第322話 成長
side 真由美
我ながら、とんでもないことをしているという自覚はあるんだけど…ね。
沙羅ちゃんが一成くんの為に頑張れるなんて、そんなことは確認するまでもなく分かってるのよ。
もう疑う余地なんか無いし、二人の関係に水を差すつもりは無いの。
私達としては、どういう形であれ、沙羅ちゃんが心に決めた人と幸せになってくれればそれでいい。それが本心だから。
でもね…
一成くんは沙羅ちゃんのことだけじゃない、私達の願いも受け入れてくれた。
一切迷わず、自分の意思を明確に示してくれた。
それが私にとって…ううん、私達夫婦にとって、どれだけ嬉しかったことか…
正直に言うと、もし一成くんがごく普通の男の子だったら、こんな先々のことまで先走ったように考えたりしなかった。
沙羅ちゃんとしっかり向き合って、仲良くしてくれるのであればそれだけでいい。
このまま将来まで関係が続くようであれば、またそのときに話をすればいい。
高校生の身で、そんな先のことまで考えるなんて、本来であれば重すぎる話だから。
でも…でもね、一成くんには申し訳ないけど…私は期待せずにいられないの。
一成くんの高校生らしからぬ芯の強さ、人脈を惹き付ける目に見えない大切な何か、リーダーシップを発揮できる行動力と魅力、恋人のお父さんを相手に一人で交渉に乗り込んでくる度胸の凄さ、沙羅ちゃんの為なら何一つ迷わない想いの強さ、覚悟…
これらは全て、勉強では決して得られないもの。
そしてこの先の将来、とても重要になる大切なこと。
それを一成くんは、本人に自覚がないとしても、既に持っている。
こんな素敵な男の子が、沙羅ちゃんと相思相愛の恋人で…婚約までしてくれたなんて、親として嬉しくない訳がないでしょう?
しかも極めつけは、"あの"西川会長からの公認まであるなんて…
私も佐波グループの創業家一族として、様々な「立場」ある人物を見てきた。
でもこれ程の強力なコネを持つ人物なんて滅多にいない。もう一つ言えば、あの西川会長にそこまで言わせた人物なんて見たことがない。
それが普通の高校生だなんて…
もっとも、このお墨付きが将来どれ程の力を持つのか、一成くん自身はまだ分かっていないでしょうけどね。
でもこれは私達からすれば、一成くんを婿養子に…将来の後継ぎとして公表する上で、切り札とも言える一つなのよ?
現会長の公認、次期会長の政臣さんの公認、私とお母さんの公認、婿養子、株式…そして友好企業でもある西川グループ会長のお墨付きがあり、次期西川グループ会長夫人になる絵里ちゃんとのプライベートな繋がり…
これだけのものがあれば、間違いなく全てを封殺できる。
一成くんの立場に、誰も口を挟むことなんか出来ない。
だから私も、政臣さんも、お母さんも、そして現会長である昭二叔父さんも、凄く期待してるの。
一成くんなら、絶対に沙羅ちゃんを幸せにしてくれる。
そして将来、政臣さんの後を継いでくれれば…って。
勿論、まだ高校生の男の子に、ここまで期待してしまうのも、背負わせてしまうことも、本来であれば有り得ないことなんだけどね。
でも一成くんが凄くて、つい…
この先…そう遠くない将来、政臣さんの立場は大変なものになる。これはもう確定している未来。
そのときに、かつてのお父さんと政臣さんがそうであったように、一成くんが政臣さんを手伝いながら、徐々にお仕事を覚えていってくれれば…政臣さんが色々と任せられるようになってくれたら。
しかも幸いなことに、政臣さんが一成くんのことを実の息子のように気に入ってくれたから、きっと仲良くお仕事が出来る筈。
そして沙羅ちゃんと二人で、幸せな家庭を築いてくれれば…私達にとって、こんなに幸せなことはないの。
だからね…一成くんは私の希望。
おまけにとってもいい子だし、いじらしくて、照れ屋さんで…若い頃の政臣さんを思い出させる言動も…もう可愛くて可愛くて、ちょっとズルいわ…ふふっ。
とにかく、一成くんには政臣さんの側でいっぱい勉強をして貰って、社会に出たらゆっくりと色々なことを身に付けて欲しい。
実際に経験しなければ分からないことなんて山ほどある。それは追々、今はまだ焦らなくてもいい。
今一番大切な、一成くんの覚悟と思いは、確かに見せて貰ったから…
でもね、沙羅ちゃん。
あなたはちょっと違うのよ?
今の沙羅ちゃんでも、一般的な主婦以上に主婦をすることは出来る。それだけの知識と技術は身に付けさせたから、仮にこのまま結婚しても、何ら困ることはないでしょう。
普通の主婦になるのなら…ね?
