第353話 幸せ

 という訳で…今日は毎週恒例、週に一度の薩川家食事会の日。


 生徒会の方も取り立てて仕事がなく、帰り時間も早いので、行き道がてら、晩御飯の買い出しをすることに。

 特に凛華祭の準備期間中は、忙しくて食事会も真由美さんに任せきりだったので…沙羅さんがそれを不満そうにしていたことも、悩ましい要因の一つではあったが、それも今日からは解消される。

 まぁその分、今度は真由美さんが不満そうにしている姿が目に浮かぶんだけど…

 既に買い物のリストはRAINで送られてきているので、後はいつもの商店街で買い揃えてから薩川家に向かうだけ。


 そう…それだけの筈だったのに…


「毎週、薩川さんの実家で食事会とか、ホントに家族ぐるみの付き合いだよねぇ」

「でもいくら将来の家族とはいえ、高梨くんが一人だけ入り込むとなると、やっぱ肩身が狭かったりとかしない?」


「いや、そんなことはないですよ? 俺も普通に過ごしてますし、寧ろ実家より居心地がいいかもです」


「一成さん、そう言って頂けるのは本当に嬉しいのですが…お義父様とお義母様に申し訳ないので、あまり表立って仰らないで下さいね?」


「おっと、そうですね。すみません」


 これは沙羅さんの言う通り、そこまでハッキリ言ってしまうのは親父とオカンに悪いか。

 でも実際の話、親父は自由人だから家に居てもゴロゴログータラ何もしないし、オカンはオカンであれだこれだと煩いし…

 隣の芝生は青いとよく言うが、ウチの親父とオカンでは、どう転んでも政臣さんと真由美さんには勝てないんだよな。


「今更なんだけどさ…薩川さんが言ってる"おとうさま"と"おかあさま"って、高梨くんのご両親だよね? それってつまり…」

「義理って書いて、お義父様、お義母様って呼んでる?」


「ええ、勿論そうですが。それが何か?」


「いや…何って言うか…」

「もう完全に結婚仕様なんだなって…」


「はぁ…どこが気になっているのか、いまいち分かりませんが…とにかく、一成さんのご両親は、私にとって義理のご両親であることに変わりはありませんので」


 んー、恐らく先輩達が言いたかったのは、沙羅さんがそういう発言をすること自体が改めて驚きであり…という、毎度お馴染みな「信じられない」系の意味であるのは容易に想像がつく。

 でも沙羅さん本人からしてみれば当然の話だから…これまた毎度お馴染みな定番のやり取りという訳で。


 …と言うか


 晩御飯の買い出しに、何で先輩達が付いてきてるんですかね!?


「嫁、買い物はどこでする?」


「どこでと言いますか、八百屋さんとお魚屋さんに寄りますよ」


「いつものお店?」


「ええ」


 ちなみに、花子さんが同行しているのは特段珍しい話じゃない。

 そもそもこの商店街は花子さんにとっての通学路であり、この先の路地を曲がった先に花子さんの家…マンションがあるから。


「…スーパーじゃないんだね」

「…あの薩川さんが、八百屋と魚屋で買い物とか…想像がつかない」


「おっ、沙羅ちゃんいらっしゃい!! 今日は大所帯だな!!」


「こんにちは。ええ、今日はちょっと…」


「そっかそっか。あぁ、兄ちゃんの方もいらっしゃい!!」


「こ、こんにちは」


 相変わらず、「the・八百屋」を地で行く店長さんに出迎えられ、沙羅さんは早速並べられた野菜から目的の物をチョイスし始める。

 基本的には店先に並べられている野菜を選ぶだけで事が足りるので、店の奥まで踏み込むことは殆どなかったり。


「これと…」


「あいよ…って、沙羅ちゃん、その指…」


「え? あ、これでしょうか?」


 沙羅さんの指で確かな存在感を示す"それ"に目敏く気付き、目を丸くする店長さん。そう言えば、プロポーズしてからこの店にはまだ来てなかったな。


「薬指って…まさか、そういう意味かい!?」


「ふふ…そうですね」


 隣に立つ俺に、チラリと意味深な視線を寄越し、幸せ一杯の笑顔で微笑む沙羅さん。

 その様子を驚きの表情で見ていた店長さんも、俺と沙羅さんを交互に見比べてから、釣られたように笑顔を浮かべ…


「そうかい、そうかい!! そりゃたまげたな!! なんだ、それを早く言ってくれよ!!」


「なんだい、あんた。デカい声出して?」


 店長さんの驚き声を聞き付けたようで、店の奥から現れたのはもちろん奥さん。気っ風のいい喋り方と、可愛らしいワンちゃんエプロンのアンバランスさが何とも微笑ましい。


「あら、沙羅ちゃんと彼氏さん、いらっしゃい! いつもありがとね!」


「おう、沙羅ちゃんの左手を見てみろよ!!」


「あん? 左手って…!? 沙羅ちゃん、それ!!」


「ふふ…」


 沙羅さんの左手を見て、奥さんも店長さんと同じく目を丸くして固まってしまう。まぁこの夫婦は、沙羅さんを幼少時代から見てきてる人達だから、その分驚きも大きくて当然だろうけど。


「え、まさか、それ婚約指輪なのかい!? 彼氏さんから!?」


「はい♪」


「えええっ!? 真由美ちゃ…ご両親は大丈夫なの!?」


「もちろん、これは両家公認ですよ」


「はぁぁ、これは驚いたねぇ!!」


「いやぁ…兄ちゃん、やるなぁ」


 バシッバシッ!!


「ゲホッ!! ゲホッ!!」


 毎度お馴染み、俺の背中をワリと強めに叩き始める店長さん。

 もちろん全力で叩いていないのは分かっているが、それでも結構な強さなので地味に痛かったり。

 でも、これをやってしまうと…


「おじさん…何度同じ事を言わせるつもりですか?」


「っとぉ、やべっ、わりぃ兄ちゃん!!」


「あんた、沙羅ちゃんに何回怒られたら覚えるんだよ。いい加減にしな!! ごめんねぇ、彼氏さん。この人、にわとり頭で」


「い、いや、大丈夫です…」


 とまぁ、こうして沙羅さんがワリと本気で怒ってしまうのも、毎度お馴染みのやり取りだったり。

 例えそれが誰であろうと、俺に何かすることだけは絶対に許さないのが沙羅さんスタイルです。


「いやぁ、わりぃわりぃ。でも兄ちゃん、相変わらず愛されてるみたいで羨ましいぜ? しかもこんなとびきりの美人を嫁にできるなんざ、もう人生勝ったようなもんだろ?」


「…そうですね。俺も、自分がこんなに幸せでいいのかって、毎日思ってますよ」


「おっと、言うねぇ。ま、ここまでの器量好しで家庭的な子なんて、絶滅危惧種バリにいねーからな。兄ちゃんが幸せもんなのは間違いねーぞ?」


「ははっ、それは俺が一番自覚してますよ」


 沙羅さんという世界一の女性と結ばれた俺は、世界一幸せな男。

 そんなことは言われるまでもなく、当事者である俺が一番よく分かってる。

 だからこそ、俺は誰よりも沙羅さんを大切に、そして世界一幸せにしてあげたい…いや、世界一幸せにする。そう自分に誓っているのだから。


「…何と言うか…馴染みすぎでしょ、これ」

「…これが高校生の買い物風景…だと?」

「…嫁が所帯染みてるのは、今に始まったことじゃない」

「…その所帯染みてる姿が、あたしらには信じられないんだよ…」


「最近、妙に真由美ちゃんがご機嫌だと思ったら、そういう理由だったんだねぇ」


「こりゃ、お祝いを持たせねーとな」


「ふふ…ありがとうございます。ご厚意は、ありがたく頂戴しますね」


「ははは、もう完璧に主婦だな…って、今更か」


「沙羅ちゃん、先に必要なもんを選んで頂戴な」


「はい。それでは…」


 こうして俺達は、いつも通り(?)の買い物を済ませ、その帰り際に、柿やバナナ、葡萄といった、フルーツの詰め合わせをありがたく頂戴することに。

 嬉しいけど、こんなに貰っちゃって良かったんだろうか…まぁいいか。


……………


………



 花子さんや先輩達と別れ、通い慣れた道を、沙羅さんと二人でゆっくり歩く。


 秋も順調に深まり、以前であれば、まだ日中にも思えたこの時間帯の空も、既に西日が差していて…目の前に長く伸びた俺達の影が、冬の近付きを改めて感じさせるなと、そんなことをぼんやりと考えていたり。

 と言うのも…去年の今頃は、そんなことを考える余裕も、感じる心のゆとりも、全く無かったことを何となく思い出してしまったからなんだが。


 今の自分が、どれだけ幸せであるのか…


 こんな日常が、どれだけ尊いものであるのか…


「一成さん」


 きゅっと…俺の手を握る力を少しだけ強める沙羅さん。

 俺が視線を横に向けると、同じくこちらを見ていた沙羅さんと見つめ合う形になり…ふわりと優しい微笑みを浮かべて。


「沙羅さん?」


「いえ、特別何という訳ではないのですが…」


「ですが?」


「ふふ…幸せだな…と」


「…俺もです」


 またしても俺の考えを「読んだ」のか、それとも偶然なのか…でも、こんな何気ないことですら通じ合えているのだと思えば、やっぱり嬉しいという気持ちしか湧いてこなくて。


「先程、八百屋さんの奥さんから言われたのですが…」


「そういや、帰り際に何か話してましたね?」


「ええ。と言っても、大した話ではないのですけど」


「それは…俺が聞いてもいい話なんですか?」


「勿論です。こんな甲斐性のある旦那、ちゃんと掴まえておきなさい…と、言われてしまいました」


「甲斐性…ですか?」


 甲斐性とは、そもそもどういう意味だったかな?

