第159話 戻った日常

そろそろ起きる時間が近いだろうか…?

この心地好さから離れたくないという気持ちがあり、なかなか目を開ける決心がつかなかった。

更にはそんな決心を鈍らせるかのように、頭の上を滑る優しい感触が、俺を再び眠らせようとしているようにも思えた


もぞもぞ…


「ひゃん……」


身じろぎしただけなのだが、何故か沙羅さんの声が聞こえたような気がする。

何だろう…俺はこの心地好さを確認するためにもう一度…


もぞもぞ…


「あ…か、一成さん、起きていらっしゃいますよね?」


徐々に意識が覚醒してくるのに合わせて、何となく状況も思い出してきた。

だけど、この顔に当たる柔らかい感触や心地好さから離れたくない。

俺はそれに甘えるように自ら抱きついてみると、まるでそれを受け入れてくれるかように包み込む力が少し強くなった。


「ふふ…寝起きの一成さんは、甘えたさんですね。もう少しこうしていたいのですが…残念ですがそろそろ起きる時間ですよ。」


そうは言うものの、沙羅さんも俺を離そうとしないので、言葉通りに起こす気があるのかどうか疑わしい。

その内に、ぎゅっと深く包み込むように抱きしめられた…と思ったのだが、どうやら意図が違ったらしく


「一成さん……お・き・て」


ゾクゾクっ!?


「ふわっ!?」


耳にかかる吐息と声のこそばゆさに驚き、思わず目が覚めてしまった。

しかし、俺は沙羅さんにしっかりと頭を抱きしめられており、離れることはできなかった。


「おはようございます、一成さん」


そのまま耳元で囁くように挨拶をされてしまい、こそばゆい感じにゾクゾクしてしまう。


「ふふ。どうかなさいましたか?」


沙羅さんが、いたずらっぽい雰囲気でそんなことを言う。

これは俺の状況がわかっていて、わざとそうしているのは間違いない。


何となく悔しくなった俺は、このまま沙羅さんに甘えるように、すりすりとゆっくり顔を擦り付ける。とても柔らかい感触だ。


「あぅ…か、一成さん、おいたはダメです…めっ」


ちょっと焦ったような沙羅さんが、恥ずかしそうに俺のおでこに指を当てて顔を離す。


というか…よく考えたら俺は今、どこに顔を擦り付けていた!?


完全に意識が覚醒した俺は、慌てて顔を少し離して沙羅さんを見ると…真っ赤な顔で恥ずかしそうに俺を見ていた…


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朝食を食べて、家を出る時間になっても、沙羅さんは微妙に恥ずかしそうな雰囲気が抜けなかった。

いくら寝起きで若干寝惚けていたとはいえ…やり過ぎたかもしれない。


そのままいつものコンビニに着くと、既に着いていた夏海先輩から白い目で出迎えられた。


「おはよう…ねぇ、私に何か言うこと…どうしたの沙羅?」


沙羅さんはまだ少し朱い顔をしているので、それに気付いた夏海先輩が不思議そうに問いかけた。


「い、いえ、何でもないですよ。」


「何でもない」というには、まだ少し恥ずかしさが抜けきっていない沙羅さん。

それを見た夏海先輩が、突然何か思い付いたようなリアクションをとると、俺をジト目で見てくる


「高梨くん…何かやったね? 正直に」


「いや、俺は別に」


「そ、そうです。一成さんは少し寝惚けていただけですから。」


沙羅さんの発言はフォローするつもりだったのかもしれないが、俺が寝惚けて何かをしたということ確定させるものだった。


「なるほど…まぁ時間がなくなるから、とりあえずは行こうか。話しは後でね?」


どうやら俺の居ないところで話を聞くつもりのようだが、沙羅さんは直球で暴露する癖があるから非常に不安だった…


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休み時間になると夏海は必ず私の席にくるのですが、最近は席の近い女子も集まってくるので少し賑やかになります。

