第154話 ざ甘ぁ
「お母さん!! さっきから何を言っているの!?」
自分のことを話しているのに、無視されている状況に苛立った様子の柚葉。
だが俺達も、そして恐らく久美子さんも、柚葉を挟むと話が進まないことがわかっているので、このまま無視をしておこうと暗黙で考えていた。
俺が求めるもの…
今回のことで、柚葉は山崎にどう思われていたのかも、利用されていた事実にも気付いた。
そして沙羅さんとの会話や元クラスメイトとのやりとりで、俺が感じた辛さや苦しさも少しはわかってくれたと思う。
こいつなりに辛い思いはしたはずだ。
であれば予定通りのはずなのに、現状では反省した様子も見れないばかりか俺も悪いと言い出す始末。
俺は別に謝罪を求めていた訳ではない。
そもそも許すつもりがないからだ。
でも幼馴染みとして、せめて山崎の本性を見せることで目を覚ましてあげたかった。その上で自分のしたことを反省してくれれば…と思っていただけだ。
それなのにこいつは何を考えているんだ?
罪悪感というか、俺に対して申し訳ないとか、自分はとんでもないことをしてしまったとか、そういう気持ちが出てこないのか?
柚葉のことがわからなくて、言葉に詰まっている俺をフォローするかのように、沙羅さんが再び口を開いた
「あなたは本当に度し難い愚か者ですね。一成さんは、山崎という屑からあなたを解放して、あとは反省してくれるならそれでいいと思っていたのですよ? だから私達も、一成さんの意思を尊重して協力をしたというのに…」
「それは…一成に悪いことをしたとは思うけど、でも私だって…」
柚葉がまた言い訳をするようにもごもごと呟くと、沙羅さんが「はぁ…」と盛大な溜め息をついた。
すると突然、厳しい視線を柚葉に向けで鋭く睨む。
「気になっていたのですが…あなた、本当は自分のしたことの重大さに気付いていますよね? それに怖くなって、保身を考えているだけですよね?」
「!?」
沙羅さんの突然の指摘を受けた柚葉が、驚きの表情を浮かべた
でも俺が見ていることに気付くと、すぐにハッとして気まずそうに視線を逸らす
「やはりそうですか。一成さんが悪いなどとふざけたことを考えていたようですが、山崎から騙されていたことで被害者意識が強くなりましたか? 自分も被害者だからと思い込んで、罪を少しでも軽く考えようと?」
「…………」
柚葉は相変わらず無言のままだけど、これは図星だと白状しているようなものだ。
つまりここまできても、自分のことだけしか考えていないのか!?
「柚葉…お前ふざけるなよ!!!! 何なんだお前は!? 結局自分のことしか考えていないのか!? 全然変わってないじゃないかお前は!!!!」
「ちがっ…そこまで考えていた訳じゃ!!」
「そこまでということは、ある程度は考えていたということですね? 無意識かとも思いましたが…意図的に思い込んでいましたか。一成さんは、あなたが素直に反省してくれればそれでいいと考えていたのに…だから度し難い愚か者だと言ったのですよ」
言い訳を遮り、沙羅さんの呆れを含んだ冷たい言葉が柚葉に重くのし掛かる。
図星を突かれたこともあるのか、再び何も言えなくなった柚葉に、みんなから集中砲火が始まった
「へぇ…わかってたのに、謝る前に人のせいにして逃げようとしてただけなんだ? 最低だねこの女」
「高梨さん、先程の話は遠慮などする必要はないと思いますよ。私の方でも可能な限り協力しますから」
夏海先輩と西川さんも怒りの表情を見せて柚葉を睨む
「高梨くん、こいつは痛い目に遭わせた方がいい。手加減する必要はない。被害者なら責任も軽くなるとか、絶対に余計なことを考えてる」
「高梨くんに免じて許すつもりだったけど無理、やっぱ最低だねこいつ」
「信じられない…こんな人いるんだ」
花子さんの指摘は、今の柚葉なら十分考えられる可能性があった。
そう思うと、ますます柚葉に怒りが湧いてくる
「今まで色々な女性を見てきたけど、トップクラスの嫌な女だね」
「もうダメだな。一成、俺は二度目はないと言ったぞ? 久美子さんには大変な思いをさせることになるが、柚葉にはキッチリ責任を取らせた方がいい。甘さはこいつの為にならない」