 何となく、やるべきことをやれる人間とか、そんな感じのニュアンスだったような気がするけど…仮にそうだとして、果たして俺は、本当に甲斐性のある男だと言えるのだろうか?


「まだ高校一年という年齢で、将来のことを真面目に見据え、私の両親から公認を得ることにも成功して、こうして確かな婚約指輪を用意した上でプロポーズまで行える。そんな甲斐性のある男子が、果たしてこの世に何人いるか…だから、絶対に離さないように、と」


 そうやって並べられてしまうと、確かに俺は、凡そ高校生らしからぬ行動ばかりしているような気がしないでも…

 でも、どれもこれも必要であったからそうしただけであり、特別大変なことをしたという覚えはない。全ては、沙羅さんと一緒に居たいが為に…


「ふふ…ですが、そんなことは言われるまでもありません。一成さんが、とても頼り甲斐のある素敵な男性であることは、私が誰よりも知っております。そして…言われずとも、私は生涯、この手を離すつもりなどございません」


「沙羅さん…」


 ぎゅっと握られたお互いの手を、少し前に付き出して…離さないことを改めて誓うように、沙羅さんが表情を引き締める。

 俺だって、そんなことを言われずとも…


「ええ。俺もこの手を離すつもりなんかありませんよ。例え、沙羅さんが嫌だって言っても…」


「一成さん、そんなことは冗談でも仰らないで下さい。私が一成さんを拒絶するなど、天地がひっくり返ろうとあり得ない話です」


「す、すみません、そこは言葉のあやと言うか…勿論、そんなことはあり得ないって分かってますよ?」


「はい。私の居場所はあなたの隣だけです。あなたのお傍に居られることが、あなたの為に自分の出来る全てをして差し上げることが、私にとって何よりの幸せですから…」


「沙羅さん…」


 握りしめた手はそのままに、どこまでも真っ直ぐな瞳で俺に…俺の目に訴えかけてくる沙羅さん。

 その真摯な瞳に吸い寄せられるかのように、俺は一切の視線を逸らすことが出来ず…ただ黙って見つめ合う。


「ですから…一成さんも、幸せになって下さいね? 私が必ず、あなたを世界一幸せにして差し上げます」


「…ありがとうございます。でも俺は、既に世界一幸せですよ?」


 なぜ沙羅さんが、突然こんなことを言い出したのか分からない。先程の八百屋さんで行われた会話の何かが切っ掛けなのかもしれないが…

 …或いは、俺が何となく考えていたことへの沙羅さんなりのフォロー…は違うか。アピールとか、上手く言えないけど、そんな何か。


 だから俺は…


「誰よりも俺を愛してくれる、俺のことを理解してくれる、そんな沙羅さんとこの先もずっと一緒に居られるなら、これ以上の幸せなんかないです。断言できます。だから、これまでの過去も全て、今の…将来の幸せに必要だったと思えば、すんなりと受け入れられるようになったんです。だって、その上で、沙羅さんとの出会いが生まれたんですから…」


「一成さん…」


 トン…と、軽い衝撃の後に、俺達の長い影が一つに合わさる。荷物を持たない左腕に沙羅さんの腕が回され、温かく柔らかい何かに包まれて…


「…やはり、世界一幸せなのは私の方ですね。一成さんにそこまで想って頂けて…」


「いや、俺の方が世界一ですよ?」


「ふふ…これ以上反論をなさるのであれば、また強制的にお口を塞いでしまいますよ?」


「えっ!?」


「…などと色気のないことを言わずとも、今、私は…」


「沙羅…さん?」


 腕を解いた沙羅さんが正面に回り、お互いに真っ直ぐ見つめ合う。

 夕陽に照らされた沙羅さんの姿はどこまでも美しく…神秘的にすら思えて。

 俺の…俺だけの女神様。


「二人で一緒に…世界一幸せな二人になりましょうね…あなた?」


「そうだな…」


「はい♪」


 そのまま身体を預けるように身を寄せ、俺達の距離がゼロになり…俺の目を見つめる沙羅さんの瞳が、スッと閉じる。

 そのあまりの美しさに、思わず目を奪われてしまったその直後。


「愛しております…あなた」


 ちゅ…


 今度は唇まで奪われて…


 長く長く伸びた俺達の影が、完全に一つになっていた。


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 何となく口直し回…という訳でもありませんが、暫く書いていなかった日常シーンをと思ったら、結局いつも通りになってしまったというオチです。

 深く考えずに書いていたので、シナリオ的には特にこれと言った話にはなりませんでした。でもその代わり、アッサリと書けてしまいましたがw

 なんか、このまま薩川家に行かず、日にちが飛んでしまいそうな雰囲気ですが、次回はしっかりと薩川家です(ぉ


 前回のタカピー視点ですが、少し冒険した自覚は自分でもありますが、それでも必要だと思ったから書いた次第です。


 それではまた次回~


 P.S. またしてもミスで、修正前の下書きを上書きしてしまいました・・・

思い出せる限りで修正しましたが、細部が違うかもしれません・・・

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