第112話 本題

「お待たせ致しました」


トレーにティーポットなどを乗せた沙羅先輩と真由美さんが戻ってきて、テーブルの上に並べ始めた。


「ケーキを焼いておいたのよ〜」


そう言って真由美さんがテーブルに乗せたのはシフォンケーキのようだ。


「すみません、ありがとうございます」


「いいのよ、食べてくれる人がいないと作る機会がないからつまらなくて。さて、それじゃ私が食べさせて…」

「お母さんはあちらにどうぞ」


沙羅先輩はさっさと俺の左横に座って、隙間無くぴったりとくっついた。

うう…夏服は薄くて、すごく柔らかい感触が…


「あらら、沙羅ちゃんたら大胆…でもそれなら〜」


真由美さんがソファの後ろから俺を挟んで反対側に回り込む


「一成さん! そちらに詰めて…」


沙羅先輩が言い切る前に、 真由美さんは少しだけ空いていた俺の右側に強引に入り込んだ。

俺もまさかこの程度の隙間で強引にくるとは思わず油断していた。


せ、狭い…


「うふふ…さぁ高梨さん、私が食べさせてあげますよ〜 」


「お母さん、一成さんに迷惑です!! それは私の役目なんですからお母さんは離れて下さい!!」


二人が俺を挟んで押し合いになり…俺はかなりのピンチを迎えている。

沙羅先輩だけでなく、反対側からは真由美さんの反則級の圧力が…


「んふふ〜ねぇねぇ高梨くん、嬉しい?」


これは、この人わかっててわざとやっているな…


はっきり言って、沙羅先輩のお姉さんくらいにしか見えない真由美さんの容貌と、反則級のスタイルは本当に破壊力が高い。

だが俺はどんな要素であっても沙羅先輩が一番なんだけど


「お母さん…いい加減にしなさい…」


沙羅先輩の声が本気になったような気がしたので思わず顔を見たら、表情がマジになっていた。これは危険だ…


「あ、あの、真由…」


真由美さんはあっという間に俺から離れると、テーブルを挟んで反対側のソファへ移動した。


「もう〜、冗談なのに。沙羅ちゃんが男の子のことで本気になるなんてねぇ」


「一成さんにご迷惑だからです!」


そう言いながら俺を守るかのように横から抱きついてくる沙羅先輩は、真由美さんからすれば絶好のからかいネタだろう


「あの、真由美さん、その辺で…俺も困りますので」


色々な意味で困りますので…とは言えなかった


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ぱくっ

もぐもぐ…


「花火大会ですか?」


「うん、私の友達が屋台を出すんだけど、手伝いを頼まれちゃってね。ついでだから一緒にどうかなって。ここから車で一時間くらいだから日帰りだし、勿論お手伝いは必要ないから沙羅ちゃんと楽しんでいてくれればいいのよ。」


それは正直嬉しいかもしれない。

花火も行きたいと思っていたし…

沙羅先輩を見ると同じく俺を見ていたようで、目があった瞬間に微笑みを浮かべた


「あの、沙羅先輩、俺は行きたいかな…と」


「はい、一成さんにお任せ致します。私は付いて参りますので…あーん」


ぱくっ…

もぐもぐ


任せるから自由に決めていいということだ。

沙羅先輩はこういうところが古風というか、決定権を俺に委ねることが多い。

まあ自分から言うときもあるから、その辺は程度の差なんだろうけど。


「うんうん、それじゃあ沙羅ちゃんの浴衣を用意しないとねぇ」


「浴衣? 私は別に……いえ、やはり用意します」


最初は断ろうとしたようだが、俺の顔を見た沙羅先輩が一転した。

これは俺に浴衣姿を見せてくれるのだろう。

かなり嬉しい…


「あら、高梨さん嬉しそうねぇ」


嬉しさが顔に出ていたようで、真由美さんに早速言われてしまった。

沙羅先輩の浴衣姿など、期待するなというほうが無理だ。


「それはまぁ…沙羅先輩の浴衣姿を見たいので」


「一成さん…」


俺がそう言って沙羅先輩を見ると、先輩も嬉しそうにこちらを見る。

最近は、こうして沙羅先輩と目を合わせることに変な照れは感じなくなってきた。

先輩も、恥ずかしいと言うよりは、幸せそうに見えるのは俺の気のせいでなければ嬉しいのだが。


「はぁ…沙羅ちゃんがこんなにべったりになる子だとはねぇ…さっきから平然とあーんしてるし。高梨くん、本当にいつでもお義母さん…ううん、お義姉さんって呼んでくれていいからね」


しまった、今度は真由美さん…沙羅先輩のお母さんの前で平然とあーんを受け入れてしまった。沙羅先輩が余りも自然にやってくるから、つい…


そしてお母さんやお姉さんとか、だから意味がよくわからないんだけど


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「一成さん、どうなさいますか?」


帰り道、沙羅先輩が聞いてきたのは最後に真由美さんが言ってきたことだ。


「車はまだ2〜3人乗れるから、もし他に連れていきたい人がいても大丈夫よ」


とのことだった。

俺よりもむしろ沙羅先輩かなぁ。

二人になりたいという気持ちはあるが、プールのときのこともあるし、沙羅先輩は夏海先輩も誘いたいのではないだろうか。

それに二人になるだけなら、現地で別行動する手も…だがそうなると、夏海先輩の相手が必要か。


「沙羅先輩は夏海先輩を誘いたいですか?」


「そうですね…正直なところ、誘いたいという気持ちはありますが…ですが…」


沙羅先輩はそう言いながら俺の方を見る。

「ですが、二人きりで」

これは俺の都合のいい妄想かもしれない。

でも夏海先輩を誘いたいという気持ちもあるなら俺はそれでもいいと思う。

その気になれば沙羅先輩と二人きりになることは難しくないし、別に我慢してどちらかを選ぶ必要なんかない。であれば…


「沙羅先輩、俺は夏海先輩が一緒でも大丈夫ですよ。沙羅先輩が誘いたいと思うなら誘っちゃいましょうよ。」

「ですが…」

「その代わり、どこかのタイミングで二人きりになりたいです」


沙羅先輩の手を握って俺の本音を伝える。

さすがにいきなりで驚いたようだが、すぐに照れたような笑顔に変わり


「は、はい…」


と短く一言発し、コクリと頷いてくれた。

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