第132話 過去 その3

ガラガラガラ


誰も声をかけてこない。

俺も誰にも声をかけない。


人間というものは面白いもので、下らない噂に尾ひれを付けたがる。

今の俺がどういう人間か雄二が教えてくれた。


○ずっと昔から柚葉に付きまとうタチの悪いストーカー。ことあるごとに柚葉に暴力をふるい、自分と一緒にいることを強要してきたろくでなし。

柚葉の温情で警察沙汰になっていない

○柚葉に近付いた山崎が気に入らなくて、暴力をふるって警察沙汰になり傷害罪が確定した犯罪者

○過去にも同じように、柚葉に近付く男に暴行を加えて、その相手の弱味を握って黙らせてきた。現在捜査中。


なんだこれ?(笑)

ずっと昔からストーカーって、今俺達は何歳だ?

しかも全て警察が絡んでいる…罪って裁判は? 

実に幼稚な話だった。


だけど一番の問題は…


「ほんと、昔から迷惑してたのよ。何をするにも俺についてこないと許さないって、嫌だって言えば殴られるし」


柚葉だ。

寧ろあいつが率先して、捏造された噂を肯定して垂れ流してることが原因になっている。

そして、何故あいつかあんなことをしているかというと…


「柚葉マジで可哀想だよね」

「大丈夫、あたしらがついてるから!」

「そうそう、あんな犯罪者近付けないからさ」

「柚葉、今度いいとこ連れってあげるから元気出そうよ」


「うん…みんなありがとう。あたしあいつには負けないから。みんなが励ましてくれて嬉しい」


こういうことだ。

つまり俺を悪者にして、自分が周りから持ち上げられてちやほやされるのに味を占めてしまったということだ。

悲劇のヒロインを気取って、周りから相手にされるのが嬉しくて仕方ないらしい。


「柚葉、来週デートでもいこうぜ」

「ほんとに!? いくいく!!」


山崎とはいつの間にか名前で呼ぶようになっていたらしい。

俺に当て付けているつもりなのかわからないが、柚葉を誘いながら山崎は俺を見てニヤニヤと嫌らしく笑っていた。


もちろん俺だって動かなかった訳ではない。

友達を集めて説明をした。

ここまで柚葉に利用された以上、もう黙っている義理などないからな。

だけど全く信じてくれないどころか、「証拠は?」と聞かれてしまえばそんなものはない訳で…

中には山崎の噂を知ってるやつもいるはずなのに、何故か頭ごなしに俺が嘘つき呼ばわりされた。

結果、疑いを晴らすために協力してくれるなどということは微塵もなく、俺のこういった行動そのものまで醜い嫉妬からの愚行と扱われてしまった。


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そこからの俺は…笑ってしまうくらいの状況だった。

あんな穴だらけの嘘が独り歩きして尾ひれをつけて、他のクラスでも噂され、ストーカー、暴行、傷害、脅迫…中学三年にして随分と立派な犯罪者になったものだ。

俺と一緒にいると、共犯者として警察から疑われるそうだ。


噂の広がりがあまりにも早すぎて、それがかえって信憑性を呼んでいるような気もする。


雄二を除き、今まで友達だと思っていた連中はもう誰も側にいない。

あんな突拍子もない嘘を本当に信じたというのか…俺がそこまでやるような人間に思えたと、そういうことなのか。


所詮友達なんてそんなものなんだと、本性が見えた気がして誤解を解く気も失せた。

どうせ証拠を求められて信じてくれない、そんな程度のやつらならこちらから願い下げだ。

柚葉の話は無条件で信じられて、俺の話は証拠を求められる。

この理不尽さは何なのだろう。


「一成、動くなら言えよ。一人でやろうとするな」


雄二の存在だけが俺の救いだった。

雄二がいなければ、俺は誰一人信じられなくなっていただろう。


このとき俺は知らなかったが、雄二も独自に動いていて、俺の噂を少しでも削れるように山崎の女関係に関する噂を調べたり流したりしていたらしい。

だが誰かと直接話すと俺の二の舞だったようで、効果的な手段が見当たらず、山崎の否定的な噂を流すくらいしかやれることがなかったそうだ。


結局せめてもの抵抗として、俺はあのクラスに存在することを選んだ。

存在しているだけで嫌がらせになるのであれば望むところだ。

何もせずに転校して逃げるという選択肢だけは意地でも選びたくない…


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ある日の朝、教室に入ると柚葉が泣いていた。


何があった?

山崎絡みか?


まさか……以前の山崎達の会話を思い出し、最悪のケースが頭をよぎる。


「柚葉〜元気だして」

「二股とか最低だよね!」

「やっぱ噂は本当だったのかな」


会話から察するに、どうやら山崎の二股…実際には何股かわかったものではないが…

それが発覚したらしい。


これで俺の話にある程度の信憑性が出るのではないか?

そんな簡単な話ではないのに、思わず僅かな期待を持ってしまった…


そしてここからは茶番だった。

登校してきた山崎に柚葉が泣きつき、柚葉が可哀想だと周りが騒ぐ。

そして柚葉の言い分を受け入れて、その二股相手を柚葉の目の前で振るという条件を出した


…計算していたとは思いたくないが、柚葉はあまりにも場の空気というか、状況を上手く使いすぎな気がする。


結局山崎は二股相手を呼び出して、柚葉の目の前で捨てるという、相手にとっては屈辱以外の何物でもない暴挙を行い柚葉を選んだ。


そして周囲は山崎に誠意があると、謎の評価を下した。

俺はこいつらの常識を疑う。

誠意? 冗談だろう? こいつら頭の中が膿んでるんじゃないのか?


俺も人のことなど気にしている余裕はないが、その捨てられたという女子には同情した。

お前は遊びだったと、第三者の目の前で宣告されるなどどれほどのショックだったろうか。


でもあいつはまだ他にも囲っている…

散々好き勝手やってきたのだから、今後もきっとやる

柚葉がその時どうなるのか俺にはわからないが、もう関係ない。


柚葉がやっと大人しくなったのはこの辺りからだった。

正確には周りが落ち着いたからなのだが…


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黙っていても周囲から持て囃され、山崎という彼氏ができて満足したのか、柚葉は俺に興味も示さなくなった。

いや、存在を消したというべきか。


そして俺は…楽になったよ。

柚葉と山崎が俺を無視するようになってから、クラスの連中も俺を無視するようになった。だったら存在感のない空気のようにしていればいい。


両親は俺が学校で何かしらがあったことに気付いていただろう。

親父も不自然に学校の様子を聞いてきたが、俺は雄二に頼み口裏合わせを行った。

だが、柚葉と疎遠になったことに気付かない訳がない。

そんな状況だからか、俺がいきなり志望校を変えて県外を希望しても反対しなかった。


柚葉の母親は娘の変貌に戸惑っていたが、最近は受け入れたらしい。

柚葉が俺と疎遠になったことも気付いていて、俺の両親と話をすることもなくなっていたようだ。


修学旅行も楽だった。

班行動になったらすぐに一人になる。

俺は好き勝手に行きたいところへ行った。

針のむしろだったあのときを考えれば天国だ。


学校では雄二以外とは一言も口をきかない。

放課後も休日も、雄二がいない日は一人で過ごした。


そして冬休みが終わり、クラスの大半が参加したらしい山崎家のクリスマスパーティーの話で盛り上がっているのを尻目に、俺は受験勉強に勤しんだ。


高校にさえ入れば、低脳で低俗で幼稚なこいつらの顔を見る必要がなくなる…それだけが心の支えだった。


高校に合格し、やっと迎えた卒業式。


ありがたくもない担任の話を聞き流し、感動など微塵もなく、早く帰りたかった。

卒業アルバムが渡され、話が終わると俺は直ぐに教室を出た。

担任と話すことなどない、クラスの連中と話すことなどもっとない。

卒業パーティーだ二次会だと好き勝手にやればいい。


俺は今日家を出る。


こんなやつらがいる街にいつまでも居たくない。

俺は一度も振り返ることなく、最低だった中学生活の記憶を捨てるように学校を後にした。

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