第225話 沙羅さんの進路
会見席、スポットライト、更には司会者まで現れて、正直何がなんだかよく分からない状況になっていた。何も説明がないのだが、司会者が進行を開始したということは、どうやらこのまま報告をしろということらしい。
救いなのは、目の前にいる面々が勝手知ったる何とやらであることか…
「えー、それでは報告を行って頂きたいと思いますが…」
司会者さんが俺と沙羅さんのどちらに話を振ろうか悩んでいるようだ。
仕方ない、流れに乗るか…
「俺から話します。」
もともと俺が話をすると決めていたことなので、それは別にいいのだが、この状況がどうにも馴染まないので調子が狂う。割りきって報告をさっさと終わらせてしまおう。どうせ後で質問攻めになるのだろうし。
「えー…まず肝心な部分からだけど、先日の話し合いで、沙羅さんのお父さんに俺達のことを認めて貰うことができました。これについては皆に本当にお世話になったと思ってます。ありがとうございました!」
特に打ち合わせなどがあった訳ではないのだが、俺が頭を下げるほぼ同じタイミングで沙羅さんも一緒に頭を下げてくれた。話をしているのは俺だけど、沙羅さんも気持ちでは寄り添ってくれているのだと思うと嬉しい。
「色々あって話が予想外の方向へ進んだけど、着地点は変わらなかったと思う。そんな訳で、俺と沙羅さんは…まだ一応ですが、婚約者ということになりました。」
藤&立「「きゃぁぁぁぁ!!!」」
「「「おめでとう~!!!」」」
パチパチパチパチパチパチ!!!
藤堂さん達が歓声(?)を上げて、みんなが一斉に大きな拍手をしてくれる。
嬉しいには嬉しいのだが、この完全に作られたような環境がどうにもしっくりこない。というか、こちらとしても反応し難い。
何故いきなりこんな記者会見みたいなやり方になったのだろうか…
沙「……絵理、そろそろいいですか? 一成さんが困っておりますので、私としても許せる範囲を越えますよ…」
西「ぐっ…」
夏「ほーら、やっぱ言った通りになった。」
花「小細工するだけ無駄。大人しく覚悟を決めるべき」
怒気を含ませた沙羅さんの一言に、怯んだ様子を見せる西川さん。
沙羅さんと花子さんの発言から察するところ、この状況は西川さんに何かしらの意図があって、その上で行われていたようだ。
肝心の意図が何なのかはわからないが。
西「はぁ…わかりました、普通にします。すみません、ちょっと早いですけど次の形にして下さい!」
西川さんが明後日の方へ声をかけると、どこにいたのかスタッフらしき人達がわらわらと現れる。何が起きるのか眺めていると、室内のレイアウトがあっという間に変わっていき、中央に出現したテーブルでは早くも食事の準備が始まっていた。壁際には調理スペースのようなものまでセッティングされ、料理人のような人物まで現れる。
…何なのこれ?
俺「えーと…」
夏「あはは、ごめんね高梨くん。絵理の名誉の為に、理由は聞かないであげて。」
俺「は、はぁ。一応分かりました。」
わかっていないけどわかったことにする。
一つだけ言えることは、この状況を作ったのは西川さんの差し金であるということ。
西「ちょっと夏海、変な言い方しないで下さい。」
藤「でも、さっきみたいな感じだと私達も話し辛いから助かったかも…」
速「藤堂さん、それを言っちゃダメだよ。」
?
どういう意味だろうか?
気にはなるが、聞かないと約束した手前それを聞く訳にもいかないか。
西「ま、まだ食事の準備が出来るまで少し時間があるので、フリートークにしましょうか。あと……できればお手柔らかに…」
まだ何も話をしていないというのに、早くも西川さんが何かを恐れるような素振りを見せている。またしても気になったが、これも聞いてはいけないのだろうか?
