、薩川さん重箱なの!?」
「いつもそれで持ってくるの?」
まさかの重箱に驚くのは当然だろう。
自分用に使う人なんてまずいないからな
俺もまさか重箱に詰めてくるとは思っていなかったし。
「いえ、いつもは違いますよ。本日は二人分をまとめて詰めましたので。」
…羞恥プレイのカウントダウンが聞こえてくるようだ。だが俺は受け入れると宣言したばかりであり、拒否の二文字はない。
「へぇ〜詰めるってことは、やっぱ薩川さんは自分でお弁当を作ってるんだね…二人分?」
「あれ? 高梨くんのお弁当は…」
「さぁお待たせ致しました。高梨さん、こちらへどうぞ。」
そう言って自分の隣の席を指定してくるので大人しく座る
「あの…沙羅先輩、俺の箸かスプーンを」
「? はい、あーん」
僅かな望みに賭けて問いかけるが、答えの代わりに本日のメインであろう一品が俺の口に届けられた。
「「「「…は?」」」」
うーん…久しぶりだな、生徒会役員の統一リアクション。
「ふふ…如何ですか?」
「もぐもぐ…美味しいです…」
「「「「…………」」」」
見たくない、周りを見たくない。
注目を集めているかもしれないが、俺がそれを見ない限り注目を集めていない俺も存在するのだ(謎)
「あーん」
そして俺のお腹がいっぱいになるまで、先輩のあーん攻撃は続いたのだった。
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