以前にはなかった光景ですが、もちろん嫌ではありません

そして今の話題は、男性に関する話でした


「やっぱさ、何だかんだ言いながら、男は胸の大きい女子の方がいい訳よ」


この方が何故そんなことを言い出したかというと、恋人がデート中に他の女性の胸を見ていたからということです。

確かに失礼なお話ではありますね。

一成さんはそんなことを致しませんけど。


「男子が胸を見るのは本能だから、意識してなくてもそうなるって本に書いてあったよ。よっぽどあからさまでもない限り、怒るのは可哀想じゃないかな?」


それが本当であれば、一成さんは本能に逆らっているというお話になってしまうのですが…


「あたしもその話聞いたことある。まぁそれがあろうとなかろうと、男子はおっぱい好きだから」


私は思わず今朝のことを思い出してしまいました。

その…少し恥ずかしかったですけど、嫌ではありませんし…


「どうしたの沙羅? 何か聞きたそうだけど」


夏海が私に話題を振ってきました。

そうですね、せっかくなので少しお話を聞いてみましょうか…


「その…男性は女性の胸がそんなにお好きなのでしょうか?」


気にはなったので、思いきって伺ってみたのですが…みなさん驚いた様子です。


「さ、薩川さんがこういう話に乗ってくるなんて…」


確かに以前でしたら全く興味はありませんでしたね。


「全員ってことはないだろうけど、そういう男子は多いと思うよ。そこで聞き耳立ててるあんたらもそうでしょ?」


そんなことを言いながら、近くにいた男子達にいきなり問いかけるその行動に驚きました。

ですが話しかけられた男子達も少し恥ずかしそうにしながらも、「あ、あぁ…多分」と口々に言いながら、何故か話しかけた方ではなくこちらを見てきます。


「こちらを見ないで下さい、気持ち悪い」


「さ、沙羅、その言い方は可哀想だから」


「? あ、声に出ていましたか?」


思っただけのつもりでしたが、どうやら声に出てしまったようです。

落ち込んでしまったようですね…どうでもいいですけど。


そんなことよりも、一般的に男性がそうだとすると一成さんも男性ですから…

であれば、少し恥ずかしいですが一成さんが 喜んで下さるならあのくらい。


「薩川さんも男子のそういうの気になる?」


「男子一般に興味などありません。私は、かず…」

「ストップ、沙羅、それ以上はいけない。」


夏海が何故か私の言葉を遮りました。

特に変なことを言ったつもりはないのですけど…


「えええ、夏海、それは意味深過ぎるよ。ひょっとして薩川さんまさか…」


「ダメ、これ以上は色々危険だから」


夏海の言っている意味がよくわかりませんね。


この後夏海から、そういうことは直接言わないで黙って喜ばせてあげるのがいい女だと言われました。


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放課後になり、生徒会室へ向かう前に花壇へ寄った。

夏場は日中に水やりをすると、葉が焼けたり根を痛めたりと良くないので、花壇が日陰になる放課後にやるようにしている。

そして暫くは基本的に俺が一人でやることにした。

暑いということもあるし、日に焼けるとか、まぁ色々あって俺的にあまり沙羅さんにはやらせたくないからだ。

もちろん沙羅さんは渋ったが、そこは俺が強引に押し通した。

沙羅さんは基本的に俺の意見を尊重してくれるので、強く言えばある程度のことは自分の意見を下げて受け入れてくれるからな


しかし暑い…これは沙羅さんにやらせなくて正解だ。


道具を片付けて花壇を後にする頃には、既に汗だくだった


生徒会室のドアを開けると、エアコンの効いた涼しい空気が流れてくる。

あぁ…生き返る


「お疲れさまです」


「「「お疲れさまです」」」


「高梨くん、お疲れさま」


挨拶をして中に入るとみんなから返事が返ってくる。

そして沙羅さんは、自身のバッグからタオルを引っ張りだして、パタパタと急ぎ足でこちらへやってきた。


「一成さん、お疲れさまです。汗を…」


「ありがとうございます」


受け取ろうとしたが、沙羅さんはタオルを持ったまま俺に渡すような素振りを見せない。

そして俺の額にタオルを当てて汗を拭き始めると、そのまま拭ける範囲を一通り拭いてくれた。


「何というか…動きに迷いがなくて慣れている感が…」

「相変わらず仲いいよねぇ」


…周りの声は気にしない


「一成さん、下のシャツも汗で凄いでしょうから着替えて下さいね。」


そう言って、自身のバッグの中から今度はシャツを引っ張り出した。


「「「「「 !? 」」」」」


うん、きっと俺のシャツだろう…こうなることを予想していたのか?

そして、沙羅さんのバッグから俺のシャツが出現したことに対するみんなの驚きが…当然だよな。


「そちらのお部屋で着替えましょうね」


「え!? 薩川さんも行くの!?」


俺についてこようとする沙羅さんに、驚きの声がかかる


「もちろんです。シャツを着る前に汗を拭いておきませんと。」


何を当然のことを?

聞かれたことが不思議だと言わんばかりに沙羅さんが返事をすると、またもやみんなが黙ってしまう。


結局、しっかりと汗を拭いてくれた沙羅さんは、俺が着替え終わるまで付き添ってくれた。


部屋を出ると、沙羅さんはタオルと着替えた俺のシャツをバッグにしまい、水筒を取り出して麦茶を用意してくれる。


席に座り、麦茶を飲んで人心地つくと…まだ注目を集めていたようだ。


「……薩川さん、なんで高梨くんのシャツを持ってたの?」


「必要になると思っていましたから。」


「なんで」の意味が違うというのは俺もわかっていたが、当然無視をする。

それを説明するのは非常に難しいからだ。


「着替え終わった高梨くんのシャツはどうするの?」


「それはもちろん私がお洗濯しますよ?」


「「「「「…………」」」」」


唖然とする女性陣と、羨ましそうに俺を睨む男性陣…は沙羅さんの殺気で泣き顔に変わる。

唯一、傍観していた会長だけが、ニヤつきながらも会議を始めるタイミングを計っているようだった。

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