第239話 特別
月曜日 朝
普段より少しだけ早く家を出た俺達は、いつものコンビニへ向かっていた。今日はいつもと違う待ち合わせの約束があるからだ。
昨日の夜に花子さんから連絡があり、明日から自分も一緒に行きたいということだった。早ければもう着いているかもしれない…そう思いながら歩いていると、やがて見えてきたコンビニの前には二人の姿があった。
一人はもちろん夏海先輩。
そしてその隣には、特徴的な二つの垂れ耳をふわふわと揺らし、そっち系(?)好きの諸兄から大人気を博しそうな「お姉ちゃん」。
そう、花子さんだ。
俺達が来たことに気付いたようで、手を振りながらゆっくりとこちらへ向かって歩いて来た。
「おはよう」
「おっはよー、二人とも!」
夏海先輩はかなりご機嫌なようで、いつもよりテンションが高いみたいだ。これは恐らく、雄二と恋人になった件が影響しているのだと思う。そろそろ実感も湧いてきたのかもしれない。
「おはよう~」
「おはようございます、夏海は朝から随分と機嫌が良いみたいですね。」
「そ、そんなことはないと思うけど…私はいつも通りだよ。」
沙羅さんから指摘を受けて、少し焦ったように返事を返した夏海先輩。どこからどう見ても普段通りじゃないテンションなのに、本人は気付いていないのだろうか?
「何を隠してるのか知らないけど…隠すつもりないでしょ?」
事情を知らない花子さんも、俺と同じ様に思ったらしい。若干白けた様子で夏海先輩を見ていた。
「あはは…ま、まぁちょっとね。報告はしなきゃって思ってたし、昼休みにでも話すよ。」
今の様子を見れば、仮に黙っていようとしても皆から理由を追求されることは間違いないだろう。夏海先輩は自分がイジられることに弱いので、報告も早いか遅いかくらいの違いにしかならなそうだ。それに昼休みに話をしたとしても、結局はグループRAINか何かで全員に報告をすることになるだろうな。
「……なるほど、何となくだけど想像はついた。橘くんから告白でもされた?」
「なっ!?」
花子さんは相変わらず勘が鋭いな。まぁ普段と違う様子に加えて「報告」とくれば、それだけでもある程度の想像はつくだろう。俺と沙羅さんも先日「報告会」をしたばかりなので、それで連想が出来たかもしれない。
「そう。もう少し時間がかかると思ってたから、ちょっと意外だったかも。でも、おめでとう。」
「あはは…ありがと。やっぱわかっちゃった?」
「わかるに決まってる。まぁ詳しい話は、昼休みまで待ってるから。」
そう言いながら楽しそうに笑みを浮かべている花子さんの様子を見て、今度は逆に夏海先輩が気になったらしい。暫く様子を見ている内に何かに気付いたようで、ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。
「ふーん…花子さんの方も何かあったんだね?」
今まで「ぶっきらぼう」が基本スタイルだった花子さんは、こうして日常会話で笑みを浮かべることは殆どなかった。だから普通に付き合いがある人が見れば、花子さんの様子が変わったことに気付くのはそんなに難しくないだろう。
「私は別に隠すようなことは何もない。一成が弟になってくれたというだけ。だから私は幸せ。」
こちらにチラリと視線を寄越しながら、花子さんは嬉しそうに笑っていた。俺としても、親友がこうして良い意味で変化を見せてくれたことは素直に喜ばしい。ただ、言葉足らずなところは全く変わっていないので、油断すると意味が完全に伝わらずに、変な誤解をされる可能性は残っている。正に今、そんな感じなのかもしれないが…
「はぁ? な、何それ…弟?」
「そう。ついでだから、私もお昼に話しをする。一成のお姉ちゃんになったことを報告した方が良さそうだし、変に誤解されて嫁に迷惑をかけたくないから。」
花子さんが自分から説明してくれるのは、俺としても勿論ありがたいことだ。この先お姉ちゃんとして振る舞っていくなら、皆にしっかりと話をしておかなければ要らぬ誤解を招く可能性が高い。そしてそれは、結局沙羅さんに迷惑をかけることに繋がる訳であり、花子さんはしっかりとそこまで考えてくれたみたいだ。
「そっか。複雑そうだから、しっかり説明して貰わないとね。でもお姉ちゃん呼びはともかく、高梨くんを呼び捨てにしたら沙羅が怒らない? ねぇ沙羅?」
「…そうですね、正直に言えば思うところが無い訳ではないです。ですが、私は既に特別な呼び方を認めて頂いていますからね。」
これは間違いなく「あなた」呼びのことを指しているのだが、沙羅さんがそれで喜んでくれるのであれば、俺はもちろん問題ない。人前でそう呼ばれるのはまだ慣れないし、正直に言って照れ臭すぎるというのが本音だけど。ついでに言うと、返事を間違えればお仕置きという名のご褒美が待っていたりする。
「へぇ…何そ……あ、そういうことか。昨日のあれは、そういう理由だったのね。」
夏海先輩も、昨日のカフェでのことを思い出したのだろう。沙羅さんが二人の前で俺のことを「あなた」呼びしたのだから、それに気付いて当然だ。あのときは自分達のこともあったからなのか、それについて深く追求されることはなかったけれど。
「ふふ…」
「くっ…その余裕が気になる」
沙羅さんがこれ見よがしに余裕を見せているので、花子さんはますますそれが気になっているらしい。まるで、勝負か何かでもしているように見えてしまうな。
「へぇ…高梨くんは幸せだね?」
「そ、そうですね。」
