第153話 柚葉の母親

同時刻 別室


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「さて、もう一度聞こうかな…あんた達、嘘だってわかってて高梨くんのことを貶めてたんだよね?」


目の前にいる連中は、かつての高梨くんのクラスメイト達…


室内のモニターでは、つい先程まで山崎が引っ張られて連れ出される様子が映されていた。

沙羅ったら高梨くんの見せ場を完全に取ったわね…まぁスッキリしたからいいけど。

私だったら蹴りまで入れたかも…おっと、どこを蹴るかなんて乙女の私に聞いてはいけないのよ?


ということで、一部始終を見終わったこいつらは一様に気まずそうにしている。

自分達が散々持ち上げていた山崎が 本物の屑だったという現実を見せつけられたしね。ついでに私も結構怒鳴ったから。


「山崎についてはこの際置いておくわ。高梨くんの噂がおかしい、嘘かもしれないって知ってたよね?」


一人ずつ見定めるように、ゆっくりと全員を見渡す。

何人か頷くのを確認できた。

今頷いたやつらはまだマシかもね。


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柚葉が沙羅さんに怒鳴られたことで萎縮してしまい、何となく会話が中断状態になって しまった。

微妙な空気の漂う中、西川さんの元にスタッフが駆け寄ってくる。タイミング的にはちょうど良かったかもしれないな。


そのままヒソヒソと連絡を聞いていた西川さんが「わかりました」と呟くと、全員を見回すように視線を向けてくる


「夏海の方が終わったようです。」


西川さんが受けた連絡は、夏海先輩に関する内容だったようだ。

そもそも夏海先輩の姿が見えなかったので、別行動中の雄二と一緒にいるのかと思っていのだが…


「一成さん、これは私達が勝手に計画したことなのです。申し訳ございません…」


沙羅さんが申し訳なさそうに説明しながら、突然頭を下げる

どうやら俺の知らない計画があったようだけど、協力してくれているみんなに感謝こそすれ怒るなど絶対にあり得ない


まだ頭を下げている沙羅さんに近付き、そっと肩に手を置く


「沙羅さんが謝る必要なんか全くないですよ。早く顔を上げて下さい。ね?」


「…はい」


俺の言葉を聞き、頭を上げた沙羅さんが安心したように微笑んでくれた。


「この二人、きっと殺人現場でもイチャつける」

「さ、流石にそれはどうかなぁ」


花子さんの呆れ声と藤堂さんツッコミに同調したかのように、西川さんの「はぁ…」というあからさまな溜め息が聞こえた。

そして手を上げて何かの合図を出したようだ。


暫く待つと控え室に繋がるドアが開き、合図を受けたであろうスタッフが数人が出てきて、その後に続いて夏海先輩が現れた。

どうやら近くにいたらしい。


「ほら、さっさと入る!!」


ドアの向こう側に誰かいるのだろうか?

夏海先輩の怒鳴り声を受けたであろう人物が、一人、また一人…ぞろぞろと集団が入ってきた。

十人? 二十人? もう少しくらい居るのか?

何となく見ていると、明らかに見知った顔も次々と…


あれ?…ひょっとしてあいつら中三時代のクラスメイト!?


「は!?…何であいつらが…」


俺の驚いた声を聞いたようで、縮こまっていた柚葉も顔を上げて集団を見ていた


「え…何で…」


俺と同じようなリアクションを見せる柚葉。


しかし、これは一体…

どうやって集めたのかわからないが、当時のクラスメイトが全員揃っているのではないだろうか?

一様に落ち着かない様子で、こちらを直視せず俯いたり、横を向いていたり、気まずそうな雰囲気がありありと見てとれる。


「彼らには別室で、事の成り行きの一部始終をモニターで見せていました。一応夏海が付いていたのですが…あの様子では相当やらかしたようですね」


西川さんの言う「やらかした」とはどういう意味なのか…よくよく見ると何人か泣いているようだ。

だから何となくその意味がわかった所で、夏海先輩が補足するように説明してくれた


「私も頭にきてたから、ついつい怒鳴っちゃったんだよね。話を聞いてると、仕方なかったとか仲間外れにされるのが怖かったとか、本当にガキみたいな言い訳ばっかりで……ふざんけんじゃないわよ!!!!」


!?

夏海先輩は説明している内に色々と思い出してしまったのか、徐々に語気が強くなり始め、結局怒鳴り声を上げてしまった。

そしてその怒声をぶつけられて、また泣き出す者もちらほらと…


「おぉぉあっちにも修羅が…」

「しっ、聞こえるよ」


花子さんと藤堂さんはいいコンビかもしれないなぁ…

などと呑気ことを考えていると、目の前の密集空間から抜け出すように、一人こちらに近付いてくる人物が現れる


「高梨くん…」


中三時代のクラスメイトから名前を呼ばれるのはどのくらいぶりだろう…一年? それ以上?

