第375話 ありがとう
「それで…あいつらは伝手を使って、今度は間接的にこっらへ嫌がらせをして来るようになりました。でも俺達は俺達で別の伝手が見つかって、そこから山崎達へ反撃する糸口を見つけたんです」
「なるほど…それが西川絵理さんだった、と?」
「はい。実は以前、俺と一緒に殴り込んでくれた親友が、あの一件の後も独自で動いてくれていたんです。それで、そのときに知り合った人から情報を貰うことが出来て、山崎の本命が西川さんだということが分かりました」
「あぁ、それで沙羅が動いたのか。転校してしまったとはいえ、絵理さんは沙羅にとって数少ない友人だからね」
「数少ないは余計です。私は人付き合いを選ぶ主義ですから」
「おっと、これは失礼」
まぁそもそもの話、沙羅さんと友人になれるまでの関係を構築出来る人なんて限られているだろうけど…特に当時の沙羅さんであれば尚更…っと、それはともかく。
「それで一成くんは、実際に絵理さんと接触して…?」
「そこから暫くは、情報収集に当たりました。今の学校で新しく出来た親友も協力してくれて、柚葉達のグループに接触したりとか…そしたら…」
「あの話に辿り着いた…と」
「です。でも話が大きすぎて、正直どうするべきか本気で悩みました。あれを攻撃したら、もう個人で収まるような話じゃありませんし…」
「だろうね。山崎工業も決して小さな会社ではないし、まして非合法なことを平然と行う相手と社会的にぶつかるなんて、本来ならリスクがあまりにも…」
「ええ。あくまでも個人的な話で考えていたのに、いつの間にか向こうの会社全体…まるで社会悪を追及するようなスケールになっちゃいましたからね。でもだからこそ、これならあいつを確実に潰せるかもしれないって…」
それを実行することで、果たしてどれほどの大惨事になるのか。それを思えば、怯むどころか怖くなる気持ちも多分にあったことは事実だけど…でも俺は、逃げる訳にはいかなかったんだ。
それに沙羅さんが…皆が、俺と同じだけのものを背負ってくれると言ってくれたから…だから俺は。
「…その決断が出来た度胸もそうだけど、まさか高校生の仲間内だけでここまでの事態を乗り越えることが出来るなんてね…改めて感服したよ。本当に大したものだ」
「いや、でもこれは、全部皆のお陰ってだけなんです。俺自身は何も…」
これは決して謙遜で言っているのではなく、そもそもこの件を対処できた一番の要因は、雄二と花子さんが山崎の弱点を発見してくれたからだ。
それに肝心の花子さんと連絡が取れたのは藤堂さんと立川さんのお陰で、西川さんにコンタクトが取れたのは沙羅さんと夏海先輩のお陰。その後柚葉達のグループから情報を引き出せたのは速人のお陰で、最後に山崎を会社ごと対処出来たのは、もちろん西川さんの力があったからこそ。
そして何より…俺が最後まで日和らず、あいつらと真っ正面から対峙できたのは…沙羅さんが常に俺を支えてくれたから。
つまり…俺だけが何も。
「それについては言わずもがな…だよ? 確かに周囲がそれぞれの役目を果たした結果であることに違いはないだろうけど…その点を、線で結んだのは誰かな?」
「それは…」
「うん。自分でも分かってる…いや、誰かに言われたことがあるのかな? そうだよ、君がその中心に居たからこそ、全ての要素が一つに纏まったんだ」
これはいつか、沙羅さんや西川さんにも言われたことがある。
それぞれに出来ることは限られているけど、それが俺を中心に集まることで、初めて一つの力になるんだって。
それこそが俺の…
