第323話 沙羅さんの特技?

「さぁさぁ、これで早くも七人目の出場者紹介が終わった訳ですが…みんな、どうかなぁぁぁぁぁ!!?? 早くも推しが決まっていたりするぅぅぅぅぅ!!!???」


 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

 パチパチパチパチパチパハチパチチ!!!!!


 客席から大きな拍手と共に、俺達の右から左から後ろから、様々な方向から、ここまでに紹介された出場者の名前を叫ぶ声が聞こえてくる。

 最初の顔見せのときこそ俺もあまり気にしていなかったが、改めて一人ずつ見ていくと、確かにミスコンにエントリーするだけのことはある…くらいの人達ばかりだ。

 勿論、俺個人の話で言えば、沙羅さんに勝てるどころか及ぶくらいの人すら一切居ないけど…


 あ、ちなみに真由美さんは審査対象外だから悪しからず。


「一成くん酷いっ!! お義母さん泣いちゃう!!」って声がどこかから聞こえてきたような気もするけど…気のせいですよね、きっと。


「うーん、やっぱり綺麗な人ばっかりですよねぇ」


「まぁ…この学校で、可愛いとか美人だって言われてる有名処は、大体出揃ってる感じだからね」


「あ、やっぱりそうなんですね?」


「俺も名前くらいは知ってる人が多いよ。話をしたことは無いけど。一成は…」


「高梨くんが知ってる訳ないじゃん!」


「高梨くんは、薩川先輩以外に興味ないもんね?」


「え? いや…まぁ、そうなんだけど」


 うーん…これはある意味信用されていると言うべきか、素直に納得しきれない含みのようなものを感じると言うべきか…

 でも間違ってる訳じゃないし、別にいいんだけどさ。


「でも綺麗処が呼ばれてるなら、夕月先輩も呼ばれたって不思議はないですよね?」


「確かにそうだな。夏海さんなら呼ばれてもおかしくは…」


「うぇぇっ!? わ、私は、こういうのちょっと!! というか雄二、さらっととんでもないこと言わないでよ!!!」


 少しだけ遠回しに褒められて、夏海先輩が一瞬で真っ赤になってしまう。

 確かに言われてみれば、夏海先輩にその辺りの話を聞いたことがなかったが…実際のところはどうなんだろう?

 夏海先輩なら呼ばれても不思議はないと思うが。


「夏海は同性からの支持が多いから、逆に男子が近寄り難いのよね?」


「ぐっ…ま、まぁそうなんだろうけどさ」


「あぁ、確かに午前中のアレを見たら…」


「夕月先輩、格好良かったですよね!」


「多分、藤堂さんのそれが答えですね。夏海は、ちょっとミスコンに不向きなんだと思いますよ」


「あー、はいはい。どうせ私は男っぽいですよ」


「そういう意味じゃないわよ?」


 ちなみに夏海先輩は男っぽいんじゃなくて、「女性として格好いい」タイプだと俺は思っている。

 ボーイッシュではあるが、決して男らしい訳じゃない。まぁ、この辺りのフォローは雄二に任せておけば…


「よぉぉぉぉし、それじゃ次の人、行ってみようぉぉ!!! 次はいよいよ…前回コンテストの優勝者が登場だぁぁぁぁぁぁぁぁ!! エントリーNo.8、楠原ぁぁぁぁ、玲奈ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

 

 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!


「楠原さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

「「玲奈!! 玲奈!! 玲奈!! 玲奈!!」」


 ここまでの出場者より明らかにワンランク上の歓声が上がり、タカピー女の名前を叫ぶ客席の声も決して少なくない…というか、意外に多い。

 これはやっぱり、「前回の優勝者」という肩書きが一応でも事実であり、それ相応の人気が確かに存在していることを物語っている訳で。


「なんか…客席の空気が変わったね」


「うん、ちょっと騒がしくなったかも」


「さぁて…あの女が何を見せるのか…個人的には化けの皮が全て剥がれたら最高なんだけど」


「楠原さんは、習い事が多いという自慢話を以前聞いたことが…」


 俺としてもあいつ自身に興味は全く無いが、この状況で何をやるつもりなのかは多少なりとも気になる。特に、現時点で沙羅さんの「魅せる特技」が全く不明なだけに、尚更…


 プシュー!!


