第120話 大好き

頭が痛い…

これは片頭痛ではなく、ぶっちゃけた話、泣いたからだ。


沙羅さんと夏海先輩のやりとりで貰い泣きして、その後本気で泣いてしまったせいか、頭がガンガンしている。


俺がしかめっ面をしているせいか、沙羅さんが横で心配そうな表情を浮かべている。


「一成さん、大丈夫ですか?」


「いや…その、頭が…」


隠しても仕方ないので正直に伝えると、それを聞いていた真由美さんが


「高梨くんお薬持ってる?」


「はい、頭痛持ちなんで。」


「もう少しでコンビニがあるはずだから、お水買ってくるまでもう少し待ってね」


俺一人のせいで全員を困らせている。

またやってしまった…何で俺は…


「一成さん、めっ」


沙羅さんの指が俺の額をつつく。

どうやらまた表情で読まれてしまったらしい。


そのまま俺の肩に手を回すと、ゆっくりと俺の身体を横に倒す。

膝枕の体勢だ。


「ゆっくりと力を抜いて、身体を休ませて下さいね。」


沙羅さんが右手で俺の頭を撫でながら、左手は俺の胸の辺りをポン…ポン…とゆっくり優しく叩く。


「はぁ…相変わらず凄いわねぇ」


夏海先輩の呆れの混じった声が聞こえた


「何がですか?」


速人は何のことかわからないとばかりに夏海先輩に返す。

俺は何となく何を言われるのか予想はあるが、それどころではないので反応しない


「今の見た? 凄い自然な動作で高梨くんを横に倒したし、膝枕してから両手の使い方に無駄がないのよ。」


夏海先輩は、後ろの席から顔を覗かせて膝枕されている俺を眺めている。

ちなみに三列シートなので、真ん中が俺と沙羅さん、一番後ろが夏海先輩と速人だ。

だから、膝枕するのに沙羅さんが俺を倒す姿をハッキリと見ていたのだろう。


「確かに、馴れている感じはありましたね。」


「男を膝枕するのに馴れている女子高生ってどうなの?」


どうと聞かれても答えようがない。

速人も答えに困っているようで無言だ。


「何が言いたいのかよくわかりませんが、私は一成さんにして差し上げたいことであれば、一成さん限定で極めるのも吝かではありませんよ?」


普通なら冗談と思えるような発言だが、沙羅さんは至って真面目に答えているだろう。

夏海先輩もまさか答えが返ってくるとは思っていなかったようで


「…もう沙羅は無敵かもね」


と、微妙な反応を返すだけだった。


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コンビニで水を買い、薬を飲んだのであとは効いてくるのを待つだけだ。

ちなみに俺は薬を飲んで車に戻ると、直ぐに沙羅さんに倒された(?)


暫くして痛みが落ち着いてくると、沙羅さんの膝枕の心地良さを体感できるようになり、微睡んできてしまった。


頭を撫でながら俺の顔を見ていた沙羅さんが、俺の目を閉じるように撫でる位置を変えると、もう我慢の限界だった。


「お休みなさい、一成さん」


沙羅さんの声を聞きながら、俺は完全に寝てしまうのだった


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「ふふ…一成さん可愛い…」


また始まったわね。

前もそうだったけど、あの子は高梨くんを寝かしつけた後によくあの感想を漏らす。

以前はどちらかというと嬉しそうな感じだったが、今は本当に幸せそうに微笑んでいる表情を見ると、茶化す気も失せるかな。


さて、ここからは大声禁止ね。

高梨くんを起こそうものなら沙羅の激怒が待ってるだろうから。


「ねぇ沙羅、あんた今後どうするの? そろそろ高梨くんの怪我も大丈夫になってきただろうし。」


「そうですね、どちらにしても完全に治るまでは今まで通りに致します。一成さんのお母様からもご依頼されておりますので。」


は?

お母様?


「え、あんた高梨くんのお母さんに会ったことあるの? 聞いてないんだけど…」


「一成も特には言ってなかったですね。」


どうやら横川くんも聞いていなかったようね。

橘くんなら聞いてるかしら…


「え〜…ちょっと沙羅ちゃん、なんでそんな重要なお話を教えてくれなかったの? 時間が合えば私もご挨拶したかったのに…」


真由美さんのその発言がもし実行されていた場合、かなりの意味を持つ可能性があるということを理解しているのだろうか…


「いえ、本当に急なことで、私もそこまでの余裕がありませんでしたから。でも、素敵なお母様でしたよ。ああ、以前RAINで少しやり取りした際に、お父さんとお母さんに宜しくお伝え下さいと…」


ぶっ!

高梨くんのお母さんとRAINでやり取りしてるの?


ええぇぇ…それってつまり、高梨くんは沙羅のお母さんに既に認められていて、沙羅は高梨くんのお母さんに恐らく認められているってことで…

大地の話だと、生徒会はもう全員わかってるみたいだし。


何この二人、交際初日の時点で親まで含めて外堀が殆ど埋まってるじゃん。


「あら、直接連絡できるのなら問題ないわね。もう少し二人が落ち着いたらご挨拶しようかしら」


高梨くんは寝てる場合じゃないのでは…

横川くんもリアクションに困ってるし。


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「一成さん…そろそろ到着しますよ、起きられますか?」


「んん…」


沙羅さんの声が聞こえたような

…でも、まだ眠い


「……か・ず・な・り・さ・ん…お・き・て」


ぞくぞく!!

耳元で息がかかるような感じと共に、ゆったりとした沙羅さんの声が聞こえて、思わず目が覚めた


「はっ!? な、なに」


何か物凄くこそばゆい感覚があったような気がした。


「ふふ…起きて頂けましたか?」


自分が膝枕されている体勢だと気付いたが、沙羅さんは笑顔のままで、何をされたのかわからない


「もうすぐ到着しますので、起きて下さいね。あ、勢いよく起きてはいけませんよ」


一気に起きようとしたら注意されてしまった。


「高梨さん起きたかしら? 後ろの二人も起こしてあげてね」


どうやら起きていたのは真由美さんと沙羅さんだけだったらしい。

申し訳ないことをしてしまった…


時間が遅いので、夏海先輩、速人の順で家まで送ることになった。


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「真由美さん、ありがとうございました。またね、沙羅、高梨くん。」


夏海先輩が降りて


「本日はありがとうございました。楽しかったです。一成、ありがとな。それと、おめでとう」


速人が降りる

なんか改めて言われると照れ臭い。


そして次は俺だ

明日もまた会えるのだが、何となく寂しいと感じてしまう

沙羅さんも同じなのか、俺に寄り添うように座っている。

先程のお返しとばかりに頭を撫でてあげると嬉しそうに笑顔を浮かべて、甘えるようにくっついてきた。


「あらあら、沙羅ちゃんはいつからそんなに甘えん坊になったのかしらね。」


バックミラーで見ていたらしく、真由美さんがからかうように言うと、沙羅さんが顔を朱くして少しだけ離れた。


「お母さんは、運転に集中して下さい!」


「えーとね、もう着いてるのよ?」


そういえば車はいつの間にか止まっていて、窓から外を見れば、見慣れたアパートが…

恥ずかしくて二人で黙ってしまった。


真由美さんにお礼を伝えて車を降りると、沙羅さんは当然とばかりについてきてくれる。


玄関を開けて、「また明日」の挨拶をしようと振り向くと沙羅さんが抱きついてきた。


「一成さん、また明日の朝に参ります。」


俺も軽く腕を回し、抱き締めるような体勢になる。


「はい、待ってますね」


「ふふ…ではまた明日」


腕を離して沙羅さんが離れる


沙羅さんが車に乗るのを見届けてから家に入ろうと待っていたら、突然振り向いた沙羅さんが少し駆け足で近付いてきてそのまま


ちゅ…


俺の頬に柔らかい感触を残す。

そして耳元で


「大好きです」


一言残し、また駆け足で車に帰って行った。

そのまま手を振って車のドアを閉めると車が走り出す。


俺はそれを呆然と見送るのだった…

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