第163話 沙羅さんの誕生日に向けて

「ありがとうございました〜」


何も買わずに店を出たのに、それを言われると微妙に申し訳ないような気になる。

では何故コンビニに入ったのかというと、今俺の手に握られている無料の求人誌が答えだ。

沙羅さんに見られる訳にはいかないので、今から公園でこれを読んで、読み終わったら家に帰る。


問題は…上手く仕事が見つかるかどうかということだ。

普通にバイトをするだけなら大した問題はないと思うが、今回はいくつかハードルがあるからだ。

もっとも重要なことは、沙羅さんが修学旅行に行く日程に合わせて働くことが可能かどうか…これが一番問題。

次は期間の問題。一週間という短期間に限定できるバイトでなければならない。

そして最後に、俺自身が高校生であるという年齢条件に加えて、放課後という時間制限も加わるので、その全てをクリアできて初めて応募可能になる。


果たしてそこまでの条件の求人をピンボイントで見つけられるかどうか。

ついでに言えば、バイト初心者でも大丈夫そうな仕事であれば助かるかも…


まだ日程的に余裕はあるが、見つけるのが難しいことを想定して早めに探しておこうと考えた訳だった。


という訳で、なぜここまで難しい条件でバイトを捜しているのか、それは実に簡単な理由だ。

俺自身の労働で得た資金で、沙羅さんの誕生日プレゼントを買いたい。

そして可能であれば、クリスマスプレゼントの資金まで何とかしたい。

だから沙羅さんに見つからないように働きたいのだ。


もちろん一週間程度働いただけでは難しいのはわかっている。

でも俺が普段使える時間は、晩御飯を食べて沙羅さんが帰ってからの時間となる為に、そこから働いたとしても一日当たりの収入はたかが知れている。

だから沙羅さんが修学旅行で不在になる一週間という期間で可能な限り稼ぎたいのだ。

ついでに寂しさを紛らわすことができるという、一石二鳥のプランでもあったりする。


と、考えるだけなら簡単だけど、そこまで条件が狭くなると実際にバイトを見つけるのは至難だったりする訳で…

まだ探し始めだからそこまで焦ってはいないものの、全くと言っていい程条件に合う求人が見当たらない。

これはギリギリになるのも覚悟の上で探していくしかないかもしれないな…


「ひょっとして、お仕事探してるの?」


!?

求人誌を読むことに夢中になっていて、人の接近に気付かなかった。

でもこの声は…


「藤堂さん」


「こんにちは、高梨くん。何か読み入ってたから声をかけようか悩んだんだけど…求人誌なんか読んでるってことは、お仕事するの?」


「あー…と」


どうしようかな。

藤堂さんなら言いふらしたりしないだろうし、沙羅さんに黙っていて貰えばいいだけか。


「あぁ、バイトを探してるんだけどね。ちょっと条件的な問題で、なかなか難しそうだなって。それよりも、悪いんだけど俺がバイトを探してるのを沙羅さんに黙っていて欲しいんだ。」


「そうなんだ? わかった、ナイショにしておくね。でも薩川先輩に秘密なのは、何か理由があるの?」


うーん、まぁ聞かれるよなぁ。

でも黙っていて貰えるなら別にいいか…

俺はバイトをしたい理由と、条件が難しい理由を説明した。

途中から藤堂さんの目がキラキラしてきたというか…


「そっか〜…薩川先輩いいなぁ。そこまで自分のことを想ってくれる人がいるって羨ましい。みんなはともかく、私は二人が仲良くしてる姿を見てると、幸せそうでいいなぁって思うよ。」


この辺りはさすが藤堂さんというか、俺達のアレを好意的に捉えてくれているとは…


「そういう理由なら私も協力したい! んとね、私のお祖父ちゃんが酒屋さんをやってるんだけどね、手伝いが欲しいって言ってたから、高梨くんさえ良ければ聞いてみようか?」


「え、それは助かる! 迷惑じゃなければ是非お願いしたいかも。」


おお、渡りに船とはこのこと。全く知らないところで働くよりは、多少でも知っている場所の方がありがたい。


「うん、わかったよ。それとね、どうせならみんなで薩川先輩のお誕生日会をやるのはどうかな!? もちろんみんなの予定が合えばだけど、薩川先輩も喜んでくれると思うし。」


なるほど、そこまでは考えてなかった。

友達で集まるという発想に至らないのは、俺がそういう繋がりに慣れていないと言うべきか、今までの弊害と言うべきか…


確かに、みんなでお祝いするというアイデアはいいかもしれない。俺は俺で、二人のときに改めてお祝いするということもできるし…

うん、楽しそうだ!!


