第362話 誉め言葉
今日の駅前の喧騒ぶりは、普段の様子と一味違う。
勿論、週末ならではの忙しさ…ロータリーに入ってくる車の数や、周囲にたむろしている連中を含め…は、あるとしても、やはり俺達と同じ目的なのか、全体的に待ち合わせや送り迎えをしている風の人達が多い。
もちろんその中には、いつも通り大声をあげて騒ぎまくる、周囲の迷惑を顧みないバカ共も居るが…どちらにしても、いつもより賑やかしいことだけは確かだ。
「まだ到着していないようですね」
「とか言ってる内に来た」
花子さんがそう言ったのと同時に、颯爽とロータリーへ滑り込んでくる一台の車。一般的なそれとは明らかに異なる大きめな車体と、周囲の目を引く黒光りボディは、誰がどう見ても一目で"超"高級車だと分かる。
そして、こんな凄い車を日常的に使っている人など、そうそういないだろうから…つまり。
「お待たせ」
「こんばんは」
「お待ち〜」
そしてこちらも、ちょうどいいタイミングでやってきた速人、藤堂さん、そして夏海先輩。
これで一気に全員が揃った訳だ。
「うわぁぁぁ…さ、薩川先輩、すっごく綺麗です!! それに花子さん、可愛いすぎ…」
「ふふ…ありがとうございます。藤堂さんも、実に可愛らしくて良くお似合いですよ。ね、一成さん?」
「うん。お世辞抜きで可愛いと思う」
「えへへ、ありがとうございます! 高梨くんも格好いいよ!」
俺の評価はともかくとして、やはり藤堂さんの浴衣姿も、びっくりしてしまうくらい本当に可愛らしい。
クリーム地に小さな黄色い梅の花が描かれた、慎ましく大人しめなデザインの浴衣。小さくサイドで結われた髪にも、今日はピンク色のリボンと花飾りが綺麗にあしらわれている。全体的に控え目な印象ではあるものの、そこは藤堂さんらしい可愛さに溢れた、実にお似合いの装いだ。
それに…
「藤堂さん、それ…」
「う、うん。その…速人くんが」
照れ臭そうに俯く藤堂さんの浴衣…帯には、あの日、俺達と一緒に速人が作ったお手製のブローチが飾られていた。
「そっか。やっと渡せたんだな、速人?」
「あはは…なかなか渡す機会が掴めなくて」
「どうせ格好つけるタイミングを狙いすぎて、却ってチャンスを逃していただけ」
「ぐっ…あ、相変わらず厳しいね、花子さんは」
花子さんの無慈悲すぎる一言に、速人の笑みが完全に引き攣る。
でもこれは、俺も同じ男として実によく分かると言いますか…だから許してやって欲しいと思ったり。
「余計な色気を出さないで、さっさと素直に…」
「お待たせ致しました、皆さん」
「やっほ〜二週間ぶり〜」
そんな速人のピンチに、颯爽と駆けつけてくれた…もとい、ちょうどやってきた救いの手は、皆と同じく華やかな浴衣に身を包んだ西川さんと立川さん。
特に打ち合わせがあったかどうかは知らないが、これだけの面子が全員浴衣で勢揃いとなれば、もう周囲の注目もますます大変なことになってきているような気配が…
「うわっ!? さ、薩川先輩、いくらなんでも綺麗すぎですってば!!」
「ふふ…ありがとうごさいます。立川さんもよくお似合いですよ?」
「ホントですか!? えへへ、私も久し振りに気合入れてみたんで…じゃなくて!! その綺麗さは反則ですってば!! レギュレーション違反待ったなしです!!」
「そ、そう言われましても…」
何故か一人で大興奮の立川さんに対し、どうにも困惑気味な様子の沙羅さん。でも「反則」という表現は、ある意味、的を得ていると言いますか…だって、沙羅さんの綺麗さは本当に反則級だと俺も思うし。
「こんばんは、高梨さん」
「こんばんは、西川さん…あれ、雄二は?」
「ふふ、せっかくのムードに水を差すのも悪いので、二人きりにして差し上げました」
イタズラっぽい表情を浮かべ、チラリと西川さんが視線を向けた先には…何やらいい雰囲気で語り合う、雄二と夏海先輩の姿が。
「単に見せつけられるのが嫌だから、さっさと避難してきただけ」
「ちょっ!? 聞こえてますよ、花子さん!!」
「っと、ミステイク」
思わず口を滑らせた(らしい)花子さんが、俺の背後に素早く避難…と見せかけて、ちゃっかり背中へ抱き着いていませんかね、これ!?
