第321話 母娘対決

「ねぇ一成…あの人、一成に手を振ってない?」


「やっぱそうだよな? 俺も最初は気のせいかと思ったが…あれは一成にか?」


「ちょっ、高梨くん、あれ誰!?」


 真由美さんを知らない雄二達が早くも騒ぎ始めるが、今は俺もそれどころじゃない。


 何で真由美さんがあそこに居るんだよ!?

 あの人、何してはるん!?

 つか、呑気に手なんか振ってる場合じゃないでしょ!?


「っ!? まさか、あれは…」


「えっ、花子さん、あの人知ってるの?」


「え、えりりん、やっぱあれって…」


「みたいね…理由は分からないけど」


 夏海先輩、西川さん、花子さんは流石に気付いたようで、ステージ上の真由美さんを呆然とした表情で見つめている。

 でも、それよりもっと肝心なのは沙羅さんの方だ。

 当然、あれが真由美さんだと気付いているようで、鳩が豆鉄砲を食った…かなり珍しいけど…この状況で驚かない訳がない。


「おおおおおおおお、スゲー美人!!!」

「やべっ、何だよあの人!!??」

「ふおおおおおおおおおおおお、眼鏡美女キタコレ!!!!」

「ちょ、レベル高すぎだろ!!!」

「これは!? い、いやいや、それでも優勝は薩川さんだ!!」

「俺はまゆさんを応援するぞ!!!」


「おお、凄いなぁ。あんな美人、見たことないないぞ」

「ですな。本命の子も凄い美人だし…」

「今年のミスコンは、あの二人のトップ争いで確定ですかね。これはどうなるか楽しみだ」


 真由美さんの登場で、会場の雰囲気は、早くもツートップ争いという様相に変わった。沙羅さん推しの声の中にも、少しずつ真由美さんの声援が混じり始める。

 でもこんなあからさまな状況になると、他の出場者は面白くないだろうな…って、沙羅さんが動いた!?


「…何をしているんですか?」


 ステージ上に設置されたマイクが沙羅さんの声を拾い、スピーカーから会話が聞こえてくる。一応は機械を挟んでいるのに、沙羅さんの声はびっくりする程の冷たさを感じて…当然だけど、かなり怒ってるぞ、これは。


「何って?」


「何故、ここに居るのかと聞いているんですよ?」


 静かに怒りを湛える沙羅さんに対して、全くもっていつも通りの真由美さん。会場内の観客達は…あと出場者、ついでにみなみんと会長も、興味深そうに状況を見守っている。

 でも俺としては、そんな冷静に見守る余裕はなかったり。

 これはまた、真由美さんの暴走なのか?


 いや、それよりも…


 俺のプロポーズ、どうなっちゃうんだ!?

 真由美さんの前でプロポーズするのか!?

 というか…まさか、政臣さん居ないよね!!??


 周囲を確認しようにも、これだけの人集りで誰かをピンポイントで探すなんて無理。

 状況がまったく読めないし…これは困った、マジで困ったぞ…どうするんだよ、俺!?


「もぅ、そんな怖い顔しないの。ちょっと"用事"があって来たんだけどね。ついでに少しだけブラブラしようと思ったら、準備会の子達から熱心に出場をお願いされちゃって」


「まさか、それで引き受けたのですか? 何でそんな…」


「うーん、沙羅ちゃんに悪いとは思ったけど、ちょうどいい機会かもなぁ…と思ってね」


「ちょうどいい?」


 いつも通り"のほほん"とした様子の真由美さんから、どこか不穏な空気が漂い始めているような…少しだけ違和感みたいなものを感じる。


 一体、何を言うつもりなんだ?


「何を企んでいるんですか?」


「企んでるなんて酷いわ。でも強いて言えば…そうね、沙羅ちゃんが、この先しっかりやって行けるのか、それを少しでも見せて貰いたいなって思っただけよ~」


「…話の意味が分かりませんね?」


「本当に分からない?」


「…………」


 真由美さんの声から、いつもの柔らかい雰囲気が消えた。多分それに気付いたのは、俺と沙羅さんだけ…或いは西川さん達なら気付いているかもしれないが。


「黙ってるってことは、何となくでも分かってるのよね? それなら簡単な話よ。少しでもいいから、沙羅ちゃんの成長を私に見せなさい」


「…成長? 具体的にどうしろと?」


「何か一つでいい、私に"これは負けた"と思わせて? それができたら、私はもう余計なことをしない。余計なちょっかいも出さないわ」


「…なるほど。では、満足のいく結果が見れなかったら?」


「残念だけど、今の環境では沙羅ちゃんが成長できない…という結論になるわね。そうであれば、この先々、私としても色々と考える必要があるけど?」


「…そういうことですか」


 沙羅さんの表情に険しさが増し、真由美さんとの間にバチバチと火花が飛び交い始めた…ような気が。

 だが俺としても、こんな真由美さんを見るのは久々。多分、お見合いの一件で沙羅さんを怒ったとき以来だ。


「…上等です。最近出しゃばりが過ぎて、私もいい加減煩わしいと思っていたところです。二度とそんな寝言が出ないようにしてあげますよ…約束もキッチリと守って貰いますからね?」


「ええ、いいわよ。手加減しないから、全力で来なさい」


 最後の一言だけ、いつもの優しい真由美さんに戻ったような?

