第274話 噂、拡散中?
昼休み
今日も楽しいランチタイムがやってきた。
沙羅さんのお弁当は毎日のお楽しみということで、内容については基本的にノータッチ。と言うか、基本的に俺が起きる頃には完成しているからな。だからそもそも知ることが出来ないってのが本当のところなんだけど。
「一成はお昼になるといつも嬉しそう」
「いや、俺の学校生活で数少ない楽しみの一つだからさ」
だって仕方ないだろ?
健全な男子としては、やはり学校で恋人の手作り弁当を食べるなんて、夢のシチュエーションの一つなんだよ。
ハッキリ言って俺には無縁のことだと思っていたし、沙羅さんという最愛の恋人(しかも婚約者)が現れるなんて想像も出来なかったからな。
…まぁ入学時の俺は、人間不振だったり捻くれてたりしてて、恋愛事を考えられるような精神状態じゃなかったけど。
「さて、遅くなる前に行こうか」
「うん。多分私達が最後」
そうなんだよな…何でいつも俺達が一番最後なんだ?
皆は昼休みになってから、脇目も振らずに全速力ダッシュで花壇に来てるのか?
いや…姿が全く想像できないぞ。
「高梨くん、今日も薩川先輩の愛妻弁当なの~?」
「はぁ、女の私でも薩川先輩のお弁当だなんて羨ましいわ」
「っていうか、冗談じゃなくて本当に愛妻弁当って凄いよね…」
「しかも薩川先輩だからね」
沙羅さんとの関係を知られてから、こうして女子連中から茶化されたり羨ましがられることが多くなった。でも嫌味ったらしく言われてる訳じゃないし、このくらいは別にいいんだけど。
「はぁ…いいよなぁ…マジで羨ましすぎるわ」
「て言うか、何で高梨だけあんな特別扱いなんだろうな?」
「恋人だからだろ?」
「いや、その前の段階だよ…そもそも男はアウトオブ眼中だろ?」
「確かにな。誰がアタックしても取り付く島がなかったのに、何で高梨だけ…」
少なくとも、下心丸出しの奴等じゃ一生かかっても分からないだろうな…って、そんな偉そうなことを言うつもりは勿論ないけどさ。
「一成、早くしないと遅くなる」
「あ、ごめん」
しまった、余計なことを考えていたら、いつの間にか足か止まってた。
もう沙羅さん達は待ってるだろうし、さっさと行くか…
……………
………
…
昼食が終わり、まったりと休憩中。
いつも通りに雑談をしていると、話題が昨日終わったばかりの料理教室に関する話になる。
「んで、結局全員作れるようになったの?」
「取り敢えずは完成させましたよ…俺以外」
「ほえ? 高梨くんだけ作れなかったの? あ、それひょっとして、沙羅が高梨くんに料理やらせたくないからって強引に参加させなかったりし…」
「夏海、冗談でも許しませんよ…」
「ひぃぃ!!!」
沙羅さんの瞳に剣呑な色が宿ったような…というか、これってガチでキレかかってないか!?
「…ひぇっ!? ね、ねぇ花子さん、あれって」
「…嫁は自分の命より一成を優先してる。だからあれは最大級の侮辱。多分ガチギレ」
「…い、いや、冷静に解説してないで、薩川先輩を止めた方が」
「…自業自得。と言うか、止められると思うなら自分で止めてみろ、イケメン」
「…ごめん、無理」
「い、いや、一成さんはお料理を覚える必要がありません~とか言いそうだなって思っただけだから!!!!」
おお、鋭い。
台詞をほぼ一致させるとは…流石は沙羅さんと一番付き合いが長いだけのことはある。でもそれが直接的な理由じゃないからな。このままじゃ沙羅さんは単なる濡れ衣だ。ここは俺がフォローしないと。
「違いますよ、夏海先輩。俺が包丁で指をちょっと…」
「いいぃ言わないで! 私はそう言うの苦手なのよ! あぁぁゾクゾクするぅ」
俺の話を聞いた夏海先輩が、顔をしかめてブルブルと震え出した。
あぁ…確かに、そういう話が苦手なタイプの人はいるな。夏海先輩もそうだったのか。これは悪いことを言ってしまった。
「この私が…一成さんに…強引に?」
そして沙羅さんは完全に目が座ってるし!
これはマズい、真由美さんのときもそうだけど、基本的に沙羅さんは俺のことになると冗談が通じなくなるからな。
しかも今回は、必ず俺のことを優先してくれる沙羅さんからすれば、聞き捨てならない一言だっただろうし…
「…は、花子さん…」
「…いや、私も無理。と言うか、嫁をどうにか出来るのは一成だけ」
「…まぁ…そうだね」
花子さんの言う通り、この場を何とかするのは俺の役目だろう。
でもどうやって…何て、沙羅さんに対して小手先の小細工なんかしたくないし、ストレートに俺の気持ちを伝えればいいか。
「沙羅さん、俺は沙羅さんが、誰よりも何よりも俺のことを優先してくれているのを知ってます。そうすることを、どれだけ大切にしているのかも知ってます…俺だって同じ気持ちですから」
これは自惚れでも何でもなく、沙羅さんはずっと一貫して俺のことを大切に想ってくれて、何よりも優先してくれている。それは確かなことだ。
そしてそれは、俺も全く同じ気持ちだから。
「一成さん…」
「俺達の想いの強さを理解できる人なんて、そうそういませんよ! それに夏海先輩はそういう方面に鈍感な人だし、俺達の域に達するのは当分先でしょうから」
「おいっ!」
せっかくフォローしているのに、夏海先輩が何故か突っ込みのような声を上げた。でも今は無視だ。先に俺の気持ちを沙羅さんに伝える事が優先だからな。
そして沙羅さんは、先程までの剣呑な雰囲気を一転させて、いつもの穏やかな笑顔を俺に見せてくれた。
「ふふ…そうですね。確かに夏海は鈍感ですからね。私達の気持ちを理解できるようになるのは、まだまだ当分先のことでしょう」
「こらバカップル!! 人が黙ってりゃ言いたいほ…むぐっ!」
「いいから黙る。あと言われるのは自業自得」
「いや…花子さんは花子さんで凄いな。夏海先輩にそんなこと出来る人いないよ…」
「あはは…で、でも薩川先輩の機嫌が直ったのは良かったよ。流石は婚約者だね」
良かった、いつもの優しい沙羅さんに戻ってくれたみたいだ。
全く…夏海先輩も冗談のつもりだったんだろうけど、沙羅さんの気持ちの強さを考えたら怒ることくらい分かりそうなものなのに。
「一成さん…宜しければ、膝枕をさせて頂けませんか?」
「へ?」
えーと…別にそれは構わないんだけど、何故いきなり?
話の流れでもないし、唐突と言えば唐突な訳で。
「ふふ…そんなに不思議そうなお顔をなさらないで下さい。何となくですが、一成さんに何かして差し上げたい気分なんです。もしくは抱っこでも…」
「膝枕でお願いします!」
思わず即答してしまった…
いや、両方嬉しいのは勿論なんだけど、沙羅さんの抱っこは色々なオプションが加わるから違う意味で危険なんだよ。
今あれをされてしまうと、骨抜きにされすぎて午後の授業が大変なことになりかねないからな。
あとは、また皆を置き去りにして「やらかす」未来しか見えないし。
「畏まりました。それではどうぞ♪」
沙羅さんは自分の周囲を少し片付けると、自分の太股をポンポンと軽く叩いて俺を呼ぶ。膝枕は膝枕で、ある種の緊張感があるからな。一呼吸入れないと、いきなり飛び込むようなことはできない。
「それじゃ…お邪魔します…」
言ってて自分でもよく分からない一言だったけど、膝枕をして貰うときって何かしらの断りを入れないといけないような気がするんだよな。
お邪魔しますとか、失礼しますとか。
ふにゅ…
「っ|?」
横になってゆっくりと頭を沙羅さんの太股に乗せると、相変わらずびっくりするくらいの柔らかさが出迎えてくれる。
「天国のような」という言い方をすることがあるけど、沙羅さんの膝枕は正にそれだと俺は思ってる。ちなみに抱っこは、沙羅さんが俺を本気で甘やかそうとしたら天国を越える。筆舌に尽くしがたいというか、表現など出来ないってやつだ。
「一成さん…如何ですか?」
「…幸せです」
「ふふ…私も幸せです。まだ時間はありますので、暫くこうしていて下さいね」
なでなで…
俺が姿勢を安定させると、沙羅さんはさっそく頭を撫で始めた。
やっぱり膝枕とナデナデはセットだと俺も思うけど、これは少しだけ気合いを入れておかないとマズいな。変な意味でヤバいとかそういう理由じゃなくて、単に心地好さから油断すると直ぐに眠くなってしまうだけだ。
「相変わらず…流れるようにイチャイチャし出すね、この二人は」
「今回は仕方ない。一成のフォローがあった時点で、嫁がイチャつきたくなるのは目に見えてた。全部誰かさんのせい」
「むー、むー、むー!!!!」
「は、花子さん、夏海先輩が…」
「ミステイク。忘れてた」
「ぷはぁ!? こ、殺す気かぁぁ!!」
「わざとじゃない…多分」
「多分!!??」
うーん…目の前で繰り広げられるコントに、見覚えがあるようなデジャヴのような。いや、俺達の「コレ」が原因なのは分かってるから、それを俺が言うのも悪いかな…って、そうじゃない!
花子さんの言う通り、これは夏海先輩の失言をフォローした結果なんだ。だから文句を言われる筋合いも無い筈。
と言う訳で、俺はこのまま心置きなく沙羅さんの膝枕で安らぐとしよう。
…………
「成る程。まぁ確かに、この二人のイチャイチャは度を越してるからね。耐性のない連中がいきなりこれを見せつけられたら、そりゃもう勘弁してくれって話になるのは分かるわ」
「実際、昨日までクラスの馬鹿ど…もとい、アホ男子連中は嫁のこと散々騒いでたのに、今朝はその話題を避けてた」
「ウチのクラスにも噂は流れてきてるみたいだよ。俺の周囲にいるグループはまだ話題にしてないけど、今朝どっかのグループで信じられないって話をしてるのが聞こえてきたからね」
速人は隣のクラスだし、体育の授業でもウチのクラスと合同になっている分、繋がりがある奴等が多い。だから他のクラスより早く話が伝わっていたとしても、不思議はないからな。
「あ、そう言えば、今朝私のクラスでも男子が何人か騒いでたんだけど、ひょっとしてそれだったのかな…」
うーん…まだ数日だってのに、随分と話が広がるのが早い。
いや、このくらいは当然なのか? ウチのクラスの連中が、色々なところで話を拡散させていれば可能性はあるけど…
「ふふ…おねむさんですか?」
なでなで…
そして当の沙羅さんは、噂のことなど全く興味無しで俺のことしか見ていない…と。
まぁ沙羅さんのこれはいつものことだからな。
と言うか、俺は目を瞑って考えていただけなんだけど、それを眠いと勘違いされたみたいだ。
「いえ、大丈夫ですよ」
「そうでしたか。時間はまだありますから、寝てしまっても大丈夫ですからね?」
「勿体ないからまだ寝ません」
「ふふ…一成さんったら。膝枕でしたらいつでもして差し上げますのに。では明日からは、お昼ご飯の後に毎日こうして…」
「「それは止めて」」
綺麗に揃った夏海先輩と花子さんの突っ込み。この二人も案外仲がいいというか、先輩後輩を感じさせない雰囲気があるんだよな。
花子さんの精神年齢が高いから、夏海先輩も年下とか後輩って感じじゃないのかもしれない。
「今更だけど、そういうのは二人だけのときにして。と言うか、その方が嫁も落ち着いてイチャイチャできるでしょ?」
「確かにそうですけど、それはそれです」
「いや、目の前でずっとイチャイチャを見せつけられるこっちの身にもなれっての。つか、こっちはあんたらの噂の話をしてるってのに!?」
う…俺もちょっと調子に乗り過ぎたかも。流石にこのまま膝枕をされている雰囲気じゃないし、いつまでこうしてないで立ち上が…
ぐいっ…
…ったらダメなんですね。分かりました…
離れようとしたら、沙羅さんに押さえられてしまった。
「夏海、その噂とやらは、広がると私達は困るのですか?」
「…へ?」
「もしその噂で一成さんが困るというのであれば、私は全力で対策に乗り出します。ですが、私達の婚約も将来の結婚も事実ですし、それを誰かに知られたとして、私は何ら問題はありません。寧ろ目障りな男子が消えて一石二鳥です。一成さんは如何ですか?」
「俺も問題ないですね。望むところです」
沙羅さんに近付く男が少しでも減って欲しいと思っていた俺からすれば、噂が広がることなど寧ろ望むところだ。それで諦める奴等が増えれば御の字だし、そいつらが俺の所へ乗り込んでくるというのであれば、それから逃げるつもりもない。
だから全く問題ないな。
「えっと…いや、確かに噂が広がってるってだけで、特に問題はないけど」
うん、夏海先輩も何となく雰囲気とか勢いでそれを指摘しただけで、噂そのものは別に問題だとは思ってないんだろうな。
と言うか、俺達の関係が発覚すれば噂になるなんて、夏海先輩も自分で言ってたことだし。
張本人の俺達が我関せずって感じだったから、思わず指摘しちゃったってところか。
「何だろう…よく分からないけど何か悔しい」
「まぁ実際、噂くらいどうってことない。それよりも…」
「そうだね。後は…」
「うん」
花子さん、速人、藤堂さんが意味深に俺の顔を見る。三人がミスコンのことを考えているのは直ぐにわかったけど、沙羅さんには内緒だから俺はそれに反応しないでおく。
三人には…特に速人と藤堂さんに関しては、もし俺と沙羅さんの話が身の回りに来たとしても、関与しなくていいと伝えてある。
俺達のクラスで起きた騒ぎを考えたら、二人がそれを認めてしまえば少なからず面倒事に巻き込まれる可能性があるからだ。
当事者である俺達が居ないところでそんな話になれば、当然全ての話が速人や藤堂さんに向かうのは分かりきっているからな。
そんなことになれば、申し訳ないなんてもんじゃない。
「どうかしましたか、皆さん?」
キョトンとした表情を浮かべて皆を見る沙羅さん。
考えていることや悩んでいることを見抜くいつもの鋭さも、俺限定でしか発揮されないからな。普段の皆に対しては、どちらかと言えば少し天然な感じもあったり。
でも敢えて言わせてくれ
それ「も」可愛いんだよ!!!!!
「何でもない。それよりも、一成がまた余計なことを考えてる」
!!!???
ちょ、今このタイミングで沙羅さんの意識を俺に向けるとか勘弁してくれ!?
多分花子さんも、俺の考えていることを読んだ上で、話を逸らすためにわざとやったんだろうけど…
「一成さん、どうかなさいましたか?」
「いや…その…あの…」
言えない。頭の中で盛大にノロケを騒いでましたなんて言えない…
「ふふ…一成さん、隠し事は…めっ、ですよ?」
可愛い言葉遣いにイタズラっぽい表情。
沙羅さんも正確には分かっていないんだろうけど、俺の様子を見て「ハッキリと言って欲しいです」モードになってしまったみたいだ。
困ったぞ…目を逸らそうにも俺は膝枕状態だし、オマケに顔を真正面に固定されてしまっている。沙羅さんは真っ直ぐに俺の目を見つめてくるし…もう…無理かも…
「…さ、沙羅さんが」
「はい。私が…どうなさいましたか?」
「可愛いすぎるって頭の中でノロケてました!!!」
どうだ、言ったぞ、言ってやったぞ!!
これで満足か花子さん!!
そして皆から白けたような、生暖かい視線(藤堂さんだけは微笑ましいと思われていそう)を感じるような…うう…こんなの羞恥プレイだ…
それに沙羅さんの顔を見るのが照れ臭くて、咄嗟に目を閉じると…
ちゅ…
!?
唇に柔らかい何かが触れた感触…いや、これが沙羅さんのキスだってことは直ぐに分かった。
そして唇が離れたと思えば、俺の顔が沙羅さん側に向けられて、そのまま何かに押し付けられて…これって?
「ふふ…一成さんは恥ずかしがり屋さんですからね…これでお顔は隠れてしまいましたよ♪」
思い出した!
以前耳掻きをして貰ったときも、こうして沙羅さんが自分のお腹に俺の顔を…ってことは、これ沙羅さんのお腹なのか!?
「一成さんに可愛いと言って頂けて嬉しいです。ですが私は、一成さんこそ可愛らしいと思っておりますので」
いや、男に可愛いは褒め言葉じゃ…だから俺は、沙羅さんのお腹に少しだけ顔を押し付けて無言の抗議アピール
「んっ…も、もう一成さんったら、おいたは、めっ…ですよ?」
くすぐったかったのか、沙羅さんは少しだけ身を捩って優しく抗議の声を上げた。
しまった、思わず大胆なことを…
「…ねぇ」
「…何?」
「…これ、どうするの? 花子さんのせいだからね?」
「…ミステイク」
「…ちょ、ちょっと、だ、大胆じゃないかな…あ、あはは」
「…藤堂さん、見てて恥ずかしいなら、無理に見なくても…」
結局このまま、時間ギリギリになって夏海先輩がヤケクソ気味にキレるまで、沙羅さんは俺を離してくれなかった…
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今回はちょっと予定を変えて、日常回を挟んでみました。
こういう何でもないシーンもたまには・・・
まだ油断はできませんが、以前の様な書き方を意識して書けるようになりました。
今回もいつの間にか書き終わってましたw
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