第213話 四面楚歌+援護射撃

凄い…

何が凄いって、「絵に描いたような」を体現しているかのように、ここまで模範的な驚愕の表情を俺は見たことがない。


そして真由美さんがニヤニヤしながら、政臣さんの顔前でフリフリと手を振って何かを確かめている。


それは止めてあげて下さい…


「一成さん、後は私にお任せ下さい。こんな話はさっさと終わらせて、早くお家に帰りましょうね?」


!?

政臣さんの目が突然くわっと大きく開いた。

び、びっくりした。

手を振って遊んでいた真由美さんも、驚いて手を引っ込めてしまった


「さ、沙羅ぁぁぁぁ!? 今のあれはなんだ!!!??? なななな、何、何を、私の夢か!? それに、お家に帰るとはどういうことだい!?? 沙羅の家はここだろう!? あああ、さっきのあれは!!!??」


余程パニックになっているのか、若干支離滅裂になりながら政臣さんが矢継ぎ早に沙羅さんを問い詰める。だがその反対に、沙羅さんは極めて冷静で冷たい視線を放っていた。


「ここが家? 下らない見合い話を持ってくる誰かのいる場所など、もはや私の家ではありませんが? というか、煩いですよ。」


ガーーーン!!


という衝撃音が聞こえてきそうな政臣さんの様子が段々可哀想に思えてくる。

放心したような表情になってしまい、今にも膝から崩れ落ちそうだ…


「あらあら、可愛い娘から遂に誰か呼ばわりされちゃったわね。でもまぁ自業自得な誰かさんはとりあえず置いておくとして……沙羅ちゃん遅かったわね?」


「……」


…少し雲行きが怪しいような気がする。つい先ほどまでお茶目をしていた真由美さんが、いつの間にか沙羅さんを厳しい目で見ているのだ…


「お見合い話が嫌だったことは当然だし、離される可能性を考えて怖くなったことはわかるわ。」


いや、これは雲行きが怪しいなどというものではない。明らかに真由美さんが怒っているような…あの真由美さんが…?


「彼はあなたが家出をしたその日に、一人でここに乗り込んでくる決意の連絡をくれたというのに…当の本人は今までどうしていたのかしら? まさか逃げていただけ?」


「……それは」


「情けない…。でも一応ここに来たということは、自分で何かしらの答えに辿り着いたのよね? それで、どうするのかしら?」


一転してピリピリとした空気が薩川家のリビングに漂っている。俺もこの展開は予想外であり、まさかあの真由美さんが怒るとは思わなかった。

だが沙羅さんも言い淀みはしたものの、その目はしっかりとしているのが見てとれる。


「あの人と話をしようと思います。お見合いの扱いもそうですが、今後のことも考えて、まずは私と一成さんの交際を絶対に認めて頂きます。そしてその上で、会社への対応を考えて貰います。後は、答えを聞いた上で判断します。」


沙羅さんがハッキリと言いきった。

どうやらここへ来る前から考えていたようだ。そして政臣さんは、あの人呼ばわりされて更にダメージ……あ、もうそんなレベルじゃないな、あれ…


「そう。あなたのことだから、会社のことまで考えた上で、絶対に認めさせるという答えになったのでしょうね。まぁ及第点としましょうか。」


そこまで聞いた真由美さんがやっと表情を緩めてくれたことに、俺もホッとしまった。でも、俺は今の会話でわからない部分があったのだが…二人は通じていたようだな。


「ということで政臣さん、話は聞いていましたよね?」


ここまで放置され沈黙していた政臣さんに、再び話が戻ってきた。自分の名前が出たことにハッとした様子でこちらに視線を向けてくる。


「あ、あぁ。き、聞いていたよ…衝撃的すぎて、自分の目と耳を疑ったけどね。」


政臣さんは、何とか返事ができるくらいのギリギリで踏み留まっている様子だった。

あともう一声何かあったら、倒れてしまうのではないだろうか?