一方俺は、夏海先輩のジト目攻撃に晒されていた。取り敢えず愛想笑いでこの場は乗り切って、後は昼休みに花子さんからの話で納得して貰うしかないだろう。花子さんの言葉足らずがヤバそうなら、最悪俺の方からフォローした方がいいだろうし。
-------------------------------------------------------------------------------
「おはよー」
「おはよう高梨くん」
「うーす。」
教室に入り、軽い朝の挨拶を交わしながら席へ向かうと、いつも通りだったクラスメイトの視線が急に俺の後ろに集まり始めた。
俺の後ろには…もちろん花子さん。
よく考えてみれば、今まで花子さんは俺より先に一人で登校していた。それが一緒に教室へ入ってくれば、どういう意味なのか直ぐにわかってしまうのは当然であり、それが興味を集めてしまったようだ。
俺達が席に着くと、早速いつもの女子連中にに取り囲まれてしまった。
「花崎さん、今日は高梨くんと一緒に来たんだね!」
「むふふぅ、相変わらず仲がいいねぇ。」
「寧ろ仲が良すぎて、周りが入る隙がないよねぇ。」
仲がいいのと言われるのはもちろん否定するつもりなどないが、言い方がイヤらしいというか何というか…
先日、山川達が誤解を解いてくれた筈なので、それで納得してくれたと思っていたんだけどな。
「お姉ちゃんと弟の仲が良いのは当然」
「「「 え?? 」」」
どうやら花子さんは、教室でも堂々と姉として振る舞うつもりらしい。
俺は沙羅さんがいるからクラスメイトからどう思われても平気だけど、「お姉ちゃん」呼びだけは勘弁して貰うように後で伝えておいた方が良さそうだ…
「え…お姉ちゃん?」
「ど、どういう意味かな?」
「そのままの意味。私はお姉ちゃんだから。」
「えっと?」
相変わらずの言葉足らずなので、これは俺がもう少ししっかり説明した方がいいかもしれない。そう思って話に加わろうとしたのだが、一人が何かに気付いたようで全員に耳打ちするような仕草をみせた。
「……ほら、つまり二人はそういう設定で…イチャイチャ…」
「あぁ!! そういうこと!」
「なるほどね、そういう感じなのか」
俺が説明しなくても納得してくれたらしい。思ったよりもアッサリと受け入れてくれたみたいだが、女子はこういうことの順応性が高いのだろうか?
「わかったよ。つまり、花崎さんはお姉ちゃんという設定なんだね?」
「む…設定じゃなくてお姉ちゃんだから。」
言われ方が気に入らなかったようで、花子さんは顔をしかめてそれに反論した。
でも「設定」という言葉が出たということは、やはり彼女達は花子さんの説明でしっかりと理解してくれたのだろう。
「あはは、ごめんね。」
「うん、よくわかったよ。」
「こんないいお姉ちゃんが出来て、高梨くんも羨ましいね?」
「え? そ、そうだな」
突然矛先を向けられて少し焦ってしまったが、俺の返事を聞いた花子さんは嬉しそうに微笑んでくれた。こんな表情をもっと見せられるようになってくれれば、花子さんが自分を乗り越えられる日もそんなに遠くはないのかもしれない。
「…あ、あの外見でお姉ちゃんとか…ご褒美すぎるぞ」
「…くっ…俺はバブみの性癖などないはずなのに…」
「…寧ろ花崎さんにオギャりたい。」
「…ちょっ、おまっ、歳いくつだよ!?」
そして、花子さんを熱心に見つめている奴等も、違う意味でいつもと違う空気感を出しているようだった…。
--------------------------------------------------------------------------------
昼休み
お弁当を食べながら雑談をしていたのだが、やがて話題の中心は、夏海先輩と花子さんのことに移っていく。
頃合いになったということで、先ずは夏海先輩が、雄二と付き合うことになったことの報告を行った。
「えへへ、夕月先輩と橘くんのことは、前から気になってたんで心配してたんですよ。良かったですね!!」
「あ、ありがと。…あのさ、そんなに私達は分かりやすかった?」
どうやら夏海先輩は自覚が無いみたいだ。
俺と沙羅さんは前から気付いていたが、それを抜きにしても分かりやすかったと思う。雄二に対して妙に好意的だったし、夏海先輩が率先して絡もうとしていたのは一目瞭然だったから。それに、当の雄二は絡まれて喜んでたような気もするし。
「橘くんはともかく、夕月先輩はわかりやすかったと思いますよ!」
「う…」
「夏海先輩が雄二を気に入ってたのは流石に直ぐ気付きましたけどね。」
「ぐ…」
「気付かれてないと思ってたのは本人だけ。」
「ぐはっ…」
「ちなみに、一成さんと私はかなり前から分かっていましたけど、絵里は勿論、立川さんも気付いていたでしょうね。」
「ぜ、全員に気付かれてた!? わ、私って……」
やはり本人は気付かれていないと思っていたようだ。皆から畳み掛けられるように指摘されて、遂に撃沈してしまったのか、夏海先輩はガックリと項垂れてしまった。
「それじゃ、時間が無くなる前に、私からも報告する」
すっかり意気消沈した夏海先輩を尻目に、花子さんが次は自分の番だと名乗りをあげる。クラスでもしっかり理解して貰えた話だから、皆なら全く問題ないだろう。
「私は一成のお姉ちゃんになった。終わり」
「おい!!」
「冗談。」
本気なのか天然なのかよく分からないが、花子さんのボケに思わず盛大に突っ込みを入れてしまった。当の花子さんはそれが面白かったようで、クスクスと笑っているのだが…誰のせいだと思ってる?