 ステージ中央にある登場口付近に煙幕(?)が上がり、大袈裟なBGMと共に人影が現れる。

 後ろ側のスポットライトに照らされて浮かび上がる人影は、腰に手を当てて、"しな"を作るようなポーズで立っているような。


 はいはい…って感じだな。


「うわっ…派手だなぁ」


「あんなドレスを着てる人、初めて見たかも…」


 煙の中から姿を現したタカピー女は、全身ヒラヒラで金色の派手なロングドレスに身を包み、その上から羽織っている白いふわふわ(なんて言うのかわからん)を靡かせてステージ前方へやってくる。

 そのまま右、次は左と、ステージ上をゆっくり移動しながら客席へ一頻りの挨拶を送り、再び中央へ戻り立ち止まる。


 他の出場者と比べても明らかに浮いているその出で立ちは、もう完全にイロモノポジションのそれだ。


「おおおっと!!! これまた凄い衣装を用意しましたねぇぇ…って、コスプレをしている私が言えた義理じゃないですけど、随分とまた豪勢な感じで」


「ふふふ…このドレスは、この日の為に特別に用意した特注品の…」


 うーん…こいつの自己紹介とか自慢話はどうでもいいんだよな。

 一応、客席でもあれを見て盛り上がっている連中がいるのは確かなんだが、反対に白けている連中も結構いそうで…現に俺達の周囲は、適当に見ているだけって感じの連中も多いし。


 と言う訳で、ここは…


……………


「はい!!! ありがとうございました!!! いやぁ、去年はバイオリンでしたけど、今年はピアノですか!! しかもわざわざ自前のピアノを運び込むなんて、随分と手の込ん…じゃない、そこまでして頂いて、主催側からもお礼を…」


「いえいえ、このくらいは当然ですよ。せっかく披露するのですから、最高の状態を…」


 自前の持ち込みピアノを得意気に撫でながら、一応は謙遜の言葉(?)を口にするタカピー女。

 あんなものまで持ち込むなんて、良くも悪くも、本気でこのミスコンの優勝を狙っているという心意気の表れなんだろうが…これはちょっとやり過ぎだ。


 え?

 時間が飛んだ?


 何を言っているのか分かりませんね?


「えりりん、どうだった?」


「普通に上手だと思うわよ? 少なくとも私よりは…」


「えっ? 西川さん、ピアノ弾けるんですか!?」


「ええ。と言っても、小さい頃に習っただけですから、嗜む程度ですよ」


「へぇ…やっぱ楽器の演奏って、西川さんのような立場の人達だと必須スキルなんですかね?」


「さ、さぁ…それはどうか知りませんけど。でも言われてみれば、確かに何かしら習っている人は多いような?」


 これは単なる先入観かもしれないが、俺も「お嬢様」と言われれば、そういう習い事を幾つもやっているようなイメージはある。

 何となく多芸というか…バイオリンとかピアノとか、西川さんに似合いそう。


「薩川先輩はどうなんですかね? もし楽器が使えるなら、今回はそれを特技で披露するとか…」


「うーん…沙羅は小さい頃から家事一色だったからね。料理とか裁縫みたいな家庭科技術はプロ顔負けだけど」


「そうですかぁ…そうなるとやっぱり…あれ? それってつまり、薩川先輩のお母さんも家事は…」


「あぁ、真由美さんは沙羅さんの師匠だからな」


 そう、沙羅さんに家庭的な技術を叩き込んだのは、他ならぬ真由美さん(と幸枝さん)であり、当然その技術は沙羅さんを凌駕している。

 沙羅さんは「俺に対して」という限定条件では上回っているが、基礎技術としては、やはり真由美さんの方が一枚上手ということに変わりはない…らしい。(沙羅さん曰く)


「えええっ!? 薩川先輩より凄いなんて、お母さんどれだけですか!?」


「で、でもそうなると、薩川先輩の一番得意な家庭科が…」


「そう、今回は嫁の武器が封じられた」


「そうですね。でもだからこそ、勝てば真由美さんを越えたことの証明になるのでは?」


「確かに、それはそうなんですけどね…」


 ただ…俺が思うに、きっと真由美さんが求めているのは、料理などの技術面で自分を越えろという意味じゃないだろう。

 そのくらいのことなら、何もこんな場所で事態を大きくしなくても、家でやれば十分な筈。

 つまり本当の所、真由美さんは別に何か…


「はい、ありがとうございました!!! では皆さん、楠原玲奈さんにもう一度盛大な拍手を!!!!」


 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 パチパチパチパチパパチチパチ!!!!