「コホン…そ、そのですね、高梨さん。私はあくまでも純粋に…」
「わ、分かってますよ。西川さんは優しい人ですから」
「ふふ…ありがとうございます」
まぁ本音を言えば、半々だと思っているが…わざわざそれを言う必要はないからな。
それと花子さんは、俺の背中に「GJ」って指で書かないで下さい。非常にくすぐったいです。
「…ふぅ、やはり目立っていますね。沙羅が浴衣を着てくる時点で、こうなることは十分に予想できましたが」
「ええ。ここに着いてから、もうずっと注目されまくってますよ。何ならナンパを狙ってそうな連中もウジャウジャいますし」
「でしょうね。まぁ…同性の私から見ても、今日の沙羅は惚れ惚れするくらい綺麗ですから」
「はは…」
確かに今日の沙羅さんは…正確に言えばいつもだけど…同性の西川さんがそう感じてしまうのも無理はないくらい、兎にも角にも綺麗すぎる。
そしてその最大の要因は、やはり大和撫子を地で行く沙羅さんにとって、和服、浴衣という衣装があまりにもベストマッチすぎるからで…だからこそ、こうしていつも以上の大注目に繋がっている訳だ。
でも…
「あの…注目を集めてるって話なら、西川さんだって同じですからね?」
「…へ?」
「確かに今日の沙羅さんは、俺も油断すると見惚れちゃうくらい、本当の本当に綺麗すぎるんですけど…それに花子さんも可愛いし…でもそれは、西川さんだって同じことが言えるんですよ?」
「え、えっと…?」
ここまでの大注目に発展してしまったのは、もちろん沙羅さん一人が理由じゃない。それは花子さんを始め、皆が可愛いという理由もあるだろうし、しかも一同に介していることによる相乗効果もあるだろう。
でも西川さんは…もともと沙羅さんに引けをとらないスペックを持つ西川さんだから、やはり浴衣姿も特別目を引く綺麗さがある。
清楚感溢れる白地に、青い薔薇が大きく描かれた色鮮やかな浴衣。ヘアスタイルも普段と少し違い、耳上の辺りにまで編み込みがされた、豪華仕様(?)のポニーテール。そこに大きなリボンとキラキラ光るかんざしがあしらわれ、宝石らしき物がキラキラと光る三連の花飾りが彩りを与えている。
しかも沙羅さんとは似て非なる、凛とした、どこか気品すら感じらさせる優雅な佇まいが…「浴衣」という華やかさによって、一層映えると言うか。
「あ、あの…高梨さん?」
「えっと…さ、先に言っておきますけど、これはお世辞で言ってる訳じゃないですからね? 俺は本当に、綺麗だと…」
「わ、わ、分かっています!! 高梨さんが、そういう男性であることは十分に承知していますから…で、ですから、その、よ、余計に嬉しいと言いますか…」
「西川さん?」
「な、な、何でもありません!! とにかく、ありがとうございます!!」
「ど、どういたしまして!?」
もう見るからに顔を朱く染め、俺と目が合うと恥ずかしそうに俯いてしまう西川さん。そして俺の方も、勢いとはいえ、随分と小っ恥ずかしい台詞を口走ってしまった自覚はあるので…非常に照れ臭かったり。
「一成…私、可愛い?」
しかもそんな状況の中、俺の背中に張り付いたままの花子さんが、唐突にそんなことを言い出して…って、それはさっきも伝えたよね!?
まさか、もう一度言えと!?
「う…その」
「一成…」
普段は滅多に聞くことがない、可愛らしくおねだりするような花子さんの声音に…思わず一瞬、ドキリとしてしまう。
しかもそんな俺の心情を知ってか知らずか、まるで返事を急かすように、指で背中をツンツン、モジモジと…ゾクゾクするからそれ止めて!!
「あ、あの…高梨さん、私も…き、き、き…れい…」
ちょ、西川さんまで何か言い出したぞ!?
恥ずかしくて上手く言えないのなら、別に無理をしなくてもいいんじゃないですかね!?
「一成さん、その、私は…」
「沙羅さんは本当に綺麗で、眩しくて、このまま永遠に見つめていたいって思えるくらい素敵すぎて…でもそれは、今日に限った話じゃないんです。俺はいつだって…毎日、本気でそう思ってますから」
「…嬉しい。あなたにそう言って頂けて、私は本当に幸せです…」
俺の腕にそっともたれかかり、どこか潤みを帯びた瞳で真っ直ぐに俺を見つめてくる沙羅さん。その透き通るような美しい瞳に吸い寄せられるよう、俺は一瞬たりとも目が離せなくなってしまい…って、あれ?
沙羅さん、いつの間に?
「………」
「ぷくくっ…えりり〜ん、残念だったね?」
「な、何で残念になるんですか!?」
「別にぃ…それにしても高梨くんって、ホント沙羅にだけは、息を吐くように褒め言葉が出るよね」
「まぁ仕方ない。それが一成だから」
「高梨くんですからねぇ」
う…
それは全くもって否定出来ないどころか、確かに今のは、我ながら驚くほど素直に言えたような気がする。でもそれだけ、俺にとって沙羅さんが特別なんだと思えば、悪い気は全くしない…あれ?