言われるまでもなく、俺も柚葉に責任を求めることを決意した。
ただし、久美子さんに免じてあくまでも可能な範囲にすることは忘れないが
「柚葉、俺は自分が甘かったことがよくわかった。お前がそういうつもりなら俺も考えを変える。」
「一成!! 本当にごめん!! 謝るから! ちゃんと謝るから!! だから…」
柚葉は激しく焦りを見せながら、「謝る」という言葉を連呼する。
だがこれは、俺に対する謝罪というより、自分が助かりたいからだということはすぐにわかった。
「ふざけるなよお前!!! いい加減にしろ!!!!」
「ひっ!?」
俺の怒鳴り声に柚葉が怯む。
よくよく考えると、俺は今日までこいつをこんな風に怒ったことはなかった。
こいつを大事にしていたつもりで、結果的にずっと甘やかしていただけなのかもしれない
「本当に謝る気もないのに白々しいんだよ!!!! もうダメだ、お前が反省してくれればいいって考えてたけど、お前は絶対に許さない!!!」
「ごめん!! 本当に謝るから!! 反省してるよ!!」
柚葉も必死になっているようだが、どちらにしても今更だ。
俺や久美子さんが甘やかしたことが自己中になった原因だとするなら、甘え切ったこいつには一人で苦労をさせた方がいい
「久美子さん、こいつには転校でもなんでもさせて、友達も知り合いもいないところで一人で生活させて下さい。仕送りも無しです。生活費もバイトで全て払わせて下さい。こいつは絶対に遊ばせないで、今後は学校とバイトだけの生活にさせて下さい!!」
とりあえず咄嗟に思い付いたことを久美子さんに伝える。
久美子さんは柚葉の本心にショックを隠せない様子だったが、それが尚更決意を強めたようで、俺の指示に大きく頷いた。
「……わかりました。それでは今の家を引き払って私達は引っ越そうと思います。柚葉は転校させて、友達も知り合いもいないところで独り暮らしをさせます。私も近くに住んで、今度こそ柚葉がしっかり反省するように私もちゃんと見守りまので・・・アルバイトもさせて、全て柚葉の生活費に回しますから、それで如何でしょうか?」
久美子さんは俺の話を聞いた上で、実行可能だと判断したであろう案を提示してくる。
話が大きくなっていたが、それも本気で言っているのだろう。
そしてその上で本当に俺の指示に従った謝罪を行うつもりなのだろう
「転校なんて嫌だよ!! やっと友達がいっぱいできたのに、また独りにな…」
パァァァン!!!
柚葉の身勝手な反論に怒りの表情を見せた沙羅さんが、頬を思い切り叩いた。
「その友達は、一成さんを犠牲にして作った友達でしょう!! 甘ったれるのもいい加減にしなさい!!!」
沙羅さんの怒声が会場に響く
だが俺もこれは頭にきた。
よくそんな台詞を言えるな…俺はお前のせいで独りになったのに、この期に及んでまだ自分の事だけ…そんな自分勝手なことを言うのか
叩かれて涙を流しながら黙る柚葉を尻目に、今度は西川さんが久美子さんと話を始めた
「転校ならちょうどいい場所がありますよ。グループ関連の施設に併設されている私立学校ですが、必要な偏差値も低いから転校も難しくないはずです。それに私からも直接話を通しておきますから。かなり遠いですけど、別に問題ないですね? あぁ、よかったら不動産も働き口もまとめて紹介しますよ? あそこなら色々ありますからね。」
「ありがとうございます。結局お手数をお掛けしてしまいますが、宜しくお願い致します。」
西川さんが話に加わったことで、柚葉本人を無視してどんどん話が進んでしまう。
ここまで話が進むと、いよいよ冗談でも仮定でもなく本当にそうなると理解した柚葉は、焦りを加速させていた。
「ねぇ、嘘だよね!? お母さん、本気じゃないよね!? 引っ越しとかやり過ぎだよ!! 私が一成にちゃんと謝るから、ちょっと待っ…」
「一成くん、後でご両親にも謝罪に伺います。そして柚葉には、あなたにしたことへの責任を少しでもとらせる為に慰謝料を用意させます。とりあえずは私が立て替えますが、お金はいずれ柚葉にもちゃんと払わせますので。一成くんの指示通り、学校とアルバイトに集中させて、高校生活では一切遊ばせるつもりはありません。今まで好き放題させてしまったのは私の責任ですから…今度こそ柚葉に寄り添って、しっかりと躾を行うこともお約束します。本当に申し訳ございませんでした。」
