第160話 恋と憧れ

「おはようございます、一成さん」


目を覚ますと何故かベッドの横に沙羅さんが座っていた。

左手は俺の頭に、右手は俺と手を繋いでいる。

えーと、何かあったのだろうか?

少し気にはなったが、沙羅さんの笑顔を見れば気にする必要がないという答えに辿り着く。


「おはようございます、沙羅さん」


「はい、もう少しでご飯ができますので、顔を洗ってきて下さいね。」


少し名残惜しそうに俺から手を離す沙羅さん。

そのまま食事の準備に戻ったので、俺は顔を洗いながら今日のことを考える。

昨日の夜に、速人からRAINで連絡があったのだ。


「相談したいことがあるんだけど、明日時間とれるかな?」


いきなり押し掛けないで、先にこうして確認をとってきたということは、それなりの時間が欲しいということだろう。

つまり内容も真面目な話である可能性が高い。

何となく、夏海先輩絡みの話じゃないかと予想はしているのだが。


「沙羅さん、今日の放課後は速人と約束があるんで少し遅くなります。」


俺が声をかけたとき、沙羅さんはちょうどテーブルに朝食を並べているところだった。


「はい。では晩御飯はどうなさいますか?」


「そこまでは遅くならないと思います」


話をするだけなら、一〜二時間もあれば大丈夫だろう


「畏まりました。では、ご飯を作りながら帰りをお待ちしておりますね。」


今更だけど、俺の帰りが遅くなって沙羅さんがご飯を作りながら待ってるって、何というか…


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「駅前のゲーセンにさ…」


休み時間になると、俺の席に集まってくるいつもの三人。

今日の話題は、山川の好みにぴったりの可愛い子がゲーセンに居たらしく、それについて本人が激しく熱弁しているのだが…


「お前はストライク範囲が極端すぎだ」

「ロリ系とお姉さん系って、せめてどっちかにしろよ」


確かに両極端だな。

というか、全然違うのに何でそうなるのか不思議すぎるぞ…

そんなことを考えていると、ポケットの中のスマホが震えた。

…どうせアプリの宣伝通知だろう。

などと思っていると、連続で二度三度と立て続けに震える。


…なんだ??


スマホを取り出して画面を見ると、RAINのメッセージ着信だった。


「授業が暇」

「学校つまらない」


誰かと思えば、花子さんから連続のRAINメッセージだった。

無駄がなく要点しかない、いかにも花子さんらしいメッセージだ。

そして最後に、何故か送られてきた、不機嫌さを隠していない花子さんの自撮り写メを見て、思わず吹いてしまいそうになる


「授業に集中しろ」

「私の頭脳を持ってすれば、高一程度の授業は必要ない」

「俺は要る」

「なら今度教えてあげる」


文字なのに、花子さんのぶっきらぼうな声が聞こえてくるようで思わず笑ってしまいそうだった。


「はぁ!? ちょ、高梨っ、誰だそれ!?」


ガタン!!


いきなり背後から大声をかけられて、俺は身体ごと飛び跳ねてしまった。


「ちょ、山川、驚かすな!」


「い、いいから、見せてくれ!!」


山川は強引に俺のスマホを取り上げると、食い入るように画面を見ている

どうやらいつの間にか、後ろへ回り込まれていて画面を見られていたらしい。


「……………」


川村と田中も気になったのか、横から覗きこんでいる。

それよりも山川の真剣な表情が…


「高梨…いや、高梨さん」


「はぁ?」


「お願いします、俺にこの子を紹介してくだ…」

「断る」


山川が俺を拝むような仕草を見せたが、条件反射的に拒否のひと言が出てしまった。

それは思わず出た言葉だったが、どちらにしても紹介する気はない。

俺の周りにいる女性は男関係で苦労している人が多いし、花子さんもその一人だからな。

こういう話しはデリケートに扱うべきだろう。


「そこを何とか!!」

「おい、山川。このRAINを見れば、二人の仲くらいは想像できるだろうが。」

「!?」

「高梨は彼女が居たんだな…裏切り者め」


山川は露骨にガッカリした様子で、わかりやすく肩を落としていた。

うーん、なんか誤解されたような。

でもそんな誤解されるような内容ではないと思うんだけど…

まぁいいか、断る手間が省けたし。


「いや、マジでこの子可愛いぞ…お前、薩川先輩とも仲がいいみたいだし、羨ましすぎるだろ。それに、この子ウチの学校じゃないよな? どこで知り合ったんだよ?」


「確かに可愛いな、というかこの容姿は山川にストライクすぎるだろう。」


…こんな風に、クラスで男共が女子を可愛いだなんだと騒ぐシーンはいくらでもあり、かつての俺はそれをどこか冷めた目で見ていた。


でも、自分が今その中に入ったことに初めて気付いたのだが…

しっかりクラスメイトの一人として受け入れられているという実感を感じて、それが少し嬉しいと思っている自分が、ある意味悲しくもある…


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ガラガラ…


「一成、お待たせ」


振り向かなくても速人の声だと直ぐにわかった。

そして女子が一斉に教室の入り口を見るのも恒例だったりするのだ。


「んじゃ、行こうか」


「あぁ、場所はどうしようか」


「決めてあるからついてきてくれ。」


「りょーかい」


……あの一角の女子達は、俺が速人と居ると妙にわくわくしたような目で見てくるんだけど…何も楽しいことはないぞ?


速人を連れ立って花壇に向かう。

今日の水やりをやっておきたいから、話を聞くついでにやってしまおう。


段々人気が少なくなり、花壇に着く頃には誰も見なくなる。

相変わらずの場所だけど、だからこそ安らげる場所であり、こういうときにも都合が良い。


「ついでに水を撒くから、遠慮しないで話を聞かせてくれ。」


「あぁ、わかった。まぁ多分わかってると思うけど夏海先輩の件だ。」


やはり予想通りだった。

ひょっとして、雄二と夏海先輩の仲が良さそうって辺りの話かなぁ

俺はホースの準備をしながら、速人に話の続きを促す


「実はこの前、ちょっと思うところがあって、夏海先輩のことを考えてみたんだ。そもそも俺は夏海先輩のどういうところが好きだったのかって。」


…そういえば漠然とした話しは聞いていたけど、速人が遠慮していたこともあって、あまり突っ込んだ話を聞いたことがない。


「夏海先輩のさっぱりした性格とか、他の女子と違って俺に対しても普通に接してくれるとか、一番のきっかけは怒られたことだったんだけどさ…」


速人が夏海先輩をどう見ていたのか、どう感じていたのか話をしてくれた。

ただ、話を聞いている内に気付いたことがある。

これはきっと、今まで接してきた女性と違い、頼りがいのある部分を夏海先輩に見たというか、一種の年上に対する憧れのような感じではないだろうか?

そうであれば、夏海先輩を気にしているようで、速人が積極的に動かなかったこともわかるような気がする。

一応気にはしていたのだろうから、雄二に対して思うところはあったのだろうけど。

でもそうなると…


「なぁ速人…どうしてその違和感に気付いた? 夏海先輩に対する気持ちが違うかもしれないと気付いたのは、何か理由があったんじゃないのか?」


「……その…実は…」


夏海先輩と雄二が仲良さそうに見えて、複雑な気持ちだったところに、藤堂さんが飴をくれたらしい。

飴…多分、いつも未央ちゃんにあげている飴だろう。俺も貰ったことがあるが、まさかあの日も持っていたとは…


「衝撃を受けたって言うのかな…上手く言えないけど、全く裏を感じない純真な優しさっていうか…」


何となく言いたいことはわかる。

多分だけど、普段未央ちゃんに接するような感覚で速人に接したのではないだろうか。

藤堂さんは純朴な感じの人だから、速人みたいに周りから色々と言い寄られるようなやつは、安心とか安らぎを覚えるのかもしれない。


「そっか。何となくだけど、速人の言いたいことはわかるような気がする。藤堂さんは癒し系だろうしな」


「そう、そうなんだよ! 無理に楽しい話をしなくても、一緒にいてほんわかするというか、優しさが嬉しいっていうか…」


どうやら、藤堂さんに恋をしたのは間違いないようだな。

であれば、今後は何かしらフォローをしてやりたい。

藤堂さんは未央ちゃんとよく遊んでいるから、神社か公園によく居るはず。


「わかった、俺は応援するよ。同じ学校なんだし面識もあるんだから、声をかけてみればどうだ?」


「いや、いきなり押し掛けたら迷惑になるんじゃないかなって…」


そうか、速人は良くも悪くも目立つからな。

いきなり藤堂さんのクラスに行って、話しかけたり呼び出したりしようものなら騒ぎになるかもしれない。

これは俺が協力した方が良さそうだ…


「わかった、その辺は俺が協力するよ。取り合えずは接点増やして、少しでも仲良くなるところからかな?」


「ありがとう一成。宜しく頼むよ」


親友の恋路の応援ができるなんて、それはそれで嬉しいというか楽しいと思う。

今度、雄二にも話を聞いてみたいかな

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