第324話 真由美さんの特技

「さぁ、次でいよいよ、第一審査はラストになります!!!! 最後を飾るのは勿論あの人!!!! 全てが謎に包まれた眼鏡美女、スタイル抜群で癒し系という、男子の夢が詰まったようなお姉さんの登場です!!! 支持率急上昇中と、みなみん情報でもしっかりとキャッチしてますよぉぉぉぉ!!!」

 

 次はいよいよ最後の出場者…真由美さんの登場となり、客席の盛り上がりは、沙羅さんに勝るとも劣らない(体感的に)様相を見せている。

 しかも先程入ってきた西川さん情報によると、真由美さんはどちらかと言えば一定年齢以上の男性陣から支持が強いらしく、オマケにお姉さん属性持ちの男子学生達の間でかなり話題になっているらしい。

 これは沙羅さんの支持層を、ある程度取り込んでいると見て間違いなさそう。


 流石は真由美さん…恐ろしい人っ!?


「それではお呼びしましょう!!!! エントリーNo.10 まゆさんの…登場でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇす!!!!」


 ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!


 沙羅さんのときと全く同じ、非常にありがたくない三重奏が会場全体を包み込む。

 登場口に立ち上る煙幕の向こう側、背後からのスポットライトに照らされて浮かび上がるシルエットは…

 隠しきれない真由美さんのスタイルまで伺えてしまうようで。


「うおおお!!! まゆさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

「お姉さん、待ってましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「まゆちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 沙羅さんのときには聞こえなかった(と思う)、妙齢な男性達からのコールまで聞こえてきて…先程の西川さん情報が正確であることを、嫌でも確認できてしまう。


「遂に、薩川先輩のお母さんが登場ですね」


「凄い…もうファンがついてる…」


「そうだね。でもあれは仕方ない…かな?」


「だな。目に見えるスペックが高すぎるぞ、あれは…」


「…やっぱり、速人くんもあんな感じの人がいいんだね…」


「へぇぇ…それはそれは…何だかんだ言って、やっぱ雄二もそうなんだ?」


 少し悲しそうに俯き、何故か"とある"部分をそっと腕で隠す藤堂さんに…寧ろ堂々としながら、白い目で思い切り雄二を射抜く夏海先輩。

 対する男子二人は、とにかくオロオロとしながら…


「ち、違うよ、満里奈さん!!! これは、そういう意味じゃなくて!!」


「い、一般的な男子の話をしただけで、これは決して自分がそうだと言っている訳じゃ…な、夏海さん!?」


 必死になって言い繕ってはいるものの、二人の機嫌は全く改善の兆しを見せず…

 そういうことは例え思っていたとしても、そして他意が有ろうと無かろうと、口にするのはとにかくNGだ。

 君子危うきに近寄らず。まだまだ二人は、危機を察知する直感力が足りないようだな…うん。


「一成、実際のところ嫁のお母さんはどんな人?」


「そうだな…色々な意味で、沙羅さんをパワーアップさせた感じかな?」


 具体的に説明するのはアレだが、色々な意味でこの表現は正しいと思う。

 でも俺は正直、今のままの沙羅さんで居て欲しいと思うことが多々ある訳で。

 最近、少しだけ真由美さんを彷彿とさせる気配を見せるのが気になったり…


「そう言えば、真由美さんは高梨さんを溺愛していると聞きましたが?」


「嫁がパワーアップしたという表現が、妙に気になる」


「まさか薩川先輩だけじゃなくて、お母さんからも同じように抱っこされたり、いい子いい子されてる訳じゃないよね?」


「…っ、そ、そんなことある訳ないじゃないですか…ははは」


 す、鋭い…

 なんでさっきの一言から、そこまで想像が波及するんですかね?


「ヘー…ソウナンダー」


「なるほど…義母にそれが許されるということは、義姉の私も当然問題ないということに。それなら今後は、もっとスキンシップの頻度を上げて…」


「高梨さん…それは流石に…ちょっと」


 いや…西川さんと立川さんが、特に西川さんの目が微妙に怖いっす!!

 あと花子さん、何かとんでもないこと口走っていませんかね!?


 こ、ここでいつも俺をフォローしてくれる速人と雄二は!?


「…速人くん」


「ま、満里奈さん、だからね…」


「雄二ぃぃ…」


「いや…そのですね、な、夏海さん」


 oh…ソウダッタ…


「さぁ…まゆさんは色々と謎な部分が多いので、みなみんとしても聞いてみたいことが一杯あるんですよ!!! でも先ずは、自己紹介をお願いしまぁぁぁぁぁぁぁぁす!!!」


「は~い。皆さん、こんにちは。まゆと申します。突然出ることになったので普段着のままですけど、宜しくお願いしますね」


 ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!


「「「ま~ゆ~さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」」」


 いつも通り、聞いている人に安心感や癒しのようなものを感じさせる、ほんわか・ゆったりとした真由美さんの優しい声音。

 恐らくそれが"ツボ"な人達からすれば、もう堪らないであろうその声に、客席から熱烈なコールが上がる。


 しかもこれ、真由美さんは素だからな…


「でもね…申し訳ないけど、お姉さんのことについては、事情があって色々と秘密なのよ。だから、あんまり自己紹介も出来ないの。ごめんなさいね?」


「許す、許しちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

「どんな男が好みですかぁぁぁぁぁ!?」

「付き合うならどんな男がいいですかぁぁぁぁぁぁ!?」

「今、彼氏はいますかぁぁぁぁぁ!?」


 真由美さんのイメージが柔らかいせいなのか、それとも本気になっているのか、客席から調子に乗った声が次々と上がり出す。

 そんな遠慮の欠片も無いバカ共の行動に、またしてもイライラしているのが自分でも…


「そうねぇ…恋人の条件とは違うけど、お姉さんは真面目な男の子が大好きよ。優しくて一途で、好きな人の為なら迷わずに、どこまでも必死になって頑張れる。でもちょっと恥ずかしがり屋で、照れ屋さんで…」


「おぉぉぉぉぉっと!!?? まゆさん、それは随分と具体的ですね!!?? でも、そんなポイントの高い男子が果たして…」


「んふふ~…さぁ、どうかしら…ねっ?」


 真由美さんは意味深な言い回しをしつつ、パチリとウィンクを…間違いなく俺に向かってやってるけど、つまりそれって俺のことですか!?


 いやいや、それはちょっと美化しすぎじゃ…


「俺!! 俺がそうなんですぅぅぅぅぅ!!!」

「違うわ!! それは俺ですよぉぉぉぉぉ!!!」

「うおおお、今、俺に向かってウィンクしてくれた!!!!」

「俺はまゆさんの為なら頑張れる男ですよぉぉぉぉぉ!!!」


「それとね、これはさっき沙羅ちゃんも言ってたけど…私も軽口を叩く子は大嫌いなの。それ相応の姿を見せもしない内から、軽々しく出来るだ何だと…お姉さん、そういうつまらない人間から、馴れ馴れしくされたくないのよ?」


「「「……………」」」


 ほんわりとした喋り方は変わらないのに、何かを強烈に感じさせるような。

 嫌悪感のような圧力のような…上手く説明できない何か…が。

 でも真由美さんのそれを聞いて、軽口を叩いていたバカ共が一斉に口を噤む。


「…なんてねっ! 驚いたかしら?」


「ふえっ!!?? え、えっと…どうやら、今のは、まゆさんのお茶目だったようです!!?? いやぁぁぁぁぁ、みなみんもちょっと驚きましたねぇぇぇ。あ、そう言えば…」


 あれをお茶目で流すのは流石に厳しいと思うが、真由美さんのトーンが普段通りに戻ったことと、みなみんが必死になってフォローした甲斐もあって、客席から徐々に笑い声が増え始める。


 ちなみにバカなことを言う奴は居なくなったっぽい。


「び、びっくりしましたね…」


「や、やっぱり薩川先輩のお母さんですね…何か妙な迫力があって怖かったです」


「んー、あれを見ちゃうと、やっぱ沙羅も血を受け継いでるんだろうね」


「私の中のイメージはあれに近いものがあるけどね。と言うより、高梨さんがそれだけ特別なんでしょうけど」


「花子さんもそうだけど、一成は特定のタイプから気に入られる傾向にあるよね?」


「かもしれんな。似通っている感じはあるし」


「理由は分からないけど、嫁のお母さんから私に近い何かを感じる。いくら娘の彼氏でも、そこまで溺愛するのは普通あり得ない…」


 うぉ、さ、流石は花子さん…鋭い…

 恐らく真由美さん自身も無自覚であろう"アレ"を、分からないながら僅かでも感じ取るなんて…


「さ、さて、まゆさんは秘密事項が多いようなので、自己紹介はこれ以上無いということで宜しいですか!!??」


「ええ。ごめんなさいね…」


「いえいえ、別にルール上は問題ないので大丈夫です!!!! それでは続けて、特技の披露をして頂きます…が、まゆさんは突然の出場なので、準備は大丈夫でしょうか?」


「大丈夫よ。さっきステージの裏でこれを採ったから…」


 そう言って真由美さんがポケットから取り出したのは…これまた小さくて上手く見えない何か。

 何だろう、あれ?


「えっと…それ…何かの葉っぱですか?」


「そうよ~。これをやるのは久し振りなんだけど…昔、私がミスコンに…っと、何でもないわ。とにかく、これがあれば問題ないから」


「わ、わかりました!!! それではお願いします!!!!!」


 みなみんが舞台袖に捌けると、真由美さんは手元でゴソゴソと何かを始めて…葉っぱを切ったり丸めたりしているように見えるような?


 一体何をするつもり…


「あれ? 薩川先輩のお母さん、草笛をやるつもりなのかな」


 皆と同じく、ステージ上の真由美さんをじっと見ていた藤堂さんが、ボツリと呟く。

 草笛って…実物を見たことは無いけど、"あの"草笛だよな?


「草笛って…あの草笛?」


「うん。私もやったことあるから、多分そうだと思う」


「へぇ…藤堂さんもお洒落な特技持ってるね?」


「い、いえ、興味があって挑戦したんですけど、難しくて諦めてしまったので」


「あ、やっぱ難しいんだ?」


「はい…あ、始まるみたいですよ」


 俺も草笛に挑戦したことがないから全く分からないけど、普通の楽器みたいに音階を決める手段がないだろうから…イメージとしては口笛の難易度を上げたような感じかな?


 …っと、今は真由美さんの方を。


 ピー…ピー…


 二度、三度と、真由美さんは音を確かめるように短く数回吹いてから、改めて草笛を口許に添える。

 随分とアッサリ音を出していたみたいだけど、藤堂さんの話では、そんなに簡単じゃないとのことだから…実はかなり上手いのかも?


 真由美さんは、俺がじっと見ていることに気付いたのか、こちらに視線を向けると優しい笑みを浮かべて…目を閉じた。


 ♪~ ♪~


 口笛とは違う、でも楽器のようにしっかりとした音ではない、甲高く透き通るようなその音色。しんと静まり返った会場に、真由美さんの草笛が高らかに鳴り響く。

 最初は何を奏でているのか分からなかったが、どこかで聞いたことがあるような曲…そうだ、これは童謡の…


 ♪~ ♪~


 目を閉じて耳を澄まし…自分でも気付かない内に、俺は真由美さんの演奏に取り込まれてしまう。

 まだ終わらないで欲しい、もっと聞いていたい、そんな欲求さえ出てしまう程に、心地好い音色が耳から入り、全身に巡るような。


 でも残念なことに、それは遂に終わりを迎え…

 これで最後だとばかりに、草笛は軽やかで、高らかな伸びを奏でる。


 ♪~~~~


 そしてゆっくりとフェードアウトするように、音色が徐々に消えていき…真由美さんは、そっと口から草笛を離す。

 閉じていた目を開け、こちらを…俺を見ると、少しだけ照れ臭そうに柔らかく微笑んでくれた。


 真由美さん、その笑顔は、ちょっとだけ卑怯です…


 「…………」


 パチ…


 パチパチ…


 パチパチパチパチ


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!!!


 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 誰かが鳴らした1つの拍手が、波紋となって広がって行くように、やがて満場の拍手喝采になる。

 どよめきではなく、感動に溢れた歓声が会場を包み込み、それらがステージ上の真由美さんを誉め称える。


 でもそれは当然のこと。

 俺だって拍手が止まらないから…


「こ、これは凄いです!!!!! 私も思わず聞き入ってしまいましたぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 客席のみんなも感動してますよね、これ!!!???」


 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 みなみんの問い掛けに、客席からまたしても大きな歓声が上がる。

 それは沙羅さんのパフォーマンス後に起きた歓声と同じくらい…勝るとも劣らないくらい、とても大きな歓声。

 でも俺自身の感じている感動を思えば、会場がこうなっても何ら不思議はないと思えてしまう。

 それくらいに、俺も真由美さんの草笛に感動を覚えたから。


「ふぅ…凄く久し振りだったから緊張したけど、ちゃんと出来て良かったわ」


「いやぁぁぁぁぁ、本当に感動しましたよ!!! でも久し振りとのことですが…それって演奏前の気になる一言に関係あったりします!? 昔、ミスコンって言いましたよね!!?? みなみんずっと気になっていたんですけど!!!!!」


「あ~…やっぱり覚えてた? 詳しくは言えないけど、お姉さんも昔この学校に通ってたとき、ミスコンに出たことがあるのよ。でもこれ以上は内緒!!」


「おっとぉぉぉぉ、これは物凄く気になる情報なのに、そう言われてしまうと追求は出来ませんねぇぇぇぇぇぇ。残念です!!!!」


 真由美さんは茶目っ気たっぷりに、ウィンクしながら口に指を当てて「秘密ですよ」のポーズ…しかも俺に向けて。

 でも真由美さんがミスコンへ出た話なんて当然聞いたことがないし、そんなことをされたら俺だってますます気になってしまう。


 今度個人的に聞いてみたら、教えてくれるだろうか?


「それでは、まゆさん、ありがとうございました!!!!! みんな、まゆさんにもう一度、盛大な拍手をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!!!


 溢れんばかりの大歓声と拍手喝采に見送られ、真由美さんは客席に向かって手を振りながら、舞台袖に捌けていく。最後にこちらを振り向くと、俺に向かってウィンクしながら投げキッス…って、そんなことをしたら!?


 うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!


「まゆさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

「お友達からでいいです、何とかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ぃやっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、まゆさんが俺にぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

「バカ野郎!!!! あれは俺だぁぁぁぁ!!!!」

「俺だぞ!!!! 寝言をほざくなぁぁぁぁぁ!!!!!」


 あ~あ…

 やっぱりこうなったか…


「じー…」

「じー…」

「じー…」


「あの…」


 立川さんと夏海先輩と西川さんが、何故か疑惑の眼差しで俺を見つめて…雄二と速人は何とも言えないような顔で、藤堂さんもちょっと困ったような…


 ひょっとしなくても、皆さん何か盛大な誤解をしていませんかね?


 くいくい…


 あと花子さん、このタイミングで俺の袖を引っ張るのは、すっごく嫌な予感がするので止めて下さい。

 真由美さんに感化されているような気がして不安です…


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 side 楠原 豊(タカピーの従兄)


 最初は見間違えかと思ったが…そうでは無い以上、私もこのまま見過ごすという選択肢は無い。

 早く玲奈の応援に向かいたい気持ちは勿論あるが、私も立場のある者として、優先しなければならないことがある。


 これをチャンスという言い方はしたくないが、滅多にお目にかかることの出来ない方と接する好機を不意にしたら、私自身、それに伯父…社長にも顔が立たない。


 現在、私の目の前…ちょうどこちらへ向かって歩いてくる男性。

 私と同じくスーツ姿で、凡そ文化祭へ来たとは思えない出で立ち。

 まだ40歳前後と聞いているが、見た目の年齢はそれよりも若い。

 だが言葉に出来ない、貫禄というか、雰囲気というか、流石は…


 いや、こうして観察するように見ているなど失礼だ。

 ここは私の方から挨拶をしなければ、それだけでも大失態となってしまう。


「薩川専務!! ご無沙汰しております!!」


「ん? ……あぁ、確か君は楠原社長の?」


「はい、楠原豊です。いつも大変お世話になっております。本日はお日柄もよく…」


「ははは、別に仕事で会っている訳じゃないから、そこまで畏まらなくていいよ。それに私の方も、あまり顔を出せなくて申し訳ないね。楠原社長にも…」


「いえ、伯父も薩川専務になかなかご挨拶が出来ず申し訳ないと…」


「そうかい? それでは、来月のパーティーでご挨拶をさせて頂きますとお伝え下さい」


「ありがとうございます。私の方から、必ずお伝えさせて頂きます」


 よし、これで掴みの挨拶は問題ないだろう。

 だが折角の機会なのに「それではこれで…」という訳にはいかない。

 勿論、邪魔をするなど以ての他だが。


 でも何故、薩川専務のような方がここへ…そうだ、そう言えば、専務のお嬢様もこの学校に通学をしていると聞いたことがある。


 となれば、ここへいらした理由も…


 もし仕事関係でここへいらっしゃっているのであれば、同行とお手伝いを申し出るくらいのつもりはあったが。


「薩川専務、本日はどのような…」


「あぁ、大した用事ではないんだ。本当は娘の顔を見に来たんだが、表立って行くと怒られてしまうからね…娘親の辛いところだよ」


「…それは心中お察しします。ですが、お嬢様も本当はお喜びになられているのではないかと」


「いやいや、あれは本当に気難しい娘でね」


 そう言って、薩川専務は小さく苦笑を浮かべる。 

 確かに、薩川専務のお嬢様が、特に男性に対して極度の嫌いがあることは有名な話だ。

 私も以前パーティーでご挨拶をしようと思ったが、お嬢様が早々に引き上げてしまったので機会を得られなかった。だが知人の話では、男は全く会話をさせて貰えない程の徹底ぶりだったとも聞いたが。

 とは言え、次期グループ会長となる薩川専務のお嬢様。しかもあれほどの美貌の持ち主となれば…

 既に水面下での競争は激化の一途を辿っていると情報は入ってくるし、私も名乗りを上げるように伯父から打診をされていたことは事実。


 ただ、私の個人的な好みで言えば、西川会長のお嬢様…いや、もちろん薩川専務のお嬢様も…


「もしご機会が頂けましたら、私もお嬢様にご挨拶を…」


「いや、申し訳ないがそれは止めた方がいい。自分の娘なのにこんなことを言うのはアレだが、沙羅は心に決めた男性以外、一切いい顔をしないんだよ…私であってもね」


 それはつまり、気難しくはあるが、その分一途な女性である…という意味か。

 父親にまでとは随分と極端な話だが、あれほどの美女からそこまで想われるようになれるのであれば、それは決して悪くない。


「成る程…ですが、それでも私は構いませんので、ご機会を頂けたら是非に。それでは薩川専務は、これからお嬢様の元へ?」


「いや、その前に用事を済ませようと思ってね。今から校長と話を…娘の所へは、先に妻が向かったよ」


「本日は奥様もご一緒なのですか!?」


「ああ。これはもともと妻が行く予定だったんだけどね…私も時間がとれたから同行したのに、それなら任せたと娘の所へ行ってしまったよ」


 そう言いながら、またしても苦笑を浮かべる薩川専務。

 会社での姿はともかく、プライベートでは少し弱いのかもしれない…いや、今はそれよりも!

 薩川専務の奥様にまでお会いできるなど、こんな機会はそうそうあるものではない。


 これは何としても…

 

「では、今から校長室に向かわれるのですね?」


「あぁ、そうだよ」


「もし宜しければ、私もご一緒させて頂けませんでしょうか?」


「ん? でも君は…そう言えば、君は今日…」


「はい。私も姪…伯父の娘に…」


「ああ、そうか。そう言えば、楠原社長のお嬢さんもこの学校だと以前聞いたことがあったね」


「はい。お嬢様と仲良くさせて頂いている筈です。姪も入学の際に、是非お嬢様のご友人に…と言っておりましたので」


 そう言えば以前、薩川専務のお嬢様と仲良くするように、伯父が直接言い渡したと聞いたことがある。

 玲奈も社長令嬢として、その辺りの立場はしっかりと理解している筈…だから大丈夫だろう。


「おや、そうなのかい? それにしては…っと、いかん、約束の時間に遅れてしまう」


「でしたら急ぎましょう。私のことは、どうぞお気になさらず。外でお待ちしております」


「そうかい? まぁ君がそれで良ければ」


「はい」


 こんな滅多にない機会を棒に振るなど、有り得ない話だ。

 奥様にもご挨拶をさせて頂いて、出来ればお嬢様にも…


 それに、玲奈がお嬢様と仲良くしているのであれば、それが私にとって利点となる可能性も十分にある。

 昨日は西川絵里さんのこともあってそこまで頭が回らなかったが、これは私にとって、またとないチャンスが巡ってきたかもしれないぞ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 という訳で、不在だったタカピー女の従兄は、実はこんなことになっておりましたww

 というか・・・政臣さん、来・て・る!!!!

 さぁ・・・話が長引いてミスコン終わるまで政臣さん来れないのか、間に合っちゃうのか・・・


 では次回。

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