涙を浮かべながら深々と頭を下げる久美子さん。
柚葉に口出しをさせるつもりがないからなのか、矢継ぎ早に内容を決めて話を確定させていく。
結局この短時間で、引っ越し、転校、アルバイト、慰謝料に加えて、転校先や、住む場所、働き口も西川さんが協力してくれるとのことだ。
「わかりました。そこまで考えてくれるなら、俺もそれを受け入れます。慰謝料までは考えていませんでしたが…」
「一成さん、それも責任を取らせる一つの形ですよ? あなたにはそれを受け取る権利があり、笹川さんはそれを払う義務があるのですから、受け取るべきです。」
そうだな。
沙羅さんの言う通り、柚葉に責任を取らせると決めた以上それも考えるべきだ。
「わかりました。柚葉、聞いていたな? 自分のしたことの責任を取れよ」
謝れば許して貰えると考えていた柚葉は、俺がここまで強く出るとは思っていなかっただろう。
俺の言葉を聞いた柚葉は、本当に驚いた顔をしていた。
そしてもう殆どの話が決まったところで、西川さんが突然柚葉を睨みつけるように向き合う
「学校生活の方は、あなたの同級生になる知人がいるので、私からしっかり伝えておきますからね。」
西川さんの無慈悲な宣告は、柚葉のこれからの高校生活に暗雲をもたらすだろう。
沙羅さんもそれに便乗するように、柚葉に追い討ちをかける
「よかったですね、ひょっとしたら転入する頃には、あなたが大好きな噂というものが流れているのではないですか? しかも今回、その噂の張本人があなたです。嬉しいでしょう?」
もしそうなれば、その噂は柚葉にとって俺の歩いた道と同じ道を辿る要因になる。
そしてそれは「俺の辛さを思い知りながら同時に責任をとる」という、俺の求める形になるのだろう。
それもこれも柚葉が選んでしまった結果だ
「こんな話酷すぎるよ!? それじゃ私どうなるのかわからない」
「黙りなさい!!! 全部あなたが一成さんにしたことと同じですよ!!!!!」
今にも泣きだしそうな柚葉に対して、沙羅さんが怒声を放ち黙らせる。
そしてそんな柚葉を見ながら盛大にため息をついた
「一成さんは最後まであなたのことを考えていたのに、あなたは本当に自分のことばかりですね? 何故あなたのような人が、一成さんの幼馴染みなんでしょうか? 何故私が、一成さんの幼馴染みではなかったのでしょうか?」
柚葉を蔑むように睨みながら、沙羅さんがしみじみとそんなことを言い出した
「私は小さい頃から男子に散々苦労させられてきました。中学、高校になれば、山崎のような屑や、バカ丸出しの男ばかり言い寄ってきて本当に迷惑でしたよ…でも誰も助けてくれませんでしたし、女子からは何様だと言われたこともあります。だから私は独りで何とかするしかなかったのに……それに比べてあなたはどうですか? こんなに優しくて、自身を犠牲にしてでもあなたを優先してくれる方が側にいたでしょう? 私なら、絶対に一成さんを誰よりも大切にしましたよ。だって、こんなに素敵な男性を好きにならない訳がないですから。」
そう言って、突然微笑みを浮かべながら俺を愛しそうに見つめてくる沙羅さん。
柚葉を怒っている最中なのに、そんな風に見つめられてしまうと照れてしまう。
絶対に顔が朱くなっていると感じた俺は、思わず下を向いて少しでも誤魔化そうと動く。
沙羅さんはそれを許さないとばかりに、ゆっくり俺に手を伸ばすと、俺の顔を固定して見つめてくる。
暫くそうしていると、そっと俺の頭を自分の胸元に抱き寄せた。
そして何も言わずにそのまま優しく包み込んでくれる。
「だからこそ私は、一成さんの優しさを軽んじたあなたが許せない。裏切ったあなたを許せない。一成さんを貶めて、辛い思いをさせたあなたを絶対に許さない。」
言葉はとても厳しいが、その逆に動きはとても優しく、ときおり頭や頬を撫でてくれる。
それはまるで、俺への愛しさを行動でも示してくれているかのようだった。
「私達の行動が不思議ですか? であれば、あなたと屑男の関係など所詮その程度だったと言うことです。」