そして声をかけてきた人物は、当時学級委員をやっていた女子だったはずだ。

名前はもちろん覚えてないけど…冗談抜きで。


「言い訳もしませんし、許して貰えるとも思っていません。でも謝罪だけはさせて下さい。本当に、すみませんでした」


限界まで上半身を曲げるように、勢いよく俺に頭を下げてくる。

そしてそれを皮切りに、他のやつらも一斉に頭を下げてくる。

何となく夏海先輩がそうするように脅し…説教したような気もするけど、それでもこいつらが俺に頭を下げる日がやってくるとは思わなかった。


「夏海から言われているなら、自分達のしたことがどういうことかわかっていますね?」


そんな沙羅さんの問いかけに答えたのは、当時柚葉に近かった女子だった。


「あの…高梨くんには本当に悪いことをしたと思うし、素直にごめんなさいって思うけど…ただ私達も山崎くんに騙されていたっていうか、柚葉にも騙されたし…」


「え!?」


仲の良かった友達から、騙されたと言われてしまった柚葉。

そしてそんな話が出てしまったせいか、それが切っ掛けになったように他のやつらも一斉に口を開き始めた


「だって、高梨くん悪くないじゃん、私は素直に謝るよ」

「柚葉が高梨くんを犯罪者みたいに言うからみんな信じたのに…酷すぎるよ」

「高梨、本当にごめん!! 柚葉に騙されたってのはあるけど…おかしいと思って他の奴と話をしてたら山崎が…」

「柚葉!! 私達も悪いけど、元はあんたのせいなんだからね! 高梨くんに謝りなさいよ!」


謝れという一言に同調する者が次々と増え、一様に柚葉を非難する。

最初は理解が追い付いていなかった柚葉は、怒声を上げる友人を見ては「え!?」「え!?」と右往左往してパニックになっていたのだが、その内に状況を認識できるようになったのか涙目に…そして遂には泣き出してしまった。


まぁ…俺からすればお前らも同罪なんだけどな…それが俺の感想だ


でも俺は俺で、当時比較的仲の良かったやつらから謝罪を受けていて、その対応に追われていた。


「一成…本当にごめん!!…言い訳にしかならないけど、あのときは下手に言い返すと同じ目に合わせるって言われて…」


そもそもの原因は山崎の暗躍と柚葉の嘘が招いたことだとわかっている。

だけど今更謝られてもな…そんな冷めた気持ちの方が強く、謝罪をされても生返事を返すだけで、感動も何も感じなかった。


俺の方はそんな感じだったが、柚葉の方はかなり殺伐とした雰囲気になっていたようだ


「もう絶対に連絡してこないでよ!!」

「高梨くんに謝りなさいよ!!」


ひたすら責められている柚葉の姿は痛々しさを感じたが、同時にそれは昔の俺を見ているような感じがした。

何を言っても聞いて貰えず、口を開けば犯罪者だ悪者だと罵られ…そして誰もいなくなる…正にあの頃の俺だ。

一つだけ違うのは、俺は冤罪、柚葉は自業自得ということだった。


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友達から見捨てられた上に犯罪者だと罵られる

当時の俺のような体験をした柚葉は、見るからに憔悴しきっていた。


しかし、何故あいつらを呼んだのだろうか? 何か理由があったのだろうか?

そんな俺の疑問に答えてくれたのは、誰もいないと思っていた場所からの声だった


「柚葉、一成の苦しみが少しは理解できたか?」


物陰から出てきたのは、もちろん俺の親友だった。

今日は単独で動くと言っていたので、それを済ませて戻ってきたのだろう。

実際、何をしていたのだろうか?


「雄二…」


「中三時代のクラスメイトを集めるように計画したのは俺だ。本当に柚葉を反省させたいなら、お前の味わった辛さを体感させるのが手っ取り早いからな。」


どうやら雄二は先程までの流れを読んでいたようだ。

騙されたとなればどうなるかなど、簡単に予想できる話ではあったが。

しかし…正直なところ、俺は柚葉が山崎の本性を知ればもう少し素直に話を聞いてくれると考えていた。

でも実際には全然な訳で…やっぱり俺は甘いのだろうか…


「まぁ…お前は昔から柚葉の面倒を見てきたからな。そのせいで、どうしても自分がやらなきゃって保護者目線になってるんだよ。」


その言葉は、まるで俺の考えをフォローしてくれるかのような言葉だった。

でもそれと同時に、やっぱりお前は甘いのだと遠回しに言われているような気もした。


「笹川さん、そもそもあなたは一成さんのことをどう思っているのですか?」


雄二の言葉を聞いたからか、沙羅さんはかなり根本的な疑問を投げかける。


小さい頃はまだしも、中学の頃はどうなのだろうか…特に三年になる頃には、明らかに疎まれているような気はしていたが


「……一成は、友達がいなかった私と遊んでくれた。いつも一緒にいてくれた。私は…一成が大好きだった」


柚葉は意外にも素直に答えを返してくれた。もっとも、沙羅さんに怒られたくないという理由が大きいかもしれないけど。

それに…過去形だ。


「そこまで思っていた人に、何故そんな酷いことができるのですか? 一成さんに申し訳ないとは思わなかったのですか!?」


「だって…制服とか茶髪とか、みんなもやってるのに…私だってやりたいのに一成はいつも私にだけ怒るんだよ! だからいつもウザくて嫌だったんだよ!! 私が好きだった和馬くんまで殴ったって聞いて、それも私が和馬くんを好きなのが許せなくて殴ったって聞いたし…私のやりたいことを、全部邪魔した一成だって悪いんだよ!!!」


