第315話 名前

 side 速人


 くそっ…何をしてるんだ俺は!

 今日は絶対に負ける訳にはいかないのに…情けない姿を見せる訳にはいかないのに!!

 こんな…今まででトップクラスの、情けない試合を見せるなんて!!


 皆が見ていることもあって、いつもより緊張しているのは自分でもわかってる。

 わかってるけど、今日の試合は絶対に落とす訳にはいかないんだ。

 この後に続く夏海先輩の試合の為にも、一成の…親友の大一番の為にも、そして俺自身が生まれ変わる為にも!!


 だからこの試合は、景気付け代わりとして、何としても快勝で終わらせるつもりだったのに…


 でも、そんな俺の目論見とは裏腹に、観客席では今も皆が心配そうにこちらを見つめている。しかも、普段から試合を応援してくれている一成達の表情に至っては…

 何て情けないんだ、俺は!


「ふぅ…」


 落ち着け、落ち着くんだ。

 集中…いつものように、試合に集中を。


 まだ負けた訳じゃない、振り出しに戻っただけだ。


 このセットは何としても、俺が…必ず…

 

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「夏海先輩、どうすれば横川くんを…」


 夏海先輩の一言に、藤堂さんが俺以上の食い付きを見せる。

 ここまで必死な形相をしている姿を、俺は今まで見たことがない。やっぱりこれは、藤堂さんの中で速人の存在が変わってきているのかも…


「藤堂さん、横川くんから名前で呼ばれたらどう思う?」


「え?」


「横川くんから、満里奈って呼ばれたら…どう思う?」


 一見すると、試合とは全く関係無さそうな夏海先輩の問い掛け。だから藤堂さんも、戸惑ったような表情を見せる。

 もちろん俺は、夏海先輩がこれから何を言おうとしているのか、その想像はついているが…でも果たして、それは問題ないのか? 

 ここで藤堂さんを不必要に目立たせてしまった場合、後々で速人に何か…


「名前呼びって、特別だと思わない?」


「それは…勿論、そう思いますけど…」


 藤堂さんは、戸惑い七割、照れ三割といった様子。同性ならともかく、異性を名前で呼ぶとなれば、大体に於いてそれなりの意味を連想するものだから。


「まぁ、ここにいる周りの連中は、横川くんのこと呼び捨てにしてるけどね!」


「あ…」


「あっ!?」


 そうか…確かに夏海先輩の言う通りだ!

 夏海先輩は冗談めかしてアッサリと言ったが、確かにファンクラブの女性陣は、速人を呼び捨てにしている人が多い。

 つまり、親友グループ枠に居る藤堂さんなら、速人を下の名前で呼んでも何ら違和感はないってことになる!


「どうする? 私は横川くんと一番仲がいい女子は藤堂さんだと思ってるけど…ここの連中に負けてていいの?」


 少しだけ挑発するような口調で、藤堂さんに問いかける夏海先輩。声音こそ冗談めかしていても、その目は決して笑っていない。本気で焚き付けようとするような…藤堂さんに「もう一歩」を踏ませようという意図が透けて見えるようで。


 そして当の藤堂さん本人が、果たしてそれをどう受け取るのか?


「…全く…相変わらずお節介が好きですね」

「…それが夏海のいいところじゃない?」

「…あの、この流れって、まさか…」

「…洋子は中々に鈍感…」

「…失敬な! 私だって少しは気付いてたよ!」

「…黙って。これは外野からの直球で気付かせるべきじゃない」

「…ぐっ…」


「ファイナルセット!! 横川 トゥ・サーブ!!」


 審判から第三セット開始のコールが告げられて、速人のサーブ権で試合が続行される。

 いよいよこれで最後…何とか意識の切り替えだけでも出来ていれば、或いは。


 パァァァァァァァン!!


 第一セットのときと同じく、強烈な炸裂音を轟かせ、ラケットからボールが放たれる。それは相手側のコートへ一直線に向かう…途中でネットに触れた!?


「レット!!」


 審判から告げられたのは、俺も初めて聞くコール。

 ネットに触れたならフォルトじゃないのか?


「西川さん、今のって…」


「レットは簡単に言うと、サーブがネットに触れた状態で相手のコートに入った場合ですね。入った場所がアウトならフォルト…ミス一回になりますが、今回はインなのでレット…打ち直しで済みます」


「なるほど。西川さん解説、助かります…」


 俺もそれは成る程だ。初めて聞いた。

 でも問題はそこじゃない、あの速人が、ネットに触れてしまうサーブを打ったということ。

 少なくとも、俺は今までそれを見たことがないから…これは本格的にヤバいのかも。


「っ!!」


 パァァァァァァァン!!


 あまり間隔を空けず、速人が続け様にサーブを放つ。でもそれは、明らかにアウトになるコースで…


「フォルト!!」


「くっ…」


 この距離では聞こる筈の無い呟きが、何故か聞こえたような気がして。

 あんなに悔しそうな速人を見るのは、俺も初めて。


 速人…落ち着けよ…


「どうなの、藤堂さん?」


 いつの間にか中断していた話題を、夏海先輩がもう一度持ち上げる。


 そして…藤堂さんは。


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 side 満里奈


 言葉は短いけど、夕月先輩の声…眼は、私に直ぐの決断を求めていることがよく分かる。


 横川くんを名前で呼ぶのは…もちろん、嫌なんてことは絶対にないよ。

 でも男子を名前で呼ぶということが、特別な意味を持っていることなんて…いくら鈍感な私でもわかる。


 高梨くんと薩川先輩がそうだったから。

 そして、夕月先輩と橘くんが名前呼びになったことも、やっぱり交際を始めたから。


 異性同士で名前呼びをするということは、お付き合いとまではいかなくても、やっぱり特別な意味があると私は思うんだ。

 人によってはただの気軽さかもしれないし、他にも幼馴染みとか、特別な繋がりもあるかもしれないけど。

 でも私にとっては…ううん、多分、私の大切な皆も、やっぱり異性を名前で呼ぶことは、それ相応の意味や理由を持っていると思う。


 じゃあ…私と横川くんはどうなのかな?


 少なくとも、恋人…じゃないよね。


 私は横川くんを大切な人だと思ってるよ。でも大切という意味では、例えば同じ男子の高梨くんだって、私にとっては大切な人。

 でも「大切だと思う気持ち」が、全く同じ種類なのって聞かれちゃうと…正直、まだよく分からない。


 そう…分からないんだよ…ね。

 でもそれって「違う」ことを認めているのと同じなんじゃないか…って。


 横川くんを大切に思う気持ちと、高梨くん達を大切だと思う気持ち。

 この前、その違いを何となくでも意識してから、私の中で何かが大きく変わったような気もして…って、今は私の「分からない」よりも、横川くんのことを考えなきゃ。


 とにかく、夕月先輩に言われたこと…確かに周りの人達は、横川くんのことを平気で名前呼びしてるよね。

 私が色々と考えていることがバカらしく思えちゃうくらいに、しかも簡単に呼び捨てで。


 でもね…横川くんと、そんなに仲がいいの?


 私よりも、横川くんと仲がいいの?


 …ううん、それは絶対に違う。


 私に見せてくれる笑顔を、横川くんが他の女子に見せている姿を見たことがない。

 私以外の誰かと、横川くんが二人きりで仲良くしている姿も見たことがない。

 いつも私のことを気にかけてくれる。

 毎日教室まで来てくれて、他の女子から話しかけられて愛想笑いはしても、それだけで終わらせちゃう。


 それは私が、このグループの一員だからって理由もあるかもしれないけど。

 でもそうだとしても、少なくとも周りの人達よりは、私達の方がずっとずっと親しい関係なんだよって、胸を張って言える。

 これは私の自惚れかもしれないけど、横川くんと誰よりも仲のいい女子は私なんだよって、今ならハッキリと言えるから。


 だから、そんな私がいつまでも他人行儀な名字呼びをして、周りの人達は横川くんを呼び捨てなんて…そんなの悔しい。


 …悔しい?


 …私、悔しい…の?


 でもそれが、夏海先輩の言う「負け」の意味なら。


 そう思ったら、悔しいって気持ちが溢れてきて…


 私は…私は…私が!


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「ラブ・フィフティーン!!」


「「「ああああ!!!」」」

「「「はやと~頑張ってぇぇぇぇぇ!!!」」」


 遂に速人がダブルフォルトを取られ、相手に先制を許してしまう。

 今まで見たことのない光景の連続に、俺も周囲も焦りが募って…


「速人くん!!!!」


「っ!?」


 周囲の騒ぎは決して小さくないのに、不思議と響く可愛らしい声。

 大声を出すのは得意じゃないだろうに、不思議とその声は周囲のどんな音よりも明瞭に聞こえて、力強くて、感情に溢れているようで。


 だからなのか…驚くほどにハッキリと、藤堂さんの声がコートに響いた。


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 side 速人


 ダブルフォルトまで取られてしまうなんて、こんな凡ミスをしたのは、本当にいつ以来のことだろう。

 だからこそ、俺は自分の状態が正常じゃないと分かってしまう。そう…分かっているのに…


「速人くん!!!!」


 そんな堂々巡りの焦りで一杯になっていた俺の脳内を、一瞬で入れ換えてしまう魔法のような一声。俺の心へ深く深く入り込んでくる、大切な人の声。


 まだ試合中であるにも関わらず…俺は、その声の主である愛しい人を直視してしまう。

 それは何故って、その声は俺にとって衝撃で、驚愕で…歓喜で。


「速人くん!!!!」


 拳を握りしめ、必死になって俺の「名前」を叫んでくれる、可愛らしいその姿。


 でもね…藤堂さん。いや、満里奈さん。

 それは、ちょっとだけずるいよ?


 最初に下の名前を呼ぶのは俺なんだって、ずっとそう決めていたのに。

 それをこんなタイミングで呼ぶなんて、全くもって想定外の予想外だよ。


 でも…愛しい人から名前で呼んで貰えるのは、こんなに嬉しいことなんだね。


「速人くん!!! 頑張れっ!!!」


「っ!?」


 普段の藤堂さんからは想像できない、とても力の籠った激励。でもその姿が、その声が、俺の心を強く叩く。

 今まで自分でも感じたことの無いような力が湧いてきて、しかも思考はシンプルに…クリアになっていく。


 俺は自分でも分かっていたんだ。欲張り過ぎて、気負いすぎて、でもその思考から抜けられなくて、一人で焦って空回りして。

 しかもそのせいで、一番大切な人に…いつも笑っていて欲しい人に、不安を与えてしまい、表情を曇らせてしまう。そんな本末転倒。


「速人くん!!!!!」


 そうだよ…

 どうしてもテニス以外のことを考えてしまうのなら、テニスだけに集中出来ないと言うのなら。

 

 それなら俺は…


 俺は君だけ…


 この試合は、全て君の為だけに!


 俺は!!!!!


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 藤堂さんの声援を受けた瞬間、速人が驚きの表情でこちらを見る。

 ここまでずっと余裕のない表情を見せていたのに、それを一変させて、場違いなまでに嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 コクリとこちらに頷くと真正面を向き、胸に手を当ててゆっくりと一呼吸。

 改めてサーブの構えを取る。


 そして、ボールを真上に…


 パァァァァァン!!


 緩やかな動きと相反する、とても力強く鋭い打ち下ろし。

 先程までとは明らかに違う、柔らかく大きい動作から放たれた強烈なサーブが、相手のコートへ突き刺さる。

 そして間髪入れず、速人がネットに向かい距離を詰めた。

 ここまでに見られなかった突然の鋭い動きに相手は驚いたのか、中途半端な勢いのリターンが返ってくると、速人はそれを冷静にネット付近へ小さく打ち返す。

 誰もいない位置に、ボールは悠々と転がり…


「フィフティーン・オール!!」


「「「やったぁぁぁぁぁぁ!!」」」

「「「は・や・と!!! は・や・と!!!」」」


 つい先程までは、悲壮感さえ滲んでいたような速人コールが息を吹き返し、コートに巻き起こるファンクラブの歓声。

 突然プレイスタイルが変化した(戻った)ことに驚いたのは、相手選手だけじゃなくて俺達も同じだったり。


「ふふん、やっぱ思った通り♪」


 でもそんな速人の様子を見て、一人ドヤ顔の夏海先輩。それを不思議そうに…そしてちょっとだけ恥ずかしそうに見ている藤堂さん。


「あの、夕月先輩…何で、横…速人くんは…」


 藤堂さんとしては、自分が名前呼びをしただけで速人の調子が戻ったことが、気になって仕方ないだろう。

 でもそれをどうやって説明するのか…実はそれが最大のネックでもあったり。


 多少意味深でもいいから、肝心な部分を上手く避けて説明してくれるといいんだけど…


「そうだねぇ…横川くんは、ゴチャゴチャ余計なこと考えてたみたいから、驚かせて全部ふっ飛ばしてやったって感じかな?」


「驚かせて飛ばした…ですか?」


「うん。やっぱ下の名前を呼ばれるのは特別な感じがするじゃない? どうでもいい相手から呼ばれても全然だけど、親しい人からなら嬉しいし。でしょ?」


「そ、そうですね…それはその…確かに」


「さっきも言ったけど、私は横川くんと一番仲の良い女子は藤堂さんだと思ってるよ? それはきっと横川くんもそう思ってるし、藤堂さんも思ってるよね? そんな親しく思っている相手から名前を呼んで貰えたら、それはとても嬉しいことだけど… 何の前触れもなくいきなり呼ばれたら、同じくらい驚いちゃうと思うんだよねぇ」


「あっ!!」


「単純でしょ? でも、ちゃんと効果はあったみたいだから」


 確かに単純かもしれないが、こういうことは案外そんなものだと思う。俺だって、沙羅さんからの呼ばれ方一つで舞い上がったり、気合いが入ったりするから。

特に「あなた」とか呼ばれちゃうと…もうね。


「そ、そうなんですね…」


 藤堂さんも一応は納得したようだが、また少し顔が朱くなってしまったのは、やっぱり内心で他にも思うところがあるのかも?


「ほらほら、藤堂さん。横川くんがこっち見てるよ? …というか、試合に集中しろ、全くあいつは」


「え、えっと…は、速人くん、頑張ってぇ!!! えい!!!」


 どうしようか困った素振りを見せた藤堂さんは、突然チアリーダーのように両手をあげて、ぴょんぴょんと跳び跳ねる。しかも恥ずかしそうに真っ赤な顔で。

 そんなご褒美を与えられて、速人が一瞬デレたような表情を見せる…が、直ぐに前を向き表情を引き締めた。


 誤魔化したな、あれは。


「っ!?」


 先程と同じように一度深呼吸をして、速人が真上へボールを放り投げる。タイミングに合わせて、しなやかな反りを見せながら勢いよくラケットを打ち下ろし…

 

 パァァァァァァァァン!!!


 決して力んでいる訳では無さそうなのに、何故か今まで以上に強烈な炸裂音を奏でるサーブ。もう弾丸の如きそのボールは、猛然とインのラインギリギリに突き刺さる。相手はしっかり反応してダッシュしているものの、それに追い付けるかは微妙な…追い付け…無い!!


「サーティー・フィフティーン!!」


「「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」

「「「ナイスサーブ!!!!」」」

「速人く~ん!!」

「横川く~~~ん!!」

「「「は・や・と!! は・や・と!!」」」


 見事にサービスエースが決まり、完全に息を吹き返すファンクラブの面々。

 コートには「速人コール」が咲き乱れ、速人の表情にも確かな自信が滲んでいるように見える。

 それでもこっそりとこちらを確認しているのは…ある意味で、あいつはテニスに集中出来てないみたいだな。問題はなさそうだけど。


「横川くん、頑張れ~!!!」

「横川さん、ファイトですよ!!」

「速人、いけるぞ!!!」


 盛り上がるファンクラブに負けず劣らず、雄二達も大声で声援を送る。

 俺も負けていられないな!


「ところで、あんたらは応援しないの?」


「別に応援していない訳ではありませんよ。ですが、一成さん以外の男性の名前を、大声で叫ぶような真似をするつもりが無いだけです」


「ミートゥー」


「はぁ…ホント徹底してるねぇ、あんたら」


「当たり前です。それはそれ、これはこれですから」


「嫁の言う通り」


「あ~、そ~ですか~」


 些かもブレない二人の主張に、ウンザリといった様子の夏海先輩。でもこれは声を出さないというだけで、実はしっかりと応援しているのは見れば分かる。

 だって…速人がサーブするときは、二人とも力むように身体を動かすし、ポイントが入れば同じように笑顔を覗かせているから。


「ふっ!!!!!」


 パァァァァァァァン!!!!


 全身のバネを使い、全てをボールに叩き付ける速人のサーブ。

 今度は流石に相手もしっかり対応して、確実にリターンを返してくる。再びそれを打ち返す速人のボールは、ネット上スレスレを抜けていく低空の弾丸。バウンドも鈍く、相手はそれを打ち難そうに体勢を下げる。そのせいか、勢いのないリターンが発生してしまい…


「っ!!」


 速人はそれを予想していたのか、一気に加速して自分からボールに接近していく。

 先程とは違い、今度はダッシュの勢いをつけたまま強烈なボレーを叩き付ける。

 再び弾丸となったボールは、相手の立ち位置とは完全に真反対へ突き刺さり…


「フォーティー・フィフティーン!!」


「よしっ!!」


「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」


 もう見事としか言いようのない鮮やかな一撃に、俺も思わず声をあげてしまう。

 客席のボルテージはどんどん上がっていき、試合の流れも会場の空気も完全に速人寄りに。


 それにしても…今の速人は本当に凄いな。


 俺のような素人目で見ても、先程まで単に力で押していただけの強引なテニスを「本来の速人らしさに」に上手く吸収したと言うべきか…

 それが相乗効果を上げて、パワーアップを果たしたと言うべきか…


「横川くん、あと一点だよ!!!!」


「横川さん、ここが勝負所です!!!」


「速人、頑張れ!!!」


 周囲の雰囲気に押されたように、雄二たちも普段は出さないような大声でエールを送る。沙羅さんも花子さんも真剣な表情で成り行きを見守り、当の速人は構えを見たまま、先程と同じようにこちらへ伺うような視線を向けている。


 そして俺は…


 そして、藤堂さんは…


「速人、行けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


「速人くん、勝ってぇぇぇぇ!!!」


 俺と藤堂さんが、同時に声をあげるその瞬間、突然ピタリと声援が…一切の「音」が止まる。

 教室で雑談騒ぎをしているときに、何故か瞬間的に全員の声が止まる「あの謎現象」が、突然この場で起きて…


 だから…俺と藤堂さんの声だけが、大きく高らかにコートへ響き、速人の元へ。


 そして速人が眩しい笑顔で、俺達に微笑み返して…


「ふっ!!!!!」


 パァァァァァァァァァァァァン!!!


 自分の真上に放ったボールに向かい、今日一番に思える程の、速人渾身の一撃!!

 ラケットから放たれたボールは、客席からでも全く眼で追うことが出来ないくらい、凄まじいまでの勢いで。

 そして気が付けば、ボールはいつの間にか相手の…後ろに転がっていた。


 …今のはどうなった?


 …どうだったんだ?


 相手はまだラケットを構えたまま、呆然と佇んでいる。微塵もそれに反応できなかったのか、一歩も動かず棒立ちのままで。


「…ゲームセット!!! マッチ・ウォンバイ 横川…」


「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「速人くん、やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」


 審判の口から速人の名前が出た瞬間、俺達も周囲も、勝利を確信して今日一番の大歓声をあげる。


「「「は・や・と!!! は・や・と!!!」」」


 もうこれで試合が全て終わり、学校としての勝利まで決まったような、それほどの大歓喜がテニスコート一体を包む。

 割れんばかりの歓声や悲鳴、鳴り止まない「速人コール」と拍手。


 でも、それは俺達だって。


「おおおおおおお、すっごい!!! 何、なに、今の何!?」


「…凄い…素直に驚きました…」


「な、夏海さん、速人はいつもこんなに!?」


「うーん…確かに横川くんは上手いけど、最後のセットは普段より数段上だったかな。色々と吹っ切れたみたいだし…ね」


 皆は興奮冷めやらぬといった様子で、お互いにハイタッチをしながら速人の健闘を称えあう。

 藤堂さんも花子さんと抱き合いながら(花子さんはやれやれと言った様子。素直じゃない)、全身で喜びを表している。


 ちなみに俺は…


「いや…その…」


「ふふ…一成さん、友人の健闘を心から喜ぶのは素敵なことですよ? 決して恥ずかしいことではありません」


 ナデナデ…


 先程、速人の勝利が決まった瞬間、俺は不覚にも大興奮で雄叫びをあげてしまいまして…

 決して恥ずかしいと思っている訳じゃないんですよ?

 これは単に照れ臭いというか、沙羅さんが優しい眼差しで俺を見つめるから余計に…ってだけで。

 

「いや、それは、分かってるんですけどね…」


「もう…そんなに可愛いお顔をされてしまいますと…私は…」


 そう言った沙羅さんの微笑みが、一瞬だけ真由美さんを彷彿とさせる、妖しい感じに変わったような気がして。俺は咄嗟に表情を引き締める。

 危なかったかも…あのまま照れていたら、俺はきっと、この場で沙羅さんから滅茶苦茶に可愛がられてしまうところだった。(そのままの意味で)


「一成!!」


 そんな沙羅さんとのハートウォーム(?)をしていた俺のもとへ、対戦相手と試合終了の挨拶を終わらせた速人が駆け足でやってくる。

 本来なら先ずは部員達の方へ行くべきなんだが…これも毎度お馴染みってことで。


 パン!!


 俺と速人のハイタッチが小気味よい音を奏で、それに合わせてファンクラブから拍手喝采。

 これは速人が勝利したときに行われる一連の儀式(?)で、周囲も慣れたものだったり。


 ただ今回は、それに加えて…


「横川くん、ナイスファイト!!」


「速人、凄かったぞ!!」


「横川さん、お見事でした!」


「横川くん、お疲れ!!」


 パン!!

 パン!!

 パン!!

 ハン!!


 同じく手をあげる皆とリズミカルにハイタッチを交わし、そして最後に速人が向かった先は…


「速人くん…」


 藤堂さんは手をあげていた訳じゃないが、速人は目の前で立ち止まる。

 嬉しそうに、自分の名前を呼ばれたことを噛み締めるように。


「…ありがとう、満里奈さん。君のお陰で、俺は勝てたよ」


「え…え…ええ!? あ、あぅぅぅ…」


 下の名前を呼ばれたからか、お礼を言われて照れたのか…多分、両方だろうけど…藤堂さんは分かりやすいくらいに真っ赤な顔で、「ぷしゅー」という蒸気が吹き出すエフェクトが見えたような見えなかったような?

 わたわたと手をバタつかせている姿がちょっと可愛い。


 それにしても速人のやつ、随分あっさりと名前を呼んだな…練習してたのか?


「…満里奈さん…俺は…この試合は、君の…君のた…」


「おぉぉい、速人!!! いつまでそこに居るんだ!!! 皆が困るだろうが!!!!」


「っ!?」


 まるで漫画みたいなオチに、思わずガックリとしてしまう。

 でも今のは正直驚いたというか、邪魔が入らなければ速人は告白してたんじゃないのか?

 ちょっと焦ったぞ…


「すみません、直ぐ戻ります!!」


「は、速人くん?」


「ごめん満里奈さん!! と、とにかく、応援ありがとう…嬉しかったよ!!」


「う、うん、改めて、おめでとう速人くん!! その…あのね…か、格好良かったよ!!」


 真っ赤になりながら、それでも精一杯の声と笑顔で速人を祝福する藤堂さんに、速人は右手をあげて。


 パン!!


 二人はちょっと控え目なハイタッチを交わし、満面の笑みを見せながら速人がコートへ戻っていく。


 そんな後ろ姿を、藤堂さんはじっと見つめていて…

 何も言わずに、優しく微笑みながら、その後ろ姿を見送っていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 射的と違って、すっごい難しかったです(挨拶)


 という訳で読者の皆様、お待たせいたしました。

 完全という訳ではありませんが、一応復活いたしました。

 何とか自分なりの対処法も見つかり、症状も日に日に落ち着いてきていることが実感できるくらいになったので、調子がいいタイミングで一気に書き上げました(下書きがあったので)

 暫くは無理をしない範囲で執筆をしていこうと思います。


 前回は、ほぼ書き終わっていたストックで更新したので、思ったよりは復活が早かったような気もしますが、実際は10日近く不調を抱えていました。そして現在も一応継続中です。

 一週間くらいは完全に執筆から離れていたので、投稿を始めてからこんなに休んだのは初めてです。

 本当にキツかったので、このまま落ち着いてくれることを自分の身体ながら祈らずにはいられません。

 もうあれは勘弁して欲しいです・・・

 カテーテル手術に関するコメントを下さった方もいらっしゃいましたが、医師と相談した結果、今回は見送りとなりました。もっと酷くなったときに、改めて検討するとのことです・・・


 コメント繋がりで、休んでいた間にコメントを下さった皆様ありがとうございます!

 お返事は今回までお休みさせて頂きますが、次回からはまたしっかりとさせて頂きますので。もちろん、ここまでのものも全て目を通しております。


さて、次回は夏海先輩です・・・が、試合を書くのが難しいです(^^;

せめてそれっぽく読めているようであれば嬉しいのですが・・・頑張ります!

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