「では…」

「待って下さい、私が話をします。これは私がしなければなりません。」


「そう、それじゃ頑張ってね」


沙羅さんの強気な態度に満足したのか、真由美さんは笑顔を浮かべて言葉を引っ込めた。そして沙羅さんは俺の横に並ぶように立つと、俺の腕に手を添えて俺の顔を見て微笑んでから、真っ直ぐに政臣さんを見据える。


一方、沙羅さんの様子に何かを感じたのか、政臣さんもまた表情を引き締めていた。


「……お父さん、ご覧の通りです。私は一成さんのことが好き…いえ、心から愛しています。一成さん以外など必要ありません。ですから…」

「俺たちのことを認めて下さい!! 俺は沙羅さんが何よりも大切なんです。あと、俺はこの先のことも考えて、その上で話をしてます! 今の俺では頼りないとわかってますが、沙羅さんの為なら勉強もします、努力もします。将来認めて貰えるように頑張りますから!!」


慌てて俺が会話に割り込んだので、沙羅さんが驚いた様子でこちらを見た。申し訳ないが、これは最初から俺が言おうとしていたことであり、沙羅さんにも譲るつもりは無いんだ。危うく言われそうになって俺も焦ってしまったのだが。


「か、一成さん? 何を…」


俺の発言が意味することに気が付いているのか、沙羅さんの顔が真っ赤になってしまった。


「ごめんなさい、沙羅さん。これはどうしても俺が…」


「いえ、一成さんが仰って下さったのは私としても嬉しいのですが、でも…その…い、今のお話は…」


沙羅さんが真っ赤な顔のまま突然もじもじと身体を揺らし始める。恐らくは「将来認めて貰う」という言葉の意味を気にしているのだろう。


「んんっ!」


渋い顔でこちらを見ていた政臣さんが、突然咳払いをするかのように声を出した。それに反応した沙羅さんが、まるで睨むように政臣さんと顔を合わせる。


さて、どういう答えが返ってくるか…


「………し、正直に言おう。男嫌いだった沙羅が、まさか、あ、あ、愛しているとまで言い切るなんて夢にも思わなかった。二人の様子をこの目で見て、耳で聞いてもまだ信じられない気持ちは残っているんだが、衝撃が強過ぎて逆に冷静になれているような気がするよ。だから…これはもう疑う余地はないとわかった。」


まだ驚きが残っているようで、躓きながらも政臣さんは答えを返してくれた。一瞬喜びそうになったが、微妙な言い回しが引っかかり何かあるのでは? そう判断した俺は、咄嗟に踏み止まって話の続きを待つことにした。

沙羅さんも先に話を聞くべきだと判断したようで、同じく静かに続きを待っている。


「ここまで見せつけられた以上、二人の関係を疑うつもりはない。目の前で起こっていることが、夢ではないかと思ってしまう気持ちもまだ残っているが、現実だと認めざるを得ないよ。ただ……忘れてはならないのが、うちが薩川家だということだ。」


やはりこの話になってしまうようだ。

つまり、ここからが話の第二段階になるのだ。俺と沙羅さんの交際を認める為には、会社のことを考えた上での話になると、政臣さんは暗に言っているのだろう。救いなのは、政臣さんが個人としては認めてくれているような気がすることだろうか。


「高梨くん、真面目な話をさせて貰うよ?」


「…どうぞ。」


政臣さんが、今までと打って変わって非常に厳しい表情になり、正面から俺を見据えてきた。これはどうやら、いよいよ本気の話し合いになるみたいだ。俺も覚悟を決めなければ…


「高梨くん、君はさっき、将来認めて貰えるようにと言ったね? それはつまり、この家のことを理解した上でそう言ったということでいいのかな?」


「…はい。ただ、理解しているなんて言うつもりはないです。そんなおこがましいことは言いません。でもそれが何であっても、沙羅さんと一緒にいる為なら俺は迷いません。必要なことがあれば、絶対にそれをやってみせます。」


政臣さんから目を逸らさず、一歩も引くつもりがない意志を見せるように、俺も真っ直ぐ見据えて返事を返す。

この先どれだけ必要なことがあるのか、俺は絶対にわかっていないだろう。だから真由美さんのときと同じで、知ったようなことを言わずに本心でぶつかるだけだ。


「……君が本気だと言うことはわかった。だがそれだけでは…」


ピンポーン…


………このタイミングでお客さん?

ちょっとタイミングが悪すぎる。会話が完全にストップしてしまった。


「…ちょっと待って下さいね。」


真由美さんが苦笑しながらソファから立ち上がり、インターフォンのモニターを確認しに向かったのだが、「ええっ!?」という驚きの声をあげた。


「真由美、開けて頂戴。」


!?

この声は…まさか…


「……お祖母ちゃん?」


そう、幸枝さんだ。

もちろん幸枝さんがこの家に来るのに何ら不思議はない。でも、このタイミングなのは果たして偶然なのかどうか?

俺は話をしていないし、沙羅さんを見ると顔を横にふるふるとした。つまり沙羅さんも話をしていない…となれば、やはり偶然なのか?


真由美さんが、パタパタとスリッパを鳴らしながら少し急ぎ足で玄関へ向かう。少しして戻ってくると、その後に続いて現れたのはやはり幸枝さんだった。


「この家に来るのは久し振りだねぇ。」


「お、お義母さん、どうしましたか? 何か用事があれば、こちらから伺いましたのに。」


どうやら政臣さんも、幸枝さんが来ることを知らなかったようだ。

突然の来訪に、驚いた様子で話しかけている。


「今日は話があったから来たんですよ。」


そう言いながら、俺と沙羅さんの方を見てニコリと笑顔を浮かべる幸枝さん。


「ごめんなさいね、高梨さん。来るのが遅くなってしまって。沙羅ちゃんにも、怖い思いをさせちゃったねぇ」


「い、いえ、それより何で…」


「お祖母ちゃん…?」


どうやら、今の状況を把握して来たのは間違いなさそうだ。

誰も話をしていないようなのに…

俺と沙羅さんに頭を下げた幸枝さんは、顔を上げて今度は政臣さんと真由美さんを見た。


「お義母さん、高梨くんのことを知っているのですか?」


「もちろん知っていますよ。高梨さんは沙羅ちゃんと交際を始める前から知っていましたし、色々とお世話になっていますからね。とってもいい子ですよ。」


そんな風に言われてしまうと少し照れ臭いが…それよりも幸枝さんの目的だ。


「ところで二人とも…私が以前言った言葉を覚えていますか?」


幸枝さんも本題に入るようで、雰囲気が一気に変わった。今まで俺が見たことのない様子で政臣さんと真由美さんを見ている。


「沙羅ちゃんに関することで、会社で何かあったときには必ず私に話をするように言ってあったはずですよ? まだ早いだろうと思って私も油断していましたが、お見合い話が出たんですよね?」


やはり幸枝さんはお見合いの話を知っていたのか…俺達は言っていないし、政臣さんと真由美さんも言っていないようだし…どこから聞いたんだろう?


「ど、どこでその話を? いえ、そうなんですが、ただ、今回のお見合いは話だけで終わりそうだったので…」


政臣さんが目を泳がせながら、たどたどしい口調で弁解を始める。


「あのね、お母さん。今回の話は、私の方でも一応解決策は考えてあったから…」


「なるほど、それで解決したのかしら?」


「う…それは、まだなんだけど。政臣さんが、二人を認めるには先に会社のことをって…」


珍しく真由美さんが劣性になっている。

流石の真由美さんも、やはり幸枝さんには頭が上がらないらしい。


「はぁ…全く。とにかく、このお話は私も加わります。伝えなければならないことも出来ましたから。いいですね?」


「「は、はい…」」


珍しいこの光景を見るに、どうやら薩川家の構図は、幸枝さん>真由美さん>沙羅さん>政臣さんという、実に分かりやすい力関係なんだろうな…


「実はですね、ここへ来る途中で満里奈ちゃん達に会いました。二人のお友達が皆で集まって、報告を待っているようです。いいお友達がいて何よりですね。それと西川のお嬢さんも居ましたよ。非常に興味深い話も聞きました。」


