第100話 沙羅先輩がんばる

「はい一成さん、あーん」


ぱくっ

もぐもぐ…


「あんたそんな性格だっけ…いや、二人がそれでいいなら私はいいんだけど」


俺だってまさか母親の前でもこれをやるとは思わなかったが、沙羅先輩は基本的に俺の世話を中心に考えてしまうようで、他人の前であろうと母親の前であろうと妥協はしない性格のようだ。


「はぁ…それにしても沙羅ちゃんのご飯は美味しいわ。これきっと私より美味いわね」


オカンが沙羅先輩の作った夕食を食べながらしみじみと呟いた。

敢えて賛同はしないが、俺の味覚的には間違いなく沙羅先輩の方が美味い。

これは最初の頃から変わらない評価だ。


「そんなことございません。お母様のお作りになったこの煮物とても美味しいです。はい、あーん」


ぱくっ

もぐもぐ


「可愛くて優しくて性格も最高、料理も家事も完璧で…ほんと、うちの息子には勿体ないなんてもんじゃないけど、でも本当にありがたいわ。沙羅ちゃんがこれからもいてくれれば、最大の懸念材料も解決どころかお釣りで溢れるくらいよ。」


最大の懸念材料とやらが何なのか突っ込むつもりはないが、取りあえずオカンが沙羅先輩を思いっきり気に入ったということは良くわかった。


「お母様、私はそんなに大した人間ではないですよ? それにこれからも一成さんのお側に居させて頂きたいと思っておりますので。」


「一成、あんた絶対に沙羅ちゃんを」

「わかってるから。いい加減俺だって恥ずかしいぞ」


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「沙羅ちゃん、今日は本当に会えて良かったわ。申し訳ないけど、うちの愚息を宜しくお願いします。」


タクシーを呼んだので、見送りは玄関ですることになった。

と言っても俺は特に言うこともないから、沙羅先輩と母親が話をしているだけなんだが。


「畏まりました。お母様からもそう言って頂けて嬉しいです。まずはお怪我が治るまで、一成さんの身の回りのお世話は全て私にお任せ下さい。」


俺の母親からも正式に依頼されたというか認められたことで、沙羅先輩はますますやる気になっているようだ。嬉しいような、学校が怖いような


「何か困ったことがあったら何時でも連絡してね。お金もさっきので足りなくなったらちゃんと言うのよ?」


どうやら母親から追加支援が出たらしい。

ありがたいけど、俺がそれを知らないってどういうことだ?


「ありがとうございます。基本的に食材費用くらいですから大丈夫です」


「沙羅ちゃんがいてくれるから安心して帰れるわ。それじゃまた会いましょうね。」


「はい、またお会いできる日を楽しみにしております。本日はありがとうございました。」


ガチャン…


オカンが帰ったら一気に静かになった。

でもこれが普段なんだよな。


「素敵なお母様ですね。次にお会いできる日が楽しみです。そのときはお父様にもお会いできると良いのですが…」


「多分このあと実家で大騒ぎになると思うから、次回は親父も来ると思う」


何はともあれ、丸く収まってくれたから結果オーライか…

沙羅先輩はやる気アップしたらしく、今まで以上に頑張ると息巻いていた。


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食器の片付けを終わらせた先輩が俺の包帯を外すと言ってきた。

風呂に入るのに邪魔だからとのことだが、確かにそうだな。


昨日は身体を拭いただけだし、暑くなって汗もかくから今日はせめてシャワーだけでも…とは思っていた。


「はい、上着を脱ぎましょうね」


そう言ってシャツの裾を持つと、スポッと抜き取るように脱がしてくれる。


馴れてきたな、俺も沙羅先輩も…いいことなのかはわからないが。


残りは脱衣場で右手を使わずに全部脱いで、風呂場に入る。

そしてバスチェアに座った頃…


「か、一成さん、失礼致しますね」


……え?


ガチャ


ドアを開けて現れたのは、湯着を着た沙羅先輩だった…


咄嗟に顔を背けて後ろを向く。

俺のタオルは…よし大丈夫だ。

いやいやタオルじゃなくて!


「さ、沙羅先輩! なんで」


「その…お背中を流して差し上げようと思いまして。片手では洗えませんから…」


いくら湯着を着ているとはいえ、これはキツい…男子的にキツい。


俺が背中を向けているのでそのままできると判断したのか、先輩が入ってきてドアを閉める。


「さ、沙羅先輩、ここまでして貰わなくても」

「いいえ、私は昨日からこうして差し上げると決めていたのです。それにお母様からもご依頼頂きました。一成さんがお背中を洗えないことがわかっているのに、それをお手伝いしないなどあり得ません!」


なんか沙羅先輩のテンションがおかしい。

無理をしているようにしか思えない

着替えのときに俺の上半身は見ているはずだが、やはり風呂ともなると雰囲気の違いとかもあるのだろうか。

それに沙羅先輩も薄着な訳で、やはり恥ずかしいだろう。


でもどうしよう、沙羅先輩が風呂場から出るまで振り向くなんてできないぞ…


そんなことを考えていると、さっき少しだけ見た湯着の沙羅先輩を思い出してしまう。


いや、これでもし沙羅先輩がスクール水着とかだったら本当にピンチ…いやいや、想像するな


などとパニックになっていたら、沙羅先輩はいつの間にか準備を終わらせたらしく、俺の後ろで座り込んでいた。


「し、し、失礼致します!」


シャワーを少しかけられて、それに続いて身体を洗うボティタオルの感触が背中に当たる。


ごしごしごし


あ…人に洗って貰うのっていいかも…

じゃなくて!


「さ、沙羅先輩」

「何か足りないことがあったら仰って下さいね!」


いつもより早口の先輩が、それでもしっかりと背中を擦ってくれる。

俺も恥ずかしい気持ちはあるが、女性である沙羅先輩の方が余程恥ずかしい思いをしているであろうことは間違いないはずだ。


ごしごしごし


二人とも無言で、沙羅先輩が背中を擦る音だけが響く。


「それでは流しますね」


暫くそれが続いた後、沙羅先輩がそう言うとシャワーがかけられる。

これで終わった…頑張ったよ俺は…


「そ、それでは私は出ますので、続きをお願い致します。右手を使ってはいけませんよ。あと…その、せめて5分程はお風呂場から出ないで下さいね」


尻窄みになるようにか細い声が響く。

5分ってなんだ?


「さ、沙羅先輩5分ってなんで…あ、着替えか!…着替…え…」


何となく想像してしまって、慌ててそれを打ち消す


「あ、想像しないで下さい!」


沙羅先輩の恥ずかしそうな声を聞いて、ますます想像が働いてしまう。


「ぐおお」


頭を振って想像を飛ばそうとするが、それはつまり想像していると告げるようなものだ。


「…恥ずかしいです…想像しないで下さいってお願いしてますのに……一成さんのいじわる…」


ガチャ…バタン


そこまで言うと先輩が逃げるように風呂場を出ていった音がした。

そして俺は5分どころかそれ以上の時間を一人で悶えていた…




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


遂に100話に到達してしまいました。

皆様ありがとうございます。

そしてまだまだ先が長…

この先もお付き合い頂けますと嬉しいです。

宜しくお願い致します。

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