不意に厳しさを引っ込めた沙羅さんが、ここにきて何故か山崎の話題を持ち出した。
そして俺たちの関係と比べるようなことを言い出すと、それに反応した柚葉は「何が言いたいのよ?」と小さく呟いた。
「愛しい人には、いつでもどこでもこうして優しくしてあげたい、幸せにしてあげたいと感じるものです。そしてそれは、自分自身も幸せを感じることができるのです。ですから私は、いつでも一成さんにこうして差し上げたいと思っていますし、それは同時に私を幸せにしてくれるのです。」
敢えて言うなら「沙羅さん理論」というべきか…持論を展開している沙羅さん。
もちろんそれは間違っているとは思わないが、冷静に考えると「いつでもどこでも」は考える必要がある部分かもしれない
「ですから私は、一成さんにこうして差し上げるときが本当に幸せなんです。一成さん…あなたにも幸せを感じて頂けていますか?」
俺を強く抱き寄せて、甘く囁くような声で問いかけてくる沙羅さん。
「…はい、俺は沙羅さんにこうして貰えるのが、本当に嬉しくて…幸せです。」
俺の正直な答えを聞くと、顔を少し離して
ちゅ…
おでこにキスをしてくれた。
そのまま優しく微笑むと、再び柚葉に向き合う
「これはあなたが捨てた幸せですよ? 自分のことだけしか考えず、一成さんという大切な男性を犠牲にして、山崎という屑を選んだ愚かな選択の結果です。そして、一成さんがくれた最後のチャンスまで潰したあなたは…これから大変ですね? さぞ楽しい第二の高校生活が待っているでしょう。全て自業自得ですけど。」
そこまで言うと沙羅さんは俺の頭をゆっくり離して、わざわざ俺の身体の向きを柚葉に向けるように腕を回して調整してくれる。
そして最後に、腕を絡ませてきた
「最後にもう一度お礼を伝えておきましょう。あの男がいるときも言いましたが…屑男を選んで頂いてありがとうございます。お陰様で、私は一成さんという大切な男性と巡り会えました。あなたが間抜けで本当に良かった」
そして沙羅さんは俺の目を見つめると最上級の笑顔を浮かべる
「一成さんは、私が絶対に幸せにして差し上げますからね。」
それは、本当なら俺が言うべき台詞ではないだろうか。
俺の幸せという意味では、沙羅さんと出会ったことで…結ばれた時点で…既に目一杯の幸せは貰っている。いつも幸せを感じている。
だから俺も、沙羅さんに幸せを感じてもらいたい。沙羅さんに幸せをあげたい
「沙羅さん、それは俺の台詞ですよ? 絶対に沙羅さんを幸せにしますから」
負けずに俺も言葉を返すと、沙羅さんは嬉しそうに正面から俺に抱き着いてきた。俺も沙羅さんの背中に腕を回し、包み込むように抱きしめる。
「ふふ…それでは、二人で幸せになりましょうね。本当に大好きですよ、一成さん…」
「俺も大好きですよ、沙羅さん」
幸せそうに微笑む沙羅さんの言葉に微笑み返す。
そして少し身体をずらした沙羅さんは、首だけ柚葉の方へ向けた
「笹川さん、見ての通り一成さんはもう大丈夫ですから、あなたも心置きなく新生活を頑張って下さいね。応援していますよ?」
「柚葉、頑張って責任を果たせよ?」
沙羅さんの挨拶は、優しく丁寧で、そしてそれは、柚葉にとっては最上級の嫌味でしかない一言。
俺からは直球であり、決まったことは現実だと柚葉に知らしめる一言
「…………」
どうにもならないことを理解したのか、諦めがついたのか、ずっと口をつぐんでいた柚葉がついにポロポロと大粒の涙をこぼし泣き出してしまう。
今までのように騒ぐことも嗚咽を漏らすこともなく、ただ悔しそうに、我慢するように、声を出さずに泣いていた。
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柚葉はその後、久美子さんとの細かい話にも口を挟まなかった。
そして最後までそれは変わらず、一度も口を開くことも泣き止むこともなかった。
「柚葉、久美子さんにこれ以上迷惑をかけるなよ? それと一応…元気でな」
俺の最後の言葉にも無反応を貫いた柚葉
結局…最後の最後まで、謝罪も反省も口にすることはなかった。
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