柚葉は、堰を切ったかのように溜め込んでいたものを吐き出していく。


こいつはそんな風に感じていたのか…


あの頃の俺は、昔の柚葉に戻って欲しいという気持ちをいつも持っていた。

だから柚葉と話をする度に、どうしてもそれを意識した注意や苦言を繰り返し伝えていたように思う。

言われてみて気付いたが、その行為は柚葉本人からすれば俺の理想の押し付けでしかないのか…

どういう形であれ、変わろう、変わりたいと柚葉が思っていたのなら、俺の干渉は迷惑でしかなかったのかもしれない。


「そしたら、誰かが一成をストーカーだって言い出して、みんなが優しくしてくれるようになって、私も一成がしつこくて嫌だったから、ストーカーみたいなものだって…」


柚葉が過去を一つずつ思い出すように、途切れ途切れになりながらも語り続ける。

一応、こいつなりの理由や切っ掛けになる要素があったことはわかった。

俺自身も反省する部分があると思うが、だからと言って許せるものではない。


「和馬くんが相談にのってくれて、私の気持ちはわかったって…でも一成が邪魔をするから私と仲良くなれないって言われて…あのときはまた一成が邪魔をしたって思ったんだよ! 私が好きになった人のことまで一成が邪魔を…」


俺が想像していた以上に山崎にのせられていたようだ。

だがこの言い様…本当に嫌気がさしてくる。

本音では、自分よりも周りが悪いと考えているのだろう。

こんなにみんなが協力してくれたのに…いい加減にし…


「いい加減にしなさい!!!」


!?

会場内に突然の大声が響いた。

声は先程まで雄二がいたであろう物陰の辺りからだったような…と思ったのも束の間、そこから人影が飛び出した。

そしてその人影は柚葉まで一気に接近すると、柚葉の頬を叩いた


パァァン!!


突然の出来事に全員が固まっていると、柚葉の頬を叩いた人物はそのまま俺の方に向き直り、深くお辞儀をしてきた。


「…久美子さん」


もちろん俺は一目見てすぐにわかった。

柚葉のお母さん…笹川久美子さん

シングルマザーで、柚葉を女手一つで育ててきた人だ。


「……お母さん、何でここに…」


柚葉は叩かれた頬に手を当てながら、目の前に自分の母親がいるという事実に激しく動揺している。


「久美子さんには既に話はしてある。一応、柚葉がお前に何かしたかもしれない…くらいは気付いていたようだけどな。」


雄二の補足説明は、ある程度俺も予想していたことだ。

そして、雄二の別行動はこれが理由だったのだとハッキリわかった…


「お前が柚葉の更生を願うのは、昔からの癖というか性分だから理解はできる。だが他人のお前だけが苦労して、肝心の家族が何もしないなどおかしいだろう? だから連れてきたのさ。この親子は揃いも揃っていつまで一成に迷惑をかけるつもりだ? いい加減にしろ!!」


語気を強めながら、雄二は久美子さんと柚葉の二人を怒鳴り付けた。


「一成くん…本当にごめんなさい。ここにくるまでに橘くんから話を聞いて、スクリーンの映像も、柚葉の彼氏だという人も、一成くんとのやり取りも全て見ていたんです。本当に…一成くんには何と言ってお詫びすればいいのか…申し訳ありません…ごめんなさい…」


涙を浮かべて申し訳なさそうに何度も頭を下げる久美子さん。

そしてそれは俺に留まらず、雄二、沙羅さんと、この場にいる一人一人に順番に頭を下げ始めた。

全員に頭を下げ終わると、再び俺を見て話を再開する。


「正直に言うと、柚葉のしたことが酷すぎて、どうすれば一成くんへの謝罪になるのか見当がつかないんです。もちろん私は親として柚葉に付き添って、一成くんへの謝罪も一緒にしていきます。ご両親への謝罪もします。でもそれはそれとして、柚葉には一成くんが少しでも納得できるような謝罪をさせたいと考えているんです。」


突然そんなことを言い出した久美子さんは本気で言っているようだ。


「お母さん!? 何を言って…」

「私が責任を持って実行させます。柚葉は本当に酷いことをしたんですから、一成くんが少しでも納得できる形で柚葉を罰して下さい。ただ、こんなことを言える立場ではないですが、可能な範囲でお願いします…必ず実行させますので…どうか…」


これはかなり突拍子もない話だが、久美子さんは本気で言っているようだ。

既に決意も固めている様子で、表情を硬くしたまま俺の視線にコクリと頷いた。


であれば、俺が求めることは…

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