第227話 男のサガ
side 夏海
私はかつて、これ程の同情を覚えたことはあっただろうか。
恋愛に対して基本堂々とするのが沙羅のスタイルであり、本人に疚しいと思うことが微塵もないので、高梨くんとのアレコレを隠さないのは今更である。
そしてこの二人の交際は、際限のない沙羅の甘やかしに高梨くんが甘えるという関係性が主となっており、沙羅が話をすればするほどダメージを受けるのは高梨くんということになる。
何故なら…沙羅の話は高梨くんにとって、自分が如何に彼女に甘えているのかという暴露話となるからだ。
もちろん話をしている張本人は嬉しくて話しているだけなので、そこに悪意も思惑もない。だからこそ、高梨くんはそれを止められずに耐えている訳である。
立「さ、薩川先輩、その、いつもどんな風に寝ているんですか? た、高梨くんと一緒なんですよね!?」
沙「そうですね…私が先に横になって…」
立「よ、横になって…」
沙「こう、一成さんを抱き寄せて…胸の辺りで…」
藤&立「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
西「だ、男性を、胸に……………」
不覚にも、自分の胸と比べてしまった自分が恨めしい。沙羅はまだ大きくなってるみたいだし…くっ…ここにも格差が…
あれは真由美さん譲りで間違いないから、恐らくは程よく大きいという実に男子好みなサイズに成長するのは間違いないだろう。
何となく横をみると、花子さんは自分の胸に手を当ててからガックリと項垂れた。
いや、比較対象が悪いだけだから、絶望するのはまだ早いから!
……そして私は見逃さなかった。一見興味なさそうに傍観している橘くんが、沙羅の話を聞きながら、私の胸を一瞬見たことを。
何故そこで私を見たのかしら?
立「た、高梨くんの寝起きが可愛いって言ってましたよね?」
藤「洋子!! そんなに聞いたら悪いよぉ」
沙「寝起きの一成さんは甘えたさんなんですよ。私が起きようとすると、離れないようにしがみつくんです。その仕草が本当に愛らしくて、抱きしめたまま頭を撫でて差し上げると…」
ゴクリ…
誰とは言わないが、一部の人がその先の言葉を待ち構えるように固唾を飲んで聞き入っていた。
沙「私の胸で甘えるように、お顔をぎゅって…」
藤&立「………………」
西「………………」
藤堂さんは顔が真っ赤になっており、もう言葉を発することもできなさそうな様子だった。反対に立川さんは食い入るように聞き入っているし…ちなみに、えりりんは旅行中。
そして最も可哀想な高梨くんは、ジト目の花子さんにいつの間にか詰め寄られていた。
花「ふーん……胸が好きなの?」
俺「え…いや…」
花「大きい胸が好きなの?」
只でさえ沙羅の暴露でダメージを受けているところに、その追求はあまりにも可哀想で少し同情するわね。
さて、私の方も、誰かさんを追求しに行こうかしら。
二度もチラ見してくれたようだから。
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これはキツい…針のむしろとはこのことか。
嬉しそうに話している沙羅さんを見ていると、止めてくれとは言い難い。
だが止めないと、どこまで話が及ぶのか見当もつかない。そして、疚しいことがないと俺は思っていたのだが、一つ最大級にマズいことを思い出してしまった。
そう、一緒にお風呂へ入ったことが何度かあるのだ!!
一応、身体を洗って貰っただけではあるが…きっとアウトだろう。話がそちらへ行かないように祈る他はない。
花「ねぇ、話を聞いてる?」
現在、花子さんから問い詰められていることは勿論わかっている。ちなみに俺は、大きいとか小さいとかサイズに拘りなどはないタイプであるが、エロい人の名言「貴賤無し」という意味でもない。
ハッキリ言うと、俺は「沙羅さんの胸が好き」なんだ。
俺「えーと、拘りはないから」
花「…本当に?」
俺「本当です。」
沙羅さん程ではないにしろ、何故か俺は花子さんにも考えを読まれることが多い。だが今回は大丈夫だろう。「沙羅さんの」という部分を除けば本当の答えだから。
花「ふーん…そうなの。まぁいいけど。」
ぶっきらぼうを装いながらも、満更ではない様子を見せる花子さん。どうやらこちらの急場は脱したらしい。
夏「ねぇ…二度も私のどこを見たのかしら?」
雄「えっ!? いや、俺は何も!?」
夏「私が気付いてないと思うなら甘いわね。」
そしてどうやら、雄二の方では何かが勃発しているようだ。
それにしても…何でこんなおっ…もとい、胸の話で騒ぎになっているのだろうか?
藤「そう言えば、家事を全部やってるんですよね? 学校もあるし、いくら薩川先輩でも大変じゃないですか?」
沙「普段からしっかり手掛けていれば、比較的時間がかかるのは料理くらいですよ。私は楽しんでいますから、大変だと思ったことは一度もありませんけど。」
立「学校行って、料理、買い物、洗濯、お掃除、お弁当…わ、私には絶対に無理です…」
改めて聞いてしまうと、本当に俺はどれだけのことを沙羅さんにして貰っているのだろう。自分の仕事に手を出さないで欲しいとお願いされているので、心苦しい気持ちはあるが全て丸ごと任せているのが現状である。
沙「数えてしまえば大変だと感じてしまうかもしれませんが、大切な人が喜んで下さると思えば、むしろ頑張りたくなるんですよ。私はもともと家事が好きなので、尚更なんですけど。」
立「ふわぁ…ますます尊敬しちゃいます。」
藤「お話を聞いてると、薩川先輩はもう高梨くんの奥さんみたいな感じですね。」
沙「ふふ…私はいずれ、一成さんの妻になりますからね。」
藤&立&西「つ、妻…」
照れることなく、余裕すらも伺える語り口で「妻」という呼称を使う沙羅さん。
既に何の迷いも違和感もないのだろう。あんな素敵な女性にそこまで想われてる俺は、言葉では言い表せないくらいの幸せ者であることに間違いはない。
速「あの薩川先輩にここまで尽くされるなんて、学校で知られたら血涙を流す男が大量に出そうだ。まぁそれはともかく、これはお返しが大変だね…ちなみに手伝ったりはしないのかい?」
俺「手伝わないようにお願いされてるんだよ」
速「お願い…断るんじゃなくて、お願いってところが薩川先輩らしいね。」
花「まぁ…嫁は高梨くんの世話をするのが生き甲斐みたいなものだから、素直に受けるだけにしてくれた方が嬉しいのだろうけど」
俺も、沙羅さんがそれで満足ならばと割りきって考えてはいるものの、やはり何かの形でお礼の気持ちは伝えたいと思うのだ。ただ、それを毎回プレゼントに頼るのは安易だとも考えている。
俺「物じゃなくて、毎日の感謝を伝えられる何かがあれば…」
速「うーん…確かに、毎回プレゼントじゃありがたみもないよねぇ。言葉だけじゃ一成も納得しないだろうし」
花「それなら、一日一回でも週に一回でも、嫁にやりたいことをやらせてあげれば?」
俺「やりたいことを?」
花「そう。高梨くんがそれを叶えてあげればいい。」
成る程…例えばデートで行きたいところを選んで貰うとか、俺にして欲しいことがあればそれをしてあげるとか…お礼と言うよりはご褒美みたいな感覚なのか。
速「薩川先輩なら、却ってその方がいいかもね。一成がしてくれることなら、それだけでも喜ぶだろうし。流石は花子さんだね。」
花「イケメンに褒められても嬉しくない…まぁ試しにやってみるといい」
花子さんは、やはりまだ速人には少しキツいのか。そう言えば、雄二にもまだ淡々と接しているような気がする。でもしっかり受け答えをするだけ、クラスの連中よりは打ち解けているんだろうとは思うのだが…
俺「そうだな。その線で行ってみるよ。ありがとう花子さん。」
花「別にお礼を言われる程のことじゃない。」
俺「今回だけじゃないよ、いつもフォローしてくれたり、色々教えてくれたり、花子さんには本当に感謝してるんだ」
花子さんの目を見ながら、俺が本気で感謝していることを伝える。
沙羅さんへのお礼を考えている内に、何か花子さんへも何かお礼をするべきではないかと考えていたのだ。出会ってから今日まで、要所要所の場面で俺をフォローしてくれていたのは勿論わかっているので、何か少しでも…
花子さんは少し驚いた表情を浮かべたが、俺の気持ちが伝わってくれたのか、ふわりと優しく微笑んでくれた。
花「そう。わかった、気持ちは素直に受け取っておく。」
速「(うーん、一成が相手だとこんな笑顔も見せるのか。やはり花子さんは…)」
俺「本当は、花子さんにも何かお礼を…」
花「それなら、私からもお願いしていい?」
花子さんからお願い?
どうやら先程の話に合わせてくれたのか、お願いという形で俺にお礼の機会を与えてくれるらしい。もちろん、可能なことであれば叶えたいと思う。
俺「俺で出来ることならいいぞ。」
花「それなら今度の日曜日に、私の家へ来て欲しい。伝えたいことがある。」
俺「家に?」
…どうしようか。
伝えたいことというのは、恐らくではあるが「お姉ちゃん」に関する話だと思うのだ。問題ないとは思うけど、俺には沙羅さんという大切な女性がいる訳で、他の女性の家に一人で行くのはどうなんだろう。
花「心配しなくていい。嫁には私から伝えておく。もし嫁がダメだと言ったら、別を考えるから。」
俺「わかった。沙羅さんが大丈夫なら、俺もいいよ。」
花「うん。」
花子さんもその辺りはわかってくれているようだ。俺としても、沙羅さんが許可を出すのであれば断る理由などない。
それにしても、ようやく花子さんの話を聞く機会が訪れるらしい。ずっと気になっていたからな…
沙「膝枕をするときに、耳掻きをすると喜んで頂けると思いますよ。先日、一成さんにして差し上げたときも喜んで下さいましたから。」
藤「そ、そのシチュエーションは、アニメとか恋愛小説でよく見ます。やっぱり男子は喜ぶんですね?」
沙「少なくとも一成さんは喜んで下さいましたよ。ただ、一成さんは恥ずかしがり屋さんなので、途中で私のお腹にお顔を隠してしまいましたけど…ふふ。」
立「お、お腹に……」
藤「ふぇぇ…」
花「へぇ……お腹ねぇ…」
ちょうど話が途切れたタイミングだったこともあり、沙羅さん達の会話がこちらにもハッキリ聞こえてきた。まさか俺の暴露話がまだ続いていたなんて…
ちなみに花子さんだけは、沙羅さんに向いておらず俺をジト目で見上げていた。
沙「最後に、お耳をふーってして差し上げるといいですよ。一成さんは…ふふ…それはもう」
俺もあの時のことはハッキリ覚えているが、正直かなりの嬉し恥ずかしなイベントだったのだ。沙羅さんは嬉しそうに語っているが、それが続けば続くほど俺の痴態が暴露されていく訳であり、俺のライフはとっくに…
夏「はぁ…沙羅が恋愛事のアドバイスをする立場になるなんて、ホントに信じられない光景ね。というか、高梨くんも随分と「アレ」が好きみたいね…全く男はどいつもこいつも…」
雄二を問い詰めていた夏海先輩が、いつの間にかこちらへ来ていたようだ。そして沙羅さんの話もしっかり聞いていたらしい。どいつもこいつも…それはつまり、夏海先輩の後ろでゲッソリとしている雄二のことも含まれるということか。あいつのあんな姿を見たのは始めてだ…
夏「えりりんはいいよね……って、あれ、えりりん?」
西「……もう止めて下さい…無理です…だ、だ、男性と一緒に、寝るとか、胸がどうとか…勘弁して…」
大人しくてすっかり忘れていたのだが、西川さんはここではないどこかへ旅立っていた。相変わらず呪文のように何かをブツブツと唱えなえて……うん、闇が深くなっていらっしゃる。
夏「えりりんはいいよね、胸が大きくて」
西「なっ!?」
今まで闇に沈んでいた筈の西川さんが、夏海先輩からの指摘で突然目覚めた。周囲の視線が自分の何を注目しているのか気付いたらしく、顔を真っ赤にしながら急いで「それ」を隠そうとした。そして俺は、この様子を見ていることによる危険性をギリギリ察知したのだ。急いで身体ごと動かして、強引に視線を逸らすという回避行動に成功した。
西「な、な、な、何の話ですか夏海!?」
夏「いや、この中で沙羅に対抗できるのえりりんだけだから」
西「止めて下さい!! 私はそういう話が苦手なのを知っているでしょうに!!」
夏「知らないわね。大きい人のことなんて」
西「なっ!?」
俺と沙羅さんに関する話題への過剰なリアクションもそうだが、今思えば西川さんは人一倍こういう話題に免疫がないのかもしれない。
となると、先程までの話題は西川さんにはダメージが大きかっただろう…それを強制的に引っ張りあげた夏海先輩も鬼だが…
夏「ところで橘くん、もう一度こっちに来なさい」
雄「ちょっ…夏海さん!?」
どうやら雄二は、視線を逸らすという緊急回避を行わなかったらしい。再び夏海先輩に引きずられて、会場の外へ連れ出されてしまった。
藤「……横川くんも、やっぱりそうなんだね…」
速「いや、これはその…」
少し拗ねたような藤堂さんの口調から察するに、やはり速人もやらかしてしまったようだ。俺は沙羅さんに怒られる可能性に気付いたから寸前で回避したが、正直なところ男としては少しくらい勘弁して欲しいとも思う。
何故ならこれは男のサガであり、いわば条件反射の様なものなんだ。意図しなくても、自然と視線がそちらを向いてしまうのは仕方のないことであり、できれば二人とも許してあげて欲しい。
ちなみに、回避に成功した俺にはご褒美が待っていたらしい。気配が真横に来たと思えば、そのままスッと俺の頭に手を当てて、沙羅さんはふわりと俺を抱き寄せてくれた。
沙「…一成さんには私がおりますからね?」
俺「は、はい。」
下手に答えてヤブヘビにならないように、取りあえず俺は無言で甘えるという道を選択したのだった。
西「あの…私の扱いが酷くないですか?」
花「さぁ…大きい人のことなんて知らないから。」
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読者の皆様、明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い致します。
コロナで外出予定が無くなり時間があったので、正月早々更新してみました。
明日は流石にわかりませんが…
さて、今回は何故か、おっ…もとい、お胸の話が多くなっています。書いていたら流れでそうなってしまっただけであり、決して私が「○○星人」という訳ではありません。たまにはそういう話も悪くないかなと思いましたw
そのせいで報告会が終わりませんでしたが(ぉ
次回は、生徒会からのお話し関連になって報告会は終了となります。
それでは引き続き、宜しくお願い致します!
P.S 前回頂いたコメントについてですが、年も明けたのに「よいお年を」で返信するのもどうかと思いましたので無しとさせて頂きました。
申し訳ございません!
もちろん全て拝見しております。今回からはまた返信させて頂きすので。
つがん
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