 ここまでの出場者で一番大きい歓声と拍手に見送られ、颯爽と舞台袖に捌けていくタカピー女。最後にこちらへ振り返り、スカートの裾をチョイと広げて優雅に挨拶。

 その姿は堂に入ると言うか、昨日見たクラスメイトのあれとは明らかに違う…

 あまり褒めたくはないが、こういうところは流石と言わざるを得ないか。


「さぁ…さぁさぁ…んふふふふふ、みんな正直だねぇぇぇぇ。えっ? 早くしろって? そんなつれないこと言わないでよぉ…って、冗談だってっ!!!」


 客席のざわめきがあからさまに大きくなり始め、みなみんを急かすような声や、沙羅さんの名前を早くも叫び出す連中があちこちに現れ始める。

 周囲にいる連中もスマホを片手に…一部、妙齢な方々は妙にごっつい一眼レフを…


 アイドルか何かのステージイベントですかね、これ?


「遂に薩川先輩の登場ですね。わくわくします!!」


「そう言えば高梨くん、薩川先輩って何か衣装を…」


「いや、特に何も用意してなかったと思う」


「嫁がそんなサービスをする訳がない」


「ま、沙羅だからね」


「そうね」


「そうですよね、わかってましたけど」


 沙羅さんの性格を知っている人間なら、仮に衣装を用意するように指示をされていたとしても、間違いなく無視することくらい簡単に予想できる。

 つまり今回は、沙羅さん一人だけ制服ということに…


「よぉぉぉぉぉぉぉし!!! それじゃぁ次の人を呼んてみよっかぁ!!!!! 今大会の優勝候補大本め…もとい!!!! 最有力の一角、みんながお待ちかね、あの人が登場だぁぁぁぁぁぁぁlぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!


 客席から、ここまでの出場者とは桁違いの歓声と叫び声が上がり、会場全体のボルテージが加速的に高まっている気配をひしひしと感じる。

 もうこの歓声を聞いただけで、ミスコンなんてこれ以上やらなくても結果は分かっているんじゃないかと思えるくらい、圧倒的な差だと思うんだが…


 ただし俺的には、全くもって嬉しくない。


「エントリーNo.9!!!!! 孤高の女神様、薩川ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、沙羅ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!


 みなみんの甲高い叫び声と、観客の重く黒い叫び声、それにスピーカーから流れてくる派手なBGMのコントラスト…非常にありがたくない三重奏に包まれたステージで…


 プシュー!!


 吹き上がる煙幕の向こう側に一つの人影が現れ…特にこれといった「溜め」や仕草を見せることなく、ごく普通にスタスタと前へ歩いてくる。

 やがて煙の中から姿を現した沙羅さんは、相変わらず笑顔が無いどころか、どことなく不機嫌そうな…いや、違うか。

 これは、真由美さんの件を意識しすぎているのかもしれない。


「薩川先輩、ちょっと表情が硬いような?」


「そうだね、あまり余裕が無さそうかな?」


「緊張…」


「んな訳ないって。沙羅はこの程度で緊張なんかするタマじゃないよ」


「あれは多分、お母さんを意識してる」


「そうですね。真由美さんの件を気にしているんでしょう。結果次第では、高梨さんとの生活に支障を来す可能性がありますから」


「今回ばかりは、薩川さんも本腰を入れざるを得ないだろう」


 皆も俺と同意見…と。


 でも沙羅さんに限って、まさか力み過ぎて失敗ってことは流石に無いと思うが…ちょっと心配かも。俺がここから手を振ったら気づいてくれるかな?


 …少し試してみるか。


 フリフリ…


「…ふふ」


 俺の行動に気付いてくれたのか、沙羅さんが笑顔を…


「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

「さ、薩川さんが笑ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

「や、やべぇ、あれは間違いなく女神の微笑み!!!!」

「か、可愛すぎるぅぅぅぅ!!!!」

「シャッターチャンス!!!」


 客席から大きな歓声と共に、スマホやらカメラやらで撮影する電子音が至るところから一斉に聞こえ始める。

 これは面白くない、非常に面白くない…けど、ミスコンという場に出場した以上は我慢するしかないのか。


「あ、薩川先輩が笑ったよ!」


「ホントだ…ていうか、思いきりこっちを…あ、やっぱ高梨くんか」


「一成がこっそり手を振った」


「分かりやすっ!」


「沙羅の感情も高梨さん次第だから」


「その言葉だけ聞くと、とんでもない意味に聞こえますね」


 まぁ…皆の話はともかく。


 この結果次第で、真由美さんがどう動くつもりなのか分からない以上、沙羅さんが必要以上に気負ってしまうのは当然のこと。

 全てを沙羅さんに任せるしかない状況なのは、俺も非常に歯痒いが…それならせめて、少しでも沙羅さんの気持ちにゆとりが出てくれれば…


「いやぁぁぁ…分かってましたけど、相変わらず凄い人気ですねぇぇぇ。あっ!! ちなみにこれはみなみん情報ですけど、某ご当地系美少女情報サイトで、薩川さんはこのエリア断トツの一位らしいです。地元アイドルぶっちぎってたらしいですよ?」


「…は? 何ですかそれは?」


「いや…その、み、みなみんがやってた訳じゃないんで詳しくは…。あと、今は閉鎖されてて見れないそうです…ハイ」


 せっかく笑顔を見せてくれていた沙羅さんの表情が、一瞬で不機嫌…よりも一段上の、明らかに不愉快そうな表情に。

 みなみんが怖がって後退ってるし。


 でもそんなサイトがあったのは初耳すぎる。

 閉鎖してるなら、取り敢えず問題ないのか?


「へぇ…そんなサイトあったんだ?」


「でも、薩川先輩なら」


「なるほど…」


「ん? えりりん、どったの?」


「いくら沙羅の容姿が人目を引くとはいえ、ここまで他校の生徒や一般人が押し寄せてくるなんておかしいとは思っていたのよ。でも、そういうサイト経由で沙羅が有名になっていたのなら…」


「可能性は十分にある。そういうサイトなら100%外見で人気が出るし、勝手にアイドル扱いされていても不思議はない」


「そうか、そういう可能性があるのか…」


 確かにそうであれば、こんなどこぞのアイドルイベントのような状況になっているのも納得できてしまう。


 ただそうなると、今後も…


「それなら今日は、逆にいい機会かもしれない。これだけバカ共が集まっている状況で、一成と嫁が婚約していることを公表すれば…」


「そっか!! 薩川先輩がアイドル扱いされてるなら、恋人とか結婚って話はスキャンダルだよね。目の前でイチャイチャされたら嫌だろうし…」


「だから、一成はいつも通りに嫁とやらかせばいい」


「いや、そんなことを言われてもだな…」


 そういう言い方をされるくらいに、毎度毎度やらかしている自覚は勿論あるが…

 意識して意図的にやらかしたことなんか一度もないし、それを狙ってやれと言われても困るんですけど。


「それでは薩川さん、自己紹介をお願いしまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁす!!!」


「はい」


 みなみんが一旦舞台袖まで下がり、ステージ中央には沙羅さん一人だけが残る。

 客席のざわめきも徐々に静まり、あの生徒総会を遥かに上回る規模の観客からじっと注目をされている沙羅さんは…それでも平然と、しかもさっき出てきたときのような気負った様子も感じない。


「…皆さんこんにちは、薩川沙羅です。宜しくお願いします」


 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!


 パチパチパチパチパチパパチパチパチチ!!!!


 沙羅さんはまだ名前を言っただけなのに、客席からは早くも、割れんばかりの歓声と拍手の嵐。

 それを見ても全く意に介した様子のない沙羅さんは、特に表情も崩さずにペコリとお辞儀をして、そのまま舞台袖の方を…多分、みなみんを見ているんだろうけど?


「えっと、薩川さん?」


「はい?」


「いや…ひょっとして、終わり…ですか?」


「はい」


「えええええええ!!?? いやいや、もう少しこう、何と言うか、今までの人達の自己紹介を聞いてたら分かるでしょ!!??」


「と言われましても…」


 若干困ったように表情を曇らせる沙羅さんに、スピーカーからも同じく困ったような、みなみんの声。

 もともと沙羅さんは何もする気が無かった筈だから、挨拶とかホントに何も考えていなかったんだろうな…これって。


「おおお、ひょっとして薩川さんって、天然キャラ属性まであるのか!?」

「やべ…クール系超絶美少女なのに天然キャラって、萌え要素詰め込みすぎだろ…」

「薩川さぁぁぁぁぁぁん!! 可愛いよぉぉぉぉぉ!!!」

「好きなタイプ教えてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 そして客席では、沙羅さんの反応を好意的に解釈した連中の叫びやら何やらが溢れ始め、再び騒がしさが戻って…


「ええ…っと、じゃ、じゃあ、生徒総会のときみたいな自己紹介と、趣味とか特技なんかを…」


「わかりました…では改めまして、凛華高校二年、薩川沙羅です。先日、生徒会・会長に就任致しました。宜しくお願いします。趣味は…特にこれと言ってありませんが、料理はそれなりに得意だと自負しています。そういう意味では、趣味も料理だと言えるかもしれませんね」


「今度食べさせてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「俺もお願いしますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

「バカ野郎!!! テメーら抜け駆けすんじゃ…」


「お断りです。寝言は家に帰ってからにしなさい」


 はははははははははははは!!!!


 沙羅さんは本気で拒絶の態度を見せているのに、場の空気がそれを薄めてしまい、さながらコントのような様相を呈してしまう。

 客席のボケに、沙羅さんが冷静な突っ込みを入れて笑いが起きる…そんな感じに。


「一成、今は我慢。後でバカ共に吠え面かかせてやればいい」


「…わかってる」


 思わず苛立ちが表に出ていたのか、"お姉ちゃん"だからなのか…花子さんが俺の手をそっと包み込んでくれたことで、自分が拳を握りしめていることに初めて気づいた。


「一成、花子さんの言う通り、今は我慢しよう。笑いが起きていても、薩川先輩がバカにされている訳じゃないよ」


「盛り上がれば盛り上がるだけ、その反動でショックが大きくなる筈だ。今は精々騒がせておけ」


「そうだな」


 これは本当に危なかったかもしれない…もし俺がこの場に一人だったら、或いは途中で暴走してしまったかも。

 本当に…皆には感謝だ。


「以上ですか?」


「はい」


「んー…まだちょっと短いけど…お客さんも盛り上がってるし、まぁいっか。そんじゃ、次は特技の披露をして貰いましょう!!!


 ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!


 遂にこの時間が来た。

 沙羅さんの特技…もし何もする気がないとコレを突っぱねてしまったら、真由美さん的な評価でヤバい気配がプンプンする。

 こんな状況は沙羅さんも想定してなかった筈だから、先ずはここをどう乗り切るのか…


「その前に、道具を一つお借りしていいですか?」


「へっ? えっと…特に問題はないと思いますけど…って、どこ行くんですか!?」


 沙羅さんはそれだけを聞くと、舞台袖に向かいスタスタと歩き始める。その状況を見守っている俺達や観客、驚き顔のみなみんを他所に、沙羅さんはそのまま舞台袖に姿を消して…両手に何かを持って再び戻って来た。


 何だ、あれ?


「これをお借りします」


「えーと…お手玉ですか?」


「はい。正直に言いますが、私はこういう場で発表するような特技を持ち合わせていないんですよ。先程、そこにあった子供用の玩具の中に、たまたまこれを見つけたので…特技ではありませんが、これしか思い付きませんでした」


「な、なるほど…別にルール違反じゃないのでそれは問題無いです!!! では、薩川さん!!! 張り切ってどうぞっ!!!!!」


 沙羅さんはステージの中央、前寄りに位置取ると、一つ深呼吸をしてからお手玉を構える。俺もこれは見たことがないので、いったい何をやるつもりなのか…

 でも普通にお手玉をやるのであれば、それはそれで沙羅さんらしくて実に微笑ましいかも。


「行きます」


 沙羅さんは一つ目のお手玉を真上に放り上げると、それを皮切りに二個目、三個目と続けてお手玉を放り上げていく。

 両手首を軸にしてくるくると手を動かしながら、三つのお手玉を器用にポンポンとキャッチしては放り上げるを繰り返して…


 これって、ひょっとしてジャグリングなのか!?


