第215話 進路

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side 雄二


ピロリロリン


テーブルの上に置いたスマホから、RAINのメッセージ着信を知らせる合図が鳴り響く。だがそれは俺のスマホだけでない。この場に集まっている全員のスマホが一斉に鳴り響き、それはまるでスマホの合唱であるような様であった。


もちろん全員が同時に着信するなど、グループRAINでの着信でしか有り得ず、それはつまり一成からの連絡であろう。


俺と速人は、この連絡次第では薩川家に乗り込んで土下座も辞さない覚悟だった。そのこともあり、お互いで顔を見合わせてから画面を確認する。


藤&立「「やったぁ!!!!」」


藤堂さんと立川さんが同時に歓びの声を上げた時点で、もはや答えはわかったようなものだが、俺も画面を確認して一成の成果を見届ける。


西「ふぅ…どうやら上手くいったようですね。」


花「まったく、ヒヤヒヤさせるわね」


夏「いや~よかった。でも沙羅が婚約って、半年前の私だったら寝言をほざくなと言い切ったね。」


西「私なら正気を疑って病院を紹介しましたよ。」


あまりに酷い言い様だが、これは実際に薩川さんを見てきた二人ならではの感想だろう。正直なところ、一成に対する態度を知らないで薩川さんだけを見ていたら、俺も同じようなこと言った可能性はある。


画面を確認して笑顔を浮かべた速人と目が合うと、どちらともなく腕を上げて、「パンッ!!」と手を打ち鳴らした。


それを見た夏海さんがニヤリと笑いながらこちらを見る。


夏「むふふ、青春ですな~。男の友情だねぇ」


「「 !? 」」


よく見ると、他の連中もこちらを見ていたようだ。何だ、何か変なことをしたか?

速人を見ると、同じくわからないようで、ふるふると顔を振っている。


西「まぁまぁ、おめでたい話で何よりです。沙羅のお祖母様に会えたお陰で、私から連絡する手間が省けてしまいましたが、結果的に私が言うより良かったような気がしますね。」


花「確かに、祖母からの話の方が説得力が強まる可能性はある」


夏「藤堂さんファインプレーだね、」


藤「いえ、余計なお世話だって怒られることも考えたんですけどね。」


速「いやいや、お祖母さんもお礼を言ってたし、凄かったと思うよ。」


立「満里奈ナイス!」


藤「そ、そうかな? えへへ…」


夏海さんの言う通り、実際これはファインプレーだったと俺も思う。

お陰で、覚悟していた土下座をやり損ねてしまったけどな。


西「さて、それでは二人の将来を祝して、私達はケーキバイキングとでも行きましょうか!」


「「「「「 異議な~し!  」」」」」


まずは、おめでとう親友。

今まで散々苦労したんだから、幸せになってくれ。


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連絡を待っている皆に取り急ぎ報告をしておく為に、無事に認めて貰えたことをグループRAINで送信しておく。


あっと言う間に既読が7人ついたので、恐らくは全員待っていてくれたのだろう。

本当にありがたいな…


改めて皆にお礼を伝えようと思いながら横を見ると、沙羅さんも自身のスマホを取り出して、一斉に飛んで来たお祝いメッセージを嬉しそうに読んでいた。


「今度、改めて皆さんにお礼を伝えましょう。」


「そうですね。何て言いましょうかね?」


「ふふ…一成さんにお任せ致します。私をどう紹介して下さるか、楽しみにしておりますね?」


そう言ってイタズラっぽく笑う沙羅さんに、少し照れ臭さを覚えてしまう。

どう紹介って…やっぱり婚約者だろうか。


あれ、今、俺のことを…


「沙羅さん、今、俺のこと名前で…」


「…はい。普段から変えてしまいますと、きっと私は他の方の前でも直ぐにそう呼んでしまうと思うので…。やはりそれは、その…将来……結婚をしてから…」


「結婚」というワードを口にするのが嬉しいのか恥ずかしいのか、急に顔を朱くしてもじもじしながら俺にもたれ掛かる沙羅さん。


「私は一成さんをあなたと呼ばせて頂きますので、一成さんは私を……沙羅、と呼んで下さいね?」


上目遣いでこちらを見ながら、そんな照れ臭いことを言われてしまい、俺まで顔が朱くなっているような気がする。

だが攻められっぱなしでは悔しいので、先程のお礼も込めてご期待に答えてみることにした。


「沙羅」


「!?」


瞬間湯沸し器もかくやと言うくらい、沙羅さんが一瞬で真っ赤になってしまう。だけどそれは沙羅さんだけではない、言った俺も予想を遥かに上回る照れ臭さだった…


「も、もう一度、もう一度だけお願い致します…」


う、そこまで嬉しそうにされてしまうと…


「さ、沙羅…」


「はい…あなた」


「「………」」


少しの沈黙を挟んで、お互い急いで俯いてしまう。


こ、これはまだダメだ!!

今顔を上げたら、恥ずかしすぎて死んでしまいそう…だがきっと、沙羅さんも同じような状況だろう


「し、幸せすぎて自分がダメになってしまいそうです…や、やはり残念ですが、定着させるのは、け、結婚をしてからに……結婚……嬉しい…」


俺の腕に顔までもたれ掛かるように、沙羅さんがゆっくりと身体を預けてくる。本当に幸せだと思う。


「……二人とも、そろそろ話を再開していいかしら? あと、政臣さんが死んじゃうから、それ以上イチャイチャするなら二人だけのときにしてあげてね?」


完全に二人だけの世界に入っていた俺達を呼び戻したのは、苦笑混じりの真由美さんの声だった。


ハッとして顔を上げると、やれやれといった様子の真由美さん、微笑ましそうにこちらをみている幸枝さん、そして…何が抜けたように呆けている政臣さんの姿があった…


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「…ん、んんっ! で、では続きを話そうか。とはいえ、まだ現状では予定の話になってしまうのだが。」


緩んだ空気を引き締めようとしているのはわかるのだが、残念ながら浮わついてしまった空気を戻すのは難しいだろう。

なぜって、俺の横で沙羅さんが幸せオーラ全開だからだ。


「ま、まず難しいことについては私達に任せて欲しい。二人を困らせるようなことはしないから。」


「大丈夫よ、私達を信用してね。」


「ええ。私もしっかり見届けますからね。」


三人からここまで言われて信用しない訳がない。というより、沙羅さんを第一に考えてくれているとわかっている両親を疑う理由などないのだ。


「はい、宜しくお願いします。」


それに答えるように、しっかりと前を向いて返事を返すと、政臣さんが大きく頷いてくれた。


「それで、まず確認だけど、高梨くんは進路をどうする予定か決めているかな?」


「いえ、正直、今まではやりたいことも決めてなかったので…」


進路については以前も考えたことがあるが、明確に希望があった訳でもない。今となっては、沙羅さんが進学するのであれば同じ進路を選びたいと思うし、就職については政臣さんの会社を目指したいという気持ちがある。ただ、これも沙羅さんの為にという不純な動機が混じっているので、胸を張って言うことはできないかもしれないが…俺は政臣さんのような大人になりたいって気持ちも嘘じゃない。


「これはあくまで私の希望であって、強制ではないことを覚えておいて欲しいんだ。でも先程の話の通り、君が佐波を選んでくれるのであれば、ある程度絞られてしまうことは了承してくれ。」


「わかりました。」


「ありがとう。では要所だけ言うけど、高校卒業後はランクの高い大学を選んで欲しい。もしここから通うのであれぱ、実質的には一つしかないのだが…ちなみに私と真由美もOB、OGだ。」


大学…予想はしていたけど、やはり進学を考えた方がいいのか。ここから普通に通える範囲となれば、政臣さんの言う通り選択肢はない。


「学歴が重要と言いたくないんだが、残念だけど企業としてはやはり大事なことなんだよ。そして君には、大学に通いながら少しずつでいいから私の周りの仕事も勉強して欲しい。だからこそ、今の内から進路の目標を定めて欲しいんだ。」


まだ話を聞いているだけなのに、少し緊張感を覚えてしまう。自分が漠然と考えていた進路とは呼べない何かに、目的地や中継地点が設定されたと言えばいいのだろうか…


「もう一度言うけど、これは私の希望であり強制じゃない。でも先程の君の話を真剣に考えてくれるなら、私の希望として話しただけだよ。」


「…ありがとうございます。俺も本音で言いますけど…この先の進路も沙羅さんを軸に考えていました。沙羅さんが進学するなら俺も同じ場所、その先も沙羅さんと一緒に居ることができる場所ならって漠然と考えてました。だから佐波も、沙羅さんと一緒に居る為に必要なら…って考えていたのが本音です。」


こんなことを言ってガッカリされるかもしれないけど、でも俺が適当に考えていた訳じゃないということだけはわかって貰いたい。だから言うことにしたんだ。


「でも、俺にはもう一つ目標があります。恥ずかしいから詳しく言えませんけど、尊敬する人がいるんです。その人のようになりたいって思う気持ちもあるから、両立できるならって意味でも、佐波を目指したい気持ちがあるんです。」


こんな言い方をしたら、誰のことを言っているのかわかってしまうかもしれないけど…まぁいいか。


「……………そうか。」


政臣さんが何とも言えない表情で一言そう呟いた。多分理解していて、敢えて自分の気持ちを表に出さないようにしているのだろう。


「……も、もう限界です…一成くん!!」


凄まじい勢いで左側に引っ張られると、真由美さんの凶悪なまでの何かに埋もれるように抱きしめられてしまう。


な、何事!?


「ああもう、何でそんな可愛いことを言うんですか!? 政臣さんは我慢したみたいですけど、私は無理です!! こんないい子が息子になってくれるなんて…私、嬉しい!!」


もみくちゃにされるように抱きしめられながら頭を撫でられて、パニックになってしまう。ど、どうすれば!?


「はっ!? ちょ、何をしているのですか、お母さん!!! それは私の役目だと言った筈です!!!」


真由美さんの行動が突然すぎて理解が追い付いていなかった沙羅さんが、我に返った瞬間に俺を奪い返しに動いた。

もの凄い勢いで真由美さんから俺を引き剥がすと、そのまま自分の胸に俺を沈めて真由美さんから守るように身体をよじる。


「あぁっ、沙羅ちゃんずるい…」


「寝言を言わないで下さい! 一成さんを抱っこして差し上げるのも、いい子いい子して差し上げるのも、全て私の役目です!」


そう宣言しながら、ゆっくりと俺の頭を撫で始める沙羅さん。うぅ、力が抜ける…


「ふふ…一成さん、私も同じ進路ですから、二人で頑張りましょうね。これからもずっと一緒ですよ。」


「あ、あの、沙羅さん、今、政臣さんと話をしているんで…」


「そうでした。では、せめてもう少しだけ…」


そう言って、名残惜しそうにぎゅっと俺を抱きしめてくれる沙羅さんだった。


「…あらあら。沙羅ちゃんは真由美より大胆なのね…」


「…私はお母さんの前であそこまでしたことないと思うけど…」


沙羅さんの母性力(?)は真由美さん越えらしい…


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お気付きの方もいらっしゃると思いますが、この時点で一成は、自分が政臣の後継者候補として考えられていることにまだ気付いていませんし、自分がそうなる可能性まで頭が回っていません。

あくまで沙羅の為と、政臣への憧れで、将来の入社を考えているだけです。

一応補足でした…

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