でも一成くんが…将来を共にする人が、政臣さんの後を目指して歩き始めた以上は、沙羅ちゃんもそれをしっかりと支えていく役目がある。
婚約者として、将来の妻として、パートナーとして、公私に渡り一成くんを支えていかなければならない。そして然るべき立場となった暁には、それに相応しい振る舞いも必要になるの。
間違っても今のように「一成さん以外はどうでもいいです」なんて考え方は許されない。以前のように、一成くんへの依存心に逃げて甘えるだけ…なんて情けない姿は絶対に許されない。
もし今の幸せな生活に溺れて、そのままいつまでも成長しないのであれば…それを黙って見過ごすことは出来ない。
沙羅ちゃんにも、一成くんに負けないくらいの将来へ向けた決意、心の強さ、振る舞いを持って欲しい。
それは「妻」としての沙羅ちゃんじゃない。成長して欲しいのは、一成くんの「パートナー」としての沙羅ちゃん。
それを少しでもいい、片鱗でもいい。逃げてしまったあの日よりも、確かに成長していることを私に見せて欲しい。
まだ早いと思っているかもしれないけど、二人にとってのデビュー戦は、来月の年末パーティーに決まっているのよ?
だから今日の私は、二人の生活を脅かす壁…沙羅ちゃんの敵になる。
どんなことでもいい、沙羅ちゃんが成長している姿を私に見せてちょうだい。
そして…私を安心させてね?
沙羅ちゃん…
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ステージ上にはみなみんだけが残り、出場者は全員、一旦退場。
ステージに設置された大型スクリーンには、これから行われるコンテストの演目が映し出され、それを準備会審査員による採点と、最後に行われる観客から投票で順位が決定することが通知されている。
投票用紙は既に配布されていて、持っているのは客席に入れた人員のみ。
残念ながら、仕切りの外で見物している大勢の見物客は投票出来ない(俺は生徒会枠で確保済み)
でもこれについては収集の問題があり、一人一枚という不正対策としても、仕方のない部分ではあるから。
「思っていたより現実的な審査項目が多いですね。てっきり水着審査とかもやるかと思ってましたよ」
「以前はそれもあったようですよ。でも特に今年は、沙羅を出場させる以上、それをやる訳にはいかなかったでしょうね」
「水着審査があるなんて聞いたら、沙羅は直ぐにでも放り出すからね~。私は一成さん以外に肌を晒すつもりはありません!! って感じでさ」
うーん…
多分それは、夏海先輩の言う通りかも…
夏にプールへ行ったとき、正にそれっぽい話をしたことがあったからな。あのときはまだ恋人じゃなかったけど、今だったら絶対にそれを言うだろうし…間違いない。
それに…沙羅さんの水着を見せるなんて、そもそも俺が絶対に許さんぞ。
「それは当然の話。プールなら多少は妥協するとしても、こんな見せ物で水着なんか冗談じゃない。もし一成が見たいのなら、家で見せてあげればいい」
「えーと…そういう言い方をするってことは、一成が見たいと言えば花子さんは見せてあげるんだね?」
「当たり前。一成が見たいと言うのなら、お姉ちゃんはビキニでもスク水でも見せてあげる」
花子さんのビキニと…スク水…だと…?
な、何故だろう…あくまでも水着なのに、どっちを選んでもそこはかとなくヤバそうな雰囲気が漂うのは…
いやいや、それよりもスク水と聞いて、こっそり沙羅さんのスク水姿を想像してしまったのは…それは破壊力が凄すぎて、危険が危ないなんてもんじゃ…って俺のバカ!!
うう…ごめんなさい沙羅さん。
これは健全な高校男子なら仕方ないことなんです…許して下さい。
煩悩退散、煩悩退散
「高梨さん…」
「高梨くん…」
「高梨くんも、やっぱり男子なんだね」
「…ぅぅ…」
「いや、その…」
何故か女性陣から、白い目で見られているような?
これはひょっとしなくても、いつも通りにバレていたりするんでしょうか?
それと藤堂さん、そんな恥ずかしそうな顔で俺を見ないで下さい。
非常に居たたまれない気持ちですよ…
「照れなくてもいい。一成は男の子だから仕方ない。あと、お姉ちゃんが魅力的なのが悪い」
「え、えっと…」
そして花子さんも、順調に勘違いしていらっしゃるようで、妙に嬉しそう…な?
え、ちょっと待って…
まさか皆さん、俺が花子さんの水着姿を想像して盛り上がっている(?)とか思っててたりしませんか!?
「さぁて…出場者の準備が終わったようなので、早速自己紹介を始めて貰いましょう!!! 勿論、これも審査項目ですからね!!! それでは張り切って行きましょう!!! 先ずはエントリーNo.1…」
「あ、始まるみたいだよ!」
「と言っても、もう薩川先輩とお母さんの一騎討ちで決まったようなものだよね…」
みなみんから審査開始の案内があり、皆の注目が一斉にステージ上へ向かう。
俺に集まっていた視線が消えたので…うん…ナイスタイミング。
ちょっと助かったかも…
パチパチパチパチ!!!!
大きな拍手に出迎えられて、出場口から現れる一人目の出場者…先程までの制服姿ではなく、ロングのワンピースにカーディガンという、清楚感漂う出で立ち…
と言うか…ひょっとして、全員着替えているのか?
でも、沙羅さんは着替えなんか用意してなかったような…?
「エントリーNo.1!! 三年…」
流石に三年生ともなると、私服姿では高校生に見えないくらいの大人っぽい人も多くなってくる。
そしてこの先輩もそれに漏れず、パッと見では大学生くらいの大人っぽさがあり、清楚感漂う服装がそれを後押ししているような感じ。
ただ…ね。
精一杯頑張って可愛く笑っています…という感じがありありと浮かんでいて、それがどうにも気になってしまうというか。
ちょっと痛…もとい、可哀想にすら思えてしまう訳で。
「はい、ありがとうございます!!! いやー、この大人っぽさと初々しさのギャップが堪りませんね!! ところで、客席の一角が凄い盛り上がってますけど?」
「あはは、来なくていいって言ったんだけど、クラスの皆が…」
ここからでは様子が見えないが、確かに客席の一部で大盛り上がりしているような騒ぎは聞こえていた。これだけの人が集まっているのだから、出場者それぞれのクラスメイト達が応援に来ていても不思議はないか。
…まさか…悠里先輩達も来ていたりするのか?
「なるほどぉ、それは心強いですね!!! その応援に答える為にも、頑張って下さい!!! では続きまして、特技のアピールタイムとなります!!!」
「はい、それじゃ…」
特技のアピール…あって当然の審査項目ではあるが、俺としては「ある意味」で一番難しい項目だと思う。
そもそも「特技はなんですか?」と聞かれたとして、具体的にどこまでやれたら「特技」と呼んでいいんですか? と逆に聞きたくなってしまう訳で。
自分で特技だと思ってるのなら、それでいいのかもしれないけど…俺はいつもそれが気になったり。
「うーん…あんなにくるくる回って、よく目が回らないよね?」
「顔を後追いで回すのがミソだって聞いたことはあるけど」
ちなみに、今ステージ上にいる先輩はダンスの真っ最中。見ている限りでは、素人目でも普通に上手いと思えるくらい…というか、あれはダンスと言うよりバレエか。
でも確かにここまで踊れるのであれは、これは特技と呼べるものなのかも?
「流石に特技として見せるだけあって、様になっているわね」
「そだね。私はヒップホップの方が好きだけど」
「その辺りは個人の好みね。私はクラシックの方が好きだから」
「ねぇ高梨くん、薩川先輩の特技って何かな?」
「え? うーん…家事全般は間違いなく特技だと思うけど…」
沙羅さんの特技が家事全般なのは間違いないとしても、それをここで披露するのは流石に難しいかもしれない。勉強も運動も出来るけど、それだって同じで…
この後に料理審査があるから、そこでなら沙羅さんの独壇場…いや、真由美さんが居るからそれも難しいか?
でもそうなると、こういう場面で見せることが出来る、沙羅さんの特技は…
「嫁の特技は、一成を甘やかすこと」
「ちょっ!?」
「あ、それ私も思った! 沙羅の特技って言ったらそれでしょ!」
「それはそうかもしれないけど、それはコンテスト向きじゃ…」
「高梨くんをステージに上げれば、直ぐに始まると思いますよ!!」
「もう洋子ったら…言い過ぎだよ」
「えー…でも満里奈だってそう思うでしょ?」
「えっ!? えーと…そ、それは…」
「いや、あのな…」
気まずそうに俺の顔をチラチラと見る藤堂さんの顔が、全てを物語っているようで…
確かに俺は甘えすぎだと自分でも思うし、沙羅さんが甘えさせてくれるのも事実だけど…それじゃ俺の特技は「沙羅さんに甘えること」になるんですかね!?
「あはは、まぁ冗談はともかく、沙羅って基本的に何でも出来るイメージだけど、こういう場面で"魅せる"ような特技はあるのかな?」
「そうね。沙羅は日常生活に於けることは得意だけど、ステージ映えするような特別な"何か"は聞いたことがないわね?」
「俺も正直、同じ意見です」
「と言うか、そもそも嫁は、何もやるつもりがなかった可能性がある」
「確かに…」
花子さんの言う通り、優勝を狙わない沙羅さんは、或いは「何もありませんよ?」で終わらせるつもりだった可能性すらあるかも。
でも…恐らくだけど、もしそれを言ったら、真由美さんが黙っていないような気がする。何となくだけど、真由美さんが沙羅さんに求めているのは「成績で自分を負かす」という意味じゃない、もっと別の何か…そんな気がするからだ。
それはきっと、沙羅さんも気付いているとは思うが…
どうするんだろうか…
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
真由美さんの心理描写が早めにあった方がスッキリ読めると思ったので、急遽前倒しして投入してみました。
一成くんへの思い入れが凄いです(ぉ
次回は他の出場者さんをすっ飛ばして沙羅さん登場ですw
真由美さんまで行ければ・・・くらいですね。
タカピー女は・・・多少?
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