花子さん、俺の背中に居たんじゃないの?
「…こういう面に関して言えば、完璧に負けてるな、俺は」
「俺もだよ。自分の気持ちをここまでストレートに言えるなんて、ホント凄いよね」
「いや、そのだな…」
染み染みと語り合っている二人のそれは、素直に感動しているのか、はたまた遠回しにからかわれているだけなのか…
そして突っ込みを入れようにも、上手い言葉が見当たらず。
だから…
「あー…と、取り敢えず、そろそろ行きませんか?」
「そ、そうですね。せっかく集まったのですから、いつまでもここに居ては時間が勿体ないです」
「異議なし!! りんご飴と、じゃがバタと、焼きもろこしと、その他諸々が私を待っている!!」
「見事に食べ物ばっかり…」
「うっさい、あんたも付き合うのよ!!」
「えぇぇぇ…」
基本、夏海先輩に逆らえない雄二は、早くも食い道楽ツアーに参戦決定したらしい。ちなみに俺達はパスだ。君子危うきに近寄らず。
「一成さん…もしご迷惑でなければ、射的に挑戦して頂けませんでしょうか?」
「…え? それは別にいいですけど、でもこういう祭りの射的って、基本的にロクな景品は…」
「一成、それ以上はいけない」
「おっと、ミステイク」
いかんいかん…俺としたことが思わず禁句ネタを…って、そうじゃなくて。
「ふふ…そのことでしたら、私もしっかりと理解しておりますので、どうぞご安心下さい」
「えっと…そ、そうですね」
多分、沙羅さんが理解しているのは表面的な部分であり、本当の闇はまだまだ深…っと、これ以上は本当に止めておこう。全部がそうとは限らないからな、うん。
「その、何か景品が欲しいという話ではなく…もう一度、一成さんのご勇姿を見せて頂きたいのです」
「え…?」
「私に、あのお姿を…もう一度…」
「わ、わかりました! そう言うことなら喜んで!」
恥ずかしそうに頬を染め、そんな嬉しいことを言ってくれる沙羅さんの姿に…俺も気合が入らない訳が無い!!
そうとなれば、俺も全力で…
「雄二!! あんたも出なさいよ!!」
「はいはい、言われなくても分かってますよ。という訳で一成、俺も参加だ」
「雄二…」
「あ、もちろん俺も参加するよ? 二人に勝てないのは分かってるけど、参加することに意義があるってね!」
「速人…分かった」
これはどうやら、期せずして、凛華祭の再戦が決定してしまったらしい。
思わぬところで想定外の展開になってきたが、例え誰が相手であろうと、俺は沙羅さんの為にも絶対負けない!!
「おっとぉ、これまた楽しくなってきたかも!!」
「大丈夫。今回も勝つのは一成」
「それはどうかな? 前回は何だかんだで接戦だったし、今度こそ雄二が勝つよ」
「相変わらず面白いことを言いますね。一成さんが負けるなど、例え天地がひっくり返ろうと有り得ない話ですが?」
「あ、あの、速人くんも頑張ってくれると思うので…その…」
そしてこちらでも、突如として始まってしまった場外戦。
青龍と朱雀の最強タッグに、白虎が真っ向勝負でバチバチと火花を散らし…そこにチワワが、恐る恐る遠巻きに参戦と。
何故こんなことに…って、間違いなく夏海先輩のお祭り好きが原因なんだけどさ。
「さぁさぁ、話が決まったところで本当に行きますよ? いつまでもここにいると、目障りな集団が寄ってきますからね!」
「「はーい」」
はしゃぐ子供達を引率するお姉さんの図…もとい、西川さんの図。でも確かに、それっぽい連中が増えているのは間違いなさそうだ。
まだ現地に到着すらしていないのに、今からこれでは、果たしてどうなってしまうのか…
これは折を見て、西川さんや雄二達に、相談しておく必要があるのかもしれないな。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
大変長らくお待たせしました。
ノートにも散々書いたのでここでは触れませんが、何とか戻ってくることができたようです。
でもかなり間が開いてしまった上に、元々の不調を拗らせたままなので、感覚が戻らず四苦八苦しております。相変わらず変な部分が分かっていても、それを手直し出来ずヤキモキの繰り返し・・・
特に学祭前辺りを読むと、表現の仕方が自分でも信じられないくらいスムーズに書けていたと思うので…如何に自分が絶不調なのか、改めて思い知らされてしまいましたorz
まぁ…泣き言を言っても始まらないので、とにかく頑張ります。
コメントへのお返事ですが、時間が出来たときに改めて致しますので、気長にお待ちください(^^;
しっかり全部目を通してありますから・・・
P.S. リハビリを兼ねているので分割が少し増えますが、でも顔合わせは既に執筆に入っているので、祭りが終わり次第突入する予定です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます