第316話 真打登場
「ありがとうございました!!!」
男子の試合は全て終わり、客席に挨拶をする部員達には拍手喝采。
結果はシングルスで二勝(速人と部長)、ダブルスが一勝、最終成績は三対二…凛華高校の勝利で幕を閉じた。
接戦ではあるものの勝ちは勝ちということで、この後に続く女子テニスに少しでも弾みがつけばいいんだけど…さてさて。
「次は夕月先輩の試合ですね!! エースの実力が楽しみです!」
「夏海は全国区のランキングホルダーですから、当然、相応の選手がいる学校を招待しているでしょうね。レベルの高い試合が見れそうです」
「西川さんは、夕月先輩と試合をしたことあるんですか?」
「遊びでやったことはありますよ。でも勝負は無理ですね。レベルが違いすぎるので」
実際に西川さんのテニスを見たことが無いので分からないが…でもこの言い様だと、それは純然たる事実と言ったところか。
確かに夏海先輩のレベルは明らかに高いと思うし、少なくとも今まで見てきた試合は、危なげなく順調に勝利…という内容も多い。
勿論、勝負は水物ということで、常勝無敗という訳ではないとしても。
「雄二は初めて見るんだよな?」
「ああ。今までも話をしたことはあるんだが、如何せん夏海さんが色々と濁すからな」
「あの人は案外照れ屋だから」
「そうだな。でも、そこが可愛いところなんだけどさ」
「お、雄二から惚気が聞けるとは珍しい」
「お前と薩川さんには負けるよ」
ガキの頃からツルんできた雄二と、こんな会話をする日が来るとはちょっと驚き。
でも、悪くない気分。
「それにしても…本当に凄いな…これ」
雄二が感想を溢しながら、周囲をマジマジと眺め始める。
今、俺達の周りは、ちょうど観客の入れ換え真っ最中で、様々なアイテムや武装(?)で身を固めた夏海先輩ファンクラブの皆様が集まって来てるから。
でも「アレ」を見る前に驚くのは、まだちょっと早いんだよな。
「ねぇねぇ、薩川さん、高梨くんとはどうなの?」
「どう…と言いますと?」
「またまたぁ…どこまで行ったのかってこと」
「どこまでと言われましても、まだ旅行などは特に…」
「あはは、やっぱ薩川さんでもお約束の冗談は言うんだね!」
「…?」
そう反応されるのは当然かもしれないが、沙羅さんあれは冗談でも何でもないし、本人は至って真面目に答えているだけ。そして同棲しているにも関わらず、今まで何もないという点も間違いなく事実。
でも…でもな、一つだけ言わせて欲しい。
これは断じて、俺がヘタレだからという理由じゃない。
もはや地球上で存在しない程の堅い「何か」で守られた、俺の意思が強いというだけ。沙羅さんを大切にしたいと思う揺るぎない気持ちが、俺を支えていると言っても過言ではない。
だからもう少し、自分を褒めてあげてもいいんじゃないかと思うんだよね。
ですよね皆さん!?
「…何か困ったら、いつでも俺と速人に相談しろよ」
「うっさい!」
俺の肩をポンポンと叩きながら、親友の生温かい気遣いが何とも…いやいや、俺は辛くなんかないぞ。
沙羅さんから毎日のようにご褒美(男的には少しだけ地獄)を貰っているし、だからこそ、俺は毎日頑張れるんだ。
「始まるみたいだよ!!」
誰かのひと声で一斉に雑談が止み、客席の視線は一気にコートへ。
先程まで行われていたミーティングがいつの間にか終わっていて、今は選手達がコートに出て挨拶を交わしている。
ちなみに試合順は男子と同じらしく、夏海先輩はシングルス1なので…つまり一番最後の試合になる。出番はまだまだ先だ。
なので、暫くは普通に応援を…ってところかな。
………………
………
…
試合は順調に進んでいき、ダブルス一勝、シングルス一勝となった時点で、学校としてはかなり有利な状況になっている。
ただ、これは招待試合なので、結果状況がどうであれ最後まで試合は行われる。そして残すところは夏海先輩の試合と、ダブルスの一試合のみ。
遂に始まる、メインイベントとも言える一戦を見ようと、ダブルス側へ行っていた観客や、今まで居なかった一般客も続々と集まってくるので…人数という点では、速人の試合よりも盛り上がるということに。
そんな中、いよいよ真打ちの登場となる。
「いくよ、皆!!」
「「「おお~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」」」
夏海先輩がコートに現れると、客席のボルテージは一気に跳ね上がる。
統率のとれたファンクラブは、基本的に無駄な雑談やバラバラの声援を送らない(状況によるが)ので、盛り上がりまで綺麗に揃う見事な光景。
それはある種の感動すら感じさせるようで…
「な、何か、凄い…」
「う、うん、速人くんのときと全然違うって言うか…」
「久々に見たわねぇ、この光景」
「最初からクライマッ…」
「花子さん、ストップ!!」
ふぅ…最近、花子さんは要注意発言が多くて困る。
神様からの指示も増えておりますので…もちろん俺は、花子さんが何を言うつもりだったのか分かりませんよ?
「「「ファイ!! ファイ!! な~つ~み、なつみ!! ファイ・オー・ファイ!!!」」」
いよいよ始まる、夏海先輩専用の応援歌(?)
これぞ凛華高校女子テニス部が誇る風物詩でもあり、初見の皆様を大変驚かせる毎度お馴染みの光景でもあります。
初めてこれを見たときは、俺も本当に驚いたので…
「「「…………」」」
案の定、立川さんも藤堂さんも、そして漏れなく雄二も、初見組は呆然とその様子を眺めている。
そしてコートに立つ夏海先輩は、さっきからこちら(正確には雄二)をチラチラと気まずそうに見ていたり。
雄二の性格なら、後でこれをネタにするのが目に見えているので…今まで試合の応援に呼ばなかったのも、実はこれを見せたくなかっただけとか?
「ザ・ベスト・オブ・スリーセットマッチ…」
審判の試合開始コールで、ファンクラブの応援歌もピタリと止まる。この辺りも実に徹底されているので、見ていて実に恐ろ…もとい、清々しい。
「いよいよですね」
「ええ。いつも通りにやれば、夏海先輩なら大丈夫だと思いますけど…」
「ふふ…今日は大切な人が見ていますから、きっと勝ちますよ」
「…そうですね」
俺も沙羅さんの言う通りだとは思うが、力みすぎて苦戦した速人の前例もある。
しかも夏海先輩にとって、この試合は初めて雄二(恋人)に見せる試合だということもあるので。
「…ふっ!!」
パァァァァァァン!!
シングルス最終戦の幕開けを告げるブザーのように、夏海先輩の強烈なサーブ音がコートに鳴り響く。
いつも通り、綺麗で流れるようなフォームから繰り出される一撃が、相手のコートに激しく突き刺さる。
相手選手もそれを冷静に打ち返し、夏海先輩も負けじと打ち返す応酬が…ラリーが始まる。
二度、三度と冷静な打ち合いが続き、そして動きがあったのはその直後。相手選手が突然前方に距離を詰めると、軽いジャンプからのボレーを繰り出す。
「あっ!?」
雄二が驚きの声をあげ、俺もその光景に目を見張る。
でも驚いたのは相手の動きにじゃない。夏海先輩まで同じように前方へ距離を詰めて、相手のボレーを強烈な両手打ちボレーで返したからだ。
当然、相手はそれを打ち返す体勢が整っていない。
だからボールはアッサリと、手の届かない位置を抜けていき…
「フィフティーン・ラブ!!」
「「「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
「「「なつみ~、な~つ~み~、ナイスぅぅぅ!!」」」
初っ端から魅せる夏海先輩のナイスプレイに、ファンクラブの歓声が大きくなり、客席の盛り上がりも高まっていく。
もちろんそれは俺達も同じで、特に初見組は感動したように…
「うおおお!! 夕月先輩カッコイイ!!」
「うわぁ!! 夕月先輩、凄いです!!」
「はぁ…あんな凛々しい姿ばっかり見せるから、同性のファンが増えるのよねぇ」
客席から注目を浴びまくっている夏海先輩は逆に淡々とした様子で、静かにステップを踏みながら、特にこれといった感情を見せていない。
極めて冷静…ストイックな感じで珍しいかも。
「………」
「雄二?」
「あ、あぁ、大丈夫だ。ちょっと驚いただけ…」
多分、今までこんな夏海先輩の姿を見たことが無かっただろうから…驚くのは当然か。
「…っ!!」
パァァァァァァン!!
続けて放たれた夏海先輩のサーブは、相手コートのライン際…かなりいい位置に突き刺さる。でも相手はしっかりと追い付き、勢いのあるリターンを放つ。
パァン!!
パァン!!
二度、三度とラリーが続き、客席もボールの行方を食い入るように追い掛ける。
でも本気の夏海先輩とここまで打ち合えるなんて、実はかなりの選手かもしれない。
パァン!!
高めに跳ねてしまった夏海先輩のリターンを、相手がすかさず強烈なスマッシュで打ち返す。
凄まじい勢いで戻ってくるボールに、夏海先輩は猛然とダッシュで駆け寄る…間に合うか…間に合った!!
パァァァン!!
相手のスマッシュをしっかりと打ち返し、そのボールは相手の立ち位置に対して反対側へ向かっていく。ライン寄りを上手く狙えたことで、今度は相手選手が大きく移動することに。
「っ!!」
相手もギリギリながらそれに追い付き、リターンを放つ…が、体勢も悪く、何とか返すだけで精一杯といった様子。
見るからに勢いを感じないそのリターンを…夏海先輩はすかさず前に出て、そのままダイレクトに「軽く」打ち返す。
ボールはネットを越えた直ぐの場所へポトリと落ちて…当然、そこには誰もいない。
「サーティー・ラブ!!」
「「「ナイス!! ナイス!! な・つ・み~、オ~~♪」」」
続けざまのナイスプレーに、絶好調な歌声(?)が加わり、客席とコートはますます盛り上がっていく。
そんな中、雄二が独りだけ、目を丸くしながら呆然と夏海先輩を見つめていて。
恋人の勇姿に驚いたのか、この盛り上がり様に驚いているのか…両方か?
「今日の夏海は調子が良さそうですね」
「ですね。いつもより気合いも入ってるみたいですし」
いつもの夏海先輩なら、こういうときに、こっそりとアピールしてくるんだが…
今日はそれをやらないようなので、それだけ真面目に…気合いが入っているってことなんだろう。
どうやら、俺が心配した気負いも無さそうだし、これなら大丈夫そうか。
……………
出だしこそ夏海先輩のリードで進んだものの、やはり相手も一筋縄ではいかず、一進一退の拮抗した戦いが続いている。
第一セットは40-30で夏海先輩が取り、第二セットはデュースに持ち込んだものの、相手選手に取られてしまう。
白熱した試合展開に観客席も熱気に溢れ、ファンクラブの応援は熱を越えて灼熱レベルに。
そして現在第三セットが始まり、15対0…夏海先輩が一歩リードした状況。
「うう…全く気が抜けません…」
「そうですね。夏海とここまで競るなんて、随分と強い相手のようですから」
「夕月先輩…頑張って…」
西川さんの言う通りで、俺も正直に言うと、こんな接戦になる相手だとは思ってもみなかった。夏海先輩の調子は決して悪くない筈…つまり、相手がそれだけ上手いってことに。
「あの人は結構有名な選手なんだよ。ランキングでは夏海先輩の方が上だけど、こうして見ている限りじゃ、そこまで差はないみたいだね…」
合流した速人が色々と解説をしてくれるので、試合内容も含めて随分と分かり易くなった。だからと言って、試合の状況が変わる訳でもないが…
そして雄二は、もう周囲のことなど目もくれずに、ひたすら夏海先輩だけを見つめている。
こいつがここまで夢中になる姿はかなり珍しい…気持ちはよく分かるけど。
「ふっ!!」
パァァァァァン!!
夏海先輩の華麗なサーブを、相手選手も上手く打ち返す。お互いにチャンスを探りながら、冷静に打ち合うラリーの開始。
六度、七度とボールがコート上を飛び交い、二人は一歩も引かずに打ち合いを続ける…その最中。
俺の視界に…
コートの向こう側から転がってくる「何か」が…見えたような?
「あっ!?」
俺がそれを認識したときには既に遅く、前方に全神経を集中させている夏海先輩がそれに気付く気配はない。もうこうなった以上は、何事もなく「それ」がコートを通過して欲しいと願う以外に…
でも…
そんな俺の願いも空しく、転がってきたボールは夏海先輩の足元へ…
そしてギリギリの位置で、運悪くそれを踏んでしまい…夏海先輩は。
突然バランスを崩したように…俺にはその姿が、まるでスローモーションのように見えて。
ゆっくりと、コートへ倒れこんでいく…
「レット!!」
「夏海!!」
「夏海先輩!!」
審判のコールで試合がストップすると、直ぐに顧問と部員達が駆け寄って行く。
夏海先輩はまだ起き上がれないようだが、どこかを押さえるといった痛みのアピールはしていない…何事も無ければいいんだけど。
「「夏海先輩!!!」」
「「夏海!!」」
「「夏海ちゃん!!」」
流石にこの状況では統率が取れないのか、ファンクラブからも悲鳴のような声が次々と溢れ、そして俺達も…特に雄二が。
「夏海さん!! 夏海さん!!」
今にも飛び出しそうな勢いで、客席の仕切り棒を掴み、何度も何度も夏海先輩の名前を叫ぶ雄二。
その気持ちは俺も痛いくらいによく分かるから…雄二の気持ちがダイレクトに伝わってくるようで。
暫くすると、夏海先輩はゆっくりと立ち上がる。自分の動きを確認するように、軽く素振りをしたり跳び跳ねたりとチェックを始める。
ここから見ている限りでは、一応、問題なさそうに見えるけど。
「どうやら、隣のコートから飛んできたようですね」
沙羅さんが指摘したその先には、俺も見ていたテニスボールが転がっている。
あれが全ての元凶だとは言え、ダブルス側も試合中の出来事…当然、それを責めることなどできない。
コート上で暫く動作を確認していた夏海先輩が審判と言葉を交わし、部員達も大人しく下がっていく。どうやらこのまま試合を続行するようだが…本当に大丈夫なのか?
「「「ファイ!! ファイ!! ファイファイファイ!! な・つ・み~、な・つ・み~」」」
ファンクラブも直ぐに切り替えて応援を再開。
ただ、今までのように純粋な熱意ではなく、どこか必死さを感じさせるような声援で…何事もありませんように…と、祈っているようにも聞こえて。
だから俺達も、同じように必死の声援を送る。
そして客席の思いを一身に受けた夏海先輩が、気を取り直したように前を向き、サーブの体勢に入る。
頑張れ…頑張って下さい!!
「夏海さん!!」
雄二の呼び掛けが始動キーになったように、夏海先輩がボールを放り上げ、ジャンプと共に勢いよくラケットを振り下ろす。
パァァァァァン!!
「っ!?」
サーブを放ち着地してからの一瞬、夏海先輩の動作がブレたような…遅れたようにも見えた。いつもなら直ぐに動き出す筈なのに、それを少し戸惑ったように思えた。
「…夏海先輩の動きがおかしい」
俺と同じ事を感じたのか、花子さんが冷静な声で指摘する。沙羅さんも同じく気付いていたようで、花子さんの言葉に頷き、心配そうに眉をひそめる。
「夏海さん!!」
今まで聞いたことのない雄二の悲痛な叫びは、まるで俺達の気持ちを全て表しているようで…
「ふっ!!」
夏海先輩は相手のリターンに追い付き、何とかそれを打ち返すが、その後の動作も明らかに鈍い。今度は動き出しだけじゃなく、その後のダッシュまで…ボールを踏んでしまった右足を庇っているような。
「あっ…」
今度は相手のリターンに追い付くことが出来ず、ボールは無情にも夏海先輩の目前を通り過ぎていく。
「フィフティーン・オール!!」
得点のコールが伝えられ、顧問の先生が直ぐに審判へ駆け寄る。二言三言、何か会話が交わされて、そのままタイムアウトが取られた。
「夕月先輩…大丈夫ですよね?」
「………」
「夏海…」
「夏海先輩…」
客席から心配そうに見守られる中、顧問に付き添われ、夏海先輩はゆっくりとベンチに戻っていく。
若干歩き難そうなその後姿は、普段のアクティブさを感じさせず、俺達の心配もますます募って。
夏海先輩…
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
体調の方は日に日に改善しているようなので、我ながら安堵しております。
手術にならなくて良かったです・・・
次回でテニスは終了となります。
試合が続き、真面目なシーンが多くて絶賛砂糖不足ですね(ぉ
予定としてはお昼近辺のシーンを挟んで、午後はそのままミスコンに入ります。
お待たせしてますが、いよいよです(^^;
次の更新は週明けになるんじゃないかと・・・ではまた次回。
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