第214話 親心
政臣さんと握手を交わし、一応は一段落を迎えたことでホッとしていた。
まだ話が終わった訳ではないのだが、正直なところ俺も緊張感で気疲れしてしまったのだ。
「一成さん…ありがとうございました。それと…本当に申し訳ございませんでした。私が不甲斐ないばかりに、全て一成さんが…」
「いえ、もともと俺が政臣さんと話すつもりでしたから。だから途中が変わっただけで予定通りですよ。それに、こういうことはやっぱり俺が言いたかったし。」
いくら沙羅さんに甘えっぱなしの俺でも、絶対に譲れないことはある。例えロマンチストと言われようとも、男としてやるべきだと思ったことは俺がやりたいんだ。
「ふふ…一成さんは私をこれ以上惚れさせて、どうなさるおつもりなんでしょうか?」
「えぇ!? いや、俺は必死だっただけで」
「はい…とても素敵でしたよ。後で、いい子いい子させて下さいね?」
いや、あの…政臣さんの目が微妙に怖いので、そういうのは帰ってからの方が…
「あなた、その目は止めてください。もうあの子達のことは認めたんでしょう? いい加減にして下さいね?」
「ぐっ…いや、わかってはいるんだが、私にですら態度の固い沙羅が…高梨くんだとあんなに……」
真由美さんが注意してくれたお陰で睨まれる(?)ことはなくなったが、沙羅さんは親の前であろうと手加減も容赦もしないタイプなので、この先が少しだけ不安…
「はいはい、羨ましいのはわかりましたが、もう沙羅ちゃんにはいい人がいるんですからね。あなたもいい加減に子離れして下さい。じゃないと、余計に嫌われますよ?」
「なっ!?」
今日の政臣さんはダメージばかり受けているので、そろそろ本当にヤバそうな気配すらあるのだが…
「そもそも、なぜ一成さんと自分を比べているのでしょうか? 私からすれば、それだけでも許せないのですが。」
「さ、沙羅ぁぁぁぁ!?」
あああ、沙羅さんの追い討ちで、政臣さんがますます大変なことに…
これはさすがに可哀想かもしれない
「あらあら、政臣さんは既に手遅れみたいですねぇ。でも、沙羅ちゃんに素敵な男性が現れてくれて本当に嬉しいわ。二人が報告に来てくれたときのことを、昨日のように覚えていますけど。」
ニコニコしながら俺達を見ていた幸枝さんも、普段通りの様子に戻ってくれたようだ。このままの良い雰囲気で話が終わるといいのだが…
「あなた、最初から認めるつもりだったのなら、何を勿体ぶって話していたのですか?」
「い、いや、それはそれなんだよ。いくら娘が惚れた相手だとはいえ、私だって親として、娘の相手を見極めるくらいはしたいさ。」
真由美さんの一言を受けた政臣さんから本音が聞けてしまった。どうやら最初から認めてくれるつもりはあったようだ。でも親として相手をしっかり確かめたいう気持ちは当然だろう。
「だけど実際どうするつもりだったのですか? 私としては沙羅ちゃんが幸せになる方が優先ですけど。」
「私も沙羅が幸せになってくれればそれが一番だと思ってはいるけど、立場上可能であれば会社のことも考えたい気持ちはあるからね。ただお見合いについては、社長から異性に少し慣れさせるくらいのつもりでどうだって言われて、私もそのくらいならって思ってしまったんだよ。でも沙羅に恋人がいて、まさか高梨くんが出てくるなんてね。しかも会社のことまで考えてくれていたみたいだから、それなら私も両立を考えてもいいのかなって思ったのさ。」
つまり今の政臣さんの話を聞く限り、俺がもし会社のことを言わなければ状況が違ったかもしれないってことなのだろうか?
「あの…ひょっとして、俺が会社のことを言ったから話が変わったんですか?」
「実を言うとそうだね。私は高梨くんなら認めてもいいと思ったけど、会社のことまで考えてくれたみたいだから、それならどのくらい本気なのか少しだけ試させて貰おうと思ったんだよ。すまないね。」
ちょっとイタズラっぽい表情を浮かべてそんなことを言ってくる政臣さんに、やられたという気持ちが湧かない訳でもない。
もちろん後悔はしていないが…
「……なるほど、昔自分がされたことを真似た訳ですね?」
「えっ!?」
ポツリと呟くような幸枝さんの一言で、政臣さんがギクリとした表情を浮かべた。
昔されたこと?
「思い出しましたよ、会社を背負う覚悟があるのかってあの人から試されて、必死になって答えてましたね。」
「お、お義母さん、その話は…」
「あら? それは初耳ですね。確かお父さんとは円満だと聞いた覚えがありますけど?」
「まぁ試されただけですからね。でも、当時あなたはもう大学生だったでしょう? まだ高校生の高梨さんに同じことをするなんて…これについても、後でお話しがありますよ?」
「は、はい…すみません…」
政臣さんがしゅんとした様子でとても小さくなって…
というか、これは政臣さんの沽券に関わることだと思うので、武士の情けというかせめて俺達の居ないところで指摘してあげて欲しかった。
「政臣さんのことはともかく、私にも謝らせて下さい。最悪の場合も考えて厳しいことを言ったのですが…余計なことをしてしまいました…ごめんなさいね。」
政臣さんに続いて真由美さんにまで謝られてしまうと、逆に俺が申し訳なくなってしまう。試したとか余計なことをしたなんて言われても、どれもこれも沙羅さんを思ってのことであり、あと恐らくは俺のことも考えてくれた上での話だったのだろう。そう考えれば、謝られることなんて何もない。
「全部沙羅さんの為だってわかってますから。政臣さんも、俺は大丈夫です。」
「…そうか、本当にすまないね。それで話を少し戻すけど、会社については…」
「あの、一ついいですか?」
ここまで黙って話を聞いていた沙羅さんが、遂に会話に入り込んできた。自身にも関係する話であるのに、勝手に進めてられている形になっていたからな…
「父が私達を認めてくれたことはわかりました。ですが、イマイチ状況がわかりません。どのような話になっているのでしょうか? あと先に言っておきますけど、私は一成さんのお決めになられたことに従いますが、お父さんの話に従うつもりはありませんので。」
「!?」
父親の威厳(?)を見せて立ち直ったと思った政臣さんがまた崩れそうに…
多分、ダメージの受けすぎで簡単に危険域へ突入できる状態になっているのかもしれない。
「ぷっ…くく…さ、沙羅ちゃん、そろそろ勘弁してあげてね。でもそうね、そろそろその辺りの話もしましょうか。」
「そうですね、私が来た理由の半分は、その確認ですから。」
真由美さんは笑いを滲ませながら一応のフォローを口にしたが、どうやら話を再開させるつもりのようだ。幸枝さんもそうらしく、つまりいよいよ第三段階、大詰めになる。そして二人の視線が俺に向いたということは、まずは俺の意思確認だろう。
「真由美さん、この前電話でも言いましたけど、俺はもう決めました。それに政臣さんに宣言した気持ちに嘘はないです。あと、ウチの親からは、迷わないで飛び込んでいいと言われました。だから…」
「素敵なご両親ですね。今度お話しさせて頂くときが楽しみです。でも、本当に大丈夫ですか? 私としても嬉しいですが、無理はしなくてもいいんですよ?」
「高梨さん、真由美の言う通りです。私達のことまで考えて頂けるのは嬉しいですけど、無理はしないで下さいね。」
「大丈夫です。頑張ります!」
俺は別に無理はしていない。
これから沙羅さんと婚約者、つまり結婚を前提に付き合うということになる。これは別に迷う必要はない。
そして会社についても、政臣さん達が何か手を打つようだし、西川さんも援護をしてくれるらしい。だから俺は………って、あれ、そういえば、結局俺は何をすればいいのだろうか?
気合いを入れていたものの、肝心な具体的内容がわからないことに今頃気付いてしまった。
「うふふふ…良かったですね、政臣さん。」
「はは、そうだな。それじゃ西川社長だけでなく、私も本当に期待させて貰うよ。ではそれを前提で話を進めよう。まずは根回しを…」
「気が早いですよ。その前に…」
「真由美、先に話を続けなさい。それは後でいいでしょう?」
二人が横道に逸れるかのように、いきなり打ち合わせを始めそうな空気になってしまったところで、幸枝さんが戻してくれた。
だが俺も、話の前に聞きたいことが出来てしまったのだ。
「あの、具体的に、俺はどうすればいいんでしょうか? やれることは頑張るって決めましたけど、その辺りが…」
先程気付いたことを先に伝えると、真由美さんが、苦笑しながら「それも説明しますね」と頷いた。このまま教えてくれるらしい
「まず一成くんには…」
「……ちょっと待って下さい、お母さん。今、聞き捨てならないことを言いましたね?」
先程まで陽だまりのように温かかった俺の右隣から、何故か強烈な冷気を感じる…
こっそり横を見ると…真由美さんを睨む沙羅さんが…
「もう、沙羅ちゃん、今は大切なお話をしてるんだから、後にしてね。」
「……ぐっ…わかりました。後でしっかりと説明して頂きますよ?」
「はいはい。もう、直ぐにヤキモチ焼くんだから。それで…えーと…あ、そうそう、これは一成くんのご両親からも確実な了解を取らなければいけないんですけどね。」
俺の両親という言葉が出からには、先に婚約者の話をするつもりなのだろう。
「将来的に、一成くんを婿養子として迎えたいと思っています。」
「「……え?」」
俺と沙羅さんの声が綺麗にハモる。
だが理由は違うような気がした。俺は「養子」という単語に反応したのだが、沙羅さんは「婿」という単語に反応したような気がする。
それは何故かというと、沙羅さんが少し朱い顔で俺を見ながら固まっているからだ。
「養子ですか?」
「はい。」
養子…俺の知っている養子の意味であれば、血縁関係のない子供を家族に迎えるという意味だけど。
「これは、将来的なお話です。今すぐにという訳ではありませんし、そもそも一成くんのご両親ともお話をしなければなりませんので。」
「あの、真由美さん…養子って、俺がこの家の養子になるって意味ですか?」
「そうですよ。」
どうやら俺の認識で間違っていないらしい。
養子…それって俺はどうなるんだ? 何が変わるんだ?
「まだ先の話ですし、これは将来に向けた事情の為です。色々難しい理由もあるので、今はそうなる予定としてだけ聞いておいて下さいね。それよりも…」
真由美さんがそこまで言うと、ニヤニヤしながら俺をイタズラっぽく眺めてくる。突然何だろうか?
「んふふ~、一成くん、沙羅ちゃんが待ってるみたいだけど?」
横にいる沙羅さんを見ると、あれからずっと俺を見ていたのか直ぐに目があった。
何かを期待するような、そんな目で俺をじっと見ている。
あ、そうか、「婿」の部分をまだ説明していないのか…
真由美さんのニヤけ顔は、暗に俺からそれを伝えろと言いたいのだろう。
でもいきなりで言葉が浮かんでこない…ストレートに言えばいいのか?
あ…急に緊張してきた…
「沙羅さん。」
「一成さん……」
様子から真面目な話をすると判断したようで、ますます俺を見つめてくる。だが内容は既に予想がついているようで、もの凄く期待した目をしているのだが
「将来的な話になりますが…俺と」
「はい! 喜んでお受けします!!」
……まだ何も言っていないのだが、沙羅さんは待ちきれないとばかりに早くも返事をくれたのだった…言う前からOKを貰えてしまったのだが、それでもやはり最後まで言うべきだろうか?
「えっとですね、これから…」
「はい! 喜んでお受けします!!」
……………どうしよう。
もうこれ以上言わなくてもわかってるだろうし、答えも二回貰ったよね?
「沙羅ちゃん、しっかり聞いてあげなさい。男の見せ場を邪魔してはいけませんよ?」
「も、申し訳ございません! 一成さん、続きをお伺い致します。」
真由美さんの一声で、どうやら最後まで聞いてくれる気になってくれたようだ。しかも、ちゃっかり俺のハードルを上げてくれた…何かおかしいような気がするんだが。
気合いを入れ直して今度こそ伝える決心をすると、勢いで口を開いた。
「沙羅さん、今、俺達は普通に恋人として付き合ってますけど…今後は、その、結婚を前提に…」
「お話、喜んでお受け致します。一成さんの婚約者として恥じぬよう努めて参りますので、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。」
今までの様子を一変させた沙羅さんが、もの凄く丁寧な返答と共に、深くお辞儀をしてくれた。
何となく俺もお辞儀をすると、真由美さんや幸枝さんからクスクスと笑い声が聞こえてきて、急に恥ずかしくなってしまった。ひょっとして何か間違えたか?
お辞儀を終えると、飛びきりの笑顔を浮かべた沙羅さんがいきなり飛び込んでくる。慌ててそれを受け止めたが、沙羅さんの興奮は収まっていないようだ。
「あぁ…こんなに幸せでいいのでしょうか…私はもう何があろうとも、絶対に情けない姿を見せません。常に一成さんを支えて、共に歩いて行きます。」
「沙羅さん…」
宣誓とも聞こえるその言葉は、何よりも俺に力をくれる。沙羅さんが支えてくれるなら、この先何であろうとも俺は乗り越えられる、そんな確信が持てるのだ。
「良かったわね~沙羅ちゃん。一成くんの婚約者になれて」
「それは勿論嬉しいですが、お母さんが一成くんと呼ぶことに私は納得していません。」
まるで俺を守るかのように、自身の身体を前に出して真由美さんと俺の間に入る沙羅さん。抱きついたままなのは変わらないのだが。
「え~。でも高梨さんだと他人行儀でしょう? 養子になるんだし、沙羅ちゃんの婚約者になったんだから、やっぱり一成くんがいいと思うの。もしくは一成って呼んだ方がいいかしら?」
「なっ!? ふざけないで下さい!! 呼び捨てなんて、私は絶対に許しませんよ!!」
真由美さんは、恐らくからかっているだけではないかと思うのだが、俺のことだからなのか、沙羅さんはかなりムキになっている。
かく言う俺は、真由美さんが突然名前呼びに変えてくれたことの意味をやっと納得できた。義理の息子になるからだと言われれば、成る程納得できる。沙羅さんはダメみたいだが…
「沙羅ちゃんは独占欲強すぎよ。私だって一成くんのお義母さんになるんだから、もっと仲良くしたいわ。そ・れ・に、一成くんを見てると可愛がってあげたくなるの。」
「!!?? お、お、お母さんはあの人と仲良くしていればいいでしょう!? 一成さんを可愛がって差し上げるのは、将来妻になる私の役目です!!!」
て、照れ臭い…俺はどんな顔をしていればいいんだ…嬉しがるのもマズい気がするし、でも嫌ではないし…
恐る恐る政臣さんを見ると…あ、魂が抜けて…
「一成くんは、若い頃の政臣さんを思い出すのよ。だから尚更可愛いんですけど…あと私も楽しいし」
「一成さんをあの人と一緒にしないで下さい! 失礼ですよ?」
もうやめてあげて下さい。政臣さんのHPはゼロどころかオーバーキル過ぎて可哀想です…
「…なるほど、言われてみれば確かに昔の政臣さんを思い出しますね?」
幸枝さんがポツリと何か呟いたようだが、二人の喧騒に掻き消されてしまう。
「とにかく、私はこれから一成くんって呼びます。どちらにしても息子になるんですから、沙羅ちゃんが嫌だと言っても絶対に譲りません! 一成くん、お義母さんと仲良くしましょうね?」
「だから仲良くするならあの人として下さい!! 一成さんと仲良くするのは私です!!! …それにしても…私が一成さんで、お母さんが一成くんでは…何か…」
沙羅さんが俺を守るかのように、庇うように抱きしめてくれながら、真由美さんを吠え続けていた。
沙羅さんの言いたいことはわかるような気がする。確かに「さん」より「くん」の方が親しげなような気はするのだ。であれば、それ以上となると選択肢は一つしかないのではなかろうか。もっとも、沙羅さんからそう呼ばれるのは違和感があるというか、イメージに合わないような気もするけど。
「沙羅さん、もし何なら、俺は別に呼び捨てでも…」
「いいえ、私は一成さんを呼び捨てにするなど致しません。それは絶対に出来ないのです。」
どうやらここにも沙羅さんの拘りがあるらしい。でも正直、イメージに合わなかったので良かったかも…
「一つ思いつきました。その、私は婚約者ですし、妻(予定)ですから…。あの、一成さん、いつもではなくてもいいので、呼び方を変えさせて頂いても宜しいでしょうか? 正式になるまでは、他の方の前では今まで通りに致しますので…」
沙羅さんが何かを思い付いたようなのだが、真っ赤になってる上に、もじもじしている様子が気になった。なので、何と呼ばれるのか期待と不安が入り交じった気分なのだが。
「え、ええ。俺は大丈夫なので、沙羅さんが好きにしてくれていいですけど…」
「ありがとうございます。ではこれからも宜しくお願い致しますね……あなた。」
………!!!!!
あなた…あなた…今までのあなたとは意味が違うことくらい俺だってわかる。
きっと今の俺も、沙羅さんと同じくらい真っ赤になっているだろう。自分でも自覚があるのだ。
「ふふ…どうかなさいましたか、あなた?」
これヤバい…ヤバいぞこれ…
上手く言えないが、「ヤバい」
「さ、沙羅!? い、いくらなんでも、そ、そ、それはまだ早すぎるんじゃ…」
「私達のことに口を出さないで下さい。それよりも、会社への対応を考えて下さいね。私にはもう将来を共にする方がおりますので、二度と余計な話を持ってこないで下さい。」
ガックリと頷く政臣さんに、もはや同情の念すら覚えてしまう。
今回の件で、政臣さんは沙羅さんからの評価をかなり下げてしまったようなので、いつかフォローしてあげられればいいのだが…何かいいアイデアが…今のところないよな。
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昨日更新できなかったので、今回は少し長くなってます。
そして、沙羅と真由美による一成争奪戦(?)は、今後も度々発生していくことになりそうですw
ちなみに家族会議と政臣への砂糖攻撃はまだ少し続きますw
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