「人にはそれぞれの役割があって、でもバラバラに動いているだけじゃ何にもならない。だからそれを纏める人間が…その力を結集して、使いこなす人物が必要になるんだ。そして君は、まだ高校生という身でありながら、会社という社会的な存在に対し、見事にそれを体現してみせた。これは間違いなく君の力なんだよ?」
「政臣さん…」
「だから胸を張りなさい。この件を解決に導いたのは、間違いなく君の力でもあるんだ。そしてそれこそが、私が君に期待する大きな理由の一つでもある。勿論、西川会長もね」
「一成さん…誰が何と言おうと、私達のリーダーはあなたです。私達は全員、あなたを中心に集結して、あなたを中心に行動するグループなんですから…」
「沙羅さん…」
政臣さんの自信に満ちた眼差しが、沙羅さんの揺るぎない真っ直ぐな眼差しが、その言葉以上の何かを俺の心に強く訴えてくるようで。
そうだよな…自信を持つとまでは言えなくても、それでもせめて。
「…分かりました。皆のお陰であることに変わりはありませんけど、それでも自分の手で決着を着けたことだけは確かですから」
「はい♪」
「うん、今はそれでいいよ。謙虚さを忘れないことも大事だからね」
「んふふ…いかにも一成くんらしいわ」
「そ、そうですか?」
俺らしいと言われても、寧ろこの内容で自信満々になれる奴の方がおかしいと思うんだが…まぁいいか。
「とにかく、ここまでの話は大体分かったよ。一成くんが抱えていた問題も概ね理解したし、これだけのことを私達にも話してくれたのは…不謹慎な言い方かもしれないけど嬉しかった」
「その…政臣さんと真由美さんは、俺にとってもう一人の親父とオカンですから」
「はは、そうか、そう言って貰えて私も嬉しいよ。それに親父と呼ばれるのも悪くないね。今後は私のこともそう呼ぶかい?」
「あ、政臣さんズルいわ! それなら私のこともオカンって…」
「え、えぇぇぇ!? いや、政臣さんと真由美さんは、そういうイメージじゃ…」
俺も上手く説明できないが、政臣さんと真由美さんは、断じて「親父・オカン」というイメージじゃないんだけど…だからそれは勘弁して欲しいと言うか。
「おい一成、そりゃどういう意味だ?」
「そうね、その辺のイメージとやらを是非聞いてみたいわ?」
「え、えぇぇと…さ、沙羅さん!!」
只でさえ上手く説明できないのに、そこを追及されても返事に困るぞ!!
という訳でここは…情けなくも、二人がこれ以上追及出来ない人に頼る他…
「ふふ…お義父様、お義母様、それは一成さんなりの愛情表現の一つでもあるのですから、これ以上一成さんを苛めないで下さいね?」
「う…さ、沙羅ちゃんにそう言われちゃうと…」
「な、何だこれ…普通の笑顔にしか見えないのに、問答無用で反論を許さない圧力みたいなもんを感じるんだが…」
案の定、沙羅さんに歯向かえない(特に親父)二人が、窮したように口をつぐむ。
そして肝心の沙羅さんは、嬉しそうに満面の笑みで俺の頭を撫で撫で…ひょっとして頼られたのが嬉しかったとか、そんな感じですか?
「は、はは…ま、まぁ私達の呼び方は一成くんに任せるとして…それじゃ、話の方は」
「はい、これで俺の話は大体終わりです。後は親父達が…」
「あぁ、こっちも事情は大体分かった。お前がとんでもないことをやらかして、その流れで今回の件に繋がったと考えれば、あちらの話に追加で納得出来るってもんだが…」
「そっか。それなら…」
「ただ一つだけ…な」
「…何だ?」
そこまで言うと親父は目を閉じ、何かを考えているような…いや、気持ちを落ち着かせているような仕草を見せ…
「…お前がこれだけのものを抱えていたのに、親として何もしてやれなかったのは完全に俺の不徳だ。すまなかった」
そして目を閉じたまま…あの親父が、俺に向かって頭を下げて!?
「は!? い、いや、ちょっと待ってくれ!! 親父達が何も知らなかったのは、そもそも俺が黙ってたからなんだし…」
いつもとは全然違う、あまりにも真摯的な親父の様子に、俺も戸惑いが…でもそれ以上に、申し訳なさが込み上げてくる。
この件については、何も言わなかったことを責められこそすれ、親父達に謝られるような理由は一切ないのに…
「だとしても、あの当時お前に何もしてやれなかったことは事実だ。そればかりか、お前がこうして立ち直る切っ掛けにも何一つ…」
「いや、だから、俺は…」
困ったぞ…上手い言葉が見つからない。
本当にこの件は、俺が黙っていたのが悪いだけで、親父達には何一つ悪いことなんて…
「僭越ながら申し上げますと…お義父様やお義母様が何も為さっていないという認識は間違っております。少なくとも、一成さんはそう思っておりませんから」
「沙羅さん…?」
「さ、沙羅ちゃん…でもね」
不意に発せられた沙羅さんの一言に、全員の注目が集まる。でも当の沙羅さんは、相変わらずの微笑みを浮かべたままで…
「先程の一成さんのお話と重なりますが、そもそも一成さんがこちらで生活を始める上での基礎を用意して下さったのは、他ならぬご両親です。それが無ければ、立ち直るためのスタートラインに立つことすら叶わなかった筈ですよ?」
「いや、そのくらいは当然と言うか…」
「いいえ。一成さんの自主性を重んじて、ここまでのことを二つ返事で受け入れて下さるご両親などそうはおりません。それに、そんなお二人の優しさがあったからこそ、一成さんは最後まで折れずに、戦い抜くことが出来たのです」
「沙羅さんの言う通りだよ。俺は本当に、二人には感謝してる。何にも相談しないでいきなり決めた受験先も、独り暮らしの件も、黙って受け入れてくれたばかりか後押しまでしてくれただろ? それに、親父達がいつも普通に接してくれたから、俺も腐らずに中学時代を乗り越えることが出来たって言うか…だから」
ここまで引っ張っておいて、沙羅さんのフォローも借りて、やっと素直に自分の中をさらけ出す覚悟が出来たことを情けなくも思うし、申し訳なくも思うけど…
でもだからこそ、今この場でこれを言わなければ、俺はこの先もずっと。
「親父、オカン、今まで本当にありがとう。俺がこれまでのことを乗り越えられたのは…沙羅さんと出会えたのは、二人のお陰なんだよ。だからもし、俺が立ち直ったことに関わってないって本気で思ってるならそれは違うぞ。確かに俺を立ち直らせてくれたのは沙羅さんだけど…でもその下地を作ってくれたのは、間違いなく親父とオカンなんだからさ」
「…一成」
「…っ」
「だから俺は、二人には本当に感謝してる。今までこの話を出来なかったことは悪いと思ってるけど…やっと決心が着いたんだ。それに、沙羅さんと出会える切っ掛けをくれたことは、やっぱ俺的に感謝してもし足りないし…」
過去を乗り越える切っ掛けになってくれたことも、当時の俺にとって心の支えになってくれたことも、受験を含めた現実的な支援をしてくれたことも、全てに於いて感謝してるけど…
でもやっぱり俺的には、沙羅さんと出会う為の切っ掛けになってくれたことが一番で。
「…私からも改めてお礼を申し上げます。お義父様、お義母様、本当にありがとうございました。お二人のお陰で、私は一成さんという世界一素敵な男性と出会うことが叶いました」
「さ、沙羅ちゃん…」
「はは、こいつが世界一素敵ねぇ」
「ふふ…一成さんは間違いなく、世界で一番素敵な男性ですから。そして、そんな一成さんの妻となる私は、間違いなく世界で一番幸せな女であると自負しております」
何の迷いも冗談さも感じさせない、心から本気でそう思っているのだと感じさせる、どこまでも真っ直ぐな…俺の大好きな沙羅さんの瞳に、親父とオカンも思わずと言った様子で笑みを溢す。
「はは…そこまで言われちゃったら、どういたしましてと言うしかないわねぇ」
「だな。まさかこんな話に揃って惚気をぶっこんでくるとか、もう勝手にしろって感じだわ」
「いや、別に惚気た訳じゃ…」
「自覚が無いならなお悪いわ。爆死しろ!」
「ちょっ!?」
俺としてはかなり真面目な話をしたつもりなのに、何でオチがそうなるんだよ!?
何を感謝しているのか本音で伝えただけなのに、これはあまりにも理不尽と言うか…理不尽だよな?
「良かった。どうやら無事に、丸く収まったみたいね」
「そうだな。私達も気になっていた部分がハッキリした訳だし、こんな話を聞かせてくれるくらい信用して貰えていると思えば…」
「んふふ…お義母さんも嬉しいわ。もうこうなったからには、私もこれまで以上に全力で息子を可愛がって…」
「だから、寝言は家に帰ってからするようにと言った筈です!!」
「沙羅ちゃんのいけずっ!!」
「ははっ…」
「まったく…ふふ」
「はぁぁ…寧ろこっちの方が現実感ないぞ。何であんな美人母娘が一成の取り合いなんかしてんだよ」
しんみりが一転、いきなり振り出しに戻ったかような…それこそ、この話をする前に色々と考えていたのが何だったのかと思えるくらいの軽い空気に、思わず笑いが溢れる。
何より、やっと全てを話すことが出来た今…俺の心にあった最後の蟠りが今度こそ消えたという確かな実感があるから。
「ま、何にせよ、お前はこれから頑張るしかねーな」
「何だよいきなり?」
「お前が選んだ道だからな…流石にここから先はフォローできんぞ。俺達じゃ門外漢すぎる」
「は? そりゃまぁ、養子とか何とかは政臣さん達に任せるしかないと思うけどさ」
「そういう意味じゃねーんだけどな、まぁいいか」
「沙羅ちゃん…こいつのこと、本当に宜しくね?」
「はい、お任せ下さい。私の全力を持って、一成さんをお支えすることをお約束致します」
自信満々、実に堂々と…そして誇らしく。オカンの言葉に大きく頷き、俺に柔らかい微笑みを見せる沙羅さん。
そうだよ、例えこの先に何があろうと、何が待っていようと、俺はこの笑顔さえあれば…
沙羅さんさえ傍に居てくれれば…
「ふふ…頑張りましょうね、あなた?」
「そうだな…沙羅」
例え何であろうと、どんなことでも、沙羅さんと一緒なら乗り越られる。歩んでいける。俺にとって沙羅さんとはそういう存在であり、だからこそ、こうして過去を乗り越えることも出来た。俺はもう大丈夫だと、胸を張って言えるようになったんだ。
だから今度は…お前の番だ。
今度こそ、お前もそういう人を見つけて欲しい。立ち直って欲しい。
俺はそう願わずにはいられないから…
なぁ…柚葉?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
はい、という訳で、顔合わせ編はこれにて終了となります。
途中のトラブルがまだ修正されていないので、完結したとはとても言えませんが・・・申し訳なく。
何とか次の章に入るまでには、一応の形でもいいので整えたいと思っています。
流石にあのまま放置ではどうかと思うので・・・触れるのは怖いですが(^^;
実は今回、最後で柚葉のことに触れるかどうか最後まで悩みました。
というのも、私としては一成が完全に柚葉のことを見捨てられていないことを踏まえ、やはり心のどこかで立ち直って欲しいと考えているのだという思いがあります。
ただ勧善懲悪というか、悪に容赦をかけない真正の「ざまぁ」をお求めの読者様には温いと思われるかもしれませんが・・・本作は「ざ甘ぁ」であることも考慮して頂けると嬉しいです。
さて次回は・・・一つだけ幕間の話を挟んで、少し日常に戻ります。
そしてテストとクリスマスの話があり、冬休み・・・年末パーティと繋がっていく予定です。
そこまでいけば、多少、物語の進行スピードも多少速まるのではないかと思います。このままではいつまでたっても終わらないし、私の引き出しも尽きかねないので(^^;
それではまた次回~
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