「そうだな! みんなに声をかけてみよう!! せっかくみんなと仲良くなったんだし、こうやって集まる機会としてもちょうどいいかも! 俺も出来れば楽しくお祝いしてあげたいし、沙羅さんにも喜んで欲しいから…」


「そうだよね、私も楽しみだなぁ…そうと決まれば、薩川先輩にプレゼントを考えておかないと。あ、でも先にみんなに連絡だよね!」


連絡は早速今晩にでもしておこう。

それより俺もそろそろ具体的な物を決めておかないといけないのだが、どうにも決めきらない…必要な予算も考えておきたいし。

でもそうか、それこそ相談してみるのも悪くないじゃないか。


「男に貰って嬉しいプレゼントって、何があるかな?」


「うーん、この場合は恋人にってことだよね? 私なら好きな人が用意してくれたものなら何でも嬉しいけど…薩川先輩も高梨くんからのプレゼントなら何でも絶対に嬉しいと思うけどな。」


「俺もそう思うけど、だからこそ難しいって言うか…」


仮に俺が沙羅さんからプレゼントを貰うとして、やはり何であっても嬉しいと思う。

だから沙羅さんも喜んでくれるとは思うけど、どうせなら少しでもそれにプラスで喜んで貰えて、かつ思い出に残るというか形に残る物をプレゼントしたい。

例えば単なるアクセサリーでは面白くないし…うーん…


「こういうことって、横川くんなら詳しいようなイメージなんだけどね。」


確かに速人なら……ってそうだ!!


「ねえ藤堂さん、今度プレゼントを見に行くのに付き合ってくれないかな? タイミングが合えば速人も一緒に」


「うん、もちろんいいよ。私もプレゼントを探しにいきたいし、行く日が決まったら教えてね!」


よし、これで速人を誘えば…

少しでも援護になることを期待しよう。


そしてその後、藤堂さんのお祖父さんのお店を手伝うことでバイトが決まった。

もともとバイトをしている人が事情で出れなくなった間の穴埋め要員という形だ。

夜の短時間だけど、翌日の配達の準備や片付けの仕事だから難しくないということも、俺的にありがたい。


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「お帰りなさい、一成さん」


少し遅くなったこともあって、予想通り沙羅さんが先に家に来ていた。


「ただいま、沙羅さん。すみません遅くなって」


「いえ、それは大丈夫ですよ。まだご飯まで少しかかりますので。…ところで、何か良いことがあったのですか?」


沙羅さんが笑顔で俺に尋ねてくる。

相変わらず鋭い…もしくは俺がわかりやすいのか…


「いえ、速人と藤堂さんの件で、少しおせっかいが出来そうなんで…こうやって友達の為に何かするのって、今まで経験がなかったから…本当におせっかいかもしれないですけど」


これは理由の半分だけど、嬉しいのは事実だ。俺にもそれくらいの友達ができたことを実感できていることが嬉しい。


まるで俺の嬉しさが伝わったかのように、沙羅さんも嬉しそうに笑顔を浮かべると、ゆっくりと俺を抱きしめてくれる


「おせっかいなど、絶対にありませんよ。一成さんがお友達を大切に思っているのはよくわかりますし、私はそんな一成さんが大好きなんですから」


「はい…ありがとうございます」


「ふふ…横川さんと藤堂さんも、私達のようになってくれるといいですね。」


沙羅さんも心からそう思ってくれているようで俺も嬉しい。

今までの沙羅さんは、俺や夏海先輩など特定の人物以外は社交辞令的な付き合いがやっとだった。

以前は俺に迷惑をかけない為と言っていたが、今の沙羅さんはきっと二人のことをちゃんと友達だと思ってくれていると思う。

優しい沙羅さんが、少しでも本来の姿に戻って来ているのではないかと思うと、俺も嬉しい。


「あの二人が恋人になったとしても、俺と沙羅さんには絶対に敵いませんよ。」


「はい、もちろんです。私が一成さんを想う気持ちは最強なんですから。」


沙羅さんが珍しくおどけた様子でそんなことを言う。

だから俺もそれに合わせてみる


「ということは、俺は最強の幸せ者ということですね」


「はい、一成さんは私が絶対に幸せににして差し上げます。一成さん…大好き…」


沙羅さんに抱きしめられながら、俺は必ず沙羅さんに幸せを感じて貰える誕生日にすると、心に固く誓った…

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