雄「一成、結局おじさんとおばさんは何と言っているんだ?」
俺「とりあえず、しっかりした返事は沙羅さんの両親との顔合わせでするって。でも親父は断るつもり無いって言ってたし、オカンは俺に迷うなって言ってたからさ。」
速「ということは、問題なく話が決まりそうだね。おめでとう」
藤「改めて、おめでとう高梨くん!」
藤堂さんの御祝いの言葉に続いて、皆が口々におめでとうを伝えてくれる。やっと普通に話ができるようになって、俺も気軽にお礼が言えるようになった。
俺「皆、ありがとう。それと、藤堂さんには幸枝さんの件で別にお礼を言わせて欲しい。」
沙「私からもお礼を。祖母に声をかけて頂いてありがとうございました。」
藤「えっ!? そ、そんな改まって言われちゃうと……余計なことしたかなって思ってたし…」
実際、幸枝さんの登場で政臣さんの説得が一気に決まったのだから、藤堂さんには感謝しかない。もっとも、当の本人はそれがどれ程の助けになったのか当然知らないので、お礼を言われて恐縮してしまっているようだが。
西「そうですね。幸枝さんと出会えたお陰で、私も父からの伝言を伝えられましたから。」
立「満里奈は大活躍だったね!」
藤 「うう~、嬉しいけどもう止めて~」
一様に褒め称えられた藤堂さんは、恥ずかしさの限界を越えたらしい。真っ赤な顔でキョロキョロと回りを見回した挙げ句、速人の後ろにサッと隠れてしまう。
藤堂さんにしては珍しい行動であるが、この場面で真っ先に速人を頼ったという事実に俺は少し驚いた。もちろん速人はもっと驚いたらしく、嬉しさと驚きが混在した複雑な表情を見せている。
花「それで、婿養子になるんだよね。他には何か言ってた?」
花子さんは、藤堂さんの願い通りに話題転換を図るつもりのようだ。俺の袖をくいくいと引っ張るのは、こちらの話に乗るようにと合図しているのだろう。
俺「他には……あぁ、進路の話かな。佐波に入るなら学歴が必要になるから頑張って欲しいって。」
花「そう。じゃあ高梨くんは、佐波に入社するの?」
俺「大学に入ったら、政臣さ…沙羅さんのお父さんの仕事も少し手伝いながら勉強して欲しいって。」
花「なるほど…」
西「そうですか…」
花子さんと西川さんは、お互いに何かを考え込んでいるようだ。この二人も何気に通じ合っているというか、認め合っている節があるように思える。
沙「私も一成さんと同じ大学へ行きますから、二人でお勉強を頑張りましょうね。」
夏「そう言えば、沙羅って保育士を目指していなかった?」
西「そう言えばそうでしたね。以前そんな話を聞いたような気がします。」
保育士?
それは全くの初耳だ。沙羅さんからそんな話を聞いたことは勿論ないし、そもそも将来の希望を聞いたこともなかったと今頃気付いてしまった。思い込みだが、最初から進学を考えているとばかり考えていたのだ。
…まさか、俺に合わせる為に進路を変えたという訳ではないよな?
もし沙羅さんが希望する進路が別にあるのであれば、それを諦めるようなことは絶対にさせたくない。
俺「沙羅さん…保育士になりたかったんですか? それなら…」
沙「お待ち下さい。そのお話は今では事情が違うのです。決して一成さんに隠していた訳ではありませんので…」
俺が声をかける前から、沙羅さんは自分が何を言われるのか予想していたのだろう。
少し困ったような表情を浮かべているが、それでも俺の目を真っ直ぐ見つめてくる。まるで自分を信じて欲しいと、そう訴えているかのように見えた。
沙 「…一成さんと出会う前の私は、将来の夢や希望といったものがありませんでした。現在の自分を取り繕うことしか考えていなかったので、将来のビジョンを考える余裕が無かったのです。」
自分の過去を思い出し、自嘲気味に語る沙羅さん。とはいえ、俺もあの状況が今も続いていたら、同じように他のことを考える余裕などなかっただろう。
「そんな日常で、私の癒しとなってくれていたのは子供達でした。当時、祖母の神社にはよく遊びに来ていた子供達がいたのです。その子達とよく遊んでいましたのですよ。本当に可愛くて、幸せな一時でした。」
沙羅さんは、当時の自分を思い出すように、ポツリポツリと語っている。子供なら余計な思惑も下心もないだろうから、沙羅さんとしても素直に接することができたのだろうと思う。
沙「子供達なら、接することに抵抗感を覚えないことがわかったのです。なので進路を考えるときに、子供に関わる職にすればいいのではないかと安易に考えました。当時の私が保育士を…保母さんを考えたのはそんな理由です」
思い返せば、未央ちゃんと一緒にいるときの沙羅さんは、本当に自然な様子で接していた。優しさに溢れていた。だからこそ、初対面でも未央ちゃんは沙羅さんに懐いたのだろう。
安易に考えたと言っているが、保育士という職は沙羅さんに合ってはいるではないだろうか? やりたいのであれば無理に諦める必要はないし、俺としても背中を押してあげるべきではないのだろうか?
沙「ですが!!」
そんな俺の考えも、ここまでの流れも、全て断ち切るかのようにキッパリとした大声をあげる沙羅さん。自嘲気味だった口調も消えて、堂々とした普段の様子に戻ったようだ。
沙「私は一成さんと出会い、恋をしました。一成さんとの日々はそれまでの私を一掃し、新しい夢が生まれたのです。」
一転して嬉しそうに語る沙羅さんを、俺だけではなく全員が見つめていた。言葉は挟まず、一様に聞き入っているようだ。
沙「進路に関するお話を、今まで一成さんにお伝えしなかった点については本当に申し訳ございません。進学先は変わらず学部を変えるだけですから、無理矢理に変更したという訳でもないのです。一成さんが佐波を目指すというのであれば、私は自身の幸せの為に、それを支える道を歩みたいだけですから…」
沙羅さんの目には迷いなど見受けられない。今の話は間違いなく本心であると、自信をもって語っているのは俺にもよく分かった。
そもそも、俺と出会う前の話であれば、今は全く違う考え方になっているとしても不思議でも何でもない。何故なら、今の沙羅さんは以前の沙羅さんと大きく変わったということなのだから。
藤「でも、薩川先輩が子供好きなのは変わっていませんよね? 未央ちゃんをとっても可愛がってくれてましたし。未央ちゃんも、さらおねーちゃんに会いたいってよく言うんですよ!」
沙羅さんが未央ちゃんを可愛がっている姿を知っていれば、藤堂さんのような感想になるのは間違いないだろう。あれを見れば、みんな同じ感想になる筈だ。
沙「ふふ…それは嬉しいです。私も未央ちゃんに会いたいですよと、伝えておいて下さいね。」
今度藤堂さんに言って、未央ちゃんを連れて遊びに行くのも悪くないかもしれない。
沙羅さんも未央ちゃんも喜んでくると思う。
夏「未央ちゃん? あぁ、前にコンビニで会った女の子かな? あれはねぇ…えりりんが居たらヤバかったよ。」
西「どういう意味ですか?」
夏「いや、沙羅が子供を抱っこして高梨くんと二人で可愛がっててさ…それで…」
夏海先輩の話を聞きながら頭の中で何を姿を想像しているのか、西川さんの表情が段々と暗くなっていく…
いや、なぜ暗くなるのだろうか?
西「…二人は早くも婚約者…つまり結婚…夫婦になる訳で…あれ、私は? 沙羅がどんどん先へ行くのに…私は? 男性から告白されたことが…あれ、私に唯一言い寄ってきたのはあのクズだけですか?」
ぶつぶつと小刻みに、それはまるで呪文か何か唱えているようにも見えてしまう。そう思いながら見ていると、目を凝らせば西川さんの周囲には徐々に闇が広がっていくような…いやいや、これは幻覚だろう。一体俺は何を言っているのだろうか…
西「どうせ私なんて、自分で相手を見つけることも出来ないまま、結局いつかお見合いで適当に……え? まさか私、恋愛も青春もないまま学生時代を終えるのですか? 沙羅は真っ先に恋人を見つけて婚約までして高校生活を満喫しているのに…夏海だって橘さんと…」
今、俺の目に映る西川さんは、かつて沙羅さんの誕生日パーティーで出現した、あのダークな西川さんの姿とダブって見えていた。
普段はとても頼もしい人なのに、スペックも高い人なのに、何かあると率先して自分から壊れていく残念なところは相変わらずのようである。
花「ふ…相変わらず闇が深いわね。」
藤「花子さん、それはどういう意味なの?」
立「高梨くんと一緒にいるときの薩川先輩を見てると、保母さんって凄い良く似合うと思うんですよね。イメージぴったりだし。それに、実際子供と遊んだりするのは好きなんですよね?」
…なぜ俺と一緒にいる沙羅さんの姿が、保母さんのイメージぴったりになる?
まさか、俺が子供だと言ってる訳じゃないよな?
沙「はい、子供と接することは大好きですよ。以前の私にとって癒しだと思っていたことは事実ですし、今でもそれは全く変わっていません。…ですが、子供と接するのは別に職業としなくても、いずれ…」
そこまで言うと、沙羅さんが少し顔を赤らめながら俺の袖を引っ張る。何を言おうとしているのか俺にはわからないが、少なくとも恥ずかしくなるようなことを考えたのは間違いないだろう。
沙「その、以前は自分が結婚する可能性など全く考えもしなかったので…」
西「ちょ、ちょっと待ちなさい沙羅!! それ以上は言わなくていいです!! もう十分わかりましたから!!」
西川さんが激しい焦りを見せながら、沙羅さんを止めようとしている。どこかに旅立っていたはずなのに、いつの間にか帰って来たようだ。
花「あぁ、そういうこと。」
西「は、花子さん止めて下さい!! それ以上はまだいいではありませんか!!」
花「つまり…」
西「いやぁぁぁぉぁぁ!!!! その先は聞きたくないぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
西川さんの大絶叫に阻まれて、花子さんが最後まで話をすることはなかった。
俺も雄二も速人も、何かを言えばやぶ蛇になると直感で感じており、口を挟むようなことはしない。俺達は沙羅さんが何を言おうとしているのかわからない。わからないのだ。
でも、藤堂さんと立川さんが真っ赤になって顔を見合わせているその姿と、俺の横で恥ずかしそうにしている沙羅さんの姿が、全ての答えを物語っている…のかもしれない。
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