でも皆は、俺の滑稽な突っ込みよりも花子さんの様子が気になっているみたいだ。
「ごめん、ちゃんと話す。」
笑いが落ち着いたようで、今度こそ花子さんは話を始めてくれた。と言っても、基本的には土曜日にあったことをそのまま報告してるだけ。
実の弟がいたことから話しは始まり、理想の弟を想像するようになったこと、俺にその弟像を重ねたこと…そして義姉弟になったことまでを説明してくれた。
花子さんは、お世辞にも説明が上手い方でははない。それでも、精一杯頑張って話をしてくれていることは聞いていればよく分かるし、皆もそれがわかっているから黙って聞き入っているんだ。
「成る程…そういう理由があったんだね。俺は正直、花子さんは一成のことが好きで、自身でそれに気付いていないだけだと思ってたよ。」
「うん、私も、ひょっとしたら花子さんは高梨くんのこと好きなのかも…って思ってた。」
正直なところ、俺は花子さんも親友として仲良くしてくれているのだと思っていた。どうやら皆は違う見方をしていたみたいだが…
「私はお姉ちゃんだから、そういう話しは嫁にして。」
「そうか、わかったよ。」
「うん、花子さんが喜んでるのは見ればわかるもん。」
「成る程。まぁ本人達が納得しているなら、口を挟むことじゃないね。」
皆も無事に納得してくれたようだ。
ここに居ない面子もきっと大丈夫だろうし、後は沙羅さんに迷惑をかけないという約束を最優先にしてくれればいいと思う。
「私は一成さんとしっかりお話ししましたから、大丈夫ですよ。」
「俺の方も、特にこれといったことをやらないと話してありますから。」
「私は認めてくれただけで嬉しい。後は、一成が私のことをお姉ちゃんって呼んでくれれば言うこと無い。」
簡単に思えるかもしれないが、それは何気にハードルが高い。理由は単純で、かなり恥ずかしいからだ。
とは言え約束したことも事実なので、何かのときには呼んであげるくらいはしてもいいと思っている。例えば誕生日とか…
「うーん…薩川先輩は本当に大丈夫なんですか?」
藤堂さんの心配は、正直俺も思っていたことだ。沙羅さんは大丈夫だと言ってくれているが、本当の本心の部分では完全に納得しているのか正直なところわからない。でも、「お姉ちゃん」を越える特別があることで沙羅さんが喜んでくれることが分かっているのなら、少しでも自分からそれを言うくらいするべきかもしれない。
「さ、沙羅、少しでも嫌だと思ったら、ちゃんと俺に言って欲しい。」
「!?」
俺から言うとは思っていなかったのだろう。沙羅さんはとても驚いた様子だったが、やがてとても嬉しそうに微笑みを浮かべた。
しかし…たった一言を言うだけのことだったのに、想像を遥かに上回る勇気が必要で正直ギリギリだった。
「はい。畏まりました…あなた♪」
「…な、何だ、今のやりとり…」
「…夫婦みたい…薩川先輩が凄い嬉しそう。」
「ず、ずるい。それが大丈夫なら、私もお姉ちゃんって呼んで欲しい」
「ふふ…私は特別ですから。」
頑張った甲斐があって、沙羅さんには無事に喜んでもらえたようだ。
沙羅さんが俺にとってただ一人の「特別」であることは言うまでもないことだが、思うだけでなく沙羅さん自身がそれを実感できるように、これからも色々頑張ろう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
近況ノートでも書きましたが、スーパースランプに陥っています。遂に心理的に落ちてしまったようで、最初の十行を書くのに六時間以上かかってしまい、本当に全くといっていいほど文章が頭に浮かばなくなってしまいました。何とかここまで書いたものの何回書き直したのかわからないくらいです。
文面的におかしいところがあると思いますが、ご容赦ください。
コメントは全て読ませて頂いております。本当は全て返信したいのですが、今はちょっと難しいです。ごめんなさい
すみませんが、回復の兆しが見えないので暫く更新ペースが落ちると思います・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます