第161話 沙羅さんと花子さんのナイショ

速人との話しは一時間くらいで終わったので、沙羅さんには今から帰るという旨の連絡を入れておいた。

家で待たせていることもあり、急ぎ足で帰ってきたのだが


「一成さん、お帰りなさい」


玄関を開けたら沙羅さんが目の前にいて、直ぐに出迎えてくれた。

ひょっとして、あの連絡からこうして玄関近くで待っていてくれたのか?

だとしたら申し訳ないな…


「すみません沙羅さん、ひょっとして…」

「一成さん、お帰りなさい?」


「……ただいま、沙羅さん」


「はい!」


リテイクを要求されているという判断は正しかったようで、素直に応じると笑顔で返してくれた。


「先に少し休憩なさいますか? それともご飯になさますか?」


………

違うんだけど、思わずお約束の「ご飯、お風呂、それとも…」に聞こえてしまった。

沙羅さんの表情を見るに、もちろんそんな意図はなく、単にどうするのか聞いているだけだろう…

でも何となくイタズラ心が湧いたというか、それを言ったらどういうリアクションが見れるのか見てみたくなり、試しに言ってみることにした。


「では沙羅さんで」


果たしてどういうリアクションを見せてくれるのかわくわくしていると


「え? 私…ですか? えっと…それはどういう…」


驚いたというよりは、想定外の答えが返ってきてどうしようといったリアクションだ。

少し困った様子も見えたので、少し申し訳なくなり冗談であることを早めに伝えようと思ったのだが、俺の表情から冗談であることを見抜いたらしい。


「はい、畏まりました」


沙羅さんは何か思い付いたらしく、急にハッキリとした返事を寄越すとそのまま俺に近付いてくる。


そのまま腕を伸ばすと俺の頭を抱き寄せるように引き、耳元で「お帰りなさい、一成さん」と囁くよう呟く

そして少し顔をずらすと


ちゅ………


少し長めのキスをしてきた。

俺が驚きで固まっていると、沙羅さんは少し顔を離して俺の目を見つめてくる


「これで如何でしょうか?」


「は、はい、ありがとうございます」


思わずお礼の言葉が口を突いて出ると、今度は沙羅さんがイタズラっぽい表情を浮かべた。


「ふふ…私の勝ちで宜しいですか?」


「ごめんなさい…」


沙羅さんの勝利宣言にあっさりと白旗を揚げる俺だった…


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話しは一旦保留にして、取り合えずは制服を着替えてしまう。

着替えのシャツ等は既に用意されていたのでそのまま着替えていると、沙羅さんがカランという氷の音と共にテーブルに冷たい麦茶を用意してくれた。

それを飲みながら二人で一息入れたところで、早速今日の報告を始める。

主題はもちろん、速人が夏海先輩と藤堂さんに対しての気持ちの違いに気付いたことだ。

俺の話を聞きながら、沙羅さんは思うところがあったようで、少し何かを考えている様子だった


「どうかしましたか?」


「いえ…人の気持ちとは難しいものですね。好きの違いがわからず、自分の恋心に中々気付けなかった私としては少し実感もあるのですが、まして憧れと恋心は似ているような気もしますし…」


「明確なきっかけがないと、似ているようで違う気持ちに気付くことが難しいってことですよね?」


「はい。それに気付けるかどうかは、本当に大切なことなので…私はそれを特に実感しましたから。」


そう言って、嬉しそうに笑顔を浮かべる沙羅さん。気付いた結果が今の俺達の関係である訳だから、それがどれだけ大切なことだったのか、沙羅さんの実感は大きいのだろう。


「ですから、横川さんがそれに気付けたことは喜ばしいことですし、一成さんがお手伝いをなさるのであれば、私も何かできることがあれば協力させて頂きますよ。」


沙羅さんが協力してくれるのであれば、例えば藤堂さんを誘って4人で出掛けるのも有りではないかと、漠然と思い付いた俺だった。


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食事が終わり、二人で憩いでいるとまたスマホが震えた。

ポケットからスマホを出して画面を確認すると、速人からだった。


「今日はありがとう。相談に乗ってくれて助かった」

「どういたしまして。沙羅さんも協力してくれるって言ってるから、今度四人で遊びに行こうか?」

「いいね。是非相談させて欲しいな」

「りょーかい。」


これでよし。

メッセージのやり取りが終わり顔を上げると、沙羅さんがニコニコとこちらを眺めていた。


「どうしました?」


「いえ、楽しそうにされていたので、見ている私もつい…」


どうやら速人と連絡を取っている間、ずっと俺を見ていたようだ。そんなに楽しそうにしていただろうか?

まぁ友達から恋愛相談を受けたことも、それに協力するのも初めての経験だし、楽しいといえば楽しいかも。


そうだ、連絡と言えば…


「そう言えば、今日花子さんからもRAINが来たんですよ。」


「あ、私の方にも来ましたね。」


「愚痴でしたか?」


「はい、お返事に困りましたが、少し相談に乗りましたよ。」


これはひょっとして、俺達以外にも愚痴のRAINを飛ばしているのではないか?

そんなに不満に思っているのだろうか…それとも学校で何か問題を抱えていたりするのだろうか?

ちょっと心配だな…


あれ? 相談って言ったかな?


「相談ですか?」


「はい。ですが、花子さんから一成さんにだけは言わないで欲しいとお願いされていますので、秘密にさせて頂きますね。」


何だそれ!?

き、気になる。

俺だけに秘密というのが余計に気になる…


「花子さんは不思議な方ですね。正直なところ、一成さんに対する接し方として、私としても思うところがあったのですが…」


どうやら俺の知らない内に、二人は何かしらの話をしたようだ。でも「あった」ということは過去形であり、つまり今は違うということだろうか?


沙羅さんは、俺が聞きたそうにしている様子に気付いているのだが、意味あり気な笑顔を浮かべていて、やはり話すつもりはないらしい。


「ふふ…申し訳ございませんが、これは女同士のお話なので、いくら一成さんでも内緒ですよ。ですが、言わないで欲しいと言われた部分については、いずれわかると思います。ですから、それまで待ってあげて下さいね。」


そう言われてしまうと、これ以上聞く訳にはいかない。

沙羅さんの言い回しから察するに、「今は」秘密にしたいということなのだろう。であれば、大人しくそのときが来るのを待つとしよう…やきもきするけど。


それにしても…沙羅さんと和解(?)するとは、花子さんは凄いな…

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