「おぉぉぉぉぉぉっと!!!! 普通にお手玉遊びをするだけかと思ったら、まさかのジャグリングが始まりましたぁぁぁぁぁぁ!!!」


 手をクロスさせたり腕を広げたりと投げ方を色々と変化させながら、沙羅さんはリズミカルにお手玉を放り上げ続ける。たまに高度も変化させて、高くしたり低くしたりとお手玉の軌道も変わっていくが、余裕すら感じられるほどの沙羅さんの動きに、不安な様子は全く感じない。


 それを食い入るように眺めていると、今度はお手玉が綺麗な三角形を象るように軌道を変える。右手でお手玉を上に放り上げ、左手でキャッチしたお手玉を右手に投げ送り、またそれを放り上げる。

 それをポンポンとテンポ良く繰り返し、やがてその三角形は、徐々に小さく速く…


 沙羅さんの手の動きもそれに合わせて激しくなり、それでもお手玉は全く止まらない。どんどん小さく速くなっていく三角形と手の動きに、客席からは大きなどよめきや歓声が溢れ始め、その光景に目を奪われていた俺…俺達は、気がつけば拍手喝采で沙羅さんを応援していた。


 その瞬間…沙羅さんがチラリとこちらを見た瞬間に、俺は確かに目が合ったと思うと…

 一瞬微笑みを浮かべた沙羅さんが、フィニッシュとばかりに全てのお手玉を高く放り上げた。

 勢いよく舞い上がるそれは、やがて頂点に辿り着き、ゆっくりと落下を始め…まるで吸い寄せられるように、沙羅さんの手の中へ。


 一個! 二個! 三個!


 全てが綺麗に、ピタリと収まって…


「…………」


「「「……おおおおお」」」


「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」


 パチパチパチパチパチパチパパチパチパチパチ!!!!


 客席からは溢れんばかりのどよめきや大歓声が上がり、それはやがて会場一体を包む拍手の雨…豪雨に変わる。

 ピーピーという口笛が四方から鳴り響き、もしこれが椅子席だったら、それこそ100%スタンディングオベーションだったことは間違いないと思えるくらい、凄まじい盛り上がり。

 

 かく言う俺も、さっきから感動しっぱなしで…もう…沙羅さん!!!


「凄い凄い凄い!!!!! 薩川先輩、凄いですっ!!!!!!」


「なに今の!? 何であんなことできるの!?」


 藤堂さんと立川さんは激しく興奮したように、拍手をしながら二人で大騒ぎしながら顔を見合わせている。本当に、何で沙羅さんはあんな…


「ほぇぇ…沙羅にあんな隠し玉があるなんてねぇ」


「これはちょっと驚いたわ…まさかジャグリングが出来るなんて」


「これは流石に予想外すぎる。嫁と大道芸なんて、イメージが離れすぎ」


 花子さんの言う通り、そもそも他人と接することすら控えていた沙羅さんが、人に見せる大道芸を身に付ける理由が全く思い当たらない。

 仮にあれが趣味だと言われても、俺だって今まで一度も見たことがないし…


「こ、これは驚きましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 正直に言って予想外すぎるくらいに予想外の特技で、みなみんも驚きと感動が止まりません!!!!!! 薩川さん、これはいったい!!??」


「ふふ…そこまで驚かれてしまうと、私も逆に驚いてしまいますが。お手玉を使った遊び自体は、以前、祖母の家に集まってくる近所の子供達と遊んでいた時期にやっていたんですよ。家に玩具がお手玉しか無かったので、インターネットでやり方を調べたら…こうやって投げるやり方も一緒に出てきたので」


