第133話 沙羅さんと出会う為に

「と…こんな感じですね」


「はい」


沙羅さんは何も言わなかった。

というより言えなかっただろう。


話の途中から、俺はずっと沙羅さんに抱きしめられていた。

最後まで話しきることができたのは、この温もりを感じていたからだろう。

そして俺が思いの外悲観的にならなかったのは、俺の代わりに沙羅さんが泣いてくれていたからだ。


沙羅さんは俺が話をしている最中も、ずっと俺を抱き寄せて頭を撫でてくれていた。

俺はそれに安心を覚え、柚葉と何があったかだけでなく最後の卒業の辺りまで全て話をしてしまった。


「なぜ一成さんがそんな目に遭わなければいけないのでしょう…一成さんの優しさに気付けないどころか、利用までした戯け者の幼馴染みなど、どうなろうと知ったことではありませんが。」


なぜ…か。


改めて自分で思い出しながら話をしてみると、以前より客観的に物事を見ることができた。

最初の柚葉は流されただけだ。

周りが俺を非難することで、結果的に自分に同情が集まって注目された。

これは柚葉も予想外だったと思う。


でも理由どうあれ自分に注目が集まり、同情されて周りからちやほやされて、それに味を占めたのがターニングポイントだったのだろう。


後はそれを求めるのに一番手っ取り早い手段が、俺を更に貶めることだったということだ。もともと俺が非難されることから始まったのだから、それを酷くすれば相対的に自分に同情が集まると安易に考えたのだろう。


そんなことをされた俺がどうなるのか…自分さえ良ければ俺などどうなってもいいと考えたのか…今更だな。

真意どうあれ俺が利用されたのは事実だ。


そして優越感に浸り、増長に増長を重ねて今の柚葉が出来上がったということだ。


「沙羅さん、これが今まで俺が話せなかった…誰も信じてくれなかったことまで含めた過去の話です。」


「話して下さってありがとうございます。私は一成さんのお話が100%真実であると確信しております。もし心配されていたのでしたら、それこそ私としては心外ですよ?」


確かに、俺だって沙羅さんが信じてくれることに疑いはなかった。


「そうですね、すみません。俺だって沙羅さんが必ず信じてくれると確信してましたから」


「はい。私としては寧ろ、中学生とはいえクラスメイトの程度の低さに驚いているのですが…そんな突拍子もない嘘を、全員が簡単に信じてしまうなんてあるのでしょうか?」


確かに、あのときはそこまで考えなかったが、言われてみれば友達も誰一人信じてくれなかったというのはどうなのだろうか…


(寧ろ、裏で他の力が動いていたと考える方が自然ですね。一成さんが信用されずに孤立した方が都合のよい存在となると、今のお話を聞く限り一人しか思い当たりませんが…)


「どちらにしてもお話を聞くに、先に幼馴染みのデマが流れてしまったことで、クラスメイトを説得する難易度が上がってしまったのでしょう。」


やはりそこなんだろうな。

証拠を求められてしまうのも、それが原因なんだろう


「ですが、それはそれとして私は、幼馴染みにある意味では感謝する部分があるのですよ。もしお会いすることがあれば伝えたいですね。間抜けで愚かなあなたのお陰で、私は一成さんという大切な方と出会うことができました…と。」


…確かに、あれがなければ俺は今の学校を選ぶこともなく、つまり沙羅さんと出会うことはなかっただろう。


そうだ、そうなんだよ!


「そうですね…確かにその通りです! 俺は沙羅さんと出会う為にあの辛い一年を乗り切ったんです。そう考えれば意味があったんですよ。むしろあの程度の一年で沙羅さんと出会えたなら、俺には幸運以外の何物でも…」


そこまで言うと、沙羅さんが再び俺を抱き寄せて俺の顔を胸に押しつけた

柔らかい…嬉しいけど、嬉しいけど!


「でしたら私は、一成さんの辛い過去を上書きして、それを忘れてしまうくらい、あなたを幸せにして差し上げます…」


余程嬉しかったのか、沙羅さんは俺を離そうとしなかった。

俺も話が終わった安堵感で、されるがままになっていた。


そして、いつまでそうしていただろうか…


二人で他愛ない話をしている内に、いよいよ眠くなってきたような気がする。

きっと時間はかなり遅くなっているはずだ。

明日…今日? はもう学校なのに。


沙羅さんもさすがに疲れたと思うのだが、それでも俺から離れようとしなかった。

だけど俺も、きっと沙羅さんも眠さを誤魔化せなくなってきたところで


「一成さん、そろそろお休みしましょうか…今からでもまだ眠る時間はあるはずです」


「はい…それでは…」


俺は眠さを堪えてベッドに戻ろうと動き出したところで、沙羅さんに抱き寄せられてしまった。


「一成さんがお休みする場所はここですよ?」


沙羅さんも眠さを感じているような気配があるが、それでも俺を離すつもりはないとばかりにしっかりと固定されてしまい、俺は眠気と沙羅さんの温もりで我慢の限界がきてしまった。


「沙羅さん…お休みなさい」


そして俺は、抵抗することを諦めた…


「…お休みなさい、一成さん。あなたは…私が必ず…」


ちゅ…


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チュンチュン…


「ん……沙羅さん…」


「…はい、お呼びですか?」


「沙羅さん…」


ぎゅっ…


「ふふ…一成さん、私はここにおりますよ?」


温かい…それにとても心地いい


「…可愛い。悩ましいです、時間が…でももう少しだけこうして…」


………


「……ん」


目が覚めると、制服にエプロン姿の沙羅さんが目の前にいた。


「おはようございます、一成さん」


朝の挨拶をしてくる沙羅さんが、とても嬉しそうにニコニコしていたので、何かあったのか聞かずにはいられなかった。


「おはようございます、沙羅さん。あの…何かいいことでも…」


「ふふふ…今朝は一成さんが寝ぼけて甘えて下さったのです。可愛いお姿が見れて朝から幸せでした。」


…当然だけど記憶がない。

ただ、心地よい感じはしていた…それは昨日の夜からか。


目が覚めてくると、昨日のことが思い出されてくる。

昨日は全て話して…眠くなって…沙羅さんと一緒に寝た…寝た!?

大丈夫だよな、朝までぐっすりだったし…


「さあ、一成さん、朝食はできておりますので、起きて顔を洗って下さいね。」


今日から二学期か…

大丈夫だ。

柚葉が何をしようとも乗り越えてみせる。

沙羅さんが見ていてくれるから…沙羅さんがいてくれるから。

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