 一見ハチャメチャに見える今回のことも、やっぱり真由美さんなりに、何か理由が…


「余裕ぶるのも今の内です!! いつまでも昔のままだと思わないで下さい…今の私は、絶対に負けません!!」


 もう完全に火がついたのか、沙羅さんは力の籠った鋭い目付きで、真由美さんと視線のつばぜり合いを始める。

 沙羅さんがここまで明確な敵意を真由美さんに見せたのは、俺が知る限り始めてだ。

 多分、真由美さんにも何か理由があったんだと思うけど…何もこんなときにやらなくても…


「なぁ…一体、どういう話の流れなんだ?」

「よくわかんねーけど、取り敢えずあの二人が個人的に勝負するってことだろ?」

「あの人、薩川さんの身内みたいだな」

「おもしれー! どっちにしたって、あの二人のどっちかが優勝だろうしよ」

「だな!! こいつは盛り上がってきたぜ!!」


「薩川さん、頑張れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「女神様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「まゆさん、応援してますよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 観客はノリで楽しむことに決めたのか、早くも応援合戦のような大騒ぎを始める。

 でも事情を知っている俺達…特に俺は、もうそれどころじゃない。

 真由美さんの言葉だけを考えてみれば、もし沙羅さんが負けた場合、最悪今のままの生活を続けられなくなる可能性があるんじゃないのか?

 「色々と考える」の意味が深すぎて、不安しかないぞ…


 どうなっちゃうんだよ、これ…

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!!! 人が黙って聞いていれば勝手なことを…何のつもりですか貴女達は!!!!」」


 完全に空気だったタカピー女が、不機嫌さを隠そうともせず沙羅さん達に詰め寄っていく。

 俺もすっかり存在を忘れてたけど、そういや沙羅さんが紹介された辺りから、ずっとイライラしてたっけ?


「あぁ、ごめんなさいね。えーと…あら? あなた…っと、まぁそれはいいわ。とにかく、あなた達の邪魔はしないから、それは安心してね?」


「そうではなくて!!! そもそも…あぁぁぁぁぁぁ!!!! ちょっと会長さん!!??」


「はっ!? い、いや、その、この展開は私も想定外で!!! ま、まゆさん、これは一体どういうことですか!?」


「うふふ、ごめんなさいね。でも、協力する代わりに、私も好きにやらせて貰うと約束したでしょ?」


「そ、それは!?」


「ちょっと、会長さん!!! それは一体どういう…」


 うーん…

 何というか、他の出場者の人達には申し訳ないが…これは実にいい気味だ。

 沙羅さんを強引に出場させたツケが、早くも真由美さん経由で回ってきたってことだろうし。

 まぁ本当なら俺が壊すつもりだったミスコンだから、ちょっと先を越された感もあるけど。


「とにかく、ミスコンの邪魔をするつもりはないから、このまま普通に進めてくれて大丈夫よ? 私達もそれに則った上で、別口の勝負をするだけだから」


「そうですね、こちらはこちらで勝手にやらせて貰うだけです。なので、気にしないで下さい」


「だ~か~ら!!!! 私を差し置いて、勝手に話を進めるなと言ってるんですよ!!!」


「はぁ…こちらは邪魔をしないと言ってるではありませんか? 差し置くもなにも、貴女は貴女で普通にミスコンへ参加していればいいでしょう? とにかく、こちらの邪魔をしないで下さい」


「なぁっ!!?? くぅぅ…のぉぉ」


 完全に蚊帳の外にされたタカピー女が、悔しそうに二人を睨む…が、沙羅さんも真由美さんも全く気にしていない上に、そもそも見ちゃいない。そもそもミスコン自体がアウトオブ眼中な沙羅さんにしてみれば、他は全部どうでもいい話だろうから。

 

「うひひひ、何かとんでもないことになってきたけど、あの女の悔しそうな顔が見れただけでも十分楽しいわ。つか、早くも化けの皮が剥がれ始めてるし」


「えと、あの眼鏡の人って…」


「あれは真由美さん…沙羅のお母様ですね」


「「「ええええ!!??」」」


「き、気付きませんでした!!」


「わ、わっか!? 精々お姉さんか従姉辺りだと思いましたよ!!」


「お、おいおい…それじゃ、あれが噂の…」


「一成を溺愛してるっていう、薩川先輩のお母さん?」


「いや、あのな…」


 確かに真由美さんは俺を色々と可愛がってくれるし、それは素直にありがたいが。

 でも恋人のお母さんから溺愛されてるって言われ方は…流石にちょっと…


「そうなると、さっきのやり取りって…」


「そうですね…あれは簡単に言えば、沙羅が高梨さんとこの先しっかりやっていけるか、真由美さんがテストをするってことでしょう」


「でもそれって、普通、高梨くんにやりませんか? 家の娘に相応しいかどうかテストします!! とか?」


「そうかもしれませんが、もともと真由美さんは、沙羅に対して少し厳しい人ですからね」


 確かに西川さんの言う通り、真由美さんは沙羅さんに対して厳しい一面がある。特に心に関すること…あのお見合いの一件でも、沙羅さんが弱気を見せたことに対して、真由美さんはかなり厳しい態度を見せた。(しかもあの後、逃げて俺に依存したことを怒られたらしい)


 普段はおっとりしていて、かなりお茶目な明るいお母さんって印象だけど…たまに鋭く沙羅さんを注意する姿も見かけるし、やっぱり本来は厳しい人なんだと思う。


 ただ、俺に対しては、全くと言っていいほどアレだが…


「あと、これはあくまで私の勘ですが…恐らく高梨さんについては、沙羅のお父様である政臣さんに任せると決めているのではないかと。だからこそ、真由美さんは沙羅にだけ厳しいんですよ」


「そうなんですねぇ…何か難しい…って、西川さんも、何でそこまで分かるんですか?」


「まぁ…これに関しては、私にも分かる部分があると言いますか」


 何故か苦笑を浮かべて、西川さんは言葉を濁す。

 でも仮にその予想が当たっていたとして…政臣さんが俺の先生になってくれるというのなら、それは寧ろ望むところだ。


「え、えーと…ごめんなさい、みなみんも状況が全然掴めてないんだけど…取り敢えず、まゆさんと薩川さんって、どういう繋がりなんですか? すっごい意味深な会話してましたけど…あ!! まさか薩川さんのお姉さんとか!?」


「んふふ~、それは、ひ・み・つ…ですよ? ミスコンの採点に影響が出ちゃうと困るし」


「おおおおっと、否定も肯定もしないなんて、これはますます意味深な展開になってきましたよ!!??」


「…お、おい、そう言われてみれば、確かにあの二人似てねーか!?」

「…そうだよ、あれ眼鏡外したら…!?」

「…やべぇぇぇ、こんな美人姉妹、反則だろ!?」

「うおおおお、大人の魅力の癒し系お姉さんか、凛々しくて麗しい薩川さんか!?」

「悩む!!! これは悩むぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 真由美さんの意味深な発言を受けて、客席の騒ぎがますます大きくなっていく。

 俺も初対面のときに同じ勘違いした経験があるから、その気持ちは十分に分かるんだけど…

 これで真由美さんがお母さんだって知れたら、違う意味で大騒ぎになるかもな。

 

「とにかく、これで全ての出場者が出揃いまし…出揃ったんですよね!? 何だかイレギュラーな展開になって、私もテンポ狂わされてる感じがしますが…と、とにかく、改めて開催宣言をさせて頂きます!!!! 以上、出場者十名!! 司会は私、みんなのみなみん!!! このメンバーで、これより第32回、凛華高校ミス・コンテスト……開催致しまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁす!!!!!」


 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!


 みなみんの開催宣言と、スピーカーから流れる大袈裟なファンファーレのBGMが、会場全体に響き渡る。客席からは大歓声が沸き起こり、それはきっと、学校を飛び出して近隣にまで聞こえているのではないかと思えるくらい。


 何故か始まってしまった沙羅さんと真由美さんの勝負(?)と、俺にとって最大の山場がどうなるのか…

 初っ端から不安要素が目白押しで、早くも予定が狂いまくりだけど…それでも、最後はきっと何とかなる筈。


 いや、何とかしてみせる。


 やるぞ…俺は!!


 でもそれはそうと…


 政臣さん…まさか来てないですよね?


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 何もした覚えがないのに、何故か修正前で上書きされてると言う謎現象が起きました・・・・

 しかもいつの間にか非公開になってるし、訳が分かりません・・・


 細部が違うかもしれませんが、残念ながら元に戻せないのでこのまま行きます。

 本当にバックアップを考えるべきですね・・・


 今回は少し短いですが、キリがいいのでここまでです。

 それではまた次回に・・・

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