第402話 ご対面

「失礼します」


 何となく職員室や校長室に入るときと似たような感覚でそう告げてから、俺は政臣さんが開けてくれたドアをくぐり、遂に特別室の中へと足を踏み入れる。

 そこは今まで俺が見たことのあるホテルの客室とは一線を画し、広さも然ることながら、高級感漂う純洋風然とした家具や装飾品の配置…恐らくフェイクだとは思うが暖炉まであり、中央には優に4〜5人は座れるであろう大きなソファーが二対とローテーブルが置かれている。

 そしてそのソファーにポツリと座り、こちらを見ながら朗らかな笑顔を浮かべているのは…


「いやぁ、よく来てくれた。わざわざご足労かけて済まない。本当は私の方から訪ねて行きたかったんだが、それをすると不要の騒ぎが起きてしまうだろうからね」


「あ、いえ、それは別に…」


 俺が部屋に入ると直ぐに立ち上がり、両手を広げながら歓迎の意を示してくれるこの人は勿論…佐波エレクトロニクス現会長、薩川昭二さん。

 改めて近距離で見るその姿は、先程の開会式での印象よりはちょっぴり普通っぽく、状況が状況でなければ、「知り合いのおじさん」という表現がピッタリくるくらいの優しい感じ…


「…ふむ…思ったよりも普通だな。色々と話を聞いていたから、さも新進気鋭な青年だとばかり思っていたんだが」


「はい?」


 …と思ったけど前言撤回。


 出し抜けにそんな台詞を呟いた昭二さんの笑顔はともかく、目が全くと言っていいほど笑っていない…どころか、俺を品定めするかのように、遠慮なくジロジロとこちらを上から下まで眺めてくる。


 ちょっと、初対面でこれはどうなんだ?


「例の一件を解決に導いた青年であり、あの沙羅が初めて認めた男ともなれば、私も興味が尽きなくてね。君に会う前から色々と想像をしていたんだが、思ったよりも…」


「…何ですか?」


 この思わせ振りで、暗に嫌みを混ぜつつ奥歯に物が挟まったような物言いが、何とも癇に触るものの…ここは我慢だ、我慢。


「あの…会長。一成くんに何か?」


 流石の政臣さんもこの展開は予想していなかったらしく、いきなり漂い始めた不穏な空気に戸惑いを見せ、おずおずと会長にそう問いかけるが…


「いや…取り敢えず立ち話も何だから、座ってくれ」


 当の会長は特に悪びれた様子もなく、アッサリとそう言い退け…俺と政臣さんはお互いに顔を見合わせ、政臣さんがコクリと頷いたのを確認してから、取り敢えず反対側のソファーに並んで腰掛ける。

 そんな何気ない動作ですら、会長に笑われているような気がするのは…これは疑心暗鬼になってるだけだな、きっと。


「先ずは改めて自己紹介と行こう。既に知っているとは思うが、私は薩川昭二…先代会長、薩川久義の弟で、政臣くん達の叔父に当たる」


「はい。俺は…じゃない、自分は、高梨一成です。宜しくお願いします」


「宜しく頼む。君のことは政臣くんや真由美、幸枝さんから色々と聞いていてね。そのせいなのか、あまり初対面な気はしないが…」


 と、そんなことを言いつつも、会長さんはさっき色々と不穏な台詞を呟いてくれた訳で…しかも相変わらず、目が笑ってませんよ、これ。


「さて、時間的な余裕もあまりないから早速本題に入らせて貰うが…その前に一つだけ。これは失礼を承知の上で聞くんだが…君は本当に件の青年なのか?」


「は?」


「え?」


 あまりにも唐突すぎる問い掛けに、俺と政臣さんは揃って間の抜けた声を漏らしてしまい…取り敢えず、会長が指している「件の」とやらが何を指しているのかイマイチ分からないんだが。


「会長、彼は正真正銘、高梨一成くんです。それは以前にも…」


「…そうか。私の思い込みもあるだろうからこんなことを言うのは失礼だと分かっているが、どうにもイメージが結び付かなくてね。まさかこんな、何一つ感じるもののないごく普通の青年とは思ってもみなかったから…」


「か、会長、それはいくらなんでも…」


「あぁ、政臣くんはちょっと黙っていてくれ。私は彼と話しているんだよ」


「っ!?」


 最初の歓迎で見せたような親しみ溢れる笑顔は完全に消え去り、会長の雰囲気が一変…俺を見定めるような冷たい目線は全く変わらず、そればかりか、政臣さんまで袖にするという強硬な態度を見せ始める。


 ひょっとして、これがこの人の本性なのか?

 でも政臣さんや真由美さんから聞いていた話とはまるで…


「それに沙羅も沙羅だな。私が紹介した将来の有望株には見向きもせずに、まさかこんなどこにでも居るような平凡男を捕まえてくるとは…やはり何だかんだ言っても、まだまだ子供…」


「俺が平凡だってことは認めますけど、沙羅さんのことを悪く言うのは止めて貰えませんか?」


「…ほぅ?」


 俺のことは元より、この人の豹変ぶりも、聞いていた人物像との乖離も気にならない訳じゃないが…それよりも今は、沙羅さんのことを馬鹿にするような発言が許せない。


「俺が特別何かを出来るような人間じゃないってことくらい、俺自身が一番よく分かってます。ここまでのことだって、沙羅さんや皆に手伝って貰って…助けて貰って乗り越えてきましたから」


「…自分を客観的に評価出来るのは悪くないな。それで?」


「そもそも俺と沙羅さんは…沙羅さんが俺を選んでくれたのは、そんな打算的な理由じゃありません。これを口で説明するのは難しいけど、俺も沙羅さんもお互いに心から求め合う存在だって思ったから…だから沙羅さんは、こんな平凡な俺でも好きになってくれたんです。会長さんは、そんな沙羅さんの意思まで否定するんですか?」


「確かに沙羅の意思を否定するのは私の本懐ではない…が、沙羅には持って生まれた立場というものがあってだな」


「そんなことは俺だって分かってます!! 沙羅さんと婚約する前に、政臣さんや真由美さんから色々言われましたし…だから会長さんが何を言いたいのかも分かってるつもりです。納得はしてませんけど…」


 これは婚約の話が出たそもそもの理由に直結している内容であり、沙羅さんが政臣さんと真由美さんの娘であるからこそ生じる問題であることは俺だって理解している。だからこそ、生半可な関係では周囲が納得しない…本来なら俺達二人の関係を他人に納得させること自体ナンセンスだと思うが…でもそれを必要としてしまうのが、正に沙羅さんの「立場」ということになる訳で。


「そうか。では君が、そんな沙羅や政臣くん達の判断が間違っていなかったことを証明出来ると、そう言うんだな?」


「はい…と言いたいところですけど、少なくとも今は出来ません。悔しいけど、俺はまだ何も出来ませんし」


 これは本当に悔しい限りだが、今の俺に会長さんを納得させられる何かが出来るとは到底思えない。まだ学業の方も頑張り始めたばかりで、仕事らしい仕事も何一つしたことのない俺が、そもそも超大企業の会長さんを納得させられる何かを持っていると考える方がおこがましいのだから。


「ふむ…そこで"やれる"と言わないところがミソだな。もしこれが役員の子供であったり、立場のある人間であれば、例え自信が無くともやれると言い切る場面ではあるが…」


「俺だってそう言えるものならそう言いたいです。でも現実として、今の俺がそんなことを言っても説得力なんか全くないですよね? 社会経験は全くない、簡単なアルバイトくらいしかやったことのない俺がそんなことを言ったって、会長さんからすれば笑い話でしかない」


「そうだな、確かにその通りだ。何もやったことがない、まして見たことも聞いたこともないものを安易にやれるだ何だと言い張るのは、単なる身の程知らずな大言壮語でしかない。もしそれを言いたければ、せめてそれ相応の実績か実力を持っていなければ…だが」


 会長はそこまで言うと、何故か大きく一呼吸置き…そして次の瞬間、俺を見る目つきが一気に変わる。瞳の鋭さは一層増し、ともすれば俺を射抜きそうなほどに力強く、その表情からも何かを強く訴え掛けてくるような…


「君は悔しくないのか? こんな理不尽とも言える理由で自分を否定され、恋人のことまで持ち出されても冷静さを失わないのは評価に値するが、これでは単に主体性のない今時の子供と同じ…」


「勘違いしないで下さい!! 俺だって怒ってますよ!! でもそれは、沙羅さんの意思を否定しようとする会長さんと、それを正面から否定できない俺の情けなさにです!!」


「…ほぅ?」


 一番痛いところを直球で指摘され…


 ここまで我慢していたものが、遂に口を突いて溢れ出していく。


 俺だって冷静さを保とうと必死になって色々考えていただけで…


 怒ってない訳ないだろうが!!



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


























 はい。

 ちょっと短いですが、今回はここまでです。


 風邪が発熱まで行かなかったので、休みながら暇つぶしにポチポチと書いていた分になります。またいいところで止めたと言われそうですが、別に狙ってる訳じゃないですよ? 本当ですよ、ええ。

 実は次回分も大方書けているんですが、調整している時間が足りないので取りあえずここまでになりました。恐らく次回の更新は早めに・・・週明けの月曜日にでも出来ると思います。


 さて次回は、会長との話が一通り終わり、再び会場へ戻る・・・予定でしたが、書いてるうちに次の展開が勝手に始まってしまったので、もう一つの出来事を書く予定です。ただこちらは想定していなかったことなので、思うように書けなければ端折られる可能性もありますが・・・それは書いてから考えます。


 それではまた次回~

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