 沙羅さんはそう言いながら、手の中にあるそれをもう一度放り上げて、ポンポンとジャグリングを再開させる。沙羅さんの手を離れたお手玉は綺麗に空中を飛び交い、その光景に客席からまたしても拍手や歓声が上がる。


「勿論、これは本来のお手玉遊びではないんですけどね。でもついでに覚えてみたら、子供達が予想外に喜んでくれたので…教えながら自分でも練習を続けている内に楽しくなって、いつの間にかここまで出来るようになってしまいました。最近はやっていなかったのですが、案外、身体が覚えているのものですね」


「はぁぁ…なるほどぉ。ちなみに薩川さんって、子供が好きなんですか?」


「ええ。子供達と遊んでいると心が休まるので…それに、子供達のあどけなさが、本当に可愛らしいんですよ?」


 遊んでいる子供達の様子を思い出したのか、沙羅さんは柔かい微笑みを浮かべながら、みなみんの質問に答えている。

 俺はそんな沙羅さんの表情に思わず見蕩れしまい…気がつけば、客席の喧騒もいつも間にか静まり却って?


「り、理想的すぎる…」

「女神の名は伊達じゃない…最高だ!!!!」

「くぁぁぁ、あんな子が彼女だったら、俺は死んでも悔いはない!!」

「な、何とかしてお近づきにぃぃ…お近づきにぃぃぃぃ!!!!」

「うぉぉぉ、俺の彼女になってくれぇぇぇぇぇぇぇ!!」


「いやぁぁ、流石は凛華高校、嫁にしたい女子ランキングNo.1ですねぇぇ!!! 美人で家庭科全般が得意で、オマケに子供に優しいなんて、そんなのズルすぎるでしょ!!?? みなみんが男子なら、今すぐ告白待ったなし!!!! って、それをやると嫌われちゃうんですよね!!?? これは男子にとって厳しい条件!!!!!」


「と言いますか、そもそも私には、かず…」


「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 薩川さん、私との約束を忘れないで下さいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


「そ、そうでしたね。すみません、つい…」


 …?

 今の意味深なやりとりは一体?


 沙羅さんが俺の名前を出しそうになって一瞬焦ったが、それよりも今は、みなみんとの会話の方が気になるぞ。


「約束」と言ったような?


「は、はい!!!! それではこれで、薩川さんの自己紹介と特技紹介を終了させて頂きます!!!! みなみんも驚きの特技が飛び出しましたが、みんなはどうだったかなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」


 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!!!


 何故か慌てたように、締めのコメントへ走るみなみんの様子にも違和感を感じない訳じゃない…が。

 取り敢えず、無事に最初の難題を乗り切った沙羅さんに俺もひと安心。

 これなら少なくとも、真由美さん的にはマイナス評価じゃなかった筈。

 でも明確な勝利条件が分からない以上、この先も大変なことに変わりはない。しかもそれが分かっているのに、何も手伝うことが出来ない自分にヤキモキしてしまう…


「以上、薩川沙羅さんの自己紹介でしたぁぁぁぁぁ!!! 今一度、薩川さんに大きな拍手を!!!!!!!」


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!!!


「薩川さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

「凄かったぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

「最高!!! 可愛いよぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

「今度、お話しさせて下さいぃぃぃぃぃぃ!!!」


 ペコリと丁寧にお辞儀をして、舞台袖へ捌けていく沙羅さんに、客席からは割れんばかりの大歓声と鳴り止まない拍手が送られる。

 ピーピーという口笛や、沙羅さんを誉め称える声に混じり、中には相変わらずの不愉快な声もチラホラ聞こえてきたが…それでも観客が、沙羅さんのパフォーマンスに対して高評価を示したことも事実。

 それは真由美さんへの、何らかのアピールになったと思いたい…


 でも退場の際に一瞬だけ見せた、沙羅さんの辟易とした表情が全てを物語っていることも分かっているので…


 俺も同じ気持ちです…沙羅さん。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 何とか沙羅さんの自己紹介が終わりました。

 ちなみに作者は一時期ジャグリングを頑張った時期がありますが…難しいですよね(^^;


 次回は真由美さんのシーンと、第二審査・・・内容はまだ秘密です(ぉ


 それではまた次回に~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る