第162話 side 花子さん

「おはよう、莉子」


「おはよう、お母さん」


学校へ行く支度が終わって台所へ向かうと、お母さんが朝食の準備をしてくれていた。

それは毎日の光景ではあるけど、自分でもやるべきじゃないかと最近思ったので、そのまま手伝いに入る。

ちなみに晩御飯の支度も手伝うようになった。まだ簡単な物しか作れないけど、せめてもう少し出来るようになりたい。


なぜそう思うようになったのか、それは薩川さんと知り合ってからだ。

彼女は、毎朝高梨くんの家に行って、朝食の準備や昼のお弁当を作っているそうだ…放課後は晩御飯まで作りに行って、休みには掃除洗濯…こうも女子力に差があると、張り合う気にすらならない。

まぁ奥さんと張り合う必要はないんだけど、姉として自分が情けないと言うか…


そんなことを考えながら出来た朝食を食べ終わり、家を出る前に仏壇に手を合わせる。


和成…行ってくるね


ここまでが毎朝のルーティンであり、私の一日の始まりである。


そしてここから、今日もつまらない学校に向かう。

別に学校で何かある訳ではない、トラブルや嫌なことがある訳でもない。

単につまらない。

元々楽しいとは思っていなかったけど、たった数日とはいえ高梨くんと…みんなと一緒にいた時間があまりにも楽しくて、だから尚更つまらないと思うようになってしまった。

本当に困る……


------------------------------------------


私の名前は花崎莉子。

容姿は普通…よりちょっと…個性的。

胸なんて只の飾り、エロい人にはそれがわからんのです。

とにかく、どこにでもいるその他大勢の一人だと思う。

成績は悪くない。引き込もっていた頃に無駄に勉強したから、まだ暫くは余裕があるはず。


家族構成は両親、祖父母、あとは…弟がいた。

名前は「花崎和成」。

私が朝、手を合わせた仏壇に飾られているのは赤ちゃんの写真だ。

私の弟は、2歳になる前に病気で他界してしまった。そして当時の私はまだ幼くて、弟のことを覚えていない。

だから…和成には申し訳ないけど、本当の意味で悲しんだことはないと思う。


でも私の好きな聖典や禁書には、義弟、実弟問わず弟を可愛がる姉が登場することが多い…

正直に言えば、私は姉として弟に接するということに憧れを覚えている。

だから和成が生きていてくれたらと、どうしても考えてしまう

いつか異世界に転生したら、弟が出来るかもしれないと考えたこともある。


そんな拗らせ方をした私は、いつの頃からか理想の弟を想像することが多くなった。

和成が大きくなったらどんな男の子だっただろう? 性格はやっぱり甘えん坊? でもやる時はやるくらいの男の子らしさもあって欲しい。ただ、基本的には私が甘やかしてあげたい…


こんなことばかり考えているから、恋人とか男子に興味が湧かないのかもしれない。

だから山崎のことを、男子というより同士だと思って油断してしまった自らの間抜けさは、自戒として生涯忘れるつもりはない。

そして騙された上に好きでも何でもない相手から振られるという屈辱は、生涯の汚点となるだろう。

更に周りからバカにされるという追い討ちが、衝撃でもあり面倒でもあり、だから不登校になった。

あんなバカ共の顔を見たくもないし、いちいち余計なことを言われたくないから。


山崎に復讐することを第一に考えて、それを成すまであいつからバカにされた私という存在を名前と共に封印した。聖典や禁書も一緒に封印した。

だから私は莉子ではなく、花子として悲願を成し遂げるまで戦う。


とまぁ決意だけはあったものの、進展が得られず精々追跡調査して何か発見がないか調べるのが限界だった。

だけどそれも無駄ではなかったと、報われる日がくるのだと、この時はまだ夢にも思わなかった。


------------------------------------------


高梨一成くん。

心の中ではこっそり「一成」と呼び捨てにしているのは内緒。

恋人の薩川さんに悪いし…


漢字は違うけど、名前が同じだったことが興味を覚えた最初のきっかけだった。

容姿は…普通だと思う。

私の想像していた和成と似ているのか、違うのか、上手く想像が結び付かなかった。

そして最初の印象は「甘えん坊」

恋人(妻?)の薩川さんに甘やかされて、世話を焼かれて、面倒を見てもらっている。

その上、隙あらばイチャつく二人にうんざりもした。

でも情けないとは思わなかったし、接している内に、だんだん薩川さんが羨ましくなった。

私ではあそこまでしてあげられないだろうけど、それでも弟にしてあげたいと思っていた自分の姿が薩川さんにあったから…。


高梨くんは、私が理想の弟に求めていた要素を持っていた。それに和成と名前が同じということも親近感を覚える。同い年ではあるけれど、私の誕生日を考えれば高確率で私の方がお姉ちゃんだろう。


そんな高梨くんの過去を聞いてみたところ、私を遥かに上回る…というより、酷すぎる仕打ちを受けていた。

私は不登校で逃げるという安易な選択肢を選んだけど、高梨くんは意地でも逃げを選ばないという芯の強さを知った。

そんなところも私の理想の弟像にそっくりであり、思わず頭を撫でたときには喜びを覚えてしまい、なかなか止められなかった。


私はこのとき、自分が高梨くんを気に入ってしまったことをハッキリと自覚した。

本人にも気に入ったという事実だけは伝えたが、常に薩川さんとイチャつくので、うんざりしたり辟易したような態度も見せてしまった。

でも本音は、薩川さんが羨ましかった…


そして気が付けば、高梨くんは物語の主人公のように自身を中心とした仲間を集め、遂に山崎という悪を倒した。

私一人では決して成し遂げることが出来なかったであろう結果を残した。

普段は甘えん坊だけどやる時はやる。

やっぱり高梨くんは私が求めた理想の弟だったのだ。

だからご褒美はもちろん、お約束のお姉ちゃんからのキス。

嫌がられたりしたらどうしようかと思ったけど、照れた可愛い表情は、私にとってもご褒美だった。


------------------------------------------


私は高梨くんの恋人になりたい訳ではない。

薩川さんとの仲は祝福しているし、薩川さんの役目を奪うつもりもない。

それに、自分の気持ちも理解しているつもりだ。

だからせめて、友達のような、姉のような、これからも今のスタンスを続けさせて貰えれば嬉しい。

となれば、やはり薩川さんと話をする必要があるだろう。きっと誤解されているだろうし、私としても二人の仲を拗らせたい訳ではないから。

薩川さんは高梨くんのことになると豹変するが、決して話のわからない相手ではない。

真面目に話せば真面目に答えてくれるタイプだ……多分。


それに、もう一つ重要な話もあるし、それも相談しておきたい。


でもこれは高梨くんにはまだ秘密にしておく。


という訳で、今日も一日が始まる…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る