幸枝さんが突然話題を変えたと思ったら、いきなり皆のことを話し出した。雄二や花子さんが待機しているのは本人から聞いたが、藤堂さんがいるということは速人もいる可能性が高いし、西川さんもいるなら夏海先輩もいるだろう。もし立川さんまでいたら全員集まっていることになるのだが…


「政臣さん、以前、山崎工業という会社の件で、西川の社長さんと何かしたそうですね? 絵里さんから聞きましたよ?」


「え、ええ。ウチの会社は直接関わる話ではなかったのですが、沙羅から報告がありまして、それで…」


これは初耳だった。山崎の父親を追い込んだのは西川さんのお父さんだとは聞いていたが、政臣さんも絡んでいたのか…というか、つまり沙羅さんも動いたのか。


「あれは全て高梨さんが中心で動いていたそうです。つまり、政臣さんの手柄も元を正せば高梨さんのお陰ということね? 感謝をするべきではないですか?」


「えっ!?」


政臣さんが驚いた様子でこちらに目を向けた。幸枝さんにその話をしたのは恐らく西川さんだろうけど、ちょっと大袈裟というか、それは俺に功績を盛りすぎだ


「いや、あれは、みんなで…」

「確かに、あれは一成さんが計画をして、私達の中心となって動いて下さったから解決したお話です。」


俺の言葉よりも早く、沙羅さんは同調するかのような発言を口にする。

それを聞いた幸枝さんも頷いてから話を続けた。


「ええ、私もお友達の皆さんからその話を聞きましたよ。一様に高梨さんを褒めていました。特に絵里さんからは、西川社長が今度高梨さんにお礼を言いたいとの言伝がありました。」


「俺にお礼ですか?」


沙羅さんと幸枝さんの話を聞いた政臣さんが、更なる驚きの表情で俺を見ている。ちなみに真由美さんは話を知らないのか、無言で聞き入っているようだ。


「それと政臣さん、絵里さん経由で、西川社長からの伝言を預かってきましたよ。」 


「え!? 西川社長がですか!?」


予想外の事が起こりすぎているようで、政臣さんが若干混乱した様子になっていた。かく言う俺も、状況が読めなくて混乱気味なのだが…


「将来が楽しみな次世代で大変喜ばしいです。双方の会社に於いて更なる発展が期待できますな…だそうです。詳しい話は、追って連絡があるそうですよ?」


次世代? 発展?

意味深な言葉でハッキリしないが、発展というからには良い意味であることは間違いないと思う。政臣さんはわかったのだろうか?


「ふっ……ふふふ……はははははっ!!」


!?

政臣さんが突然大声で笑いだした。

今の話で笑うような要素があったとは思えないが、あまりの様子に俺も沙羅さんも驚いてしまった。


「こ、これは、はははははっ……すまないね、高梨くん!」


まだ笑いが収まらないのか、笑い声を混ぜながら俺に話しかけてくる政臣さん。

正直、状況が読めないのたが…


「政臣さん、どうしましたか?」


さすがに気になったらしく、真由美さんが不思議そうに問いかけるが、政臣さんはまだ少し収まらないらしい。


「いやぁ、まさか何も言わせて貰えないとは思わなかったよ。ここまでされたら、私も負けを認めるしかないじゃないか! よしわかった、これは私の完敗だ!! 真由美だけでなく、お義母さんに加えてまさか西川社長まで出てくるなんて、君には本当に驚かされたよ。これではもう私が言えることなど何もない。まだ問題が残っているが、それを何とかする為にも是非協力して欲しい。だがそれよりもまずは…」


政臣さんが笑顔で近付いてくると、スッと右手を差し出した。それは俺に握手を求めるかのようで…


「私からも、沙羅のことを宜しくお願いするよ!」


とても嬉しい一言を、力強く宣言してくれたのだった…


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


すみません、なるべく頑張りますが、明日はさすがに更新が難しいかも・・・

そしてこの家族会議はまだ続きます。次回は政臣さんに砂糖の洗礼が!?(ぉ

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